赤の王国【過去編①】※完結
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「誰にやられた」
ノック音と共に開いたドアから入ってきた周防は不機嫌そうな表情で十束を見下ろしていた。彼の声色から苛立っているのは明白。一気に緊迫感が増した空気に耐え切れず瑞穂は息を呑む。その背後には周防と共に現れた草薙が小さくため息を溢していた。
「君ねぇ…コイツの周りをうろついとると、またこういう目に逢うで。強い奴の側は安全やと思うてたかもしれんけど、正反対だぞ」
「うん、気をつけます」
「あんなぁ、もっぺん言うけど…」
窘めようとする草薙であったが、当の本人の表情から反省している素振りが見えず信用が出来なかった。もう一回釘を刺しておこうと思う草薙であったが、同伴者の苛立ちがそれを遮った。
「…誰にやられたって聞いてんだ」
土足のまま十束のベッドを蹴った周防は眉間に皺を寄せて一向に答えない十束を見据えた。そんな彼に物怖じせずに十束は真っ直ぐ周防を見上げた。その光景に口を挟む隙はなく、瑞穂は二人を交互に見ると不安げな表情で草薙を見上げた。不安げに揺れ動く桜色の瞳に気づいた草薙は小さく肩を竦めると、大丈夫だと云わんばかりに彼女の肩にさりげなく手を置いた。この場に流れる空気で冷え切った身体に草薙の大きな手の温もりがじんわりと染みわたる。その暖かさに瑞穂はホッと力んだ力を解くことができたのだった。
「…その前にキング、1つだけお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」
暫く思案していた十束だったがようやく自分の中で決心がつくと、口をゆっくりと開いた。その一声に、周防は小さくあごをしゃくって言ってみろと十束に先を促した。
「この足…すっごくかゆいんだ!足の甲のところ、搔いてくれないかな?」
深刻そうな表情を一変。十束はギプスに固定され吊り上げられた片足を擦りながら、ヘラっとした表情を浮かべて見せた。その十束の一声に周防は一瞬拍子抜けた表情を浮かべた後大きくため息を吐きだしたのだった。
「…いてぇ」
十束のご要望通り足を掻くと見せかけ周防は彼の頭上に拳骨を落とすのだった。
「…ビックリしたー」
「命知らずなやっちゃな…殺されてもしらんで」
「へーきへーき、なんとかなるって」
病室を出ていった周防の姿を見送った瑞穂と草薙は大きく息を吐きだすと呆れた眼差しを十束に向けた。そんな二人に対し、笑みを浮かべながら十束は口癖になってる言葉を口にするのだった。
「んで?それはそうと...」
草薙は矛先を瑞穂に向けた。視線があったことに気づいた瑞穂はぎこちない笑みを浮かべた。
「なっなんでしょう?」
「なにが、なんでしょうや」
吐息とともに軽いチョップが瑞穂の頭に落とされる。
「何かあったら連絡してきと伝えたのに全くご無沙汰とはどういうことや?それに久々に会うたと思ったらこんな怪我までして」
草薙はここぞとばかりに瑞穂に詰め寄った。彼女は果たしてわかっているのだろうか?あの日からどれだけこっちが心配していたのかを。
「...心配してくれたんですか?」
「当たり前やろ。心配だったからわざわざ連絡先をあげたんや」
「そ...そうだったんですね」
案の定面を喰らったように拍子抜けた表情をする瑞穂に小さく肩を竦めた草薙は、十束を見た。
「君、この子の友達苦労するやろ?」
共感を求める草薙に十束は小さく頷いた。
「瑞穂は全部抱え込むから苦労するよ」
「せやろ」
「それに俺と約束したこと守ってくれなかったし」
「ん?約束を齟齬にされたんか?」
「えっちょっと!!」
「瑞穂は黙ってて!俺凄く怒ってるんだからね」
初対面の癖して互いに共感しはじめる彼らに瑞穂は徐々に冷や汗をかきはじめる。この二人が結託してしまったら言い逃れをしようがないからだ。話に割って入ろうとするが、よっぽど癪に触っていたのか十束は頬を丸くしてふくれっ面な面持ちを向けるのだった。
「へぇー?どんな約束しとったん?」
「執拗に追いかけられたらすぐに相談してって言ったのにいつも瑞穂は隠そうとするんだ。
今回のも今たまたま知ったんだよ」
プンプンと不服そうに十束は言いたいことを吐き出すと改めて草薙を見上げた。
「ありがとうホムラさん。俺の大事な幼馴染を助けてくれて」
「ん?なんや、ホムラさんって」
素直にお礼を言われたことにこそばゆい思いをする草薙。だがそれは一瞬で過ぎ去り、彼は表情を歪めた。聞きなれない呼び名に首を捻る草薙を横目に瑞穂は笑いを堪えきれなかった。
急に笑い出す瑞穂に草薙は怪訝な眼差しを向けた。その視線に気づいた瑞穂は涙目になりながらこの呼び名が草薙自身を指すことを話すのだった。
「ホムラさんはやめぇや。俺は草薙出雲。俺まで変なあだ名つけられたらかなわんわ」
事情を知った草薙は嫌そうに顔を顰めて見せた。周防のことをキングと愛称をつけるほどの大物だ。軽いノリで自分まで変な名前をつけられたくない草薙は早々に先手を打って名を名乗った。そんな草薙に十束自身も自分の名を名乗り、呼び捨てでいいことを伝えた。
「ほんで十束、その怪我誰にやられたん」
「えぇー、その話まだするの?」
「アホ。大事な事やで。尊は簡単にはぐらかされよったけど、お兄さんはそうはいかんで」
近くの丸椅子を引き寄せて腰を下ろした草薙は答えが出るまで居座る気満々だ。だが、十束も十束で話す気が全くなかった。先に痺れを切らしたのは草薙。追求の眼差しを彼は十束から瑞穂へと切り替える。
「…瑞穂ちゃん」
「すみません。多々良が話したくないことを私の口からは言えません」
「せやろうな」
一緒に襲われた瑞穂なら知ってるだろうと望み薄ながらたず尋ねてみる。が、瑞穂は予想通り彼の意思を尊重して口を開くことをしなかった。そんな彼女に小さく草薙は肩を竦めると、真剣な面持ちで十束に向き直った。
「尊関連で狙われたんやろ」
核心を突く一声に十束はビクッと身を強張らせる。芯のある真っ直ぐな飴色の眼差しに十束は、どう返答しようかと困惑してしまった。でも、周防とは違いこの人ははぐらかされてくれない。十束は小さく息を吐きだすと渋々と重たい口を開いた。
「草薙さんさっき、キングの側は安全って思うかもって言ったけど、俺は思ってなかったよ。だってキングの側とか、もう見るからに危険地帯の匂いがぷんぷんしてたもん。わかってそこにいて、それで怪我しちゃったんだから、これは俺の失敗。キングは関係ないよ」
「それがお前のプライドか」
「プライド?ややこしい言い方するね」
「ややこしいかぁ?」
「ややこしいよ。俺は俺の我儘通してるだけだもん」
十束の言い分を聞き終えた草薙はふっと笑みを浮かべると表情を崩すのだった。
「俺は尊の気持ちもわかるし、君の今後の安全のためにも、誰にどうやられたんか白状してほしいとこやけどな…ま、しゃーないな」
ヤレヤレと肩を竦めると草薙は横で楽し気にやり取りを見守っていた瑞穂に困ったように視線を向けた。
「頑固やな、瑞穂ちゃんの幼馴染は」
「でしょ!」
「ま、瑞穂ちゃんも人のこと言えんけどな」
「え?そんなことないでしょ?」
「いやぁ…無自覚かいな」
予想通りの返答に草薙はガクッと脱力し天井を仰ぎ見た。
「で、十束。こんな目に逢うても、まだ尊についてく気か?」
「もちろん!」
「瑞穂ちゃんも?」
「多々良がついていくからね、もちろん」
草薙の問いかけに対し迷うことなく即答する二人を見て、草薙は面白そうに年相応の笑みを浮かべた。
「好奇心は猫を殺す、やな」
「死なないようにがんばるね」
「ホンマがんばってくれんと困るわ」
「大丈夫、私がいる限り誰も死なせないから」
「アホ!冗談でもそないなこというなや」
「そーだよ!」
「こういう時だけ二人揃って結託しないでよ」
「瑞穂は1人にするとなにしでかすかわからないからこれくらい言っとかないとね」
「十束に同意やな」
思わず声を上げる瑞穂に対し十束と草薙は小さく口元を緩めた。