赤の王国【過去編①】※完結
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「もう!!石上さんは多々良に押し付けすぎ!!」
一緒に台所で食事の支度をしていた十束と瑞穂の元にふらっと姿を見せた家主に瑞穂は憤りを露わにした。1週間前、十束は目の前の男…石上三樹夫に用がある借金取りのせいで怪我をしたのだ。
「すまんかったな…逃げるときに多々良を囮にしてしまって」
流石に罪悪感を覚えていた石上は気まずそうに項垂れた。だが当の本人は全然気にしていなかった。
「瑞穂、そこまで怒らないであげてよ。
借金取りの人たちも流石に俺を捕まえて売り飛ばしはしないだろうし」
「万が一売られたらちゃんと買い戻してやるからな」
「それ、ありがとうって答えればいいの?」
「そんな大金ないから借金取りから逃げてるんでしょ?」
「大丈夫さ。金もできて借金も返せたしな」
呆れた眼差しを向けられた石上。だが、ご満悦気に彼は胸を張って答える。
「あ、なんかで勝ったんだ?競馬?競艇?」
「お馬さんが俺の願いを聞き届けてくれたんだ」
「へぇ、じゃそのお馬さんに感謝しないといけませんね」
宵越しのお金を持たない彼のことだ。今持っているお金もすぐに使ってしまうに違いない。だが十束は生活水準が上がらないことに何一つ文句を言うことがなかった。当の本人が言わないならば第三者が言うのは何か違う気がすると瑞穂はこの件に口を挟まなかった。
「釣りで好きな物買ってきていいぞ」
「今日は本当にお金持ちなんだね?」
珍しく1万円札をポケットから取り出した石上に目を丸くしながら十束はその札を受け取った。
「瑞穂ちゃんに買ってあげなさい」
「うん、そうする」
その言葉に小さく頷いた十束は食事の用意を中断すると瑞穂に手を伸ばした。
「瑞穂、スーパーでちょっと贅沢しよ」
「うん、贅沢しよ」
笑顔を浮かべる十束につられるように瑞穂も笑みを浮かべる。そして二人は意気揚々と夕日が照らす道に踏み出す。そのすぐ後に襲われることなど思いもせずに。
*****
「瑞穂、逃げて!!」
ドンっと背を押された瑞穂は前のめりになりながら振り返る。すると、彼女の背中を押した張本人は路面に倒されていた。慌てて瑞穂は十束に駆け寄ると、彼を襲った3人のシルエットを睨みつけた。
「いきなり背後を襲うなんて悪趣味じゃありませんか?」
「お嬢ちゃん、俺達が用があるのはそのガキだけだ。怪我したくなければとっとと消え失せな」
1人の男が庇おうとする瑞穂を見て瀬々笑う。だが、怯むことなく瑞穂はこの場から逃げることなくジッと彼らを見上げていた。
「チッ…忠告はしたからな!!」
「危なっ…!!」
男は大きく舌打ちをすると彼女目掛けて長い棒を振り上げる。が、それを見て地面に転がっていた十束は目を見開くと咄嗟に身を挺した。
「…多々良っ!!」
振り下ろされた 棒は十束の左脛に打ち下ろされていた。激しい激痛にその足を庇うように身体を丸めながら十束はその3人の顔を改めて見ると見覚えのあるものだった。以前、周防に喧嘩を売り返り討ちにされた3人組だったのだ。
「…にげ…」
「いやっ!!多々良を置いていけないよ」
彼らが用があるのは自分だけだ。だからこそ彼女だけは逃がしたいのに、当の本人は逃げてくれない。あろうことか彼女は右手を己のケガした足に翳そうとしていた。
ダメだ…それだけは使わせちゃいけない
咄嗟に十束は彼女の右手を掴んでいた。激痛で思考が散漫で荒く速い呼吸しかできない状態でも、彼の本能は彼の手を動かしていた。
なんでっ!!
瑞穂はハッと息を呑んだ。彼を助けたいのにそれができない。黙って袋叩きにされる姿なんてみたくないのに、彼は私がこの行為をした後に起こるであろうことを予期して、ケガに触れようとしたその手を拒んできた。
じゃぁ…私はどうすればいいの?
「めんどくせぇな、そのガキ引き離せ」
「いやだ!!やるなら私も」
「邪魔だ」
瑞穂は必死に十束に覆いかぶさる。だがそれを良しとしなかった彼らはしがみつく彼女を意図も簡単に引き離した。
「やだ!!やめてよ!!」
「恨むなら周防尊を恨めよ!」
引き離された瑞穂は必死に声を上げる。くしゃっと顔を歪め、桜色の瞳からは大粒の涙が溢れだす。その彼女の目の前で十束は殴られ蹴られ、やりたい放題の暴力を受けた。
彼らは怒りのはけ口にするかのように散々彼の身体を痛みつけると、知らないうちに姿を晦ましていた。放心状態の瑞穂はゆっくりと彼の元に歩み寄った。痛みつられた身体はボロボロで足も変な方向に曲がっていた。
恨むなら周防尊を恨めよ!
あの時男が言ったセリフが脳裏に蘇る。周防尊、この前借金取りに追われていた彼を助けてくれた男の名前だ。喧嘩に負けなしの彼のことだ、売られる喧嘩も多いに違いない。最近やたらと上機嫌で周防尊に十束がひっついていることを知っている瑞穂は一瞬、彼を呼び出したほうがいいのではと考えが浮かぶ。だがそれはすぐに掻き消された。果たして助けを呼ぶことを十束が望んでいるのだろうかと。
「まずは救急車…」
もう考えるのが億劫だ。多々良が起きた時にどうするか聞けばいい。まずはこの傷を治してもらわないと。
瑞穂は意識を懸命に繋ぎとめてなんとか端末を操作すると、力尽きたように彼の傍に倒れるのだった。