2年生
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ドクドクと自身の心臓の鼓動が打たれる。あの日から丁度1年経ったという実感はまだない。でも、今自分はまたこのステージに立とうとしている。しかも今回はちゃんとしたトリだ。なのに、自分は今から自分の諸事情に巻き込もうとしている。確かにバンドメンバー総意のことだが、未だに雫は気が引けていた。
「雫、何湿気っ面してるの??」
「コラコラ、紗英
これから大一番に望む雫を追い込んじゃだめだろ?」
「それに、雫が人前で歌うのは初めてだしね」
そんな彼女を見かねて、呆れ顔をするバンドメンバーが集まってくる。
「……みんな」
「ほら、これから人前に出るのに折角の顔が台無しだよ」
「そうそう!気楽に行こうぜ!」
「私達、このステージのトリだしね!」
クスリと小さく微笑みかける拓斗、対して気を紛らわそうと和真と紗英はおちゃらけてみせる。
「……本当にいいの??」
「まだ、言ってるのかよ」
「いいに決まっているでしょ!」
そんな彼らを見渡して雫はポツリと呟く。確かにもう楽曲の順番は決定しているため覆らせることは不可能だ。それでも、本当にこの曲を自分がこのステージで歌ってしまっていいのだろうか?未だにそろそろ出番が迫ってくる中で決心がつかない雫に、拓斗はというとゆっくりと彼女に近づき彼女と視線を合わせるために屈んだ。そして、ポンポンと彼女の頭に手を置いた。
「雫、僕はこの歌をしっかりとアイツに届けるべきだと思う。」
「……拓斗」
「だから、雫は堂々と思い切り歌えばいい」
これは雫がアイツのために想いを綴った曲なんだから
ねっと念押しする拓斗の意志の籠もったブラウン色の眼差しに雫は視線をそらすことが出来なかった。
「…拓斗の言う通りだ。それに…」
「それに??」
「いつも紗英が歌うところを、最後は雫が歌う。
絶対に場は盛り上がるに違いないぜ!」
だから、気にすることなんかない
「………ありがと」
「さっいこーの舞台にしようぜ!!」
「結局、最後はリーダーがいいこと持っていくんだな」
「そんなことないんじゃない?」
「えっ!?!?」
「だって、雫の背を後押ししたのは紛れもなく京極なんだからさ」
「円陣組もうぜ!!」
高校最後の文化祭。紛れもなく全員、高揚感があった。誰もが和真の提案に否定することなく集う。4人肩を組んで円陣を組んで士気を高める。そして、コールと共に4人は最高の舞台へ飛び込むのだった。
*****
「お前らぁ!騒ぐ準備は出来てるか!!」
「イェイ!!」
「みんな、最後まで存分に僕たちと楽しんでって」
「キャアーー!!」
「歌詞が分かる人は、サビを一緒に歌ってよね」
「いっくよー!みんな〜」
和真の一声に、観衆は手を突き上げる。そして拓斗の甘い言葉によるお誘いに女子生徒が黄色い歓声を上げる。
彼ら二人の人気っぷりに相変わらずだなと思いながら雫と紗英は声を張り上げた。そして、紗英の一声により彼らによるステージが幕を開けた。
今まで他のバンドが積み上げてきた熱気も空気も彼らの手にかかればすぐさま自分たちの色に染め上げてしまう。それだけ、彼らはこの1年で結束力も技術も周りを圧倒するまでに成長を遂げていた。紗英の圧倒的な歌唱力、雫の天性のギターセンス。そして、何よりも女性達を虜にしてしまう和真と拓斗のパフォーマンス力、雫と拓斗が作った楽曲も人気の一つだ。
♪♪♪♬♪♪♪♪♪♬♪♪…♪♪♪…♪♪♪…
アップテンポな曲がライブ会場に響き渡る。知っている者は口ずさみながら、知らない者は曲に合わせて拳を突き上げる。徐々にそれもヒートアップし会場のボルテージも最高潮に達する。そしてそのタイミングで曲が終わり会場は静まり返った。
「え〜、次で最後の曲になります!」
静まり返った会場に響く和真の声にえぇ〜と名残惜しい声が客席から聞こえる。だがそれは和真達も同じだ。もっともっとこの場で暴れまわりたい、はしゃぎまわりたい。もっと自分達の作り上げてきた曲を披露したい。が、現実的にはそれは叶わないのだ。
「最後、で・す・が!!!」
観客の残念がる雰囲気を払拭するように和真が語尾を誇張する。その声になんだなんだ??と観客は一斉に静まり耳を傾ける。興味心を燻ることに成功した和真はニヤリと悪戯っぽい笑みを向けるのだった。
「皆さんに今日限りの新曲を披露したいと思います!!!」
張り上げた和真の言葉に、待ってました!!と言わんばかりの歓声が沸き起こる。
「それだけじゃないぜ!!
なんと、最後は雫が歌いまーーーす!!!」
和真により付け加えた一声によってさらに観客席は歓喜に湧いた。そして観客が観ている前で紗英と雫がハイタッチをして立ち位置を変わる。雫は中央のマイクスタンドの前に。紗英はドラムの隣に設置されていたキーボードの前へ。これによって次の曲は、雫がギター兼ボーカル、紗英はキーボードをやることは観客にもわかった。
「では、最後の曲に行く前に…
雫から一言頂戴したいと思いまーす!!」
マイクスタンドに雫が立ったのを確認すると和真は雫に仕切ることをバトンタッチする。それに雫は和真に向け小さく頷くとゆっくりとスタンドに備え付けられているマイクを握った。
「これから披露させていただく曲は私が初めて作詞した曲です。この舞台でラストを飾らせていただくのを嬉しく思います。」
緊張しながら雫は話しだした。わっと湧いていた歓声も雫が話し始めることで静まり返る。雫は喋りながら辺りを見渡した。そして右から左に視線を動かしていた雫のカナリア色の眼差しはある一点でピタリと静止した。
「この曲は、私がある一人に想いを綴ったものです。」
雫はまっすぐに目的の人物に語りかけるように喋りだす。もちろんその視線に、言葉に、自分のことをさしているとわかった彼は黄土色の瞳を丸くした。そんな彼を見て雫はフッと力を抜いて強張った頬を緩ました。
「その人にこの想いが届くように精一杯歌います。
皆さん見届けてくれますか〜??」
だが、それも一瞬。すぐに表情を戻した雫は観客に投げかけるようにギターの音色を響かして問いかける。それにもちろん、同意の意志を示す声が観客席から湧いた。それに、ありがとう!!!と腹の底からありったけの声を出して答える。そして、雫は静かにギターの音色を響かせながら曲の前ぶりをするのだった。
「ではラストの曲です。聞いてください…」
Dear Black Cat
ゆっくりと雫がギターを鳴らし始める。それに合わせて、キーボードとドラム・ベースの音が重なり合う。初挑戦のパラードに4人は今まで以上に苦労をした。何度も通し練習してそのたびに修正をしてようやく披露できるレベルに持っていくことができたのだ。
彼らに敬意を示し、雫は歌い出す。ストレートに綴ったこの曲が、自分の想いが伝わるようにと。
中学1年、席が前後になった最初の振り返った貴方のニヤリと不敵に笑った表情が印象的だった。
凄い悪人面で胡散臭くて近づきづらいと思いきや、そんなことは全く無く、緊張を和らげようと貴方は話しかけてくれた。そんな貴方のよろしくなと出された手はとても大きかった。
それから暫く経ち互いに軽口を言い合う仲になった。それと同時に、貴方の人柄を知っていった。口を噤んでいれば周囲にいる人達とは異なり大人っぽくみえるのに、いざ口を開くと年相応。皆と一緒になりはしゃぎ周り、時にはおちゃらけてみせる。いつも気づいたら貴方は皆の輪の中心にいた。それだけではない。周囲に目を光らせて、気づいたらサッと手を差し伸べる。ため息を付き呆れながらも、見捨てることをしない世話焼きで優しい。
いつからかそんな貴方に惹かれ始めていた。でもこの恋心は要らないものだった。夢…目標…私にはないものに向かってひたむきに努力する貴方の足かせには決してなりたくはなかったから。だから蓋をしたのだ。頑丈な鎖で、絶対に表に出さないようにと。
でも一度蓋を開けてしまったら、洪水のように想いは溢れ出てしまった。きっぱりとこの想いを断ち切ろうとしたができなかった。ふと、手を止めると思い出すのは貴方のこと。隣に別の人がいても、大好きな音楽を聞いてても、脳裏に思い浮かべてしまうのだ。
歌いながら雫のカナリア色の瞳は一点を見つめた。この曲を聞いてほしいのは彼なのだから。ギターを奏でながら雫は、色々な出来事を思い起こした。どれもかけがえのない思い出。でも、隣に貴方がいなかったらどの出来事も色褪せてしまっただろう。
やっぱりダメなんだ。アイツじゃないと…
しゃあねーなと呆れながらも面倒を見てくれるアイツがいいんだ。
迷惑だから…困らせてしまうから…そんな言い訳で自分に嘘をつくのはもう止める。
代わりに必死に努力をするアイツを支えさせてください。
雫は精一杯想いを乗せて歌いきる。この好きという想いが届くようにと…
*****
「今すぐ抱きしめてぇーって思ってるだろ?クロ」
曲が終わり静かな拍手が起こる中、夜久は隣で無言のまま拍手をする黒尾に問いかける。それに黒尾は当たり前だろと当然のように返答する。率直に言えば、この展開を想像しておらず驚いた。それ以前に、全然音沙汰がなかったため振られるのも覚悟をしていた。それがいい意味で覆された。まさか自分のことを想って1曲作ってくれていたとは黒尾も思わなかったのだ。だが、驚くのはまだ早いと夜久は不敵な笑みを零すのだった。
「は?それってどういう…」
「さて、皆さん!!雫が誰に綴ったものか気になりませんか〜??」
黒尾が夜久の企みを問いただそうとする。が、その言葉はステージ上にいる和真の声にかき消されてしまうのだった。それでも、この展開は黒尾にとって嫌な方向にいっていることだけはわかった。和真の問いかけに対してもちろん好奇心旺盛な彼らは声を上げる。さっきの曲がバラードだったからこそ、今が一番の盛り上がりを見せていた。黒尾が表情を引きつらせていくのと対照的に会場の熱気は高まるのだった。
「じゃ、ここに上がってもらいましょうか!!」
和真の一声で、スポットライトが観客席の一角を照らす。それは当然黒尾達がいる場所だった。
「はぁ!?マジカよ…」
「ほら、時間押してんだからサッサといけよ」
嘘だろと痛い視線を受けた黒尾は肩を落とす。そんな彼を夜久は蹴飛ばした。その蹴りに痛いと声を上げる黒尾だが、ステージに上がる勇気と覚悟をもらうのだった。意を決して黒尾は緊張した面持ちでステージへの階段に足をかけた。ステージに現れた黒尾の姿に、彼を知る女子学生は悲鳴にも似た声を上げ、男子学生は冷やかしの声を上げた。その声を飄々とした態度で黒尾は受け流すと雫の目の前に立った。
「黒尾…あっ…あの…」
「香坂雫さん。俺と付き合ってください!!」
この観衆がいる前で、雫に先に言われるわけにはいかないと雫の持つマイクを奪い取って黒尾は告白をした。それに最初唖然としていた雫だが、徐々に表情が破顔していく。そして突き出された黒尾の手に雫は泣きじゃくりながら手を伸ばしながらあの時すぐに言えなかった言葉を嗚咽混じりに漏らすのだった。
「……お願いします!!」
黒尾は雫の返事を聞いた途端に自分の腕の中に閉じ込めた。おめでとうと彼らを祝う温かい拍手が起こるなか、彼らは幸せそうな表情を浮かべるのだった。
「雫、何湿気っ面してるの??」
「コラコラ、紗英
これから大一番に望む雫を追い込んじゃだめだろ?」
「それに、雫が人前で歌うのは初めてだしね」
そんな彼女を見かねて、呆れ顔をするバンドメンバーが集まってくる。
「……みんな」
「ほら、これから人前に出るのに折角の顔が台無しだよ」
「そうそう!気楽に行こうぜ!」
「私達、このステージのトリだしね!」
クスリと小さく微笑みかける拓斗、対して気を紛らわそうと和真と紗英はおちゃらけてみせる。
「……本当にいいの??」
「まだ、言ってるのかよ」
「いいに決まっているでしょ!」
そんな彼らを見渡して雫はポツリと呟く。確かにもう楽曲の順番は決定しているため覆らせることは不可能だ。それでも、本当にこの曲を自分がこのステージで歌ってしまっていいのだろうか?未だにそろそろ出番が迫ってくる中で決心がつかない雫に、拓斗はというとゆっくりと彼女に近づき彼女と視線を合わせるために屈んだ。そして、ポンポンと彼女の頭に手を置いた。
「雫、僕はこの歌をしっかりとアイツに届けるべきだと思う。」
「……拓斗」
「だから、雫は堂々と思い切り歌えばいい」
これは雫がアイツのために想いを綴った曲なんだから
ねっと念押しする拓斗の意志の籠もったブラウン色の眼差しに雫は視線をそらすことが出来なかった。
「…拓斗の言う通りだ。それに…」
「それに??」
「いつも紗英が歌うところを、最後は雫が歌う。
絶対に場は盛り上がるに違いないぜ!」
だから、気にすることなんかない
「………ありがと」
「さっいこーの舞台にしようぜ!!」
「結局、最後はリーダーがいいこと持っていくんだな」
「そんなことないんじゃない?」
「えっ!?!?」
「だって、雫の背を後押ししたのは紛れもなく京極なんだからさ」
「円陣組もうぜ!!」
高校最後の文化祭。紛れもなく全員、高揚感があった。誰もが和真の提案に否定することなく集う。4人肩を組んで円陣を組んで士気を高める。そして、コールと共に4人は最高の舞台へ飛び込むのだった。
*****
「お前らぁ!騒ぐ準備は出来てるか!!」
「イェイ!!」
「みんな、最後まで存分に僕たちと楽しんでって」
「キャアーー!!」
「歌詞が分かる人は、サビを一緒に歌ってよね」
「いっくよー!みんな〜」
和真の一声に、観衆は手を突き上げる。そして拓斗の甘い言葉によるお誘いに女子生徒が黄色い歓声を上げる。
彼ら二人の人気っぷりに相変わらずだなと思いながら雫と紗英は声を張り上げた。そして、紗英の一声により彼らによるステージが幕を開けた。
今まで他のバンドが積み上げてきた熱気も空気も彼らの手にかかればすぐさま自分たちの色に染め上げてしまう。それだけ、彼らはこの1年で結束力も技術も周りを圧倒するまでに成長を遂げていた。紗英の圧倒的な歌唱力、雫の天性のギターセンス。そして、何よりも女性達を虜にしてしまう和真と拓斗のパフォーマンス力、雫と拓斗が作った楽曲も人気の一つだ。
♪♪♪♬♪♪♪♪♪♬♪♪…♪♪♪…♪♪♪…
アップテンポな曲がライブ会場に響き渡る。知っている者は口ずさみながら、知らない者は曲に合わせて拳を突き上げる。徐々にそれもヒートアップし会場のボルテージも最高潮に達する。そしてそのタイミングで曲が終わり会場は静まり返った。
「え〜、次で最後の曲になります!」
静まり返った会場に響く和真の声にえぇ〜と名残惜しい声が客席から聞こえる。だがそれは和真達も同じだ。もっともっとこの場で暴れまわりたい、はしゃぎまわりたい。もっと自分達の作り上げてきた曲を披露したい。が、現実的にはそれは叶わないのだ。
「最後、で・す・が!!!」
観客の残念がる雰囲気を払拭するように和真が語尾を誇張する。その声になんだなんだ??と観客は一斉に静まり耳を傾ける。興味心を燻ることに成功した和真はニヤリと悪戯っぽい笑みを向けるのだった。
「皆さんに今日限りの新曲を披露したいと思います!!!」
張り上げた和真の言葉に、待ってました!!と言わんばかりの歓声が沸き起こる。
「それだけじゃないぜ!!
なんと、最後は雫が歌いまーーーす!!!」
和真により付け加えた一声によってさらに観客席は歓喜に湧いた。そして観客が観ている前で紗英と雫がハイタッチをして立ち位置を変わる。雫は中央のマイクスタンドの前に。紗英はドラムの隣に設置されていたキーボードの前へ。これによって次の曲は、雫がギター兼ボーカル、紗英はキーボードをやることは観客にもわかった。
「では、最後の曲に行く前に…
雫から一言頂戴したいと思いまーす!!」
マイクスタンドに雫が立ったのを確認すると和真は雫に仕切ることをバトンタッチする。それに雫は和真に向け小さく頷くとゆっくりとスタンドに備え付けられているマイクを握った。
「これから披露させていただく曲は私が初めて作詞した曲です。この舞台でラストを飾らせていただくのを嬉しく思います。」
緊張しながら雫は話しだした。わっと湧いていた歓声も雫が話し始めることで静まり返る。雫は喋りながら辺りを見渡した。そして右から左に視線を動かしていた雫のカナリア色の眼差しはある一点でピタリと静止した。
「この曲は、私がある一人に想いを綴ったものです。」
雫はまっすぐに目的の人物に語りかけるように喋りだす。もちろんその視線に、言葉に、自分のことをさしているとわかった彼は黄土色の瞳を丸くした。そんな彼を見て雫はフッと力を抜いて強張った頬を緩ました。
「その人にこの想いが届くように精一杯歌います。
皆さん見届けてくれますか〜??」
だが、それも一瞬。すぐに表情を戻した雫は観客に投げかけるようにギターの音色を響かして問いかける。それにもちろん、同意の意志を示す声が観客席から湧いた。それに、ありがとう!!!と腹の底からありったけの声を出して答える。そして、雫は静かにギターの音色を響かせながら曲の前ぶりをするのだった。
「ではラストの曲です。聞いてください…」
Dear Black Cat
ゆっくりと雫がギターを鳴らし始める。それに合わせて、キーボードとドラム・ベースの音が重なり合う。初挑戦のパラードに4人は今まで以上に苦労をした。何度も通し練習してそのたびに修正をしてようやく披露できるレベルに持っていくことができたのだ。
彼らに敬意を示し、雫は歌い出す。ストレートに綴ったこの曲が、自分の想いが伝わるようにと。
中学1年、席が前後になった最初の振り返った貴方のニヤリと不敵に笑った表情が印象的だった。
凄い悪人面で胡散臭くて近づきづらいと思いきや、そんなことは全く無く、緊張を和らげようと貴方は話しかけてくれた。そんな貴方のよろしくなと出された手はとても大きかった。
それから暫く経ち互いに軽口を言い合う仲になった。それと同時に、貴方の人柄を知っていった。口を噤んでいれば周囲にいる人達とは異なり大人っぽくみえるのに、いざ口を開くと年相応。皆と一緒になりはしゃぎ周り、時にはおちゃらけてみせる。いつも気づいたら貴方は皆の輪の中心にいた。それだけではない。周囲に目を光らせて、気づいたらサッと手を差し伸べる。ため息を付き呆れながらも、見捨てることをしない世話焼きで優しい。
いつからかそんな貴方に惹かれ始めていた。でもこの恋心は要らないものだった。夢…目標…私にはないものに向かってひたむきに努力する貴方の足かせには決してなりたくはなかったから。だから蓋をしたのだ。頑丈な鎖で、絶対に表に出さないようにと。
でも一度蓋を開けてしまったら、洪水のように想いは溢れ出てしまった。きっぱりとこの想いを断ち切ろうとしたができなかった。ふと、手を止めると思い出すのは貴方のこと。隣に別の人がいても、大好きな音楽を聞いてても、脳裏に思い浮かべてしまうのだ。
歌いながら雫のカナリア色の瞳は一点を見つめた。この曲を聞いてほしいのは彼なのだから。ギターを奏でながら雫は、色々な出来事を思い起こした。どれもかけがえのない思い出。でも、隣に貴方がいなかったらどの出来事も色褪せてしまっただろう。
やっぱりダメなんだ。アイツじゃないと…
しゃあねーなと呆れながらも面倒を見てくれるアイツがいいんだ。
迷惑だから…困らせてしまうから…そんな言い訳で自分に嘘をつくのはもう止める。
代わりに必死に努力をするアイツを支えさせてください。
雫は精一杯想いを乗せて歌いきる。この好きという想いが届くようにと…
*****
「今すぐ抱きしめてぇーって思ってるだろ?クロ」
曲が終わり静かな拍手が起こる中、夜久は隣で無言のまま拍手をする黒尾に問いかける。それに黒尾は当たり前だろと当然のように返答する。率直に言えば、この展開を想像しておらず驚いた。それ以前に、全然音沙汰がなかったため振られるのも覚悟をしていた。それがいい意味で覆された。まさか自分のことを想って1曲作ってくれていたとは黒尾も思わなかったのだ。だが、驚くのはまだ早いと夜久は不敵な笑みを零すのだった。
「は?それってどういう…」
「さて、皆さん!!雫が誰に綴ったものか気になりませんか〜??」
黒尾が夜久の企みを問いただそうとする。が、その言葉はステージ上にいる和真の声にかき消されてしまうのだった。それでも、この展開は黒尾にとって嫌な方向にいっていることだけはわかった。和真の問いかけに対してもちろん好奇心旺盛な彼らは声を上げる。さっきの曲がバラードだったからこそ、今が一番の盛り上がりを見せていた。黒尾が表情を引きつらせていくのと対照的に会場の熱気は高まるのだった。
「じゃ、ここに上がってもらいましょうか!!」
和真の一声で、スポットライトが観客席の一角を照らす。それは当然黒尾達がいる場所だった。
「はぁ!?マジカよ…」
「ほら、時間押してんだからサッサといけよ」
嘘だろと痛い視線を受けた黒尾は肩を落とす。そんな彼を夜久は蹴飛ばした。その蹴りに痛いと声を上げる黒尾だが、ステージに上がる勇気と覚悟をもらうのだった。意を決して黒尾は緊張した面持ちでステージへの階段に足をかけた。ステージに現れた黒尾の姿に、彼を知る女子学生は悲鳴にも似た声を上げ、男子学生は冷やかしの声を上げた。その声を飄々とした態度で黒尾は受け流すと雫の目の前に立った。
「黒尾…あっ…あの…」
「香坂雫さん。俺と付き合ってください!!」
この観衆がいる前で、雫に先に言われるわけにはいかないと雫の持つマイクを奪い取って黒尾は告白をした。それに最初唖然としていた雫だが、徐々に表情が破顔していく。そして突き出された黒尾の手に雫は泣きじゃくりながら手を伸ばしながらあの時すぐに言えなかった言葉を嗚咽混じりに漏らすのだった。
「……お願いします!!」
黒尾は雫の返事を聞いた途端に自分の腕の中に閉じ込めた。おめでとうと彼らを祝う温かい拍手が起こるなか、彼らは幸せそうな表情を浮かべるのだった。