赤の王国【過去編①】※完結
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そのカッコは…どういうことや。
1人で動くな、言うたよな?何してきたんや、お前は」
戻ってきた周防の身なりを見た草薙は自分の危惧していたことが現実になろうとしていることに不安を覚えた。
普段感情を表に出すことがない草薙が周防に対して苛立ちを露わにしている。この状況に瑞穂は、十束の傍らで身を縮こませる。先ほど闇山に啖呵を切った者とは思えない豹変ぶりに十束は、困ったように笑みを浮かべた。
「…俺達、それぞれ色々と報告しなきゃいけないよね。
まずキング、一体何があったの?」
十束の問いに対して周防は、電車内で闇山光葉の仲間に襲撃されたことを話した。相手は、知覚に干渉して自分という存在を認識しずらくすることができる奇怪な力を持っていたこと。
言葉足らずな周防の説明にところどころ質問をした結果、ようやく彼に起こった状況を3人は把握する。
「…むちゃくちゃしよって」
ドアの脇に寄りかかって聞いていた草薙は絞るように言葉を溢す。十束はソファーの上で片膝を抱え、瑞穂はその横で両膝を抱え込んで丸くなっていた。
「俺も色々話さなきゃいけないことはあるんだけど…
とにかく、キングを襲ったその人は闇山光葉の仲間なんだね」
「らしいな」
「ホムラのメンバーたちがまた襲われた。
その裏の大本には、闇山光葉がいる。」
安心させようと瑞穂の手に自分の手を乗せると十束は顔を上げ、草薙と周防を順番に見て言った。その言葉で草薙は、ついさっきチームを抜けることを伝えに来たボロボロな姿だったメンバーの怯え切った表情が脳裏に浮かび、消えていく。
もう自分らにはこのチームメンバーを救う力がないことをここにいる一同、理解していた。
「連絡が出来る連中だけでいい。ホムラを散らすことを伝えろ」
軽く手当てを済ませた周防は血に染まったジャケットを羽織り直して立ち上がる。そしてバーのドアへ足を向ける。そんな彼の背に鋭い眼差しを草薙は向けた。
「尊、どこ行くんや?」
「チームはなくなるんだ。もう、俺がここにいる必要なねぇだろ」
清々しいほど朗らかな笑みを浮かべる周防を見て、ふと草薙の脳裏に蘇ったのは生前に水臣が言った言葉だった。
『なんにも大事じゃない方が、人は自由だ』
ギシッと奥歯を噛みしめ草薙は唸るように言葉を吐きだした。今まさに、チームのキングの座から解放され自由になろうとしている彼に向かって。
「せいせいしたか」
「まっ…」
「…瑞穂」
喉の奥から絞り出される重く低い声。咄嗟に止めた方がいいと思った瑞穂は声を上げようとする。だが、隣にいた十束は彼女の名を呼ぶことで阻んだ。なんで?と怪訝な眼差しで隣を見る瑞穂に、十束は力なく首を横に振った。
「チームが無くなってせいせいしたか?
これでいらん責任を負うこともなく好き勝手できるっちゅうわけか。生きるも死ぬも全部自分の勝手に」
「…何が言いたい」
ドアに向かっていた足を止め周防は草薙に向き直る。対して草薙は彼から視線を逸らすことなく睨んだ。
「チームを散らしてもお前自身はこの抗争から手ぇ引く気ないんやろ。それはまぁええ。どうも向こうさんはお前を意識しとるみたいやし、ホムラがなくなったからいうてお前がノーマークになるわけでもないやろう。
…せやから、お前が生きるために戦ういうなら俺は全力で協力する。けど…」
「お前はもう関わらなくていい」
草薙の言葉を最後まで聞くことなく周防は一方的に切り捨てた。1人でまた茨な道を行こうとしている彼の勝手な言葉に、草薙は大きく舌打ちをした。込み上げてくる苛立ちは草薙を突き動かした。
「お前は…!」
周防の胸倉を掴み、壁に叩きつける。
この猛獣に言いたいことは沢山あった。だが、いざ言おうとすると上手く言葉にならず喉に詰まってしまう。たまらず草薙は奥歯を強く噛みしめた。
彼の力をもってすれば意図も簡単に抜け出せるはずなのに周防は抵抗することなく、ジッと草薙を見つめていた。
「草薙」
周防のそのような姿を目の当たりにしてしまった草薙は気づけば掴んでいたその手を離していた。解放された周防は彼の肩に軽く手を置くと、そのまま横を通り抜ける。バーのドアベルが静寂な店内に響き、周防は出ていってしまった。
呆然と立ち尽くす草薙の姿に思わず駆け寄りたい衝動に駆られる瑞穂。だが、伸ばしかけたその手を慌てて瑞穂は引っ込めた。
「…1人にした方がいい?」
一方、2人の口論に一切口を挟まなかった十束が口を開く。それは草薙自身を気遣っての言葉。そんな選択肢を与えてくれる十束の言葉に草薙は小さく首を横に振る。
「いや。…そこにいとけ」
「うん」
そのやり取りを気に店内に再び沈黙が流れる。
その最中、瑞穂はずっと考え事をしていた。今までずっと隠していたことをいつ言うべきかを。
このような事態になることがなかったらきっと彼らに言うことはなかったであろう。しかし、ストレインである闇山と衝突することは、自ずとしれず自分の持っている力も知られてしまうだろう。
いい加減覚悟を決めないといけない。その結果、彼らとの関係が崩れてしまうことになったとしても。
「ねぇ草薙さん、俺らさっきまで闇山光葉と会ってたんだ」
「…なんやて?」
口火を切るように十束が話しだした。その衝撃的な報告に草薙は息を呑んだ。
「色々、話さなきゃいけないことがあるんだけど…
闇山光葉はキングと戦いたがっている。それだけなら良かったんだけど…」
「…それだけなら?」
姿勢を正した十束が深刻な表情で話を続ける。が、中途半端なところで十束は言葉を区切る。それを不審がる草薙に対して、十束は困ったように眉を顰めた。
「まだなにかあるんか?」
「…瑞穂が1人で勝手に喧嘩を売った」
「はぁ?」
不満げに十束は口を尖らす。その口から告げられた新たな情報に草薙は目をひん剥く。そして彼の視線は当然のように瑞穂に向けられた。
「どういうことや?」
「闇山に仲間になれって言われたから、尊以外にはつかないって言ったの」
矛先を向けられた瑞穂はゆっくりと顔をあげる。そして追求の眼差しを向ける草薙に、淡々と話しだした。その彼女の桜色の瞳はもう先程までの迷いは消えていた。
「草薙さん、私もね普通の人じゃないの…」
「瑞穂ちゃん…何言って」
「私が持つ力を狙う人が沢山いるみたいでね、闇山もその1人。安寧の生活を保証してやるから仲間になれって言われたから、断ってきた」
「だってこの力は私が好きな人たちを守るためにあるものだから」
そう続けると瑞穂は護身用に持っていた刃物を取り出した。そしてその刃を己に向ける。
「瑞穂ちゃん!なにしてるんや!」
その行為に慌てて草薙は止めようと動き出す。しかし、そのまえに瑞穂は左腕に刃を滑らした。斬り傷から赤い血が流れ、腕を伝って床にポタポタと落ちていく。
「急に何して…いや今は止血をっ…」
形相な表情で瑞穂に詰め寄った草薙だが、目の前で起こっている光景に思わず口を噤む。
瑞穂の右手が淡い光を放ち始める。左腕の斬り傷にその右手が添えられた途端、瞬く間にその傷は塞がり綺麗さっぱり消えていたのだ。
「…なんやこれ」
「ね…私も普通じゃないの」
非現実な光景に唖然とする草薙の目の前で、瑞穂はもの悲しげに微笑んだ。
「私も闇山と同じで力を持っている。
彼からは何か焦げたような火の匂いがしたから、炎を扱う力を持っているのかもしれないね」
まるで他人事のように瑞穂は客観的に考えられることを口にする。そんな彼女に草薙はどう声を掛けていいか決めかねていた。言葉を発しようとするが喉に詰まって出てこない感覚。ゴクッと唾を飲み込む草薙に、瑞穂は選択肢を与えるかのように口を再び開く。
「これからどうするかはそれぞれ考えて決めよう。
これがきっと最後のチャンスだと思うから…
まともな生活に戻れるかどうかの」
真っ直ぐ見つめる桜色の瞳は、迷っている心を見透かしているかのように草薙には思えた。
十束たちと合流する前まで草薙は単独で、生島に会いに行っていた。その最中、生島のボスが殺された知らせが入った。だがその殺され方は普通ではあり得ない状況。周りが火事になることなくその人物だけ焼かれていたのだ。そしてその状況を起こしたのは闇山光葉。
正直、この1件から手を引いて普通の生活に戻るべきだ。だが、この状況を楽しんでいる尊も、同じように妙な力を持っていると打ち明けた瑞穂も、逃げ出さないだろう。もちろん十束も自分の行く道を決めているように草薙は思えた。
「私は尊についていくよ。
草薙さんはまだ戻れるからじっくり考えて決めて」
そう告げると瑞穂は、尊の後を追うように店内から姿を消した。
「今日は言わへんのやな。なんとかなる、って」
「流石にそんな状況じゃないってことくらい俺にもわかってるからね」
思わず口にした草薙の言葉に十束はわずかに小さな笑みを浮かべてみせた。
「瑞穂は闇山と賭けをしたんだ。
もしキングが負けたら、仲間になるって…
多分その時からもう自分の進む道を決めていたんだと思う」
「またあの子は勝手に取引をしよって」
「4人で逃げ出せたら良かったんだけどね…」
頭を抱え込む草薙に対して、十束はちらっと歯を見せ笑ってみせた。
だがすぐに真顔に戻った十束はこう続けた。
「逃げたいと本気で思ったことからは逃げるべきだよ。
同時に外から見たら間違ってることに思えたって、本人がその中にいることを望むんなら、俺はそれを否定できない」
自分の経験談を元に意見を言いきった十束はゆっくりと立ち上がる。瑞穂を1人にはできない。十束ももう進む道を決めていた。
「とりあえず、俺は今からキングと瑞穂を追いかけるよ。
闇山光葉のことキングにもちゃんと伝えなきゃいけないし。定期的に連絡はするね」
「…あぁ。
ここには戻んなよ。俺も店をしめて一度身を隠す。くれぐれも、気ぃ付けや」
「うん。草薙さんも」
十束も出ていき、ガランとする店内のソファーに草薙は、疲労感を滲ませ座り込む。そして、長い長い息を吐き出すと天井を仰ぎ見るのだった。