1章
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〜1week ago〜
「おや??貴女は……」
偶々路地裏を通過していた男は、地面に俯せになり血まみれの女性を発見する。乱れた胡桃色の髪は鮮血で汚れボサボサ。未だに彼女の身体からゆっくりと流れ出す鮮血にただ事ではないことは明らかだった。そんな現場に居合わせてしまった男…セプター4の室長であり、青の王である宗像礼司は小さく息を吐き出すと、重たい足を彼女に向けた。そして、ゆっくりとした足取りで倒れた彼女に近づき彼女を起こすために身を屈めるのだが、その時に宗像は始めて表情を変えた。感情が読み取れなかった表情が彼女の顔を確認して動揺を垣間見せたのだ。
「どうして貴女が…」
何故なら、その人物は宗像が良く知る人物だったのだ。
赤の王率いる吠舞羅のNo.4でありかつ、No.2の参謀である草薙出雲の恋人である
水無月瑞穂
秩序を保つために奔走するセプター4は何度も吠舞羅と対立しているからこそ彼女の存在を宗像は知っていた。だが、吠舞羅No.4の実力は折り紙付きである瑞穂がここまで重症な姿を宗像は見たことがなかった。
「はぁ…仕方ありませんね」
気を取り直した宗像は舞い込んできた厄介事に深く息を吐き出す。だが、どちらにせよこの1件をこのまま野放しにはできない。彼女から事情を聞くためにもここでくたばったら困る。なにより彼女になにかあった事を知った吠舞羅の参謀が怒り狂う姿は目に見える。
このまま放置は得策ではないと瞬時に悟った宗像は、ヤレヤレと彼女に手を伸ばした。そして、気を失って倒れている瑞穂に負荷をかけないように宗像は背負うと、セプター4にある医務室へ彼女を運ぶため歩いてきた道を戻るのだった。
幸い致命傷ではなかったため翌朝には目を覚ました瑞穂だが、ここで宗像の予想を遥かに上回る事態が生じてしまったのだ。
「大丈夫ですか?」
「あの…貴方は??」
「………!?!?」
彼女が目を覚ます前に、昨日起こった出来事を調べ上げた宗像は彼女の身に起こった事情を察した。
十束多々良の殺害された現場とそこまで距離が離れていない場所で確認された瑞穂はおそらくその場に居合わせていた。そして、彼が銃で撃たれるのを目近で見ていたのだろう。
「はぁ…これは厄介なことになりましたね」
嘆くように宗像は呟いた。
おそらく瑞穂は、精神的なショックを受けてしまった。そして彼女の脳の防御反応が働き、何もかもの記憶を封じられてしまった瑞穂は記憶喪失に陥ってしまった。
落ち着きがなくキョロキョロと辺りを見渡す今の瑞穂は、赤の王から授かった力もストレインとしての力も使えないただの一般女性だ。何も力を持ちあわせていない瑞穂だが、彼女自身の力を狙う連中はその事実を知ることがないため襲う事をやめないであろう。通常の瑞穂なら返り討ちにするが、今のこの状況では無理であり、更にこの事実が知れ渡ったら彼女の身の安全を保証するのは難しいだろう。
だからといって、無理やり彼女の脳の記憶の蓋をこじ開けようとしたら、一気に記憶を取り戻した瑞穂は喪失感を含めた様々な感情の波に押しつぶされて精神的に崩壊してしまうだろう。
ここまで思考を巡らした宗像は、今考えられる最善の策を打ち出した。
「貴女の名前は…棗ほの香です」
どんな事がきっかけで記憶がこじ開けられると不明である今、宗像は瑞穂に新たな名前を名づけた。そして感情が高ぶって、現段階ではコントロールできない能力が発動してしまわないように瑞穂の右手首に能力発動を抑えるブレスレッドをつけた。
加えて、宗像は情報漏えいを防止するため瑞穂のこの現状を知らせる人数を最小限にした。
「…室長、これはどういうことですか?」
「伏見くん、心して聞いてください」
そして白羽の矢が立ったのは伏見だった。吠舞羅の元メンバーであり、かつ彼自身が扱う暗器ナイフに関しては彼らは師弟関係である伏見は、セプター4内で一番瑞穂の事を知っていると同時に気にかけるだろうと宗像は考えたのだ。
「…ご理解いただけましたか??」
一通り経緯を説明し終えると、宗像は伏見の顔色を伺った。伏見の表情はパッと見変わってないように見えるが、瞳の奥には動揺の色が見られ僅かに視線は揺れていた。
「つまり、俺は彼女の監視をしつつ守ればいいんですね」
信じられないと未だにこの現状を呑み込めない伏見だが、宗像の指示の裏の意図はしっかりと把握していた。そんな彼に宗像は小さく頷いた。
「えぇ...その通りです
もちろん、引き受けてくれますよね」
「ハァ〜〜
わかりました」
「...意外ですね
貴方が素直に引き受けるなんて」
「だって、しょうがないじゃないですか
どう考えても特務化のメンバー内で、適任は俺しかいませんからね」
面倒くさげに大きなため息を吐き出しながらも、呟いた伏見の言葉はとても落ち着き払っており、声音は柔らかかった。その呟かれた言葉は宗像の耳に入ると、2人がいる一室の壁に吸収されるのだった。
*****
「そうやったのか〜
だいぶ迷惑かけたやろ」
草薙は咥えていた煙草を手に取り、煙を吐き出した。その紫煙は宙をさまよい店内に溶け込んでいく。その煙を追いながら伏見は照れくさそうにボソリと小さな声で紡いだ。
「いえ、瑞穂さんには沢山お世話になったので...」
「それ、本人に直接言ってやればいいのに
アイツめちゃ喜ぶで」
「結構です
揉みくちゃにされたくないんで」
「アハハ
瑞穂の愛情表現は過剰やからな」
心底嫌な顔をする伏見を草薙は小さく鼻で笑い飛ばした。そんな彼に伏見は怪訝な瞳を向けた。
「......嫌じゃないんですか」
「何がや」
「アンナならまだしも、野郎どもに瑞穂さんがベタベタとくっつく事にですよ」
伏見が思い起こせる場面では、いつも瑞穂は誰かと一緒にはしゃぎあい、誰にでも抱きついていた。一種の彼女にとっての愛情表現の一貫だとはわかっているが、それを目と鼻の先でやられるのをカウンター越しでグラスを拭きながら微笑ましげに草薙は見ていたのだ。伏見はふと聞いてみたくなったのだ。草薙自身がそれを見てどう思っていたのかを。その伏見の率直な問いに、草薙ははぐらかすことをせずに珍しく素直な気持ちを述べた。
「そりゃあイヤやで
恋人が俺以外に抱きついてる姿なんて出来れば見とうないわ
でも昔っからあんな調子だから諦めとるわ」
「そうだったんですか」
「そうやで〜
意外と俺、嫉妬深いんやで」
スッと細められた瞳に伏見の背筋は自然とピンと伸びた。ニコニコとしているが、サングラス越しの瞳は笑っていなかったからだ。急に姿勢を正す伏見。そんな彼に草薙は違う違うと手を小さく横に振った。
「あぁ、別に伏見に怒ってるとちゃうからな」
「不機嫌なオーラがだだ漏れですよ」
「そうなら、それは伏見に向けられたもんやないで
不甲斐ない俺自身に向けたもんや」
伏見の指摘に草薙は大きくため息を吐きながら嘆く。自分で吐き出した言葉が戒めの鎖のように胸に酷く突き刺さった。彼女が大変な想いをしているのに自分は何もしてやれないのが凄く悔しい。そして、この1週間彼女を守っていたのは自分でなく伏見や宗像であった事実が不甲斐なかったのだ。
「それでこれからどうするつもりですか?」
伏見の鋭い一声に、耽っていた草薙は思考を戻した。
「どうするって??」
「ハァ、瑞穂さんですよ
どうせ手放す気ないんでしょ」
「よくわかってるやないか」
「まぁ...それなりにわかってるつもりなんで」
わかっているはずなのにあえて言葉にしない草薙に伏見は小さく息をつく。伏見が言いたいのはこれからだ。もともと逢わせる予定はなかったが、彼女の性分のせいでか彼らは出会ってしまった。いや、もしかしたら結局は彼らは出会うように仕組まれていたのかもしれないが。ともかく草薙が彼女の状況を知ってしまったからには彼が自分の手元から離すとは考えられない。吠舞羅の参謀が、それだけ瑞穂にご執着なのを元吠舞羅の伏見は重々承知していた。そして見事に伏見の予想通り、諦めを含んだ伏見の言葉に草薙は口角を上げて応答するのだった。
「まぁ俺これから忙しくなるんで都合いいんすけど...
一応重要参考人である瑞穂さんには監視はつけるつもりなんでそのつもりで..,」
「ご忠告どーも」
「じゃ。言いたいこと話し終えたんで帰ります」
伏見は最後に残っていたコーヒーを飲み干すとそっとカウンターにカップを追いて立ち上がる。ようやくおりた厄介事という重荷に内心ホッと胸を撫で下ろしていた伏見の背に向けて草薙が声をかけた。
「伏見!!」
「.....なんですか」
舌打ちをし面倒くさそうな表情を浮かべながら足を止めて振り向いてくれる伏見に、草薙は小さく微笑んだ。
「......おおきに」
フッと微笑みながら紡がれた言葉に伏見は照れくさそうに小さく頭を下げる。伏見には、この一言には様々な想いが詰まっているような気がしてならなかった。一体彼が何に対して礼を述べたのかは伏見にはわからない。バーのオーナーとして客を送る言葉なのか?それとも吠舞羅の参謀という立場から情報をくれたことに対する礼なのか?はたまた、一人の男として彼女を一時的にも守ってくれた礼なのか?考えられる可能性はいくつか検討がついた。だが、伏見はそのどれなのか尋ねるような野暮な真似をすることなくそのままこの場から立ち去るのだった。