赤の王国【過去編①】※完結
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「あっ…」
病院から外に出た瑞穂は曇天の空を見上げ手を伸ばした。さっきまで降っていた雨は弱まり霧雨に変わっていたのだ。
「瑞穂ちゃん、寒くないか?」
「うん、大丈夫」
一緒に出てきた草薙からの気遣いに瑞穂は少しだけ重たい空気が和らいだ気がした。
季節はすっかり移り変わり秋になった。この数ヶ月ですっかり自分らを取り巻く状況は変化してしまった。大手チーム同士の抗争の余波で潰されてきた弱小チームが周防尊を”キング”として祭り上げて寄り集まってきてしまったのだ。そのチームは自分らの知らないうちに”ホムラ”と名付けられてしまったのだ。
そして草薙のタンマツにはチームとして抱えることになってしまった少年の襲撃を知らせるものが良く届くようになっていた。今回もその知らせを受けて少年らが運ばれた病院に赴いていたのだ。
「どうしたのさ、その顔」
喫煙スペースのベンチにいた周防を見つけた十束は、彼のもとに駆け寄ると気になっていたことを口にした。十束からのメールでの状況報告を見て、珍しく姿を見せた周防の口の端は切れており血が滲んでいたのだ。だが、当の本人は気に留めておらず軽く首を傾げた。
「殴られた跡があるじゃん。口の端、血出てるし」
「あぁ、売られたから買っただけだ」
「またかい」
相変わらずの周防に草薙は呆れながら彼の隣に座る。そして懐から煙草の箱を取り出し1本咥えた。
「俺にも1本ちょーだい」
「多々良はまだ未成年でしょ」
「瑞穂ちゃんの言う通りや。
まだ十束には早いわ」
一服する彼らの向かいのベンチに腰掛けた十束はニコニコとした顔で草薙に強請る。その一声に瑞穂は窘めるかのように口を尖らせた。そして同様に求められた草薙は渋るように眉を寄せる。そんな二人の態度に十束はここぞとばかりに攻める。
「わぁ今更すぎる忠告!俺、何度草薙さんにお酒飲ませてもらったかな?」
「あーわかったわかった」
十束に痛いところを突かれた草薙は降参だと、煙草の箱を軽く振って1本取り出した。
「…草薙さん」
「俺じゃなくて興味本位で何にでも手を出す十束に言ってくれ」
結局折れてしまった草薙に非難の眼差しを向けてくる瑞穂に、相手が違うと草薙は項垂れた。そんなやり取りの傍ら、煙草の煙を吸い込んだ十束はゴホゴホとむせていた。
「煙草、やっぱり何がいいのかよくわからないなぁ」
「ねだっといてそれかい」
「だって、草薙さんとキングがしょっちゅう吸うからいいもんなのかなって思うじゃない?なんかカッコいいし」
「多々良は童顔だから吸わないほうがいいよ」
「ちょい待ち。それだと俺は老け顔に見えるってことやないか」
「違うよ。草薙さんはスマートな大人だから煙草が似合うの」
瑞穂の十束に対しての言葉は裏を返せば、煙草が似合うのは老け顔の人と言っているようなものだ。だがそのツッコミに対して真顔で瑞穂は言い直す。その彼女の真っ直ぐな言葉に草薙は困ったように頭を抱え込むと、愉しげにこのやり取りを見守っている十束に矛先を向け話題を戻す。
「まぁ確かに十束は吸わないほうがモテるタイプやけどな」
「草薙さん最後の言葉、煙草吸ってる自分の姿はかっこいいと自任している発言だね?」
「カッコええやろ?」
「うわー、なんかうなずきたくない。
瑞穂、このセリフ聞いてもスマートな大人に見える?」
「んー?見えないけど?」
煙草を吹かしベンチに凭れ掛かる草薙のギザなセリフに十束は素直に頷きたくなかった。たまらず隣りにいる瑞穂に声を掛けると、不思議そうに瑞穂は首を捻る。その正直な言葉に草薙はウッと表情を強張らせ言葉を詰まらせる。その予想通りの反応をした草薙を見て十束はしてやったりと満足げな表情を浮かべた。
そんな彼らの軽口の応酬に耳を傾けていた周防は小さく笑った。
「なんかこんなやり取り久しぶりだね?
顔はあわせているのに不思議」
「チームホムラか…
いつの間にか勝手に名付けられてしもうたなぁ」
「草薙さんの店の名前なのにね」
「気に入らねぇなら今からでも好きなの名乗りゃいいだろ」
「「それいい!」」
周防の発言に、もちろん十束と瑞穂は乗っかかった。そして二人を筆頭に色々と案を出していく。だがしっくりとくるものがなかった。
「結局、なんだかんだホムラに馴染んじゃってるんだよね」
なんだかんだここに揃っている一同が”ホムラ”に愛着を感じていたのだ。でもそれじゃ味気がないと瑞穂は提案した。
「んーじゃあ漢字を当てるのはどう?」
「炎じゃねえのか?」
「もう一個漢字あるよね?ちょっと難しい方。火偏に…」
「焔やろ」
瞬時に出てこず悩む十束に助け舟を出すように草薙は宙に彼が思い浮かべたであろう漢字を指でなぞってみせた。
”ホムラ”に当てられた漢字は、周防が言った炎も、十束が言った焔も同じ。でもせっかくならと十束は頭を巡らせる。
「強そうにするんだったら当て字でもいいよね。
キングはやっぱりライオンっぽいからホムラのホは吠えるとか」
「せやったら、ムは舞い踊るの舞とかな」
十束に乗っかり草薙も漢字を当てる。それならと最後はと、十束は期待の眼差しを周防に向けた。その目に弱い周防は面倒そうにしながらも彼らの戯言に付き合う。
「ラはあれだろ。
漢字の四みたいなのの下に、糸とかむにゃむにゃしたのがあるやつ」
頭に思い浮かんだ漢字をなんとか伝えようとする周防の言い方が子どもっぽく、3人は思わず吹き出してしまった。
「吠舞羅な」
「一気に暴走族感が増しちゃったね」
「大差ねぇだろ」
おかしげに言う草薙と瑞穂に対し、周防は軽く肩を竦めた。
「名前なんざどうでもいい」
「まぁせやな。
今の俺等のチームにつけられた名前はよその人間からの識別記号でしかない。今考えるべきことは他に山程あるわ」
誰もが周防の言葉に沈黙しだんまりとしてしまう。その重たい空気を払拭するように草薙は喫煙所の灰皿に煙草を押し付けてもみ消すと立ち上がる。話の路線を戻した草薙はチームの参謀として各々の指示を飛ばしていく。その中で最後まで名前を呼ばれなかった瑞穂は不思議そうに草薙を見上げてこう尋ねる。
「私は?」
「俺の仕事を手伝ってくれんか?」
「わかった」
その言葉に頷いた瑞穂は立ち上がった。
「草薙さんは何するの?」
「俺は他のメンバーに連絡して状況説明して、今後の指示出さな」
これから山積みの面倒ごとを前に草薙は大きくのびをすると、彼女を見下ろす。なんとなくだが、彼女が傍らにいれば冷静に物事を対処できる気がした。それに迷ったときに彼女の意見は自分自身を後押ししてくれるのだ。
「それは大変だ」
周防と十束と別れ、並んで歩いていた瑞穂はクルっと先回りして草薙の前に躍り出る。そして彼の不安を払拭するようにニヤッと笑みを浮かべた。
「大丈夫!草薙さんの指示はいつも的確だよ!
それに私も精いっぱい考えるから」
「…せやな」
若干だが強張っているようにみえた草薙の表情が崩れる。スゥっと重荷が軽くなった気がした。
「いつもありがとな」
瑞穂の横に並んだ草薙は彼女の頭をポンポンと優しい手つきで叩いてから歩き出す。彼の手に弱い瑞穂はというと、足を完全に止めてしまい、嬉しそうに頬を染めていた。
「瑞穂ちゃん?」
「はっはい!すぐ行きます!」
草薙に呼ばれ、慌てたように瑞穂は彼のもとに走り寄った。
その後、草薙の指示下で襲撃犯の捜索が行われ、この日から1週間でホムラによる報復は完了する。だが…
『明日は掃除の日だっていうのに…』
彼らが言い残した不穏な言葉が、草薙たちの胸にモヤモヤを残すのだった。