2年生
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「おっ!噂をすれば来たぞ香坂」
文化祭の後夜祭も無事に終わり、クラスの皆と談笑していた雫はその声にギクリと身体を強張らせた。その声は教室の扉にいたクラスメイト。彼は要件を確認し終えるとグッと教室の方に振り向きニヤリと笑みを浮かべていたのだった。そんな彼の隣からひょっこりと顔を覗かせたのは面倒くさそうに顔を顰めている黒尾だった。
「ヒューヒュー!!!」
「なんだこの状況は…」
盛大なる歓迎ムードの状況に黒尾は唖然とする。そんな彼の肩を応対したクラスメイトが強引に組んだ。
「いいじゃんかよ~!!
俺は嬉しいんだぜ!1年のころあんなに甘い空気を醸し出していたお前らがやっとくっついてくれたのかと思ってよ~」
「悪かったな、くっつくのが遅くてよ」
「ホントだぜ!
京極と香坂が良い雰囲気になっているもんだから
おやおやって思ってたんだけどよ!!」
鬱陶しいと訴えているつもりが肩を組んでいる本人は気づいていないのか大げさな芝居かかった演技をずっとし続ける。そんな彼からの一向に止まることがない話に黒尾は内心呆れながらも仕方がないかとフッと柔らかく口元を緩めるのだった。
そんな揉みくちゃになり始める黒尾の様子を雫は微笑まし気に見ていた。そんな彼女にお節介の手が差し伸ばされる。
「いいの?助けてあげなくて…」
「いや、だってこれで私が行ったら
更に冷やかしの的になっちゃうじゃん」
雫の顔を覗き込むように尋ねた拓斗の言葉に雫は顔を引き攣らせながら答える。そんな彼女の様子に拓斗はクスクスと小さな笑みを溢した。
「じゃ僕が呼んであげようか」
「絶対、拓斗楽しんでるでしょ」
笑いを押し殺す拓斗を雫は白い目で見る。愉快気に口角を上げている彼は確実にこの状況を楽しんでいるようにしか見えなかったからだ。そして案の定、拓斗は悪い笑みを浮かべていた。
「だって、今が揶揄うチャンスじゃん」
「お願いだからこのまま平穏のままで終わらせて…」
「うーん、それは無理かな」
黒尾と拓斗が面と向かいあうと修羅場になりかねないと、雫は頭を抱えながら懇願するように声を絞り出した。そんな彼女の想いと裏腹に拓斗はあっけからんと笑みを浮かべるのだった。
「なんで!?」
「なんでって、僕が雫の隣にいる時点でもう避けられないからさ」
「おい…」
「…ほらね?」
不思議がる雫にわかりやすく説明しようとする拓斗。が、それを遮るようにドスが利いた黒尾の声が直近で聞こえる。数秒前に揉みくちゃにされていた場をなんとか収束させた黒尾が二人の元に来ていたのだ。そんな彼が今どのような想いを抱いているか手に取るようにわかる拓斗はおどけるように雫に笑って見せると黒尾に面と向き合った。
「どうしたんだい?黒尾」
「距離が近すぎやしませんかね~」
「早速嫉妬?ホント心が狭いね?
僕はただ雫とお話していただけだよ」
「…仕方ねーだろ?
俺はいつ横取りされそうか気が気じゃないんでね」
「へぇ~、自信ないんだ~」
「あぁ!?んなわけねーだろ!!」
拓斗の煽りにムキになり始める黒尾は、公の前にも関わらず雫の腰に手を回して彼女を引き寄せた。一方、二人の冷戦状態にいつ口を挟めばいいかおどおどしていた雫は黒尾の不意打ちの行動に思考がついていかず黒尾の腕の中で固まっていた。
「もう、俺のもんなんで」
満面の胡散臭い笑みを浮かべる黒尾は口に弧を描く。そんな彼の一声に黒尾の予想と裏腹に拓斗は満足げに笑みを浮かべた。
「だったらちゃんと離さないことだね
もし離したら今度こそ僕が掻っ攫うから」
「ご忠告どーも!
だけど、もうお前が入る隙なんて与えるつもりねーから」
念押しするように低い声で言う拓斗の眼鏡のレンズの奥のブラウン色の瞳はギラついていた。が、売り言葉に買い言葉。勝ち誇った笑みを浮かべて雫を抱き寄せる力を黒尾は強めて言い捨てると颯爽とこの場から離れるのだった。
*****
「ちょ、黒尾苦しいって」
「え、あ…わりぃ」
教室を出て、学校を出てようやく二人きりになった帰り路。ずっと黒尾の腕の中にいた雫はもぞもぞと身じろいしだす。その雫の様子に黒尾はバツが悪そうな顔を浮かべて慌てたようにゆっくりと彼女から手を離した。
「………」
数cm、離れた二人は今更実感が沸いてきたのかほんのりと頬を染めて視線を逸らす。恥ずかしくて互いの顔を見れない二人はそのままの距離で無言のまま歩き出した。
空いている掌。少しだけ触れていいだろうかと、二人は互いの手を探すように空を切る。指が触れ合いそうでなかなか触れない。触れたと思ったら掴み切れない。このじっれたい行為が何回かされた後ようやく黒尾が雫の手を握りしめた。
瞬間に感じる黒尾の大きな骨ばった手。そこから感じる黒尾の体温に雫の体温は急上昇した。
「なぁに、手の繋いだだけで恥ずかしがっちゃってんの??」
「そ、そういう黒尾だって人のこと言えないじゃん」
「うっ…うっせーな!!慣れてねーんだよ」
茶化そうと口を開く黒尾に雫は言いよどみながら言い返した。それに図星の黒尾は拗ねたようにぶっきらぼうに吐き捨てた。
「なんか、こそばゆいね」
「ホントだな」
ようやく顔を見合わせた二人はこの幸福感を噛み締めて笑いあった。意識する前まではなにも考えることなく触れていたのに、いざ想いが通じ合った途端に触れようとするだけで緊張してしまうのだ。
「そういえば迎えに来てくれたんだね」
「そりゃあな…
一緒に帰宅できる時くらい帰りてぇーじゃん」
雫の言葉に黒尾は当たり前だろっと当然のように返した。そんな彼の言葉にもう何度目かわからないトキメキを感じて雫は恥ずかしそうに頬を紅潮させた。
「まぁ、
さっさといけ好かない野郎から離れさせたかったという理由もあるがな」
「いけ好かない野郎って…拓斗のこと?」
「…他に誰がいるんだよ」
不機嫌そうに顔を顰める黒尾に雫は苦笑をする。この1件に関しては完全に水と油のような関係の二人。このような拗らせた1件がなく普通に出会っていたら気軽に仲がいい関係になっていたような気がして雫はならなかった。
「そういえば名前呼びなんだな…」
「えっ!?」
「考えてみれば、長谷川のことも京極のことも呼び捨てだろ?」
「あ…そ…そうだね
で?それがどうしたの??」
ポツリと漏らした黒尾の言葉に雫は急にどうしたのかと首を傾げた。ライブ中は基本下の名前で呼んでいるのに加えて、本人たちからそのままでいいと言われてからは違和感なく呼んでいた。拓斗に関してはケジメのつもりで名字呼びに戻そうとした。が、本人にこのままでいこうと押されてしまったのだ。
「彼氏になった俺はいつまで名字呼びなのかな??
雫」
不思議そうに首を傾げる雫に黒尾は足を止めてグッと顔を近づけるとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あ…えっ…えーとですね…」
雫は恥ずかしそうに目を泳がせた。が、そんな彼女の可愛らしい行動で一先ずこの話は保留というわけには今の状況の黒尾はいかなかった。
「京極や長谷川のことは普通に呼べるのに
俺は無理ってわけ??」
「あ…いや、急に言われても…
心の準備が…」
「名前呼ぶまで帰さねーからな」
率直に言って恥ずかしい。どうして和真や拓斗のことは意図も簡単に名を口にできたのに、目の前の彼のことは躊躇してしまう。もう少し心の整理をしたいと思う雫だが、二人に嫉妬している黒尾は強引に言わせようと目論むのだった。
「……………クロ」
「へぇ!?」
「今はこれで勘弁して」
モジモジしながら雫が小さな声で紡いだのは黒尾の愛称の方。予想していなかった黒尾はキョトンとする。そんな彼に紅潮した状態の雫は小さな声を出して懇願するのだった。
「はぁ…仕方ないな
名字呼びから愛称になっただけで満足しとくか…」
黒尾は小さく溜息を吐くとゆっくりと歩き出す。まだまだ時間はある。少しずつ彼女のペースで慣れていってもらえばいい。黒尾は嬉しそうに口元を緩めた。
「クロ…」
「どうした??」
「改めてこれからよろしくね!」
雫の声に再び足を黒尾は止める。そんな彼に名前で呼べなかった代わりにと雫は満面の弾ける笑みを浮かべた。
「こっちこそよろしくな、雫」
照れくさそうにはにかむ黒尾に雫は思わず笑みがこぼれだす。
大丈夫、もう迷わない
黒尾からの想いが感じられる限りは絶対に彼の想いを疑うような真似も傍から離れるような真似もしない。
雫は幸福感を感じながら固く誓うのだった。