赤の王国【過去編①】※完結
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「多々良?」
隣りから聞こえてくる激しい物音に瑞穂は幼馴染の十束多々良の名を無意識に呼んだ。彼を引き取った家主のギャンブル癖が酷いため借金取りが定期的に訪ねてくることが多いのだ。今回もその類に違いない。ジッと身を潜めていた瑞穂は物音が鎮まったのを確認すると部屋から飛び出した。すると予想通りの惨状。ドアは開きっぱなし、ちゃぶ台の上に置かれていた湯飲みは横倒しになっていた。
「はぁ…仕方ないな」
小さく肩を竦めた瑞穂は手慣れた手つきで湯飲みを片していった。そして次いでと云わんばかりにこの部屋一帯を掃除してあげようかと思った矢先、瑞穂の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
「あ、そこのドア開いているとこがうちだよ。慌てて逃げだしたからドア開けっ放しだった」
「おかえりって…」
出迎えようとしていた瑞穂。だが、そこにいたのは待っていた幼馴染だけではなかった。
「瑞穂!ただいま!」
「…多々良、その人は?」
「キングだよ!さっき助けてくれたんだ」
嬉しそうにニコニコと笑う幼馴染に、項垂れそうになる瑞穂。だがよくよく見てみると彼は足を怪我していた。そのことに気づいた瑞穂は慌てて彼に駆け寄った。
「ちょっと!どこで怪我してきたの!」
「いやぁ…
ゴミ捨て場にあった自転車で逃げてたらブレーキが壊れてたみたいで、壁に突っ込んじゃった」
「…馬鹿」
事の顛末を軽い口調で言う彼に肩を貸した瑞穂は、チラッと玄関で突っ立ったままの男に声を掛けた。
「ここまで連れてきてくれてありがとうございます。もしよろしかったら上がって…」
「キング、ごぼう茶でいい?」
ひょこっと顔を覗かせた十束の脳内には、目の前の彼が部屋に上がらないという選択肢はなかった。ニコニコと笑う彼と先ほどから表情を変えることがない男を交互に見た瑞穂は小さく肩を竦めながら、十束を床に下ろした。この人もまた彼のペースに巻き込まれて抜け出せなくなってしまったのだろう。案の定、男は流されるように部屋に上がっていた。
「ごぼう茶ってなんだ」
「名前の通り、ごぼうから作ったお茶らしいよ」
その他愛もないやり取りを横目に瑞穂は冷蔵庫からごぼう茶が入ったペットボトルを取り出し、洗ったばかりの湯飲みに注ぎ入れて渡した。
「瑞穂は飲まないの?」
「さっき飲んだばかりだから、それよりも足見せて」
ちゃぶ台に乗っているのが2つだけなのに気づいた十束は不思議そうに首を傾げる。そんな彼に目をくれることなく十束のケガの様子を確認し終えた瑞穂はポリ袋を取り出し、水道の蛇口を捻った。みるみると膨れ上がる袋を横目に冷蔵庫からいくつか氷を取り出しその中へと放り込んだ。手早く袋を閉じ、氷嚢代わりにすると近くにあったタオルで包んでそれを腫れている患部へと押し当てた。
「…つめたっ!!」
「我慢して」
お灸をすえる気持ちを込めて氷嚢を押し付けた瑞穂は満足げに十束の隣へと腰かけた。
「そういえばさっきすごかったんだよ!」
「さっき?」
「借金取りの人たちを追い払ってくれたとき。キングがあの人たちを見ただけで皆逃げ出しちゃったんだ」
一睨みするだけで空気の気配がガラリと変わった。目の前の男が発した気配によって。大きなメラメラとした赤い炎。その炎に十束は魅了されてしまったのだ。目をキラキラと輝かせて少年のように熱弁する十束の話をジッと聞いていた男はぼそっと呟いた。
「お前、それなんなんだよ」
「ん?どれ?」
「キングっての」
突然凝視されたと思いきや、自分のことをキングと勝手に呼び始めた目の前の少年を呆れた眼差しで見つめる。そんなキングを不思議そうに眺めながら十束は首を傾げた。
「だってキングっぽいじゃん」
「どういう意味だよ」
ジト目で見つめてくる男に十束は再び熱弁を繰り広げる。
「その炎が王様の形に見えたの!
ん、いやちょっと違うかな…」
「ライオンだね!強い牙を持ったライオンみたいだった!ライオンって言ったら百獣の王だろ?」
そんな彼に流石に痺れを切らした男はこれ以上つきあいきれないと立ち上がった。だが、帰ろうとする男を十束は引き留めようとしなかった。
「あ、帰るの?今日はありがと」
「じゃあな」
「またね、キング!」
呆気なく手を振り挨拶をした十束に目をくれることなく部屋を出る。だが、玄関で靴を履く彼に予想していなかった人物が声を掛けた。
「この度はありがとうございました」
「別にただの気まぐれだ」
「それでも助かりました、周防尊さん」
その久々に呼ばれた己の名にゆったりとした動きでキングと呼ばれていた男…周防は背後を振り返った。すると少年の無垢な眼差しとはまた別の品定めをされているような桜色の瞳がそこにはあった。
十束が連れてきた人が周防尊だと気づいた時、瑞穂は表情には出さなかったもののとても驚いた。鎮目町で噂を聞くことが多い有名人だった。売られた喧嘩は負けなし、逆に拳を振るい返り討ちにしていった彼には猛獣という二つ名をつけられていた。そんな彼が何かしでかさないかと警戒していたが全く危惧していたことは起こることはなかった。
「また彼と遊んでください」
「またはないと思うが?」
自分の噂を知っているのに少年と関わることを厭わない目の前の少女に周防は首を捻る。が、彼がこれ以降十束につき纏われることがわかりきっている瑞穂は何も言葉を発することなくふわりと笑いかけると小さくお辞儀をして部屋の中に戻ってしまうのだった。そんな彼女に一瞬疑問を抱くものの直ぐに興味を無くし周防は元来た道を戻る。が彼女の言う通り周防はその後ことあるごとに十束に遭遇する羽目になってしまうのだった。