赤の王国【過去編①】※完結
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
はぁ…はぁ…
足を止めることなく1人の少女が息を切らしながら走り抜けていく。長く走り続けていたその少女の額からは汗粒が滴り落ちる。その水滴を腕で拭った少女は切羽詰まった表情で背後をチラ見する。
こら!!待ちやがれ!!
少女が走る数十メートル背後には彼女を追う数人の男が迫っていた。その姿を視界に捉えた少女は今にも止まりそうな足を懸命に動かし続けた。彼らの手に決して捕まらないように。だが、体力も限界に近づいて来ていて彼らとの距離が徐々に近づいてくる。
もうダメかもしれない…
ずっと色々な人に追いかけられて回されてきた。その度になんとか逃げきることができていた。だが今回こそもう無理かもしれない。不安と恐怖でギュッと目瞑る少女の華奢な肩に手が触れそうになる。がしかし、彼女が恐れていた展開はおとずれることはなかった。
「逃げるで…こっちや」
彼女の視界の先で目の前の男は勢いよく後ろに吹き飛んだのだ。この光景に呆けていた少女の腕をいつの間にか彼女の隣に立っていた青年が掴んでいた。そして彼女が頷く隙を与えることなく青年はその手を引いて路地裏へと駆け出した。
こ…このやろっ!!
あと少しで掴まえられたのに獲物を掻っ攫われる形になった男共は苛立ちを露わに地団駄を踏むと後を追いかけ始める。
「…しつこい男は嫌われるで」
その執拗な執着心を垣間見た青年は呆れたように溜息を吐き出すと、気にするように手を引く少女に視線を落とした。
「あっ…あの…」
「ちょっと速度上げるで」
「…わたしはっ」
「大丈夫やから、俺を信じてくれんか?」
助けなくていい、置いて行って
そう言いたかったのに、青年に先手を打たれてしまった。懇願するように見つめてくる青年の優しい眼差しに少女は頷かざる負えなかった。小さく頷いた少女の小さい手をギュッと握り直した青年は迫る影から振り切るために速度を一気に上げた。ここら周辺の土地勘なら誰にも負ける気がしない。路地裏の地を生かして右に左へと迷うことなく青年は角を次々と曲がっていった。
「…流石に諦めたようやな」
背後を確認しもう追ってくる気配がないことを確認した青年はゆっくりと速度を落とした。軽く息を整えた青年は、様子を窺うように少女に視線を落とした。
「キミも災難だったな…」
「すみません、助けていただけてありがとうございます」
一礼をした少女はゆっくりと顔を上げると、桜色の瞳で改めて彼を仰ぎ見た。モデルのような高身長でスラッとしたスタイル。明るい茶色に染めて緩いパーマがかかった髪。タレ目な飴色の瞳に瑞穂は吸い込まれそうな心地に陥った。一見したら社会人に見えそうな佇まい。だが彼の着ている服装は近所の須賀高校の制服だった。
「あのもしよろしければ、お名前聞いてもいいですか?」
「草薙出雲や。キミは?」
「水無月瑞穂です」
草薙出雲
もう出逢うことはないであろう青年の名を何回も忘れまいと反芻する。彼との出会いは偶然だったのか、必然だったのか。が、彼との出逢いにより徐々に彼女の周りを取り巻く歯車が少しずつ動き始めるのだった。
*****
ちょっと休憩していかへんか?
草薙の誘いにより瑞穂は鎮目町の一角にある店内に足を踏み入れていた。カランとドアベルの音により外界と区切られた別空間に入った瑞穂は桜色の目をキラキラと輝かせた。子どもの自分では入ることが許されないような大人の空間。瑞穂は目に映る物全てが新鮮で興味心がそそられてしまった。
「すごい!!お洒落な秘密基地みたい!!」
「バーHOMRA。俺の叔父の店や。
しょっちゅう手伝ってるから、俺にとっては第二の家や」
感嘆の声を上げてあちこちキョロキョロと見渡す瑞穂の姿に草薙は嬉しそうに口元を緩めた。ここは草薙の叔父である草薙水臣が経営するバーだった。カウンターの棚に並べられているのは彼の趣向で揃えられた酒のボトル。彼の気まぐれで開店するこのお店の空気が草薙は好きだったのだ。
「瑞穂ちゃん、珈琲は飲めるか?」
草薙はそう尋ねながらカウンターの内側に入る。その問いかけに頷いた瑞穂は恐る恐るカウンター席に腰を下ろした。それでも落ち着かずソワソワと目をキョロキョロさせる彼女を横目に草薙は珈琲を淹れ始める。その様子を瑞穂は興味津々にマジマジと眺めていた。
「ほな、どうぞ」
「ありがとうございます」
手慣れた手つきで珈琲を淹れた草薙はカップに注いで瑞穂の目の前に置く。その珈琲を瑞穂は一口啜った。その途端彼女は破顔した。
「…美味しいです」
「口にあってよかったわ」
美味しそうに自分の珈琲を飲む瑞穂の姿に草薙の口元が綻んだ。鎮目町では些細ないざこざは日常茶飯事。普段であれば草薙自身も首を突っ込むことをしなかった。だが、何故だろうか?胡桃色の髪を靡かせて懸命に走るこの少女の姿を見て見ぬふりができなかったのだ。
「で?なんで追われてたん?」
「えっ、えっ…と」
核心を突く問いかけに瑞穂は身を強張らせた。カップを恐る恐る置いた瑞穂は草薙に目を合わせることなくジッと下を向いた。そんな彼女に草薙は柔らかい眼差しを向けた。
「初対面の男に言えっちゅうのが無理な話やったな。
まぁこれでも一応ここら一帯の連中に顔が利くから、何か手助けできればと思っただけやから気にせんといてな」
決して草薙が進んで顔が広くなったわけではない。どこの集団にも所属しない彼の立ち位置とその性格が自然とこの役回りを運んできてしまったのだ。叔父の水臣の言葉を借りると、ストリート弁護士らしい。
草薙は一向に顔を上げてくれない瑞穂を見て小さく肩を竦める。一気に距離を縮めようとしすぎたと軽く反省しながら、草薙は手元にあったメモ用紙にスラスラと何かを書きだした。
「ここで逢ったのもなんかの縁やろ?いつでもここに連絡してき」
そう言って差し出したそこには達筆な字で己の名前と端末の番号が記載されていた。それを目の前に掲示された瑞穂は目を丸くすると驚きのあまり顔を上げた。見ず知らずの少女に彼は連絡先を渡そうとしているのだ。
「…いいんですか?」
ここまで親切にしてもらっていいのだろうか?
何か裏があるのではと不安に押しつぶされそうになる。だが、目の前の彼はフッと息を吐きだすと幼子をあやすように腰を屈めて彼女に視線を合わせた。
「もちろんや。
瑞穂ちゃんが何かしてほしい時にいつでも連絡してきていいし、ここを訪ねてもいい。」
だから1人で抱え込むのはやめとき
その言葉に瑞穂は目を瞬かせた。幼馴染にしか気づかれなかったことを初対面の彼に見抜かれてしまったからだ。それでもすっと抱えている荷物が軽くなったような気がしたのだった。
「…ありがとうございます」
受け取った紙を大切そうに胸の前に持っていった瑞穂は嬉しそうに目を細めた。