赤の王国【過去編①】※完結
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「ごめんください」
鎮目町の一角に佇むHOMRAのお店のドアを瑞穂は恐る恐る押し開けた。
CLOSEになってても入ってきてええから
その言葉の言う通り瑞穂は店内に入った。が、辺りを見渡してもお目当ての人物はおらず。あの時彼が立っていたカウンターには煙草の煙を燻らせながらグラスを磨く1人の男の姿があった。
「ん?お嬢ちゃんどうした?
ごめんなぁ、今日は臨時休業なんだけど」
カランというドアのベルで人が入ってきたのがわかった男は瑞穂の姿を捉えると、その手を止めて彼女を不思議そうに見つめた。初めて出逢った人、だが雰囲気が佇まいが彼に似ていると瑞穂は感じた。
「あっ…あの…」
「…うん」
「…く…出雲さんはいらっしゃいますか?」
言葉をつっかえながら要件を何とか伝えようとする瑞穂を暖かく見守っていた男は、この少女の口から出てきた名前に目を丸くした。
「お嬢ちゃん、出雲に会いに来たのか」
思わず落としかけた煙草をくわえ直した男はマジマジと小さく頷いた彼女を見つめた。どう見ても高校生には見えず同級生とは考えられない。だが、彼が街で遊ぶ奴らともまた漂わせる雰囲気が違うように見えた。
「あの、私…この前出雲さんに助けてもらって…
いつでもここにきていいとその時に言ってくれて」
「……そうだったのか」
カウンターから出てきた男は少女の前で身を屈めると身を縮こませている彼女の頭に手を置いた。その手の温もりに完全に俯いてしまった瑞穂はゆっくりと顔を上げた。
「出雲は俺が預かっている甥っ子だ。で、俺の名前は草薙水臣。
お嬢ちゃんの名前は?」
「水無月瑞穂です」
「瑞穂ちゃんよく来たね。出雲は今買出しにいってていないんだ。もうすぐ戻ってくると思うからそれまでおじさんの相手してくれないか?」
目線を合わせて尋ねる水臣に瑞穂は小さく頷く。そんな彼女に優しく笑いかけた水臣は彼女をカウンターチェアへとエスコートした。
「そういえば瑞穂ちゃんはどんな風に出雲に会ったんだい?」
「追いかけられているところを助けてもらったんです」
「そうだったのか」
淹れてもらった珈琲を飲んでいる瑞穂に水臣はふと問いかける。その問いに瑞穂は懐かしそうに目を細めた。そんな彼女の様子を水臣は微笑まし気に眺めた。
色素の薄い胡桃色の髪。ぱっちりとした瞳は桜色。この目の前の容姿とピッタリな少女の情報を幾度か求められたことがある水臣は彼女が抱える稀有な運命の行く末を秘かに案じた。
「瑞穂ちゃん」
「はい」
「何かあったら出雲に直ぐ言うんだぞ。
瑞穂ちゃんが抱えている問題は1人で背負いきれるものじゃないからな」
言い聞かすように目線を合わす水臣は真剣な面持ちを浮かべていた。そんな彼の様子に自然と背筋が伸びた瑞穂は小さく頷く。それを水臣は満足そうに表情を崩すと彼女の頭を優しく撫でるのだった。
*****
「叔父貴、戻ったで…って」
カランっとドアベルを鳴らし店内に入った草薙は視界に入る少女の後ろ姿を見つけ目を丸くした。その甥っ子の年相応の表情を水臣はご満悦気に眺めていた。
「出雲、お客様だぞ」
「…お邪魔してます」
草薙が戻ってきたことに気づいた瑞穂は慌てて椅子に座ったままクルっと振り返ると小さくお辞儀をする。そのお辞儀に空いている手を上げて返すと、彼らがいるカウンターへと歩みを進めた。
「いやぁ出雲も隅に置けないな、こんな可愛い女の子がいるなんて聞いてないぞ」
「揶揄われるのが目に見えとるのに、言うわけないやろ」
冷やかす気満々な水臣は彼を小さく小突く。愉しげに口元に弧を描く彼の様子に草薙は鬱陶し気にその手を退けると呆れた眼差しを彼に向けた。その視線に水臣は仕方なさそうに小さく肩を竦めると今までいた場所を明け渡すかのように端に寄る。
「さてと俺はお邪魔虫のようだから2階に引っ込んでようかな」
「えっ別に私は…」
「せや、さっさと奥に引っ込んどき」
珍しく気遣いが利く水臣を早くこの場から退場させたい草薙は、シッシと手で払う。そんな草薙の傍らを通り過ぎる水臣だったが、彼の耳元にだけ聞こえるように耳打ちをする。
「出雲、この娘から目を離しちゃダメだぞ」
お茶らけていた彼からは想像できないくらい声色が真剣みを帯びていて草薙は小さく息を呑んだ。そんな彼の様子を想像していた水臣は真実を話すわけもなく、託すように彼の肩に手を置き数回叩くとすぐに離れた。
「じゃあな瑞穂ちゃん、またいつでも来てな。
叔父さんが話し相手になってやるから」
草薙にチラッと見せた表情が嘘のように軽快に笑みを溢した水臣は颯爽と階段を上り姿を消した。その姿をジッと追っていた草薙はホッと胸を撫でおろすと、ゆったりとした動きで彼女に振り返った。
「久しぶりやな、瑞穂ちゃん。十束はどうや?」
ふわりと向けられる飴色の優しい眼差しに瑞穂は嬉しそうに目尻を下げた。
「ご無沙汰してます。多々良は相変わらずですよ」
瑞穂は1日2日で退院したが十束の方は重症ということもあり暫く入院生活が続いた。ジッとしていられない性分であることもありベッドに安静の状態と厳しく咎められた時は子供のように駄々を捏ね、見舞いに来た瑞穂に唇を尖らせてた。そんな彼だがようやく最近退院した。まだ完治していないのでもう暫くは松葉杖生活をしないといけないが。
「この前はクラスメイトの前でタップダンスを披露してましたよ」
「あのタップダンスまだやっとるんかい、懲りないやっちゃな」
瑞穂の報告に草薙は頭を抱えた。先日十束が得意げに二本の松葉杖と無事な片方の足を使っての三本足タップダンスを銘打ってきたのだ。
そんなことする元気があるなら早く治しや
草薙自身、楽しげにダンスをする十束の頭にチョップをしたのは記憶に新しい。困ったように彼は目尻を下げた。
「たく、瑞穂ちゃんも大変やな。あんなやっちゃだから十束に振り回されまくっとるやろ?」
「楽しいですよ、振り回される日々も」
瑞穂は嬉しそうに口元を緩めた。普通の人とは違う、そう気付いた日からずっと独りで目立たないように生きてきた瑞穂にとって、十束多々良は一筋の光だった。彼と出会ったお陰で味気ない世界が一変したのだ。
「多々良がいるから私は日々を退屈せずに過ごせてるんです」
「じゃこれからは尚更退屈せずに済みそうやな」
その返答に対し草薙は悪巧みを企む少年のように口角を上げた。普段飄々としていて知性的な彼からは想像出来ない年相応の表情に瑞穂は思わず目を丸くした。
「なんや?そんな驚いた顔をして?」
「草薙さんの意外な一面を垣間見たような気がして…」
「俺をなんやと思ってるんねん」
瑞穂の反応に草薙は心外だと項垂れる。その落ち込む彼を見て瑞穂はクスッと小さく笑みをこぼした。
「こら、笑うなや」
「いやだって…草薙さんも高校生なんだなって思えて」
「れっきとした高校生や」
「うん、そうだったね。ついつい忘れちゃうや」
「…たく」
小さく息を零した草薙は目の前にある胡桃色の頭に手を置いた。
「わぁ!!」
「そうや、俺はただの高校生で、瑞穂ちゃんもただの中学生や」
少々乱雑に頭を撫で回してみると瑞穂は慌てて乱れた髪を戻そうと躍起になる。そんな彼女の様子を見ながら草薙は含んだ笑みを浮かべる。
「だから楽しまないと勿体ないで」
ワントーン高くでも優しく包み込んでくれる声色に瑞穂は抵抗する手を止めポカンとした表情で彼を見上げる。
瑞穂、人生楽しんだもの勝ちだよ!
昔そう言って無邪気に笑う十束と今の草薙の表情が重なって見えた瑞穂は何度も瞬きを繰り返す。が思考はすぐに小さな痛みで吹き飛んだ。思わず瑞穂は額に手を当てて前を見る。するとデコピンをした草薙が不機嫌そうに見つめていた。
「わかったら返事せえ」
「え…えっと…」
「言わんのはどの口や?」
「わわわ…」
どう対応するのが正解かわからず挙動不審になる瑞穂を見て、悪戯心が燻られた草薙はニヤリと笑みを浮かべながら頭に手を置く。彼の手によって再びもみくちゃにされる髪。だがそのことに瑞穂はあたふたしながらも、何故か嬉しそうに笑みを零すのだった