赤の王国【過去編①】※完結
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「草薙さん、早かったね」
翌日、結局草薙は十束たちの潜伏先のドアをノックしていた。この危険でわけのわからない事態からおさらばして、大学生として平和で現実的な日常に戻ることが最善だと、頭の中では理解していた。だがその選択は、今の草薙にとっては全く現実味を帯びてこなかった。久々に大学の講義に惰性で出席したが、頭に全く入ってこず。脳裏に浮かぶのは、諦めが付いた表情で寂しげに笑みを浮かべる瑞穂の姿。気づかぬうちに草薙にとっての現実的な日常は、3人と共に過ごした馬鹿みたいな鎮目町での日常だった。
「お前、ちっとは警戒せぇ!なんのための潜伏や」
ノックをした途端、無防備に扉を開き歓迎ムードの十束に思わずツッコんでしまう草薙に、彼はヘラっと笑みを浮かべて返す。
「えー、だってノックの仕方が草薙さんぽかったから。
そんなことより、グラサンかっこいいね!お忍びの芸能人みたいだよ」
装いを指摘した十束の言葉にギクッと体を強張らせる。顔バレをしているため一応と、草薙はサングラスと帽子とストールを身に着けていたのだ。
「ん、そうか?って、何が『そんなことより』、や」
「まーとにかく中入ってよ」
思わず軽口の応酬をしてしまった草薙は小さく咳払いをすると部屋の中に足を踏み入れた。もちろん、彼の足が真っ先に向かったのは周防の前だった。草薙の接近に気づいた周防は、ふんぞり返っていたソファーから腰を上げる。そんな彼に向かって草薙は挨拶より先に拳を振りかぶった。その拳は周防の頬に綺麗に入る。
「お前、人の言うこと少しは聞き。それと、いくら猛獣呼ばれてても一応人間なんやから、もう少し人間らしく生きや。むやみやたらに死に急ぐな」
周防を殴り、草薙は言いたいことを言い切った。気づけば昨日からモヤッとしていた胸がスッキリと晴れていた。
さてと…
次にと草薙は、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、お目当ての人物を視界に捉えるとズンズンと近寄った。対して、彼の登場に唖然としていた瑞穂は近づいてくる彼をただジッと見ることしかできなかった。
「瑞穂ちゃん、俺を見くびりすぎや。
俺1人まともな生活に戻るわけないやろ」
座っていた彼女の手を強引に掴んだ草薙はそのまま己の方に引っ張り上げる。そして彼女を包み込むように抱きしめた。まるで彼女の存在を確かめるかのように大切に。
彼の愛用している煙草の匂いが鼻孔を燻る。突き放したつもりだった。自分が置かれている危険な世界に巻き込みたくなくて。でも、彼は自分の人間離れした力を目の当たりにしてもこうして戻ってきてくれた。そのことを実感した途端、瑞穂は胸にこみあげるものがあった。
「…草薙さん、怖くないの?」
「なんでや?」
「だって私、普通の人じゃないんだよ」
瑞穂は、声を震わせながら問いかける。そんな彼女の不安を取り除くように草薙は、身体を少し離し彼女の顔を覗き込んだ。そして、桜色の瞳から零れ落ちる涙を優しい手つきで拭いながら、草薙は優しく微笑みかけた。
「瑞穂ちゃんは瑞穂ちゃんやろ?
誰が何と言おうが、瑞穂ちゃんは17歳の女の子や」
「瑞穂ちゃんが抱えてるもん、俺にも預けてくれんか?
どんな事があっても俺が守ったる」
彼の真剣な眼差しに瑞穂は俯きながらも小さく頷く。そんな彼女の頭に草薙は手を乗せると、あやすように撫でた。
「…ゴホン」
この甘酸っぱい光景にわざとらしく十束が咳払いする。その音に草薙はビクッと反応した。慌てて彼女から離れて、十束の方を向くと彼は呆れた表情を浮かべていた。
「俺らがいること忘れてない?草薙さん」
「何言ってるんや、十束。そんなわけないやろ?」
「えぇー、でも完全に二人の世界だったよ。
ねぇ、キング」
「俺に話を振るな」
「まぁ、これで4人揃ったね」
一同を見渡した十束が嬉しそうに笑みを零す。そんな緊張感のない十束に、草薙は小さく息を吐き出すとダンボールテーブルの前に腰を下ろした。
「さて、これからのことやけど…
尊、お前だどうする気や」
「あいつは俺とやり合いたがってんだろ。
だったら受ける。」
ソファーに座る周防を見上げ草薙は問う。問われた周防は何度か瞬きをし、口を開く。売られた喧嘩は買う。尊にとって当然のこと。だが、今回は別の意味も含まれていた。ふっと小さく笑みを溢した尊の目は瑞穂を見ていた。
「それに瑞穂の身が掛かっているんだ、尚更引けねーな」
「…尊」
「はぁ…まぁ、そうなるよな」
目をギラつかせる周防の答えに、草薙は困ったように肩を竦めた。
「今の光葉は多分、あの時とはちゃうで」
「あぁ」
3年前の闇山と周防の決闘は殴り合う喧嘩だった。だが、今の闇山は何かしらの力を持っている。以前のようにはいかないのは明白だった。だがそれは周防も承知の上だった。
「恐らく、その3年のどこかでストレインになったんだろうね」
「そうや、瑞穂ちゃん。
ストレインってなんや?あと、青服って奴らは何者や?」
「私もねそこまで詳しいわけではないの…」
まずは状況を整理しないといけない。非現実的なことをすんなりと受け入れられないが、目の前で起こったことが事実。現に、あんなに傷だらけだった周防は、瑞穂が力を使ったからか傷跡一つ残っていなかった。ここぞとばかりに草薙は疑問を瑞穂にぶつけた。その問いかけに、瑞穂は難しい表情を浮かべて力なく首を横に振った。この世界に極力かかわらないようにしてきたため、詳細な情報を瑞穂は持っていなかったのだ。
「調べてみよっか」
よし、っと言い十束が立ち上がる。そんな彼を草薙は不思議そうに見上げる。
「アテがあるんか?」
「…ちょっとね」
そう言うと十束は傍らにあった紙袋から栗色のロングヘアのウィッグを取り出して被ってみせた。
「どう?俺を探している人がこの姿を見かけてもすぐはわからなくない?」
「はぁ」
自信満々な十束に草薙は呆れて、返す言葉がすぐに思い浮かばなかった。そんな彼は救いを求めるように瑞穂を見る。目線でなんとかしろと訴えられた瑞穂はゆっくりと立ち上がった。
「多々良、こっち来て。
化粧道具持ってるから、軽く化粧しよ」
「えっ、いいの!」
「だって、私が反対しても多々良は飛び出すでしょ?」
「流石、瑞穂。俺のことよくわかってる!」
止められると思いきや、さらなる女装のために手を貸してくれる彼女に十束は目を輝かした。そして嬉しそうに彼女の後を付いていった。
「じゃあ行ってくる!」
「待ち」
瑞穂の手ほどきを受けた十束は元気よく飛び出そうとする。が、タンマと草薙がストップを掛けた。止められた十束は不満げに足を止め振り返った。そんな彼に草薙はゆっくりとした足取りで近づくと、変装用として首に巻いていたストールを手に取った。
「喉仏隠すためにストール巻いていき」
「ありがと!」
草薙から借りたストールを首に巻いた十束はパッと見るだけでは、十束多々良とわからない姿になった。この姿であれば、ホムラの残党を狩ろうとしている連中にバレることはないだろう。
「はぁまったく…
あいつ見取ると気ぃ抜けるわな。こんな状況でもまぁなんとかなるいう軽い気持ちになってまうゆーか」
笑顔で出ていった十束を見送った草薙は呆れながら独り言のように呟く。
「そこが多々良のいいところだよ」
「まぁ…せやな」
嬉しそうに瑞穂は呟く。でも内心は心配しているようで、桜色の瞳は十束が出ていった扉に向けられたまま。その様子を横目でチラッと確認した草薙は、パンっと軽く自分の腰のあたりを一つ叩いてキモリを切り替える。
「…俺も、ちと街の様子見てくるわ。
これだけ荒れに荒れてる今、何か知っとるらしい警察連中がどう動くんかも気になるしな」
そう言うとジャケットの胸ポケットにしまっていたサングラスを再び掛け直す。
「草薙さん、私も連れてって。
少しは役に立つと思う」
「いいんか?危険かもしれんで?」
「大丈夫」
「わかった。俺からもよろしく頼むわ。
瑞穂ちゃんが付いてきてくれると心強いからな」
今すぐにでも外に出ていきそうな草薙に、瑞穂はお願いをする。その申し出は草薙にとって願ったり叶ったり。危険が伴うことは承知の上で、彼女を連れて行こうと思っていたのだ。「支度してき」という草薙の言葉に瑞穂は頷き、奥に消えていく。その後姿を見送った草薙は、外に視線を向けながら口を開く。
「瑞穂は俺が連れてくで、尊」
「守れよ」
「誰に言ってるんや」
たった一言。釘を刺すように言葉を口にした周防に背を向けていた草薙はクルッと振り返る。そして、ソファーに凭れ掛かる周防を見下ろし、ニヤッと挑発するかのように口角を上げた。
その表情に野暮な事を言ったなと周防はソファーの背もたれに凭れ掛かり直す。
「草薙さん」
「ほな、行ってくるで」
戻ってきた瑞穂は、草薙の名を呼ぶ。その声に応えた草薙は、軽く周防に対して手を振り背を向けるのだった。