2年生
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「あら~、黒尾君じゃない~」
珍しく部活が休みの放課後、黒尾はとある自宅の玄関にいた。意を決してインターホンを押すとそこにはいつもと変わらず元気いっぱいの雫の母親がドアを開けて現れたのだ。
「こんにちは」
「もう!久しぶりじゃないの!!元気だった??
相変わらずバレーに熱中しているのかしら??」
久しぶりに体感する雫の母親のテンションの高さは、木兎に重なって見えてしまい黒尾は苦笑いを浮かべながら対応をする。一度捕まったら中々開放してくれない雫の母親の相変わらずぶりに、このままプリントの束を押し付けてお暇しようかと思い始めたその頃、バタバタと階段を駆け下りてくる音がするのだった。
「母さん!!!」
「あら?雫!黒尾君が見えてるわよ」
「…見えてるなら、早く部屋に通してよ」
「ごめんねぇ~、久々すぎてついテンション上がっちゃって…」
「ハイハイ」
「じゃお母さんこのまま買い物行ってくるから
ちゃんとおもてなしするのよ」
「わかってるよ」
階段から降りてきたのはいつもと変わらない雫。どうして黒尾が来ているのかと驚くものの、それよりも早く母親から引き剥がさねばという感情の方が上回った。さっさと行けと雫は母親をシッシと手で追いやる。それに応じるように母親は玄関を出ていった。ようやく静寂化した我が家にホッと胸を撫でおろすと雫は未だに靴を履いたままの黒尾に視線を向ける。
「ほら、上がんなよ」
「お前、体調は??」
「この通りピンピンとしてるけど??」
「はぁ!?!?」
「いや、普通に今日学校行ったし??」
「……マジで??」
「一体、誰に嘘吹き込まれたの??」
「お前のバンドのドラムだよ」
「へぇ~、京極がそんな事言うなんてめっずらしー!」
雫はまさか体調を心配されるとは思わず唖然とする。しかし、それは黒尾もそれは同様で思いもしなかった事実に驚きを隠せなかった。そんな黒尾からまさかの拓斗の名前が出てくるとは思わず、雫はクスクスと笑い声をあげた。
「…笑いすぎだろ」
「だって!!」
そのまま笑いながら雫は踵を返す。黒尾は何度か来ているから今更部屋の場所を教える必要がないため気が楽だ。雫は飲み物とってくるから先部屋に行っててと一言黒尾に言い残すと台所に向かうのだった。その後姿を見届けると黒尾はおじゃましまーすと小さく言い、靴を脱ぎ上がり2階に上がるのだった。
*****
「今更だけど、お茶で良かった??」
「あぁ、わりぃーな」
「いえいえ」
グラスを2つとペットボトルに入ったお茶を持った雫は自身の部屋の扉を押し開けて入る。そしてすでに部屋で寛いでいる黒尾に声をかけながら雫は机にグラスを置きお茶を注ぎ込んだ。
「そういえば、結局京極になんて言われたの??」
「あぁ…これ届けて欲しいって言われたんだよ」
再びそういえばと話を掘り返す雫。それに案の定、黒尾は苦虫を潰した表情を浮かべながら、バッグの中から拓斗に頼まれたプリント類を取り出す。
「アハハ、直接渡せばいいのにね」
「……ホントだな」
「一先ず、ありがと」
互いに苦笑いしながらプリント類を受け渡しする。受け取った雫は、そのままプリントに目を通した。
「それ必要なプリントだったか??」
「うん。めちゃくちゃ大事なやつだね」
「たく、忘れてんじゃね〜よ」
「京極がこんな大事なもの渡しそびれるなんて驚きだなぁ」
悪態をつく黒尾に雫は小さく笑みを浮かべた。うっかりとするリーダーの和真に代わりに拓斗はそのサポートに回っているのだ。そんな拓斗が忘れるわけがないんだけどなぁと雫は内心思っていた。
「ねぇ、黒尾」
雫はプリントから視線を黒尾に移すと神妙な面持ちで黒尾の名を呼んだ。そんな彼女に黒尾は一体どうしたのだと怪訝な顔を浮かべた。
「なんだ??」
「この後、用事あったりしますか??」
「別になにもねーが
何、改まってんだよ」
「いや……実はですね……」
言いにくそうに雫はモジモジする。こんな頼みごとをするのは久々だからこそ、この後の言葉を口にするのは躊躇する。が、ここまで言葉にしてしまったので言わないわけにもいかず雫は黒尾の顔色を伺いながら口をゆっくりと開く。
「わからない箇所があって………
もし特に用事がなかったら教えてほしいなぁって……
駄目かな??」
アハハと愛想笑いを振りまきながら黒尾の方に顔を上げた。雫にとっては1週間後に控えるテストという存在が今一番深刻な問題だったのだ。
「お前、俺に何を教えてもらおうとしてるんだよ」
「もちろん、理系科目!!」
「ちょっとは自分でどうにかできねーのかよ!!」
「そんな冷たいこと言わないで頼むよ〜」
予想はしていた。が、予想通りすぎて黒尾は呆れ返る。やはり少し離れていても根本が変わるわけがなく理系科目が嫌いな雫は存在していたのだ。呆れ返る黒尾にこの通りと手を合わせて雫は頭を下げる。この絶好の機会を逃すわけにはいかないと必死に雫は頼み込んだ。そんな彼女の頼みごとに対して黒尾は弱いのだが、本人は無自覚。暫し雫を見つめるとしょうがないなと柔らかく微笑むのだった。
「たく、しゃあないな…
どこだよ?」
「えっとね…」
雫は立ち上がると勉強机に向かう。そして棚から何冊か教科書とノートを取り出す。ついでに机に裏向きにしておいたルーズリーフを黒いファイルに仕舞いこんだ。
「これ!!」
「って…流石文系だな。
理系科目、俺たちとやってんのと全然ちげーわ」
取り出した教材とノートを黒尾の前に雫は提示する。それを黒尾はというと1冊取り出しペラペラと目を通し、ケラケラと軽快に笑った。そんな彼の反応に雫は頬を膨らませる。
「どうせ簡単すぎだろって言いたいんでしょ」
「全くそのとおりですが?なにか??」
「いいよ!もう理系科目は出来ないって諦めてるから」
「諦めてるからって、お前なぁ
テストどうすんだよ?」
「だからこうやって頼んでるんでしょ?」
「開き直るな」
雫の相変わらずの理系の出来なさに黒尾は盛大にため息を吐くと彼女の額を強く小突いた。
「…いて」
「じゃ今回の報酬はこれで手を打ってやるよ」
小突かれた額に手を当てて上目遣いで睨む雫を横目に黒尾はある一転の場所を指差した。雫はその指さされた場所に視線を移すと不思議そうに首を傾げた。
「ギター??
黒尾って弾けるの??」
「流石に弾けねーわ
そうじゃなくて、1曲演奏してくれって話」
「あぁ!そういうことならお安い御用だよ」
「じゃ交渉成立ってことで」
ニヤリと笑みを浮かべると黒尾は雫に手をすっと伸ばす。
「これはしばしお預かりしますっと」
「あっ!?結局そうなるの〜」
「はぁ…当たり前だろ」
黒尾の手が伸びた先は雫の首元。毎度のように黒尾は雫のヘッドホンをごく自然に掻っ攫ったのだった。もちろん雫は黒尾の手に握られたものを取り返そうと手を伸ばす。が、届くはずがなく悪巧みを浮かべる黒尾が雫の目の前に教材を突きつけるのだった。
*****
「リクエストはございますか??」
鬼教官の黒尾にしごかれたお陰でなんとかチンプンカンプンだった理系科目がマシに解けるようになった雫の手は筆記用具の代わりにギターを持っていた。
「ん〜、そうだなぁ…」
そこまで考えておらず黒尾は顎に手を当てて考え込む。すると黒尾の脳裏にある音楽が流れ始める。それは、ふとしたきっかけでたまたま黒尾が知った彼女が作った曲だった。
「……あれがいい」
黒尾はその旨を雫に話した。最初は何を言っているのかとピンときていなかった雫だが、かすかな記憶を頼りになんとか伝えようとする黒尾の言葉で徐々に雫はあのことかと思い出す。
「これ??」
雫は思い出した記憶を頼りにギターの音色を鳴らす。綺麗で優しい音色の音に黒尾は耳を澄ましながら小さく頷いた。
「では、1曲いきます」
♪♪♪…♪♪♬♪♪♪♪…♪♪♪♬♪…♪♪♪♬♪♪♪♪♬♪♪♪
「あぁ…やっぱりいいなこの曲」
雫の曲に耳を澄ませながら黒尾はポツリと心の声を漏らす。いや、実際はそれだけではない。どうか、今の時間がずっと続いて欲しいと願わずにはいられなかった。彼女と過ごす時間が、心地よいと改めて実感してしまったのだ。もう見て見ぬ振りをすることなんてできないくらい、彼女に対する気持ちが黒尾の中で膨れ上がっていた。
「どう?満足した??」
「あぁ、大満足だ」
ギターを下ろしてえっへんと腰に手を当てる雫に、黒尾は大きく頷くとおもむろに立ち上がって雫に歩み寄った。
「えっ……」
「わりぃ…少しだけこのままでいさせてくれ」
気づいた時は雫は黒尾の腕の中に閉じこまれていた。
どうして、こんなことをするの??
渦巻き出す感情に雫はついていけず困惑する。目の前の彼が、何をどう思っているのかさっぱりわからなかった。
あのときだって……
考えまいと決めていた夏祭りの出来事が走馬灯のように雫の脳裏を駆け巡る。嬉しいと思う反面、このままでは双方にとって良くないと雫は思った。
「やめてよ…」
雫はわずかに残っている理性を総動員して黒尾から離れようとする。それに気づいた黒尾は抱きしめている力を弱めてそっと雫から手を離した。
「……香坂」
「黒尾は何をしたいの??
夏祭りの時だって…今だって…
私は、頑張って友達の関係に必死に戻ろうと振る舞ってるのに…」
「…俺は」
「憐れみも同情心もいらない。
黒尾が振った罪悪感に囚われて無理して付き合わなくていいんだよ」
黒尾の先の言葉なんて聞きたくなかった。どうせ、申し訳ないと思ってるんだ。とても優しいやつだから。でも、だからといって黒尾が気にすることなんてないのだ。私がただ勝手に傷ついているだけなのだから。雫は唇を噛み締めて拳を握りしめた。
「もう、これ以上期待させないでよ
私と黒尾はただの付き合いの長い友達。それ以上でもそれ以下でもないんだから」
精一杯の拒絶だった。これが互いのためだと思った。
同情心でこれ以上私の心をかき乱さないで…
私の決意を揺らがさないで…
雫は今までに出したことがないような感情のない冷たい声で目の前の黒尾に言い放った。それに黒尾は特に反論することはしなかった。ただ、悲しげに表情を僅かに歪ませると、そうだよなとぼやいた。
「………御免な、香坂」
黒尾は一言、目の前の彼女に言い残すと静かに部屋を出ていくのだった。バタンと閉められる扉の音、そして階段を降りる足音が聞こえなくなると雫は床に崩れ落ちた。ずっと我慢していた涙が頬を止めどなく伝った。
「……どうして黒尾が謝るの??」
全部悪いのは私なのに。
雫はこれ以上ないくらい嗚咽を漏らして泣いた。珍しく顔を歪ます黒尾の表情が脳裏にこびりついて離れない。
もうわからない、この対応が正解だったのか?それとも誤っていたのか??
決意して決めた道のはずなのに、雫は胸がとても張り裂けそうなくらいの痛みを感じるのだった。