2年生
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夏夜空に打ち上がる色鮮やかな大輪の華。
すぐ横を少女が見上げてみれば、まっすぐに見つめてくるのは青年の熱がこもった黄土色の瞳。それに対して少女はカナリア色の瞳をそらすことなく見つめ返す。その後、必然的に彼らは求め合うように唇を重ね合った。
夢のような一時だった。
でも、夢はあっけなく醒めてしまうもの。魔法が溶けてしまったように、花火の音が消え静かになった場で静かに少女から離れた青年はバツが悪そうに後頭部を掻くのだった。
「わりぃ、今の忘れてくれ…」
あの一夜の日々は少女を戸惑わせるには十分だった。
わからなかった。どうして彼があのような行動を起こしたのか。彼が自分をどう想っているのか?
これ以上期待させないで欲しい……
忘れてと言われても忘れられるはずがないのだ。申し訳無さそうに嘆いた彼の淋しげな表情が。脳裏にこびりついて離れないのだから…
「…雫??」
ふと雫は呼ばれる声に反応して顔を上げる。そこには怪訝な顔をする拓斗がいた。そんな彼に雫はぎこちない笑みで返す。
「拓斗、どうしたの??」
「いや、それコッチのセリフなんだけど」
「へぇ!?!?」
「もしかして疲れちゃった??随分反応がなかったけど」
ため息交じりに紡がれた言葉に雫は、ようやく今の状況を思い出す。まだまだ暑さが続く8月末。スティックを新しくしたいという拓斗の要望により、彼らは練習休みの日を利用して様々な楽器専門店を野練り歩いていたのだ。そして、お昼休憩と近くの小洒落なカフェに入って寛いでいたのだ。
「アハハ、夏バテかな」
「ごめんね、こんなに歩かせちゃって」
「全然!逆に私も連れ回しているものだからお互い様だよ」
「……それならいいんだけど」
曖昧に返された言葉に、拓斗は別の理由があるのではないかと勘くぐる。あの夏祭り以降、上の空になる時間が増えただけでなく、なにかに取り憑かれたように練習に更に打ち込む雫を拓斗は見るに耐えなかったのだ。それは和真も紗英も同意見。だからこそ、夏休み最終日は練習を取りやめて、拓斗は雫を連れ出したのだ。少しでも気晴らしになれば良いと思って。だが、残念なことに雫の様子は好転することはなかった。楽器店で色々なものを物色したり、楽器を試しに弾いてみたりとしている時間はいいのだがふとしたタイミングで雫はなにか考え事をしているのだ。
「ねぇ!そんなことより次何処行こうか?拓斗」
「うーん、そうだね…」
キラキラとした眼差しで見つめられた拓斗は困ったように顔を顰める。完全に話題をそらされてはぐらかされた気がしてならない。が、問い詰めても彼女が本心を口にすることはないだろうと拓斗は諦めて、予め調べておいたものを開くのだった。そんな彼を見て雫はホッと胸を撫で下ろす。だってこんな悩みごとを彼に打ち明けられるはずがなかった。宙ぶらりんの中途半端な気持ちのまま、彼の気持ちを利用しているのは自分。益々、拓斗に対して罪悪感が込み上げてきた。前に進むために拓斗の優しすぎる提示を受け入れた。だが、果たしてこの行動は正しかったのであろうか?残念なことに、淡い気持ちは消え失せることがない。確かに拓斗は、いつも自分のことを見てくれていて些細な変化に気づいて心配してくれる。二人っきりで出かけるときもしっかりとリードしてくれる紳士だ。なにより互いの趣味が同じなお陰でマニアックな話しも出来るし、楽曲に対する相談も出来る。いったい何が不満なのだろうか?このまま自分のことを第一に考えてくれる彼に心変わりすればどんなに楽だろうか?
「はぁ……」
「ほら、ため息したら幸せ……逃げちゃうよ?」
無意識でついた雫のため息にすかさず拓斗がスマホから視線を上げて反応する。もうしょうがないなと言わんばかりに困った表情を拓斗は浮かべる。
「…いて」
「…そろそろ行こうか」
さらりと拓斗は雫を小突くと伝票を掻っ攫って席を立つ。一方で、雫は額にかすかに残る痛みの箇所に手を当てながら、レンズ越しに見えた拓斗のキレイなブラウン色の瞳を思い出し僅かに赤面するのだった。
*****
「おい、夜久!」
「どうした?長谷川??」
夏休みが明けて、面倒くさい始業式を終え教室に戻ってきた和真は自席の前にいる夜久の名を呼ぶ。それに不思議そうに振り返った夜久をちょいちょいと耳を貸せと和真は手をこまねいた。
「実はさ、雫の様子が明らかにおかしいんだけど…」
「あぁ…コッチも同じだ。」
夜久も浮かない表情を浮かべて和真の話にのってきた。必然的に誰が?と言わずとも彼らの話は通るようになっていたのだ。
「なにがあったんだ?アイツラ」
「それ俺が聞きたいぜ」
神妙な面持ちで首を捻る和真と夜久。そんな彼らの珍しい組み合わせにたまたま居合わせた人物が背後から声をかける。
「なんの話をしてるんだい?リーダー??」
「げっ!!た…拓斗!!どうしてここにいるんだ?」
「よっ…よう、京極…」
「ちょっと気になることがあって用事ついでに来たんだけど
丁度いいや」
「何が丁度いいんだよ」
「何か二人して隠し事してるだろ?」
「な…なにもしてねーよ!なぁ?夜久!」
「おっおう!!」
「二人して嘘下手すぎでしょ。眼が凄く泳いでるよ。特に和真」
ギクッと身体を強張らせる和真と夜久にどす黒いオーラを出す拓斗は爽やかな笑みを崩さぬまま追い打ちをかけるようにグッと顔を彼らに近づけた。
「後で洗いざらい吐いてもらうからね、お二人さん」
はい、これ資料ねとバンっと音を立てて和真の机に拓斗は持ってきたプリントの束を叩きつけると颯爽と立ち去る。拓斗の姿が見えなくなると、和真と夜久は隠しきれないと諦めた表情で大きく息をつくのだった。
「で?君たちは何を隠してるんだ?」
その日のお昼休み、拓斗は言葉通り和真と夜久を問いただしていた。屋上に揃う珍しいメンツに普段その場で昼食を取る生徒は眼を白黒させていた。そんな彼らの視線を気にすることなく拓斗はサッサと吐けと無言の圧力をかける。
「いやぁ…実はさ」
無言の圧力に耐えきれなくなった和真が口火を切る。それは、拓斗の予想通り夏祭りに関する話だった。実は、夏祭りのとき黒尾と雫を意図的に二人っきりに引き合わせようと念入りに案を出し合って決めていたのだ。唯一の誤算は雫が絡まれてしまったことなのだが、サッサとその場を離れてしまった夜久と和真はそのことに関しては知ることはない。
「わりぃ!持ちかけたの俺なんだ!!」
「いや、その話にノッた俺も悪い」
「別に責めてるわけじゃないんだけど」
ガバっと夜久が手を合わせる。それを見習って和真も同様に手を合わせ頭を下げる。そんな彼らを交互に見た拓斗は困ったように声を上げる。別に彼らは彼らなりに心配してやったことなのだろうとわかりきっているからだ。
「怒ってねーの!?」
「寧ろ怒りをぶつける矛先が違うと思うけど」
「なんだよ!京極わかってたのかよ!?」
「当たり前だろ?同じ感情を持っている僕が気づかないわけがない」
「じゃあ……」
「なんでって?
そりゃあ本人がいつまでも気づかないからに決まってるだろ?
僕はちゃんと忠告もしたし宣戦布告もした。でも、彼は何も行動を起こさなかった。だったら横から掻っ攫うでしょ」
ご尤もな拓斗の意見に夜久は口を噤んだ。確かに今回は全く自分の気持に鈍感すぎるアイツが原因なのは夜久にもわかっているからだ。
「…止めねーんだな」
「んん??」
「普通さ、敵に塩を送ってるやつなんて拓斗にとっては邪魔だろ?もし、黒尾が自分の気持ちに気づいたら拓斗は失恋するわけなんだからさ?」
「まぁ、そうだね。
案の定、香坂さんの様子は明らかにおかしくなってるしね」
「じゃあ、なんで??」
「…彼女に心の底から笑っていて欲しいからかな」
和真の純粋に沸き起こった疑問に、拓斗は淋しげに眼を伏せる。拓斗が好きなのは、今のぎこちなく笑う雫ではない。凄く歯がゆい思いだが、この数ヶ月付き合ってわかった。彼女を心の底から笑えるようにしてくれる人物は、悔しいことにアイツしかいないのだと。
「さて、僕もそれに一枚噛ませてもらおうかな」
「…それはありがてぇーけど何する気だ?京極」
「決まってるだろ?アイツにもう一回発破をかけるんだよ」
「……強力な助っ人の登場だな」
「アイツのためじゃないから。
香坂さんには幸せそうに笑っていて欲しいだけだからね」
ニヤリと拓斗は不敵な笑みを浮かべる。そんな彼の滅多に見られない表情に不思議そうにしていた夜久と鼻で笑い飛ばしていた和真は顔を見合わせる。一体、こいつは何をする気なのだろうと。確実に一悶着を起こしそうな気配に気づいた二人は、面倒事だけは止めてくれと言わんばかりに苦笑いを浮かべるのだった。