赤の王国【過去編①】※完結
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「イーストサイドタワー…ここかな?」
「ねぇ多々良、やっぱり二人で行くのやめたほうが…」
鎮目町にそびえ立つタワー。その前に二人はいた。
「この噂が本当かどうか誰かが様子を見に行かないと」
「…でも」
「瑞穂は草薙さんのところに戻っていいよ」
「…ダメ」
先ほど手に入れた情報とは、ここにマフィアの事務所があり闇山光葉がそこにいるという噂話だった。その信憑性を確かめに来たのだが、さりげなく十束は瑞穂をこの場から遠ざけようとする。一方瑞穂は本能的に彼を1人にさせてはいけないと感じていた。だからこそ彼についてきたのだ。
「そう?
付いてきていいけど俺から離れちゃ駄目だよ」
「うん」
十束は真剣な眼差しで瑞穂を見下ろす。その目を見上げて瑞穂は小さく頷いた。その頷きで十束は表情を和らげるが、彼の端末に届いた一本の電話で険しい面持ちを浮かべることとなった。
その電話は襲撃を知らせるもの。
集団で襲われて…今日は掃除するっつって…
ホムラも掃除するっつって…
スピーカから聞こえる声に意識を集中させる十束に対して、瑞穂は違う意味で険しい表情を浮かべていた。得体のしれない者がゆっくりと近づいてくる。小さかった足音が着実に大きくなってくるにつれて、モヤッとしたものが胸の中で膨らんでいく。
瑞穂は止まった足音に慌てて背後を振り返った。するとそこには一人の男が立っていた。焦げ臭い匂いを漂わせる彼に瑞穂は半歩下がる。そして十束の服を軽く引っ張った。
「…瑞穂?」
「よぉ逢いたかったぜ、水無月瑞穂」
途絶えた通話に呆然としていた十束は瑞穂に教わるまで他者の接近に気づくことができなかった。背後から聞こえる声に十束は血相を変えると彼女を自分の背に隠し、振り向いた。
「その耳…闇山…光葉」
「そうそう正解。
まさか十束多々良、お前がナイトをしているとはな」
てっきり草薙か尊がしてると思ったぜ
そう言葉を付け加えながらゆっくりとした足取りで近づいてくる闇山から漂う特有の臭いに瑞穂は顔を歪ませた。
「ねぇ、貴方はなんでそんなに焦げ臭いの?」
「わかるか?
いくつか燃やしてきたとこなんだ」
瑞穂の問いかけに闇山は嬉しそうに両手を広げた。そして頭上に掲げた手のひらを今度は彼女へと伸ばす。
「これから俺は王になる。
水無月瑞穂、俺はお前が欲しい。
俺とともに来い」
「…行くわけ無いでしょ」
何に酔いしれているかわからないが、彼は狂っていると瑞穂はもちろん、十束も感じ取った。
なにより、目の前の彼は瑞穂を知っている。そして彼女の力を欲している。只者ではないと思い警戒心を強める二人に対して、闇山は愉しげに笑みを浮かべた。
「まぁそう言わずにお茶でもしようぜ。
もちろんそこにいる幼馴染も一緒に」
「今ちょっと急いでいるんだけど…断ることはできるのかな?」
「出来ると思うか?」
有無を言わせない彼の雰囲気に二人は口を閉ざすしかなかった。
*****
「俺は赤の王になる。
今日は掃除の日。そして建国の日だよ」
ビルの最上階に通された瑞穂と十束はふかふかなソファーに腰を下ろした。そして意気揚々と語る闇山の話を聞かされていた。
「赤の王?それって伝説の赤の王…?」
かつて炎の化身のような男がいて裏社会に君臨していた。その者に付けられた呼び名。普通の人であればおとぎ話じみた都市伝説だと本気にしない話。しかし、ストレインである瑞穂は赤の王が実在していたことは知っていたため、聞き流せないワードだった。
「そうだ。
逆らう奴は掃除し従う奴だけ俺の国に引き入れる。じき警察や青服も含めての戦争になるだろうが勝つのは俺だ」
「水無月瑞穂、尊なんかじゃなく俺の手を取れ。
そうすればそこの幼馴染も一緒に俺の部下にしてやる」
「…どうして私にこだわるの?」
くるっと振り返り窓に寄りかかった闇山は彼女を見て両手を広げた。窓の外に広がる曇天を背に薄い笑みを浮かべる闇山に瑞穂は盛大に眉を顰めた。そんな彼女の問いに、わかっていないなといわんばかりに闇山は肩を軽く竦めた。
「この世界には様々な力を持つストレインがいるがその中でも治癒の力を持つお前は稀少だからな」
「巷では有名な話だ。
だからお前も散々狙われているんだろ?可哀想な話だ。
だが、俺の部下になればもう追われる生活とはおさらばできるぜ?」
そう続けた闇山は愉しげに口角を上げる。だが、瑞穂は嫌悪感を込めて彼を睨み上げた。
「ふざけないで。
そんな話こっちから狙い下げよ」
「なぜだ?こんな上手い話ないだろ?」
「私がついていくのは周防尊だけだからよ」
へぇー?
瑞穂の口から出た名前に闇山は興味深そうに目を光らせた。
「じゃああいつを潰せばお前は俺のものってことだな。
元々そうするつもりだったから好都合だ」
ペロッと唇を舐めた闇山は愉しげに口角を上げた。
付き従う王を失えば彼女を手に入れることができる。ならばその王を潰すだけだ。元々、自分と似た存在である周防尊は潰す予定だったから、そこにおまけがついただけの話だ。
「賭けるか?どっちが勝つか」
「いいよ」
「瑞穂!」
闇山が持ち出した賭け事に瑞穂は迷うことなく話に乗った。そのやり取りに、ずっと黙って観察していた十束が思わず声を上げた。切羽詰まった表情で自分のことを心配する幼馴染に対して瑞穂は、表情を和らげる。
「大丈夫だって。
私達のキングは負けないでしょ?違う?」
「違わなくはないけど、そんな危ない賭け事をしなくたって…」
自信たっぷりに言い切る瑞穂に、勢いを削がれた十束は不満気に口を尖らせる。キングに賭けるのはいい。自分だって同じことをする。だがそのチップとして瑞穂は自分自身を差し出したのだ。そのことが十束の許容範囲を超えてしまったのだ。
「…多々良」
「はぁ…わかったよ。瑞穂の好きにしたらいいよ」
こうなったら意見を変えることがないことを知っている。十束は揺るぐことのない桜色の瞳から視線を逸らすと大きくため息を吐きだすのだった。
*****
ようやくビルから出ることが出来た十束と瑞穂は大きな不安を胸に抱えて街を駆け抜けていた。闇山の前では虚勢を張っていたが内心では焦燥感に駆られていたのだ。
周防は普通の人にはまず負けることはない。だが今回の相手はストレインだ。普通じゃない異能の力を持った彼に周防が勝てるのか、2人はわからなかった。そんな彼らの前に突如何かが飛び出してきた。線路のフェンスを飛び越えてきた大きな影に慌てて二人は急ブレーキをかけたが止まれずぶつかってしまう。
「十束と瑞穂か」
だが軽く接触しただけで二人は受け止められたのだった。その飛び出てきた者は周防だった。名を呼ばれた十束と瑞穂は跳ねるように顔を上げた。すぐに彼の名を呼ぼうと思った二人なのだが、全力疾走していたため、口から出るのは呼吸音だけだった。そんな彼らの様子を見下ろし、周防は首を傾げた。
「…どうした?」
「それはっ…こっちのセリフ…だよ」
「そんなにボロボロな尊…初めて見た」
「面倒な奴が相手だったんだよ」
ようやく息が整った二人は周防の姿を見て苦笑いを浮かべた。周防の身体には刃物で切りつけられた跡や擦り傷などがいくつもあり、出血でジャケットの下のシャツが赤く染まっていたのだ。
「…瑞穂?」
「…尊っ、生きててよかった」
抱きつくように瑞穂が飛び込んでくる。それをなんなく受け止めた周防は、肩を震わす彼女を落ち着かせようとそっと抱き寄せた。そんな二人の様子を傍らで見守っていた十束が口を開く。
「とにかくバーに戻ろう。草薙さんと合流しないと」
「あぁ」
「戻ったら傷の手当もしないとね」
髪を一撫でし瑞穂から離れた周防は一足先に歩き出す。その斜め後ろを十束と瑞穂は追うように歩き出した。