赤の王国【過去編①】※完結
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「こんにちはー。あれ、水臣さんはいない?」
「叔父貴なら二階で寝取るわ。昨夜飲みすぎて二日酔いなんやと。
今、瑞穂ちゃんが様子見に行っとるわ」
「あらま。じゃあこれ、水臣さんから頼まれた買い物なんだけど、ここ置いておくね」
バーに入ってきた十束はカウンターの内側でグラスを磨く草薙に声を掛けると買ってきた調味料の類いを並べ始めた。
「十束、今日はうちの仕事の日やったか」
「うん、そう。でも水臣さんダウンしてるんじゃ、今日は開けないかな?」
「いや、もう叔父貴はほっとこ。俺が開けるわ」
「ふふふ、この調子だと草薙さんがこのバーの正式なマスターになっちゃいそうだね」
「最近は特に俺が開けてるからな」
彼らが妙な縁で出会ってから3年が過ぎていた。大学生になり成人した草薙はようやく何の気兼ねもなくバーの仕事に関われるようになっていた。そのため水臣がいない日でも一人で開ける日が多くなっていたのだ。
「そういえば瑞穂来てたんだね」
「ほぼ毎日入り浸ってるで。
高校生がバーに来るのはどうかと思うんやけどな」
「だって僕らは中学生の頃から入り浸ってるからね」
「それがよくないって言ってるんや」
「連れてきた張本人がよく言うよ」
経済的な問題で進学を選択せずに様々なバイトをしている十束に対して、資金援助がある瑞穂は高校生になっていた。授業が終わると毎日のようにバーHOMURAにやってくる彼女が、最近の草薙の悩みのタネだった。だが、十束にご尤もな言葉を言われて全く言い返すことができず草薙は苦い顔を浮かべた。そんな彼の姿に十束は笑みを溢した。
「そんな罪悪感、感じなくていいよ。
むしろ俺たちは感謝してるんだからさ」
「そーなんか?
なんか俺たちと関わりを持ったせいで素行が悪くならないか不安でしゃあない」
「そんなことならないから!大丈夫大丈夫!
それに…」
「それに?」
「今の瑞穂が生き生きしてるのは間違いなく草薙さん達のおかげだよ」
荷物を片し終えた十束はカウンターチェアーに腰を下ろすと、頬杖をし草薙を見上げた。嬉しそうに目を細めた十束はその後にこう続けた。
「ありがとね、瑞穂を閉じこもっている殻から出してくれて」
草薙達と出会ってから瑞穂は本質的に変わった。以前はどこか人と一定の距離を保ち、一線を引いていた。今までの彼女であれば高校進学を選ばなかっただろう。
だが、彼らと関わりを持って心境の変化があったのか彼女は高校に進学をした。十束が作る輪に入るのではなく、自らその輪に飛び込もうと思えるようになった。それが十束にとってとても嬉しいことだった。
「ええって、俺がやりたくてやったことやしな」
グラスを磨く手を止めた草薙は思い出すように飴色の瞳を細めた。
本音を見せず自分で抱え込んでしまう彼女はどこか脆く見えて、放っておけなかった。普段は誰とでも適度な距離感を保つ草薙だが、彼女に関して言えば一線を踏み越えてる自覚はあった。どうしてここまで気にかけてしまうのか?その理由はわからないが、彼女の花が咲くように笑う笑顔を見ると心が洗われる心地があった。
そんな彼の表情を間近で目の当たりにした十束は1人静かに口元を緩めると、視線を2階に続く階段にやった。きっと体調が悪い水臣につきっきりなのだろうと思いを馳せた十束は、開店準備をするためにゆっくりと立ち上がった。
「水臣さんは、瑞穂に任せておけば安心だね」
唯一彼女の能力を知っている十束はそう言い残すと店内の掃除をし始めるのだった。
*****
「いつも悪いな、瑞穂ちゃん」
一方その頃、2階では青白い顔でベッドに横になっている水臣とその傍で椅子に腰掛ける瑞穂の姿があった。弱々しい彼の申し訳無さそうな声に瑞穂は大きく横に首を振った。
「全然、私にはこんなことしかできないので」
そう言う彼女の両手は淡い光を放っていた。その光は水臣の身体を優しく包み込む。
瑞穂が水臣にこの能力を使い始めたのは3年前。彼女が水臣の体を蝕んでいるものの存在に気づいた時からだ。どうやら自分の事情を知っている水臣。彼女は正直に自分が”ストレイン”という存在であることと能力について包み隠さず話したのだ。
「ありがとな、瑞穂ちゃん。
俺を信じて話してくれて」
口を挟むこと無く、黙って聞いていた水臣は話し終えた瑞穂にそう声を掛けると、彼女を手招く。その手に誘われ彼のもとに近寄った瑞穂は、自分の頭に温もりを感じた。それは水臣の右手だった。
優しい眼差しが柔らかく細められる。水臣は目を見開いて固まってしまった彼女の頭を優しく撫で回した。
「今までよく頑張ったな…
辛かっただろ」
情報屋としての顔を持つ水臣は当然、”ストレイン”を認知していた。彼らがどういう扱いを受けているかある程度把握していた彼は、とことん彼女を甘やかしたかった。中学生とまだまだ幼いこの少女は自分では到底計り知れない重荷をどれほど背負っているのだろう。少しでもその肩の荷を軽くしてあげたい。だがなんとなくだが自分の残されている時間は少ないだろうと水臣は感じていた。
出雲、この娘から目を離しちゃダメだぞ
彼女とはじめてあった頃に甥っ子に掛けた言葉が蘇る。この言葉通り、出雲には頑張ってもらわないといけないなと水臣は口元を緩めた。
そして案の定、このような扱いがはじめてだった瑞穂は嗚咽を漏らして涙を流していた。そんな彼女の背に手を回すと幼子をあやすように擦った。
「ごっごめんなさい、迷惑ですよね」
「迷惑じゃないさ。
逆にもっと頼ってくれるとおじさんは嬉しいよ」
「そうなんですか?」
「俺の甥っ子は妙に大人びちまって可愛げがないからな」
不安げに声音を震わす瑞穂の返しに水臣は口を尖らせながら答えた。その答えに瑞穂は面食らって固まってしまう。だが、すぐに表情を崩し小さく笑みをこぼした。
「じゃあ頼らせてもらう代わりにたまに水臣さんにこの能力を使わせてください」
「…っ!気づいていたのかい?」
核心を突かれてしまった水臣はハッとした表情を浮かべた。ずっと隠していたことをこの少女に気づかれると思わなかったのだ。
「…はい。
この能力がどの程度効くかわからないですが、少しでも進行を遅らせられればと思って…」
「そういうことならお願いしようかな」
この能力が万能でないことなどわかっている。それでも何もせずに見過ごすことなんてできない。全く無意味かもしれないが、少しでも彼の身体の負担を減らせればと瑞穂は思ったのだ。
そんな彼女のご厚意に水臣は目を細めて承諾した。それ以降、瑞穂はバーHOMRAでひっそりと彼に能力を使っていたのだ。
「さて、そろそろ下に行こうか」
「え?」
ゆっくりとベッドから立ち上がる水臣を瑞穂は呆気にとられながら見上げる。先ほどまでと比べて彼の顔色はだいぶ良くなった。だが、この状態で店に出れるとは思っていなかった。
「このままだと出雲に店を乗っ取られちゃうかもしれないからな」
そう言うと水臣はしっかりとした足取りで歩きだす。どう考えても空元気のようにしか瑞穂は思えない。それでも身体が動く限り店に立ちたいのがマスターとしての性なのだろう。
瑞穂は彼を追おうと慌てて立ち上がった。
「私も手伝います」
水臣に追いついた瑞穂は彼の背にそう伝えると、寄り添うように並ぶのだった。