赤の王国【過去編①】※完結
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「すみませんね、騒がしくて」
1階に降りると既にお客さんで賑わいを見せる店内。その賑わいを横目に水臣はカウンターで話す甥っ子と常連客である生島の間に割って入った。鎮目町をシマにしているヤクザの幹部である生島からどうやら大人の世界の事情を探ろうとしている好奇心旺盛な甥っ子に釘を刺す意味も込めて。
草薙は水臣の姿を捉えると一歩引いて、彼に今立っている場所を譲る。そして二人のやり取りを横目に草薙は、叔父と一緒に降りてきた瑞穂に声を掛けた。
「ありがとな、瑞穂ちゃん。叔父貴の世話をしてくれて。」
「いいえ、これくらい全然。
それより私もなにか手伝わせてください」
目尻を下げる草薙に釣られるようにふわりと笑うと瑞穂は賑わう店内を見渡した。昔と比べて、草薙世代の若い連中が多く来るようになったバーHOMRA。今日のバイトである十束が忙しなく働いているがそれでもお店を回すには人手が足りなそうだ。そう感じた瑞穂からの提案に対して、草薙は申し訳無さそうに彼女を見た。
「せやな、お願いしようかな。
俺は俺で別件の対応をしないといけなくなりそうやしな」
そう言った草薙は奥のテーブルに十束の手により案内された見知った少年らに一瞬目を向けた。神妙な面持ちを浮かべている彼らとこれから話す事柄にため息をつきたくなる草薙の横顔を瑞穂は不安げな様子で見上げていた。
「草薙さん、大丈夫?」
その声に慌てて草薙は視線を戻した。すると桜色の瞳を揺らし、心配そうに自分を見上げる瑞穂の姿があった。
「大丈夫や、瑞穂ちゃんが心配するようなことは起こらんから」
彼女を安心させようと笑ってみせた草薙。だが瑞穂からしたら無理しているように見えた。あらゆるチームに顔が利き、情報通で頭が回る草薙は頼りにされ相談ごとを受けることが多い。最近は特に、相談目当てでHOMRAに来店する少年が増えてきている気がする。
不良専門の弁護士ごっこだな
そう揶揄って草薙の今の立ち位置を表現した水臣の嘗ての言葉が瑞穂の脳裏に過る。頼られることはとてもいいことだ。だけどそのせいで彼が巻き込まれることが瑞穂は心配だった。
それでも危険な目に合わせたくない彼の気持ちに気づいている瑞穂は、草薙の言葉に小さく頷くとお客のオーダーを取りにカウンターの外に出るのだった。
*****
「はぁ…」
「どうしたの?」
「瑞穂ちゃんの目は誤魔化せんなって思ってな」
「瑞穂は妙に感は鋭いからね、俺と一緒で」
「そういうところは似なくていいんやけどなぁ」
深くため息を吐き肩をすくめる草薙に対して十束は小さく笑ってみせた。だが彼の表情はすぐに珍しく真剣なものに変わった。
「ねぇ草薙さん」
「ん?」
「最近の、草薙さんのところに持ち込まれてくるごたごたと、今話していたヤクザやマフィアのごたごたって、別のものなのかな?」
「何言うとるん。それとそれがどないしたら繋がるんや。
まぁ、今抗争やらかしてる大手チームにはマフィアと繋がってるんもおる可能性もあるけど、直接的には…」
「そうなんだけど…
何か最近、一つの大きな嵐が近づいてきてるせいでいろんな影響がでているような、そんな気分になるんだよ」
さきほど生島の口からもたらされた鎮目町の情勢事情に危惧していたのだ。最近海外から入ってきた欧米系の新興マフィア組織が急激に成長していること。その組織の周りで不審なことが起こっていること。
わざわざ生島が忠告するために話してくれた内容と、最近異様にもたらされるごたごたが関連しているように十束は思ったのだ。だがそれはあくまでも十束自身の直感。確証があるわけではないことだったため、十束は苦笑いして軽く肩を竦めた。
「まぁこれはただの俺の憶測だから、気にしないで」
そう言って草薙に背を向け、相談事を持ってきた少年らがいる奥のテーブルへと向かう。その十束の背を追いながら、草薙自身もモヤモヤと不安を覚え始めるのだった。
「いらっしゃいませ!二名様でよろしいですか?」
店のドアベルがカランと鳴り、男性客が入ってくる。声を掛けた瑞穂は、来店した二人をテーブル席に案内した。
「ご注文はどうしますか?」
注文内容を聞き終えると瑞穂は、急ぎ足でその場を離れる。そして、水臣にオーダー内容を伝えるとビールをグラスに注ぎ始めた。
果たして自分は平静を保てているだろうか?
黙々と手を動かす瑞穂。だが内心はものすごく動揺していた。
あの二人、ストレインだ…
あの客がこの店に害をなすとは限らない。だがストレインだと気づいた瑞穂は無意識のうちに警戒心を強めていた。そんな彼女は、注文の品を彼らがいるテーブルへと運んだとき唐突に声を掛けられた。
「なぁあんた」
「はい?なんでしょう?」
「尊は今もこの店に出入りしてんのか」
瑞穂はその問いに怪訝そうに顔を顰めた。どういう目的で彼は尊のことを尋ねてくるのだろうかと。ますます違和感を覚えた瑞穂だが、その者の顔をどういうわけか認知することが出来なかった。
「…よく来てますが。
尊とはどのようなご関係でしょうか?」
「尊とは昔の知り合いでな。ちょっと聞いてみただけだ。気にすんな。それよりあんた…」
「”ストレイン”って言葉聞いたことあるか?」
戸惑う彼女にその男は不敵な笑みを浮かべるとそっと耳打ちをする。その彼の口から告げられた単語に瑞穂は一瞬身体を強張らせた。
「すみません、聞いたことがないです」
「…そうか」
反射的に返答した言葉に残念そうに肩を竦める彼に深く頭を下げると瑞穂は慌てて彼らに背を向けた。
あからさまな態度とってしまっただろうか?
平静を装いながらも瑞穂の心臓はバクバクとしていた。
もしかして見抜かれてしまったのだろうか?
探りを入れられたことに瑞穂は不安でいっぱいだった。この3年の間、尊たちと知り合ったお陰か追いかけられることが減っていた瑞穂は、この居場所を壊されることが怖かったのだ。だからこそこのまま平穏な時間が続いて欲しいと願わずにはいれられなかった。
だが、残念ながら彼女の危惧した通り事態はゆっくりと動き始めようとしていた。
「こんなところにいたのか…
桜色の瞳の少女…間違いない」
彼女が去ったテーブルにいた1人が端末でとあるアプリを開く。
”jungle”という最近知ったネット掲示板、そこで彼は1人のストレインの情報を手に入れていたのだ。ネット掲示板に載せられた写真と見比べ、嬉しそうに笑みを零す男に向け、今まで静観していた連れの男が口を開いた。
「どうする気だ、光葉」
「あぁ?決まってるだろ?俺のクランズマンにする。」
子どものように目を輝かせた男、闇山光葉は当然のように返事する。その返しに眼鏡を曇らせた男、鶴見トウヤは怪訝な眼差しを彼に向けた。
「あんなガキいらねぇだろ?」
「いや必要だ。
治癒できるストレインは希少だから手元に置いておきたい。」
「ふーん、何か考えあるのか?」
「まぁーな」
そう言った闇山は、端末から顔をあげると店内を見渡す。
「おい」
闇山は手を上げ、店員を呼ぶ。すると今度は見覚えのある少年がやってきた。中性的な顔立ちをした少年の店員は、3年前にちょっかいをかけるために闇山が適当な奴らをけしかけて襲わせた相手だった。
名は確か、十束多々良だったか
ボコらせた後、周防尊の様子を見たくてこっそり様子を伺いに行ったとき、彼の顔を認知していたのだ。
「ペン貸してくれ」
そういえばあの時この少年の隣にはあの少女がいたことを思い起こしながら闇山はナフキンにペンを走らせるのだった。
あの時の約束
ここらで時効とさせてもらう 闇山光葉
「十束、これ」
バーのドアの札を「CLOSE」に返し重たいため息を溢した草薙にさらなる追い打ちを掛けるかのように十束は懐から取り出した紙ナフキンを広げる。そのナフキンに綴られている文字に目を通した草薙は表情を強張らせた。
あの時の約束...それは3年前に尊と闇山が乱闘になったときのこと。敗者は勝者の命を聞けと両者に宣言した草薙の言葉。そして、乱闘に勝利した尊の命は消えろ。それ以降、闇山に関する噂話は一切聞かなくなった。
「そこのテーブルのお客さんが帰ったあとにテーブルを片付けようとしたらこれが置いてあるのを見つけた。
だけど、そこに座っていた人の顔をどうしても思い出せないんだ」
「思い出せない?」
困惑する十束の言葉に草薙は怪訝な顔つきを浮かべた。助けを求めるように草薙は瑞穂に視線を向けたのだが、彼女の尋常ではない様子に慌てたように彼は駆け寄った。
「瑞穂ちゃん、顔色悪いで?」
「…草薙さん」
「体調悪いならさっさと帰っ…」
「今回の件、これ以上首を突っ込まないほうがいい」
「え?瑞穂、急にどうしたの?」
瑞穂はギュッと手を握りしめた。
あんなに警戒していたのに、そのテーブルに座っていた二人組の顔を認識できなかった。二人のうちのどちらかが持つ力のせいであろう。
ヒールの力ってなんでも治せたりするのか?
顔は認知できなかったのに、帰り際に耳元に囁かれた言葉がこびりついて離れない。彼らは少なくとも自分に興味を抱いている。そのことが怖かった。普通の人である彼らを瑞穂は巻き込みたくないのだ。なんていったって、今回は人ならざぬ力”超能力”を持つストレインが相手なのだから。
「私の直感が身を引くように言ってるの。
ねぇ、今回だけは大人しくしてようよ」
珍しく感情的な瑞穂に、事態が思った以上にただ事ではないと悟った草薙は困ったように眉を顰めた。
どうすればいいだろうか?
闇山は尊という人物に執着心を見せている節がある。近いうちに闇山が姿を見せることは確実だ。正面衝突は避けられないだろう。
それに最近相談される案件も関係ない話ではなくなってきた。簡単に放り投げるわけにはいかないのだ。
だが、彼女の意見を無下にはできない。
「この話は尊がいるときにしよう。
瑞穂ちゃん疲れたやろ?今日はもう帰って休み」
彼女と視線を合わせようと腰を屈めた草薙は、渋々頷く瑞穂の頭を優しく撫でると、体勢を戻し十束に体を向けた。
「瑞穂ちゃんのこと頼むで」
「言われなくても」
小さく頷いた十束は、瑞穂を半端強引に近くの椅子に座らせた。その後、草薙と二人で店の片付けを終えた十束は彼女の荷物を持つ。
「瑞穂、帰るよ」
「十束、タクシー呼んどいたからそれに乗って帰り」
「えぇ、悪いよ」
「いいから」
歩いて帰ると渋る十束を瑞穂と一緒に呼んでおいたタクシーに草薙は押し込む。ゆっくりと走り出すタクシーのテールランプを見届け草薙は店に戻るのだった。