1年生
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逃げるように出ていった雫は心に大きな喪失感を感じていた。それとともに、やってしまったと盛大に後悔していた。隠し通そうとしていた気持ちを感情のままに吐き出してしまった、それで黒尾に迷惑を懸けてしまった。
あーぁ、もう一緒にいられないな…
たった一言で雫の日常がいとも簡単に崩れてしまった。同じクラスだから顔を合わす頻度が多いだけに雫は気まずく、これからどうしようと途方に暮れていた。
「香坂??」
「あ……夜久」
トボトボと歩いていた雫の目の前に現れたのは夜久だった。先程以上に覇気がなく今にも泣きそうな雫を目の当たりにして夜久がほっとくわけがなく強引に雫の手を掴んだ。
「ちょっと話そうぜ」
夜久の真っ直ぐな瞳に雫は逃げ出す言い訳も思いつかず小さく頷くのだった。
*****
「黒尾と会ったか??」
雫を離した夜久は開口一番にこう尋ねた。それに雫は俯いたまま小さく頷いた。それに夜久はバツが悪そうに天を仰いだ。
「わりぃ…」
「なんで夜久が謝るの??」
「だって、俺と海がアイツに行くように促しちまったから」
ゴメンなと紡ぐ夜久を見て、段々と雫は押さえていた気持ちが高ぶり始めてしまった。一旦、閉じ込めようとした気持ちが溢れたら洪水のように流れて止まらない。
「ウッ…ッ!!や〜く〜〜!!」
雫は勢いよく夜久に飛びついた。突然の行動に夜久は眼を白黒させながら彼女の身を受け止めた。
「どうした??なにがあった??ゆっくりでいいから話してみろ」
宥めるように雫の背に手を回すと夜久は彼女を落ち着かせようとした。優しい夜久の言葉に雫は涙ぐみながら口を開いた。
「夜久って…お兄ちゃんみたい」
「おいおい……」
「だって、夜久包容力ありすぎなんだもん」
不貞腐れるように雫は口をとがらしてそっぽ向く。そんな彼女に夜久は内心ため息吐きながら上手いことご機嫌を取った。
「話せるか??」
「ウン……
実はね、
振られちゃったの〜〜!!」
「はぁ〜〜〜!!嘘だろ〜!!」
嗚咽混じりに吐かれた雫のセリフに夜久は剽軽な声を上げて驚くのだった。と同時になにやってんだ、アイツはと内心悪態をつく。そんな夜久の心情など知らない雫はもう自分の心の中に押し込めておくのは限界だと吐露する。
「私、言うつもりなかったのに…
絶対に迷惑になりたくないから…この今の関係に満足してたから…
なのに衝動でつい言っちゃったの…」
ヒックヒックと泣きながら雫は夜久のシャツを握りしめた。
「好きなの!!アイツのこと
これ以上ないくらいッ!!どうすればいいの?私はどうしたらいいの??」
しゃくりあげながら発せられた声は段々と尻すぼみに弱々しくなり、耳で注意深く聞かないと聞き取らないくらいになる。と同時に、夜久のシャツはシワが出来てしまうくらいにギュッと握られ、雫の身体はそれと反するようにズルズルと崩れ落ちていく。そんな雫の身体を夜久は必死に受け止め、彼女の背に手を回して強く抱きしめた。
「香坂、俺はお前の味方だから
だから一人であーだこーだ悩むなよ」
大丈夫だ…お前の気持ちは届く…だから諦めるな…
夜久はあえてこの言葉を口にした。さんざん見せつけられた本人からしたら豆に鉄砲な出来事だ。でも、見せつけられたからこそ言えることがある。少なからず、黒尾はコイツに好意を寄せてる。じゃないと様々な行動の辻褄が合わないからだ。
だからこそ夜久は決意を固めた。なんとしてもガツンと一発殴って気持ちを自覚させてやると。
そんな事を想ってるとは全く思わない雫は、力強い夜久の言葉に対してありがとと力なく笑うのだった。
*****
その日以降、雫は自分の殻に閉じこもるようにふさぎ込んでしまった。授業中以外、いつも馬鹿みたいに喋っていた黒尾は遠巻きにそれを確認していたが、声をかけようがなかった。
彼女を傷つけた自分にはもう声をかける資格も権利もなかったから。
♪…♪♪♪♪♪…♫♪♫♪♪♬……♪♪♪
雫はひたすら自分の世界に浸ろうと机にうつ伏せになって耳元のヘッドホンから流れる曲を爆音で聞いていた。完全に現実逃避なのはわかってる。でも、それでも雫はこうしていられずにはいられなかった。
別に雫は一人ぼっちというわけではない。クラス内に少なからず気の合う友だちは何人かはいるし、誰に対してもフレンドリーである。
でも、今回は彼女の違和感を覚えて誰一人事情を聞こうとする者はいなかった。
一人孤立したかのように音楽を聞く雫、気を紛らわすかのように仲がいい男子とバカ騒ぎをする黒尾。どう見てもクラスの皆は二人になにかあったと感じ取っていたのだ。
その事態と並行する形である人物が昼休みに教室に来る頻度が極端に増えた。その人物は、京極拓斗だ。彼はチャイムが鳴った数分後に何食わぬ顔で教室に訪れると一目散に雫の元へ行き、彼女の前にある椅子を拝借して座るのだ。そして、一方的に反応が薄い雫に対して話し始めるのだった。
「ねぇ…どうして毎日来るの??」
「逆に来ちゃだめなの?」
「そういうわけではないけど…」
「じゃあいいよね
ここで食べるのは僕が勝手に決めたことだしね」
「私は一人になりたいんだけど……」
「そんなこと言わないでよ〜
僕は香坂さんと一緒にいれる時間を増やしたいし大切にしたいだけだよ」
渋い顔をする雫に拓斗は爽やかな笑みを崩さずにさらりと自分の率直な想いを口にした。ストレートな言葉に雫は照れくさそうに頬をほんのり染めた。そんな彼女に拓斗は身を乗り出して雫の顔を覗き込んだ。
「ねぇ?
香坂さんはつまらない??僕といるの…」
「…そ、ッ!!そんなことはないよ
ほ…ほら!!京極、長谷川と同じクラスだから一緒にお昼食べないのかなぁって…」
慌てて雫は咄嗟に思いついたことを言って、さりげなく申し訳ないということを伝えようとした。だが、その言葉に拓斗は大きくため息をつくと面倒くさそうな表情を浮かべた。
「あ〜ぁ、和真なら気にすることなんてないよ
どーせ、僕がいないことをいいことに二人で楽しんでるに違いないから」
実際、拓斗は和真が紗英を連れてきた場合は、3人で食べるか、いつもつるませてもらっている他の男子メンバーと食べているかの2択なのだから。
「紗英と??」
「そうそう
だいたいあの二人はセットだからね」
あそこにいても惚気けられるか冷やかされるだけだしね…自嘲気味に笑いながらボソリと独り言のように呟いた拓斗の言葉に雫は思わず笑みを浮かべた。
「ホントに羨ましいくらい仲いいよね」
「で??香坂さんは違うの??
黒尾とは…」
拓斗の言葉に笑みを浮かべていた雫の顔は凍りついた。ドキリと大きく心臓が跳ね上がったのを雫は感じ取った。
この数日、全く拓斗はその話題に触れてこなかったためいつの間にか雫は警戒を緩めていたことを後悔した。
突然確信に迫る言動を吐いた拓斗のせいで、雫はこの話題から話を反らせる言葉が思いつかず黙り込んでしまった。
「はぁ…ちょっと外の空気吸いに行こうか」
完全に俯いてしまった雫の様子に、拓斗は感じ取っていたものが確信に変わりそれを本人に確認するために雫の腕を取って外に連れ出すのだった。
*****
「…ねぇ、授業始まっちゃうよ」
「いいよ、一限くらい
それに授業中の方が邪魔されなくて済みそうだしね」
ホラッと拓斗はさきほど自販機で買った缶コーヒーを雫に差し出した。それを黙って受け取るのを確認した拓斗は自分用に買っておいた缶を気持ち良い音を立てて開けて一口含んだ。
「京極はさ、勉強できるからいいかもしんないけど、私は良くない」
「ダイジョーブ、ちゃんと僕が教えるから
そこは心配しなくていいよ」
「でも、優等生が授業サボるなんて思わなかったよ」
「アハハ…
優等生でも授業サボりたくなるときだってあるんだよ」
「自分で優等生って言っちゃう??」
「ゴメン…そういう意味で言ったつもりはなかった」
「知ってる
ちょっとからかってみたくなっただけ」
雫の言葉に真に受けた拓斗は肩をすくめてしょげこんでしまった。そんな彼を見て雫はクスクスと笑った。だが、それも一瞬ですぐに悲しげな表情に戻ってしまった。
誰かさんに感化されちゃったかな〜
自嘲気味に笑い手すりにもたれかかると雫は遠くを見るように空を見上げた。そんな誰かに想いを巡らす彼女を拓斗はジッと見つめた。
「ねぇ??黒尾となにかあったの??」
「…聞いちゃう??」
「まぁー、僕にとってこの状況は願ったり叶ったりでこの上なく嬉しい限りだけど…」
香坂さんは凄くつらそうだよね……
拓斗に視線を向けた雫は初めて自分の悲痛な表情に気づいた。拓斗の眼鏡のレンズ越しで己を見ることで。そして、自分のことでないのに自分のことのように表情を歪ませる拓斗を見て雫は胸が激しく傷んだ。
「実はね……」
雫はありのままの事実を拓斗に包み隠さず喋った。時折苦しそうに言葉を詰まらせる雫を心配そうに見つめながら聞いていた拓斗は最後まで聞き終えるとようやく納得がいき小さく息をついた。
「…なるほどね、そりゃあ顔合わせるの気まずいね」
同意の相槌を打ったが、拓斗はこの事実に内心激しく驚いていた。確かに黒尾に宣戦布告したときに予想以上に反応が薄いことからなんとなく気づいていたがまさかホントに彼が自分の気持ちに気づいていないとは思わなかったのだ。ハンバ呆れながら拓斗は缶を口元に持っていった。そんな彼に雫は違う意味を込めて呆れた眼を向けた。
「京極にも同じこと言えるんだけど??」
「そう思ってると感じたから避けられないように赴いてるんだよ」
呆れ目を向けた雫の気持ちなどとっくにお見通しだと拓斗は得意顔を浮かべた。
そんな彼に雫は思っていた疑問を口にした。
「ねぇ…」
「なに??」
「どうして私の気持ちを知った上で告白してくれたの??
きっぱり断られるとは思わなかったの?」
雫は知りたかったのだ、拓斗の気持ちを。それに答えるように拓斗はあの時と同じ真剣な表情で雫に向き合った。
「即効で玉砕すると思ってたよ
それに香坂さんにこの気持ちを伝えても困らせることもわかってた
でもね、それでも僕の気持ちをしっかり伝えておきたいと思ったんだ」
そう言うと拓斗はゆっくりと雫との距離を詰めた。
「それで答えは出た??」
「…まだ、でない」
「そっか…まぁ僕はいつまでも待つから
香坂さんの気持ちが整理できるまでさ」
ゴメンと申し訳無さそうに俯く雫に拓斗は小さく首を横に振った。そして、小さく微笑すると雫の頭に手を持っていき撫でる。そのまま拓斗はかがみ込み雫の顔を覗き込んだ。
好きだよ…香坂さん
再び拓斗は雫への想いを口にした。その言葉に雫はハッと顔を上げて少し離れた拓斗を見つめた。顔を上げた雫のカナリア色の瞳を拓斗は真っ直ぐ見ながら再びこの想いを告げた真意を紡いだ。そんな拓斗の表情は見たことないくらい真剣な顔だった。
「ズルい男になっても構わない
だって自分の気持ちに気づいてないやつに負けたくないからね」
…意外と僕はタフで負けず嫌いだったらしい
そう言うとようやく拓斗は表情を崩し自嘲な笑みを浮かべた。一番自分が良くわかっている。片思いしていたしていた相手に振られたショックで傷ついた心に甘い言葉を吐いて付け入るようなことをしているのだから。
それでも最悪な男になっても、ズルい奴になっても構わない。抱いている気持ちに気づかずアッサリと彼女を振る相手に簡単に自分が引き下がりたくなかった。
「私、振られても黒尾のことが好きなんだよ」
「聞いてるだけで嫌でもわかるよ」
「この気持ちがいつ変わるかわかんないんだよ
もしかしたらずっと抱いてるかもしんないんだよ」
「そうだね…
でもそれでもいい
香坂さんがその気持ちを持っていても構わない」
黒尾の事が好き、この気持ちは変わらない雫は諦めて欲しいと遠回しに諭そうとするが、そんな言葉を拓斗はアッサリと受け入れていってしまった。心が広すぎる拓斗の言葉に雫は徐々に心が揺れ始める。
「私、今すっごいサイテーなことを口にしてるんだよ
京極の気持ちを利用しようとしてるんだよ」
「そんなことないよ
それ以上のサイテーなことをしてるのは僕だからね」
今にも泣き出しそうな雫に、拓斗は言葉を重ねて否定する。そして、そんな彼女を拓斗は腕の中に閉じ込めると雫の耳元に悪魔のささやきとも言える言葉を囁いた。
「どんなに時間が掛かっても僕色に染めてあげるから堕ちておいで」
「そんなギザなセリフ言えるんだね」
「ホントだね、僕も夢にも思わなかった
でもそれだけキミに本気ってことだよ」
甘い言葉に背筋が粟立つのを感じながら雫は、冷たい目を拓斗に向けた。そんな視線など気にすること無く拓斗はサラッと普段の自分なら絶対いわないであろう言葉を口にするのだった。
あーぁ、もう一緒にいられないな…
たった一言で雫の日常がいとも簡単に崩れてしまった。同じクラスだから顔を合わす頻度が多いだけに雫は気まずく、これからどうしようと途方に暮れていた。
「香坂??」
「あ……夜久」
トボトボと歩いていた雫の目の前に現れたのは夜久だった。先程以上に覇気がなく今にも泣きそうな雫を目の当たりにして夜久がほっとくわけがなく強引に雫の手を掴んだ。
「ちょっと話そうぜ」
夜久の真っ直ぐな瞳に雫は逃げ出す言い訳も思いつかず小さく頷くのだった。
*****
「黒尾と会ったか??」
雫を離した夜久は開口一番にこう尋ねた。それに雫は俯いたまま小さく頷いた。それに夜久はバツが悪そうに天を仰いだ。
「わりぃ…」
「なんで夜久が謝るの??」
「だって、俺と海がアイツに行くように促しちまったから」
ゴメンなと紡ぐ夜久を見て、段々と雫は押さえていた気持ちが高ぶり始めてしまった。一旦、閉じ込めようとした気持ちが溢れたら洪水のように流れて止まらない。
「ウッ…ッ!!や〜く〜〜!!」
雫は勢いよく夜久に飛びついた。突然の行動に夜久は眼を白黒させながら彼女の身を受け止めた。
「どうした??なにがあった??ゆっくりでいいから話してみろ」
宥めるように雫の背に手を回すと夜久は彼女を落ち着かせようとした。優しい夜久の言葉に雫は涙ぐみながら口を開いた。
「夜久って…お兄ちゃんみたい」
「おいおい……」
「だって、夜久包容力ありすぎなんだもん」
不貞腐れるように雫は口をとがらしてそっぽ向く。そんな彼女に夜久は内心ため息吐きながら上手いことご機嫌を取った。
「話せるか??」
「ウン……
実はね、
振られちゃったの〜〜!!」
「はぁ〜〜〜!!嘘だろ〜!!」
嗚咽混じりに吐かれた雫のセリフに夜久は剽軽な声を上げて驚くのだった。と同時になにやってんだ、アイツはと内心悪態をつく。そんな夜久の心情など知らない雫はもう自分の心の中に押し込めておくのは限界だと吐露する。
「私、言うつもりなかったのに…
絶対に迷惑になりたくないから…この今の関係に満足してたから…
なのに衝動でつい言っちゃったの…」
ヒックヒックと泣きながら雫は夜久のシャツを握りしめた。
「好きなの!!アイツのこと
これ以上ないくらいッ!!どうすればいいの?私はどうしたらいいの??」
しゃくりあげながら発せられた声は段々と尻すぼみに弱々しくなり、耳で注意深く聞かないと聞き取らないくらいになる。と同時に、夜久のシャツはシワが出来てしまうくらいにギュッと握られ、雫の身体はそれと反するようにズルズルと崩れ落ちていく。そんな雫の身体を夜久は必死に受け止め、彼女の背に手を回して強く抱きしめた。
「香坂、俺はお前の味方だから
だから一人であーだこーだ悩むなよ」
大丈夫だ…お前の気持ちは届く…だから諦めるな…
夜久はあえてこの言葉を口にした。さんざん見せつけられた本人からしたら豆に鉄砲な出来事だ。でも、見せつけられたからこそ言えることがある。少なからず、黒尾はコイツに好意を寄せてる。じゃないと様々な行動の辻褄が合わないからだ。
だからこそ夜久は決意を固めた。なんとしてもガツンと一発殴って気持ちを自覚させてやると。
そんな事を想ってるとは全く思わない雫は、力強い夜久の言葉に対してありがとと力なく笑うのだった。
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その日以降、雫は自分の殻に閉じこもるようにふさぎ込んでしまった。授業中以外、いつも馬鹿みたいに喋っていた黒尾は遠巻きにそれを確認していたが、声をかけようがなかった。
彼女を傷つけた自分にはもう声をかける資格も権利もなかったから。
♪…♪♪♪♪♪…♫♪♫♪♪♬……♪♪♪
雫はひたすら自分の世界に浸ろうと机にうつ伏せになって耳元のヘッドホンから流れる曲を爆音で聞いていた。完全に現実逃避なのはわかってる。でも、それでも雫はこうしていられずにはいられなかった。
別に雫は一人ぼっちというわけではない。クラス内に少なからず気の合う友だちは何人かはいるし、誰に対してもフレンドリーである。
でも、今回は彼女の違和感を覚えて誰一人事情を聞こうとする者はいなかった。
一人孤立したかのように音楽を聞く雫、気を紛らわすかのように仲がいい男子とバカ騒ぎをする黒尾。どう見てもクラスの皆は二人になにかあったと感じ取っていたのだ。
その事態と並行する形である人物が昼休みに教室に来る頻度が極端に増えた。その人物は、京極拓斗だ。彼はチャイムが鳴った数分後に何食わぬ顔で教室に訪れると一目散に雫の元へ行き、彼女の前にある椅子を拝借して座るのだ。そして、一方的に反応が薄い雫に対して話し始めるのだった。
「ねぇ…どうして毎日来るの??」
「逆に来ちゃだめなの?」
「そういうわけではないけど…」
「じゃあいいよね
ここで食べるのは僕が勝手に決めたことだしね」
「私は一人になりたいんだけど……」
「そんなこと言わないでよ〜
僕は香坂さんと一緒にいれる時間を増やしたいし大切にしたいだけだよ」
渋い顔をする雫に拓斗は爽やかな笑みを崩さずにさらりと自分の率直な想いを口にした。ストレートな言葉に雫は照れくさそうに頬をほんのり染めた。そんな彼女に拓斗は身を乗り出して雫の顔を覗き込んだ。
「ねぇ?
香坂さんはつまらない??僕といるの…」
「…そ、ッ!!そんなことはないよ
ほ…ほら!!京極、長谷川と同じクラスだから一緒にお昼食べないのかなぁって…」
慌てて雫は咄嗟に思いついたことを言って、さりげなく申し訳ないということを伝えようとした。だが、その言葉に拓斗は大きくため息をつくと面倒くさそうな表情を浮かべた。
「あ〜ぁ、和真なら気にすることなんてないよ
どーせ、僕がいないことをいいことに二人で楽しんでるに違いないから」
実際、拓斗は和真が紗英を連れてきた場合は、3人で食べるか、いつもつるませてもらっている他の男子メンバーと食べているかの2択なのだから。
「紗英と??」
「そうそう
だいたいあの二人はセットだからね」
あそこにいても惚気けられるか冷やかされるだけだしね…自嘲気味に笑いながらボソリと独り言のように呟いた拓斗の言葉に雫は思わず笑みを浮かべた。
「ホントに羨ましいくらい仲いいよね」
「で??香坂さんは違うの??
黒尾とは…」
拓斗の言葉に笑みを浮かべていた雫の顔は凍りついた。ドキリと大きく心臓が跳ね上がったのを雫は感じ取った。
この数日、全く拓斗はその話題に触れてこなかったためいつの間にか雫は警戒を緩めていたことを後悔した。
突然確信に迫る言動を吐いた拓斗のせいで、雫はこの話題から話を反らせる言葉が思いつかず黙り込んでしまった。
「はぁ…ちょっと外の空気吸いに行こうか」
完全に俯いてしまった雫の様子に、拓斗は感じ取っていたものが確信に変わりそれを本人に確認するために雫の腕を取って外に連れ出すのだった。
*****
「…ねぇ、授業始まっちゃうよ」
「いいよ、一限くらい
それに授業中の方が邪魔されなくて済みそうだしね」
ホラッと拓斗はさきほど自販機で買った缶コーヒーを雫に差し出した。それを黙って受け取るのを確認した拓斗は自分用に買っておいた缶を気持ち良い音を立てて開けて一口含んだ。
「京極はさ、勉強できるからいいかもしんないけど、私は良くない」
「ダイジョーブ、ちゃんと僕が教えるから
そこは心配しなくていいよ」
「でも、優等生が授業サボるなんて思わなかったよ」
「アハハ…
優等生でも授業サボりたくなるときだってあるんだよ」
「自分で優等生って言っちゃう??」
「ゴメン…そういう意味で言ったつもりはなかった」
「知ってる
ちょっとからかってみたくなっただけ」
雫の言葉に真に受けた拓斗は肩をすくめてしょげこんでしまった。そんな彼を見て雫はクスクスと笑った。だが、それも一瞬ですぐに悲しげな表情に戻ってしまった。
誰かさんに感化されちゃったかな〜
自嘲気味に笑い手すりにもたれかかると雫は遠くを見るように空を見上げた。そんな誰かに想いを巡らす彼女を拓斗はジッと見つめた。
「ねぇ??黒尾となにかあったの??」
「…聞いちゃう??」
「まぁー、僕にとってこの状況は願ったり叶ったりでこの上なく嬉しい限りだけど…」
香坂さんは凄くつらそうだよね……
拓斗に視線を向けた雫は初めて自分の悲痛な表情に気づいた。拓斗の眼鏡のレンズ越しで己を見ることで。そして、自分のことでないのに自分のことのように表情を歪ませる拓斗を見て雫は胸が激しく傷んだ。
「実はね……」
雫はありのままの事実を拓斗に包み隠さず喋った。時折苦しそうに言葉を詰まらせる雫を心配そうに見つめながら聞いていた拓斗は最後まで聞き終えるとようやく納得がいき小さく息をついた。
「…なるほどね、そりゃあ顔合わせるの気まずいね」
同意の相槌を打ったが、拓斗はこの事実に内心激しく驚いていた。確かに黒尾に宣戦布告したときに予想以上に反応が薄いことからなんとなく気づいていたがまさかホントに彼が自分の気持ちに気づいていないとは思わなかったのだ。ハンバ呆れながら拓斗は缶を口元に持っていった。そんな彼に雫は違う意味を込めて呆れた眼を向けた。
「京極にも同じこと言えるんだけど??」
「そう思ってると感じたから避けられないように赴いてるんだよ」
呆れ目を向けた雫の気持ちなどとっくにお見通しだと拓斗は得意顔を浮かべた。
そんな彼に雫は思っていた疑問を口にした。
「ねぇ…」
「なに??」
「どうして私の気持ちを知った上で告白してくれたの??
きっぱり断られるとは思わなかったの?」
雫は知りたかったのだ、拓斗の気持ちを。それに答えるように拓斗はあの時と同じ真剣な表情で雫に向き合った。
「即効で玉砕すると思ってたよ
それに香坂さんにこの気持ちを伝えても困らせることもわかってた
でもね、それでも僕の気持ちをしっかり伝えておきたいと思ったんだ」
そう言うと拓斗はゆっくりと雫との距離を詰めた。
「それで答えは出た??」
「…まだ、でない」
「そっか…まぁ僕はいつまでも待つから
香坂さんの気持ちが整理できるまでさ」
ゴメンと申し訳無さそうに俯く雫に拓斗は小さく首を横に振った。そして、小さく微笑すると雫の頭に手を持っていき撫でる。そのまま拓斗はかがみ込み雫の顔を覗き込んだ。
好きだよ…香坂さん
再び拓斗は雫への想いを口にした。その言葉に雫はハッと顔を上げて少し離れた拓斗を見つめた。顔を上げた雫のカナリア色の瞳を拓斗は真っ直ぐ見ながら再びこの想いを告げた真意を紡いだ。そんな拓斗の表情は見たことないくらい真剣な顔だった。
「ズルい男になっても構わない
だって自分の気持ちに気づいてないやつに負けたくないからね」
…意外と僕はタフで負けず嫌いだったらしい
そう言うとようやく拓斗は表情を崩し自嘲な笑みを浮かべた。一番自分が良くわかっている。片思いしていたしていた相手に振られたショックで傷ついた心に甘い言葉を吐いて付け入るようなことをしているのだから。
それでも最悪な男になっても、ズルい奴になっても構わない。抱いている気持ちに気づかずアッサリと彼女を振る相手に簡単に自分が引き下がりたくなかった。
「私、振られても黒尾のことが好きなんだよ」
「聞いてるだけで嫌でもわかるよ」
「この気持ちがいつ変わるかわかんないんだよ
もしかしたらずっと抱いてるかもしんないんだよ」
「そうだね…
でもそれでもいい
香坂さんがその気持ちを持っていても構わない」
黒尾の事が好き、この気持ちは変わらない雫は諦めて欲しいと遠回しに諭そうとするが、そんな言葉を拓斗はアッサリと受け入れていってしまった。心が広すぎる拓斗の言葉に雫は徐々に心が揺れ始める。
「私、今すっごいサイテーなことを口にしてるんだよ
京極の気持ちを利用しようとしてるんだよ」
「そんなことないよ
それ以上のサイテーなことをしてるのは僕だからね」
今にも泣き出しそうな雫に、拓斗は言葉を重ねて否定する。そして、そんな彼女を拓斗は腕の中に閉じ込めると雫の耳元に悪魔のささやきとも言える言葉を囁いた。
「どんなに時間が掛かっても僕色に染めてあげるから堕ちておいで」
「そんなギザなセリフ言えるんだね」
「ホントだね、僕も夢にも思わなかった
でもそれだけキミに本気ってことだよ」
甘い言葉に背筋が粟立つのを感じながら雫は、冷たい目を拓斗に向けた。そんな視線など気にすること無く拓斗はサラッと普段の自分なら絶対いわないであろう言葉を口にするのだった。