番外編
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「黒猫の日」
アメリカでは8月17日、イギリスでは10月27日、イタリアでは11月17日とそれぞれの国で制定されている。
その日の中の内、11月17日は、雫のクラスメートであると同時に男友達である黒尾鉄郎の誕生日だった。その事実に雫は頭を抱えていた。
ただ一言「おめでとう」と言えばいいのに、何故かなんだかんだお世話になっているからか何かしてあげたいと思ってしまう。それ故にその日の数日前くらいに何をあげようかと雫は考えるのだが、残念なことに何も思いつかず当日を迎えてしまうのだった。
普段のようにヘッドホンでお気に入りの音楽を聴いて登校してきた雫は、1限の準備をして大きくため息を吐いてウッ潰した。教室を見渡せる窓際の後ろの席。顔を上げると憂鬱な自分と対照的に真っ青な澄み渡った青空が広がっていた。そんな青空に上がった太陽の日差しを浴びながら雫はどこか上の空で茫然と頬杖を突いて窓の外を眺めるのだった。
チャイムが鳴ると同時に慌ただしい駆け足音が聞こえてくる。担任の先生が入ってくる数秒前になだれ込んできた己の脳裏をかき乱す元凶は自席に大きな音を立てて着席していた。その彼は朝練後ということもあり背中だけしか見えないものの披露しきっていることが丸分かりだった。
「…なにか飲み物でもいいかな?」
無意識の内に小さな声でボヤいた彼女の声は、担任の先生の声でかき消されていく。心の声が漏れてるとは気づいてない雫はジッと横目で黒尾のことを見ていたのだった。
*****
「…黒尾」
「つっ…つめてーな!!」
凍るように冷たいものを首筋に感じた黒尾はガバッと勢いよく俯せの状態から起き上がる。すると目の前にはしてやったりの雫の顔があった。その彼女の手元には缶が握られていた。
「おっはよー、黒尾
随分熟睡してたじゃない?」
ニンヤリと笑みを浮かべる雫。その彼女の背後の座席は既に空席と化していた。
「…今何限目だ???」
「2限目で教室移動…」
「うっわぁ!?
俺置いてけぼりにされたのか!!」
「そーゆうこと」
丸々と1限の授業は寝てしまった。それだけでなく起こされることなく見捨てられてしまった事実に黒尾は頭を抱え込んだ。そんな黒尾の間抜け面をしかと拝めた雫はケラケラと笑った。そのいつもと立場が逆転の状態に不貞腐れながら黒尾はジト目を向けた。
「で?
香坂は惨めな俺を揶揄いに来たのか?」
「まぁ…まぁそれもあるけど…」
「???」
「ちょっと労ってあげよーかなって思ってさ」
頬杖を突き返答を待つ黒尾。だが予想外なことに雫は言葉を濁しながら真っすぐ見つめていた視線を逸らすのだった。そして視線を逸らしながらも雫は黒尾を起こした缶を黒尾の目の前に提示していた。その缶と雫を交互に見渡した黒尾は、え…っと剽軽な表情を浮かべていた。
「それ…俺に??」
「そ…そう」
直視できず顔を逸らしている雫は、顔を赤らめながら言葉を続けた。
「今日、誕生日だから…
ちょっとしたお祝い?」
「なんで疑問形になんだよ?!」
「いや、だって缶一本じゃちょっとなって思って…
色々ね考えたんだけど、黒尾が欲しい物浮かばなくて…」
語尾を上げた雫に対して黒尾はケラケラといつもの調子で笑った。が、それと対照的に雫は申し訳なさそうに俯いたままだった。そんな雫をジッと暫く見つめると黒尾は引っ込めされそうになる缶を奪い取った。
「え…ちょ…」
「ちょーど喉乾いてたんだわ!
サンキューな」
驚く雫を尻目に黒尾はいい音を鳴らして缶を開けるとグビグビと勢いよく飲み干すのだった。
「え…あっ…うん」
まさかこれほど爽やかに返されると思っていなかった雫は呆気に取られて思わず片言で返していた。そんな彼女の亜麻色の髪を立ち上がった黒尾はわしゃわしゃとかき回すように撫でるのだった。
「えっ…ちょ!!ちょっと!!」
「なに浮かねぇー顔してんだよ」
「だっ…だって!!本当にそれでいいの!!」
たまらず声を荒げる雫のカナリア色の瞳はユラユラと不安げに揺れていた。それを見てしまった黒尾は大きくヤレヤレと息を吐きだした。
「イイに決まってんだろ?
お前が俺の為に選んでわざわざ買ったんだろ?」
「ま…まぁそうだけど…」
「じゃいいだろ?
別に気持ちが籠ってればなんだって、貰った本人は嬉しいもんなんだからな」
腰に手を当てて黒尾は呆れたように言い切った。それでもまだ納得しない雫に対して黒尾はメンドクサそうに一方的に話を切り上げるのだった。その捨て台詞のような言葉は雫の胸にストンと落ちるのだった。
「それもそーだね」
「ほら!サッサとイコーぜ!!」
「ちょっと!!爆睡していた人が言うセリフ?!」
「いつまでも突っ立ってるお前が悪い」
教室の扉に凭れ掛かってサッサとしろと急かす黒尾の姿に、雫はムキになる。が、それを煽るように黒尾は意地悪い笑みを浮かべるのだった。
「よし!行こう!!」
「あ…」
「…??どうしたの??」
「そーいえば言葉ではまだ貰ってねーよな??」
気持ちを切り替えた雫。だが、ふと思い出したかのように声を上げた黒尾の一声によって話題は戻されてしまった。雫の顔を覗き込めるように屈んだ黒尾の意地悪い笑みに対して、雫は半笑いを浮かべた。
「そーだっけ??」
「はぐらかしても無駄だからな!
ちゃーんとココに記憶してるんで」
とぼけようとする雫に対して黒尾はニヤリと口角を上げて自身の頭を指して見せた。
その行為に対してどうせ見栄を張っているだけだと思いつつも、目の前の彼ならやりかねないとも感じた雫は、笑って返すことが出来なかった。
「ほらほら!!
早く言ってくんねーと俺ら二人次の授業遅刻だぜ」
「ホッントいい性格してるよね」
「お褒め言葉として受け取っとくわ」
厭味のつもりで言った言葉も目の前の彼の前では全くの無駄。それを重々わかっていながらも、彼と少なからず友好な関係を築いているのと同時に彼には何かしら違う感情を抱いているのは自分自身だ。
言わされている感が納得いかないものの確かに言いそびれていることは悪いと思い雫は深く息を吐きだす。そして息を吸い込んだ勢いで誕生日ご定番のフレーズを紡ぐのだった。
「Happy Birthday!! 黒尾!!」
照れ臭さを滲ませながらもふんわりと笑う雫の姿に黒尾は頬を緩まして答えた。
「ありがとな」
そして二人は慌ただしく教室を後にする。急いでいる為か無意識の内に黒尾は雫の手を引っ張り、雫も振り解くことをせずになすがままに彼の後を追うように駆けていく。
そんなまだ互いに気持ちに気づいていない両者はこれから先長い関係になっていくことをまだ知らない。