2年生
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「どうしたの?クロ」
部活の練習を終えて他のメンバーと別れ、電車に乗った黒尾と孤爪は自宅の最寄駅に降りていた。ずっと四六時中スマホのゲームに夢中な孤爪だが、流石にいつもお節介な幼馴染が足を止めているのに気づき、スマホから視線を上げる。一体どうしたのだろうか?と訝しげに止まったままの反応がない黒尾を見上げた孤爪は、彼がある一点をジッと見ていることに気づく。孤爪は、その視線の先に目をやった。
「行ってくれば??」
孤爪は小さく息をつくと、珍しく行動力に欠ける幼馴染の制服を引っ張った。その孤爪の行動でようやく気づいた黒尾はなんの話だ?と当然しらばっくれる。もちろん黒尾の返答は孤爪の想定通り。面倒くさいなと思いながら孤爪は大きく息を吐いた。
「気になるんでしょう?」
「なにがだ??」
「……言わせたいの??」
孤爪は、先程黒尾が向けていた視線の先を指でさす。そこにいたのは同じ音駒の制服を着た女子学生。亜麻色の髪を揺らしている彼女の背には黒色のギターケース、耳には黒色のヘッドホンが当てられていた。どこからどう見ても彼処にいる人物は、幼馴染が最近関係性を悩んでいる相手だ。つい最近、夜久と海の活躍によって部活での絶不調はなくなった。が、根本的な解決がされたというわけではないのだ。
勘くぐる孤爪の眼差しに弱い黒尾はウッと言葉を詰まらせる。
「俺のことは気にしなくていいよ」
「…だけどなぁ」
「ほら、考えているうちに見失っちゃうよ」
俺がいるから行きにくいのかと孤爪は気にしなくていいと後押しするが、未だに黒尾は目を泳がせて困った表情を浮かべた。そんな黒尾の躊躇する態度に孤爪は何度目かわからないため息をつきながら、彼女の後ろ姿を指す。さっさといけと言わんばかりに。
「わりぃーな、研磨」
「いいよ別に」
孤爪なりの気遣いにここは素直に受け入れるべきかと黒尾は孤爪に踵を返すと走り出す。そんな黒尾を見送ることもなく、孤爪はそそくさとスマホに視線を再び戻るとゆっくりといつもの帰路を歩き出すのだった。
走り出した黒尾は懸命に亜麻色の髪を見失わないようにしながら徐々に距離を詰めていく。あれほど拒絶されてしまったことにショックを受けていたのに、大人しく引き下がろうと思っていたのに、今はただ率直に自分の気持ちを彼女に伝えたい気持ちで一杯だった。今更かもしれない、沢山傷つけてしまった自分にもう資格なんかないかもしれない、それでも今行動を起こさなかったら絶対に後悔する。だったら、迷惑をかけてしまっても、困らせてしまっても、ちゃんと言おうと決めたのだ。
「香坂!!!」
バシッと黒尾は懸命に手を伸ばした手で、追っていた彼女の細い白い腕を掴んだ。
「えっ!?黒尾!!」
ビクッと肩を震わした雫は振り向く。すると己の腕を掴んでいるのは追いかけてきたのかゼイゼイと息を荒げる黒尾。一体どうしたのか?と驚くのと同時に、どうして拒絶したのに追ってくるのか?と困惑した。だが、このまま普段どおりに接したら駄目だと雫はうっとおしそうにに眉を顰めた。
「黒尾の家、逆だよ。間違ってるよ道」
「間違ってねーよ。俺はお前を追いかけてきたんだからな」
「なんで?」
「ちゃんと話がしたい」
「私はもう構わないでって言ったよね」
「一方的に話を切り上げるな。
香坂がなくても俺にはある。」
「…………」
「時間あるか??」
「ないって言っても離してくれないんでしょ」
「まぁーな」
黒尾の力強い言葉に雫は何も言えなくなる。このまま押し問答しても埒が明かない。きっと言いたいことを伝えないと解放してくれないだろう。都合がいいかと形式的には尋ねているが有無を言わせないと黄土色の瞳が無言の圧力を雫にかけてくる。雫は大きく息を吐いて耳に当てていたヘッドホンを首にかけ直した。
「……缶ジュース一本ね」
話を聞く代わりに雫は飲み物を奢ることを要求する。それにもちろん黒尾は構わないと頷く。そして二人はそれぞれ近くの自動販売機で飲み物を選ぶと、近くにある公園に向かうのだった。
*****
「で??話って何??
この前の続きだったら帰るよ」
「この前の続きだ」
手元に空になった缶を小さく振りながら雫は口火を切る。不機嫌さを匂わせる雫の声に、黒尾は言いよどむことなくはっきりと答えた。この前は躊躇してしまったが、今日こそはと。それにもちろん雫は渋い顔を浮かべた。
「もう話は終わってる。
私と黒尾はただの付き合いの長い友達。それ以上でもそれ以下でもないって言ったよね」
「俺もそう思ってた…」
同じセリフを雫はもう一度反芻する。私達の関係はただの友達だと自身に言い聞かすように。その言葉に黒尾は申し訳無さそうな表情を浮かべて同意を示した。雫の言う通り一昔前は本当にただの仲が良く軽口を言い合える相手だと思っていたのだから。でも違ってたんだ。過去の自分に言えるなら目を醒ませと盛大に罵ってやりたい。黒尾は、カナリア色の冷たい瞳から目を背けるように空を見上げていた黄土色の瞳を雫に向けた。
「でも違った
俺はバレーと同じ…いやそれ以上に香坂のこと好きなんだ」
「何言ってるの??黒尾」
揺らぐことのない真っ直ぐな力強い眼差しに、はっきりと言い切った彼の言葉に、雫は狼狽した。
「からかってるの??」
「ちげーよ!!」
「嘘言わないでよ」
「……嘘じゃねーよ。俺は本気だ」
もしこれが夢だったらさっさと誰でもいいからこの夢から目を醒まさせて。バレー一筋の奴がこんな感情を抱くわけがないんだ。こんなの都合の言い夢物語だと。だが、これは現実。どういう風の吹き回しなのかわからないが、黒尾は好きだと言ってくれた。一昔前の自分だったら即座に手をとっただろう。嬉しいと純粋に喜んで。だが、今は事情が違うのだ。
「俺、サイテーだろ
気づいたの香坂を振った後なんだぜ」
雫が動揺していて言葉を失っているのをわかっている黒尾は自嘲気味に己の心境の変化を話し始めた。
「人は手放した後になって初めてその価値感を知って後悔するっていうけど、ホントだった。
香坂と過ごす時間が当たり前になってて気づかなかったんだ。」
振った当初はただ単に傷つけてしまった罪悪感に囚われていると思っていた。気まずくて声をかけたいのに声をかけることができなかった。その時からだ。すごい心の中にあるモヤモヤをはっきりと感じ始めたのは。もちろん黒尾はそれに見て見ぬ振りをした。
「あの時はこれが最善だって思ったんだ。
京極といるときの香坂が楽しそうに見えたから、お似合いだと思ったから。でも、2年になってから香坂の隣にいつもアイツが立っているのが増えて、なんで俺じゃねーんだろって思い始めた。」
嫉妬というものだろうと黒尾は感じた。こんなはっきりとした感情を自分が持てたのかと驚いたくらいだ。でもこれは自らが勧めた道だと黒尾は大人しく見守ろうと思った。だからあえて関わるのもやめようと決めた。だがお節介な奴らがそれを許してくれなかった。
「ライブで久々に見た時すっごく輝いていて見えた。自由自在にギターを弾く香坂に目を奪われた。抑え込んでいた気持ちが意図せずにドンドン膨らんじまったんだ。」
黒尾はスッと目を細めるとゆっくりと己の手を雫に近づけた。その手は雫の亜麻色の髪へ。壊れ物を扱うように黒尾は雫の髪に指で梳く。
「お前がいねーとダメなんだ」
淋しげに黒尾は微笑んだ。その一つ一つの仕草に言葉に雫は硬直してしまっていた。そんな雫に追い打ちをかけるように黒尾が言葉を紡いだ。
「……好きだ、雫」
名前を呼ばれただけなのに、全身に甘い痺れが走った。待ち望んでいたのにどうして喜べないのだろうか。雫の脳裏に過るのは拓斗の存在だ。決めた決意は黒尾の一声で脆く崩れていく。自分はどっちの手を取れば良いのだろうか?
今までずっと好きだと公言してくれて支えてくれていた彼だろうか?
それともずっと思い焦がれていた眼の前の彼だろうか?
もう現実から目を反らしたいと思うほど、雫は今の気持ちがわからなくなっていた。
「返事は今じゃなくていいから」
雫の心を見透かしたように黒尾がそう言い切った。思わぬ言葉に雫はえっ!?と声を漏らした。
「香坂が決めて…
あのいけ好かねーやつと俺…どっちがいいか??」
柔らかく微笑みながらも、黒尾は苦虫を潰したような表情を垣間見せる。恐らく拓斗の顔を思いだしたのだろうと雫は小さくクスクスと笑った。
「京極のこと、嫌い??」
「あんなに敵意剥き出しで、毒を吐きまくる奴を好きになれるか??」
「それ、黒尾限定だね」
「まぁ俺、恋敵ってずっと思われてたからな」
「そう…だったんだ」
黒尾と拓斗がまさか自分関連で交流あったことに雫は驚く。そして敵意剥き出しの拓斗を想像できないと雫は内心思うのだった。一方で、拓斗のことを思い出し表情をこれでもかと黒尾は歪めた。折角この場にアイツがいないのにどうして奴の話をしなくてはならないのかと。
「もう、アイツの話はいいだろ??」
「そうだね。話し反らしちゃってゴメン」
黒尾の言い分はご尤もだと雫は緩んだ頬を引き締める。ちゃんと答えを示さないといけない。今度こそ何かに逃げることはできないのだから。でもその前に謝らないといけないことがあると、雫は黒尾に面と向き合った。
「黒尾、あの時一方的に拒絶しちゃって……
ゴメン!!!!」
あの時、黒尾の話しをしっかりと聞かずに勝手な思い込みで拒絶してしまった。雫は申し訳ないと大きく頭を下げた。その頭に黒尾は自身の手を乗せた。
「しゃーねーよ。うやむやにしていた俺が悪いんだから…
気にすんな」
「でも!!」
「はい!この話はお終い」
納得がいかないと雫が声を上げるが、黒尾は一方的にその話を切り上げた。そしてベンチから腰を上げて立ち上がった。
「ほら」
「えっ??」
差し伸ばされた黒尾の手に、雫は首を傾げる。そんな雫にわかれよ!と再度大きな動作で手をもう一度差し出した。
「お手をどうぞって言ってんのわかんねーの??」
雫はその言葉に視線を手から彼の顔に向ける。すると恥ずかしいのかそっぽ向いて、ほんのりと顔を紅潮させた黒尾がいた。
「らしくなーい!!」
「うっせ!そんなの自分が一番わかってるわ!!」
クスクスと雫は笑いながら黒尾の手をとって立ち上がる。アピールだ!!アピール!!と精一杯の言い訳をする黒尾に手を引かれながら公園を後にする。もう遅いから送っていくという黒尾のご厚意に雫は甘えてしまう。だが、心のなかではふつふつと罪悪感が膨れ上がっているのだった。