2年生
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「ねぇ、雫」
「な…なに??」
「ちょっと話しない??」
黒尾に告白されて1週間。タイミングを見計らっていたように神妙な面持ちの拓斗が声をかけた。もう何の話なのか、連れ出されている時点でわかってしまった。
「ここなら水入らずで話せるかな??」
拓斗が連れてきたのは、もうほとんど使われていない教室だった。柔らかく微笑む拓斗に、雫はドアをそっと後手で閉めながら口を開く。
「話って何??」
「何なのかは、想像ついてるんじゃない??」
「………」
ズバリと言われた言葉に雫は押し黙った。そのセリフは肯定を意味しているのに等しかったからだ。
「拓斗…あ…あのさ…」
「そういえば勝手だけどさこれ見させてもらったんだ」
「…!?なんで持ってるの!!」
「だから拝借させてもらったって言っただろ?」
雫の言葉を遮り拓斗はあるものを取り出す。その手にある紙に雫は顔を青ざめた。その紙は紛れもなく雫自身のものだったからだ。拓斗は、硬直したままの雫にゆっくりと近づくとその紙をそっと彼女に手渡した。
「…いい歌詞だね」
「えっ…」
「書けないって言ってた癖に…
書けるじゃん」
未だに耳に入った言葉についていけず唖然とする雫に拓斗は苦笑した。曲しか書けないと言っていたが、恐らくそれは作曲を何も考えずにやっているからだろう。音楽を四六時中聞いているほど曲が大好きな彼女は自分でも知らないうちに好きな音を上手く組み合わせ始めていたのだ。だから作詞に関しても彼女自身がやろうと思えばできるのだ。
「音源ない??」
「え…あるけど??」
「じゃ、聞かせて」
拓斗の真意が掴めない雫は疑問を抱きながらも音源を差し出す。それを拓斗は大切そうに受け取るとすぐにその音源を聞き始めるのだった。雫が作った曲は普段を真逆の曲調。アップテンポとは反対のスローテンポから始まるバラード。静かな音色、だがその1つ1つはとても力強い。その音にのせられる雫の声は芯がありながらも儚さが織り交じっていた。これほどまでに彼女の想いの詰まったものはないだろう。拓斗は耳を澄ましながらも自嘲気味に笑みを溢した。
「た…拓斗!!あ…あのね!!」
「この関係、解消しようか。雫」
「ちょ!!ちょっと待って!!」
無我夢中で作った曲。この曲に拓斗が聞き入ってくれているのは表情を見てすぐにわかった。だからこそ声を掛けるのを躊躇われた。それでも徐々に変化していく拓斗の心情は流石の雫も容易に読み取れた。自分もこの音源を完成させて、改めて曲を聞いてみてやってしまったと思ったからだ。
「……どうして??」
雫の先の言葉を自身の言葉で遮った拓斗には雫の取る行動が容易にくみ取れた。
「わ…私は…!!」
「いい加減自分の気持ちに正直になったら??」
切羽詰まった声を雫は上げる。言おうと決心をしてきたのに言葉が詰まった。そんな彼女はとても意地っ張りだと拓斗は思った。拓斗は腰に手を当てると溜め息混じりに言葉を紡いだ。ずっとずっと彼女の心は1人のものだった。それはすれ違ってしまっても変わることがなかった。先に出会っていたらもしかして振り向いて貰えたのだろうか?か考えるのはしょっちゅうだ。でも仮の話をしても仕方はない。彼女が先に出会ったのはアイツで、既に知り合った時にはもう彼女は誰かひとりを想っていたのだから。
「…もう無理しなくていいから」
拓斗は悲し気な笑みを浮かべるとそっと雫の頭に手を置いた。約4か月、お試しだったがとても楽しかった。雫と一緒に何処かに遊びに行ったり、音楽の話で花を咲かせたり…。思い返したらキリがない。
「……」
拓斗を直視できず雫は俯く。もう自分の浅はかな考えは見透かされていたのだ。結局、自分は彼の優しさに甘えていただけだったのだ。前に進むと言っておきながら結局自分は前に進むことが出来なかったのだから。グッと唇を雫は噛みしめる。いつも傍にいてくれた、心の支えになってくれた拓斗と過ごした日々が雫の脳裏で駆け巡る。
「…ごめん!!」
申し訳なさと罪悪感が雫の心の中で込み上げる。拓斗の言う通りだ。躊躇半端な気持ちで拓斗と付き合おうとしていた。この罪悪感を少しでも晴らすために。だが、それだと双方の気持ちを踏みにじっていることになる。真剣に自分に向き合ってくれて、想いを伝えてくれた彼らに対して。
雫は今度こそ拓斗とちゃんと向き合うように顔を上げる。うやむやにしてはいけないのだ。ちゃんとはっきりと伝えなければいけない。自分自身のためにも…目の前の彼に対しても…
「良いよ。謝らないで…
これは僕がやった報いなんだからさ」
拓斗は小さく首を横に振る。雫がこの件で罪悪感を覚えることはないのだから。それに対して雫はそれは違うと首を行く横に振った。
「違う……
全ては優柔不断な私が招いたことだから」
残念なことに頑固な性格が災いして全く言葉に耳を傾けてくれない雫に拓斗は小さく息をつく。もうこのまま押し問答してもどちらも意見を折ることはないだろう。
雫は悪くないと思うんだけどなぁ…
拓斗は内心でそう思った。元凶は全く自分の想いに気づくことなく接していたアイツ、そしてそれにチャンスだとつけ込んで関係を更にややこしいことにしてしまった自分なのだから。
「さて…雫」
拓斗はゴホンと咳をして、話の軌道修正をする。もうやってしまった事をあーだこーだ言っても意味はないのだから。
「拓斗…私に言わせて…」
さっきの言葉の返事を聞こうと拓斗は口を開くが、雫に再び言葉を遮られた。どうして?と言わんばかりの表情に雫は怯むことなく真っ向から向き合った。だって、ここから先の言葉を言うのは拓斗ではないと雫は思ったからだ。
「わかった…」
拓斗は雫の想いを汲み取り小さく頷く。それを確認すると雫はゆっくりと深呼吸をする。
「拓斗…ごめんなさい
私は、貴方の気持ちに答えられない
なのでこの関係を解消させてください!!」
息を吐き出すのに合わせて雫は拓斗に言葉を紡いだ。もちろんそれに拓斗は異議を申し立てることなく小さく頷いた。
「今まで楽しい時間をありがとう、雫
これからはバンドメンバーとしてよろしく」
「私こそ、ありがとう
こちらこそよろしくね!」
ありったけの感謝の気持ちを込めて、二人は互いに微笑みあった。
もう覚悟を決めていたことだったため今更拓斗は狼狽えることはせず、雫の先の幸せを案ずるように、さて…と話題をガラリと切り替えるのだった。
「雫はいつ黒尾に返事を返すんだい??」
「あ…えっ…えーと」
雫は視線を右往左往させる。実はまだ何も考えていない、いやそれ以前にこの結果に収まる予定出なかったので考えてすらいない。そんな彼女に拓斗は小さく笑みを溢す。
「実は僕にいい考えがあるんだけど?」
「えっ!!なになに!!」
雫は当然、気になり拓斗に身体を前のめりにさせる。そんな彼女に拓斗は一番手っ取り早い方法があるじゃないかと目を丸くさせた。
「これだよ…こ・れ!!」
拓斗は雫に見せつけるように己がまだ手にしていたものをチラつかせた。
「は…えっ!?正気!!」
「これほどはっきりと伝わるものはないよ
これを本人の前でお披露目すればいいんだよ」
「…お披露目ってどこで??」
「決まってるでしょ?文化祭さ」
まさかの提案に雫はうそでしょと顔を引き攣らせる。だが、拓斗は冗談交じりで言ったわけではないので表情を変えることなくもう決定事項のように話し始める。そんな感じでつらつらと述べていく拓斗に雫は慌てて待ったをかける。
「文化祭でやるの!?」
「そうだよ。逆にそれ以外で披露するタイミングないでしょ?」
「え…でも…」
「紗英と和真は快く承諾したよ」
「手を回すの早すぎません??」
拓斗の手際良すぎる根回しに雫は言葉を失う。が、拓斗にとっては想定範囲内。眼鏡を押し上げると、マジックの種を明かすように拓斗は口を開くのだった。
「…そりゃーね。だって皆グルだからね」
「皆って!?」
「決まってるだろ?
和真、野鳥さん、夜久、海さ」
「いつから??」
「最初は夜久と和真。
夏祭りで何を狙ったのか、二人きりになるように仕向けたんだよ」
その後も拓斗の口から述べられていく衝撃的な事実に雫は愕然としてしまった。お節介にもほどすぎると。拓斗らは雫達が上手くいくように、互いに情報を共有し合って色々と目論んでいたのだから。
「なんで皆してここまでするの??」
「皆、心配してるからさ?
それに誰かが後押ししないと一向に進展する兆しが見えないしね」
「…言い返す言葉もありません」
「でしょ」
悪戯っぽい笑みを溢す拓斗に雫は大きくため息を溢した。
「折角、絶好の舞台があるのに逃すわけにはいかないでしょ?」
「スケールが大きい気がするのは気のせい??」
「気のせいだよ」
げんなりとする雫のせめてもの抵抗はあっさりと拓斗により笑い飛ばされてしまう。もう文化祭で歌を披露するのは決定事項らしい。確かにこれを逃したらまた何かを口実にズルズルと言う時期を引き延ばしてしまう可能性があったから、きっかけをくれるのは有難いのだが…
「……本当にやるの??」
「もちろんさ」
これから忙しくなるよ!と晴れやかな表情で言い切った拓斗は、雫の肩を軽く叩くと背を向けた。そんな彼に雫は思い切り抱きついた。
「色々とありがとね
私、精一杯練習する。」
照れ臭くてか細くなってしまった雫の声。だが、はっきりと拓斗の耳に届いていた。拓斗はようやくお膳立てしてよかったと思えた。躊躇して一歩踏み出せない彼女の背をしっかりと押すことが出来たのだから。
「僕はいつでも雫の味方だからね」
損な役回りだと思っていたが、こんな風に彼女の幸せのために役立てるのなら悪くない立ち位置だと拓斗は雫に気づかれないように笑みを溢すのだった。