赤の王国【過去編①】※完結
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…なにやってんだ?」
その低音の声にじゃれあっていた草薙と瑞穂はキョトンとした表情でバーの扉を見た。するといつの間に入っていたのか気だるそうな顔に対し若干目を丸くしている周防の姿があった。
「おぉ尊いつ来たん?」
「ついさっき」
「飲み物いつものでいいか?」
「あぁ」
手を止め背筋を伸ばした草薙が彼に声を掛ける。その対応に返事をしながら周防はもはや定位置と化したソファーに身体を沈ませた。我が物のようにだらりと座る周防の姿に草薙は苦笑しながらも慣れた手付きで手を動かしだす。
「周防さん、よく来るんですか?」
「ん?あぁ…ふらっとたまに来てくつろいでくで」
草薙が彼を店に連れてきてから、周防自身この場所を気に入ってくれたのか街をふらりと流れ歩く彼の巡回コースの一つとなっていたのだ。草薙自身最初は驚いたものの今となっては喜ばしいとばかりに彼を迎い入れていた。対して、どこかに定住することがなさそうな彼がバーHOMRAでだらしない姿でくつろぐ姿に瑞穂は目を丸くし驚いていた。そんな彼女の前に草薙は用意できたカップを差し出した。突然出てきたものに瑞穂は驚きのあまり顔をあげる。するといたずらっぽく片目を瞑ってみせる草薙の姿があった。
「瑞穂ちゃん、これを尊のところに持ってってくれん?」
「...うん」
ドクッと心臓が跳ね上がった。目の前の彼に何もかも見透かされてる気がした。気を利かして差し出してくれたカップを瑞穂は恐る恐る両手で包み込むとゆっくりと立ち上がりカウンターに背を向ける。
何処にいても惹き立つ炎のような赤い髪。彼と出くわしたのはこれで3回目。だが面と向かって喋ったことはあまりなかった。噂に聞いていた風貌はそのまま。だが近づいてみると本性はどこか違うような気がした。
周防さん
瑞穂が名前を呼ぶと気だるそうな眼差しを向ける。だがその黄金色の瞳は拒絶してるふうには感じられなかった。瑞穂は彼の隣に腰掛けると運んできたカップを差し出した。
「はいどうぞ」
「あぁ」
目の前に置くと周防はそのカップに手を伸ばす。彼が飲む姿を横目に眺めながら瑞穂は目を細めた。そんな彼女に対しふと周防は口を開いた。
「お前名前は?」
「え?」
「そういえば知らないと思ってな」
まさか名前を尋ねられると思ってなかった瑞穂は桜色の瞳を丸くした。彼から名前を聞かれるとは思ってなかったのだ。少しでも彼が興味を持ってくれてるとわかった瑞穂は嬉しそうに綻んだ。
「水無月瑞穂」
紡がれた名前を咀嚼するかのように瞬きを何度かした周防は静かに目を伏せた。
また彼と遊んでください
彼女と初めてあった日の去り際に聞いた言葉が脳裏を過る。予言のようなその言葉通りあれ以降己の姿を街中で見つけた十束はふらっと隣に並んで歩いてくるようになった。それがいつしか自然となったことに周防自身一番驚いていた。それは目の前の彼女にも同様のことが言えた。胸の奥に疼くやっかいな衝動。不思議と彼女が傍にいると疼くものが少しだけ和らいでいるような気がした。
「水無月の言うとおりになったな」
「えっ」
最初なんの事を言ってるのだろうと思った瑞穂。だがすぐに十束のことだと気付いた瑞穂は企みが成功したといったような笑みを浮かべた。
「でしょ!」
目をキラキラと輝かせて普段以上に饒舌に喋る幼馴染は目の前の彼に惹かれていた。
「ね、周防さん...
案外悪くないでしょ?多々良は」
「あぁそうだな」
「良かった!」
ホッと安堵し瑞穂は胸をなでおろす。だがそんな彼女に対して周防はどこか引っかかりを覚えて眉間にシワを寄せた。
「...呼び方」
「え?」
「その呼び方よそよそしいからやめろ」
「...キング?」
不服そうに呼び方を指摘する周防の言葉に瑞穂は暫く考え込む。そうしてようやく出てきたのは幼馴染が名付けた名前。だがその名を口にした途端周防の不機嫌さはさらに増した。不貞腐れた表情でジッと瑞穂を周防は見た。
「それはダメだ」
「えぇー」
じゃあなんて呼べばいいのだろう
瑞穂は思考を巡らせる。だが一向にいいものが浮かんでくることは無かった。
「んん...」
真剣に考える瑞穂の隣で周防はフッと小さく笑みを浮かべた。
「尊でいい」
「みこと...??」
言葉をオウム返しする瑞穂の脳裏は未だに霧がかったまま。首を捻りながら瑞穂はその言葉を脳内で反芻させる。ここでようやくみことを尊と変換できた瑞穂は数秒の時間差で目を白黒させて仰天するのだった。
「え?まって!!」
「なんだ?」
「呼び捨てしろってこと?ムリムリ!!」
「俺がいいって言ってんだがらいいだろ?」
「いや、そういう問題じゃない!」
大きく手を横に振って拒否する瑞穂に周防はムスッとした表情で詰め寄った。そんな彼に対して思わず瑞穂は仰け反る。そして救いを求めるかのようにカウンターに視線を向ける。だが草薙はカウンターに頬杖をついて優しい眼差しで行く先を微笑ましげに眺めているだけ。救いの手が伸ばされることはなかった。
「草薙さん!!」
「ええやん、呼んでみ」
「愉しんでない?」
声音がからかっている風にしか聞こえず瑞穂は不服そうに頬を膨らませる。
「ほらそんな顔しとったら可愛い顔が台無しやで」
「誰がそんな顔にさせてるんですか?」
「尊やな?」
「…違うだろ」
「えぇ、でも尊が呼び捨てにしろって言ったのが事の発端やろ?」
「草薙さんのせいです」
俺を巻き込むなとばかりに草薙を見る周防に対して、草薙は目を細めた。が、その口論に関して言えばからかわれた本人的には草薙が悪いと瑞穂は口を尖らせる。一向に機嫌がよくならない彼女に草薙は困ったように肩を竦めて見せた。
「しゃーないな」
そう言うと草薙はカップを1つ持ってカウンターから出てくる。そして彼女がいる前にそれを静かに置くのだった。
「これでも飲んで機嫌直してや」
「…わぁ」
飲み物で機嫌が直るほど単純ではないと思いながら渋々瑞穂は視線を落とす。すると予想を超えるものが目の前に置かれていて瑞穂は思わず感嘆の声を上げた。カップの表面に白いミルクで形作られたリーフが描かれていたのだ。それを見て桜色の瞳をキラキラと輝かせる瑞穂。だが彼の掌で転がされてはいけないと首を左右に小さく振った。
「いやいやこれで釣れるほど単純じゃないですよ」
「じゃあこれいらん?」
「…いる」
先ほど置いたカップを取り下げようとする草薙。だがそれを遮るように瑞穂の手が先に伸びていた。
「このカフェラテに免じて今回は許してあげます」
「それはおおきに」
素直になれない瑞穂の口から発せられた言葉に草薙は恭しく頭を下げた。
「草薙、俺には?」
「ないで」
「なんでだ?」
「これは瑞穂ちゃん専用やからな」
隣から覗き込んでいた周防は縋るように草薙に尋ねる。だが元々彼女に作ってあげようと思っていた草薙はバッサリと却下するとすぐさま瑞穂に視線を戻す。自分が淹れたものを美味しそうに飲む瑞穂の姿。彼の飴色の瞳は嬉しそうに目尻を下げるのだった。