1年生
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「黒尾!!頼みが!!」
夏休みが終わり学校が再開したとある日、雫は黒尾の目の前で手を合わせていた。悲痛な表情を浮かべ頭を下げる雫に朝練を終えて教室に着いた黒尾は何事かと眼を見開き驚いた。
「ど…どうしたんだ??」
「非常に申し訳ないんだけど……」
黒尾の問いに雫はゆっくりと顔を上げると眉尻を下げた。
「文化祭まで練習に集中したくて…
もし放課後に委員会の仕事入ったら代わりにやって欲しいんだ」
すっごく申し訳ないんだけど…
だんだんと雫の声は申し訳無ささで尻すぼみしていく。それと同時に雫の上げた顔もだんだん下に俯いていった。
文化祭まで残り1ヶ月。本番に向けて出来る限り時間を使って練習しなければいけない。そのことはわかっているが、目の前にいる黒尾の部活事情を知ってしまったからこそ、雫はこのお願いに後ろめたさを感じていた。
「なんだ、そんなことか」
だが、意外と返ってきた言葉は雫にとって拍子抜けするほどあっさりとしたもので思わずえっ…と顔を上げ黒尾を凝視した。
「…そんなことなの??」
「いや、だって
この世の終わりみたいな深刻そうな顔してたから
てっきりテストをやらかしたのかと思ってな」
真剣に聞いてた俺が損したと云わんばかりにゲラゲラと笑い出す。そんな彼に雫はムッと頬を膨らました。
「きっちりテストは乗り越えましたけど??」
「へぇ〜、一人で??」
「いや…流石にそれは無理」
ムキになって言い返す雫に黒尾は勘くぐる眼で見返した。黒尾の見透かす瞳と鋭い指摘に雫は苦笑いを浮かべ、アハハと頬を掻いた。
「練習忙しそうだったから
今回はバンドメンバーに助けてもらったんだ」
「ふーん」
「でもホントに助かったよ
メンバーの一人が順位1桁の優等生さんでさ」
途端に黒尾は面白くなさそうに相槌をするが、雫は気にすること無くその時の話を話した。夏休み明けすぐにあるテストに向けて、バンドメンバーで何度か勉強会を実施したのだ。練習で忙しそうな黒尾に頼むのが気が引けていた雫にとって願ったり叶ったりのお誘いですぐに雫はそれに飛びついたのだのだ。
*****
「なんだよ!!雫は理系科目コレキシなんだな」
一目散に雫の出来なさに和真が笑い出す。それに気分を害する雫、対してフォローするように紗英が和真が小突く。小突かれた和真はいってと顔を顰めた。
「ん、じゃあ教えてよ!!」
そこまで言うなら出来るんだよねと雫は教材を和真に突き出した。だが、当の本人は拒絶と云わんばかりに手をヒラヒラと振った。
「俺は、紗英に教えるのに忙しいから無理」
「えぇ〜、私にも教えてくれればいいじゃん」
不貞腐れる雫にイヤイヤと和真はある人物に顎をシャクってみせた。
「俺より適任がいるっしょ」
「うへぇ??誰それ」
「雫、知らないの??」
剽軽な声を上げる雫に、紗英は勉強の手を止めて雫を信じられないと凝視した。それに首を傾げる雫に、紗英は拓斗を指差した。
「京極、学年順位一桁の優等生なんだよ〜」
「えぇ!!そうなの!!」
驚きの声を上げ雫は黙々と勉強している拓斗に視線を向けた。一気に視線を集めた拓斗はようやく手を止め、顔を上げた。この事態に何事かと3人を見渡した。
「どうしたんだ?3人共僕を見て…」
「京極!!勉強できるなら言ってよ〜
水臭いなぁ〜」
キョトンとする拓斗は状況を誰か説明してくれと眼で訴える。が、その前に雫が拓斗に思い切り飛びつくのだった。
「ちょ!!香坂さん!!とりあえず離れて!!」
密着状態のこの状態に拓斗は顔を真赤にしてアタフタとしだした。そして、周りに助けを求めるように2人に眼で訴えた。だが、2人は楽しげにニヤニヤと笑っており手を貸し出す気は全く感じられなかった。
「ただ、京極は勉強できるんだよって言っただけだよ」
「そうそう!!」
紗英の言葉に和真は大きく頷くとガバッと紗英に抱きついてニンマリと薄い笑みを浮かべた。
「俺はコイツで手がいっぱいだからさ
拓斗は雫に教えてやってよ」
ちょ!!!和真!!とアタフタと紗英は身じろぎだす。顔を真っ赤にする紗英に和真は耳打ちする。途端に静かになった紗英から和真はそっと離れると拓斗へしてやったりの顔を浮かべた。そんな彼を見て拓斗は大きくため息を吐いて項垂れるのだった。
だが、そんな攻防が行われていることを知らない雫はしつこく拓斗を揺らして頼み込んだ。しょうがないとハメられた拓斗は雫の勉強を見ることになるのだが、数秒後彼女のできの悪さに言葉を失ったのは言うまでもなかった。
*****
ちらりと雫の話を聞いていて黒尾の脳裏にあの時の二人の後ろ姿を見た時の映像が浮かび上がる。またもやモヤモヤと心がざわめき出すが黒尾はその感情を雫の次の言葉で考える暇が与えられなかった。
「話戻すけど、いいの頼んじゃって??」
「なに浮かない顔してんだよ
部活が忙しいのはお互い様だろ?それにいつもやってもらってるしな」
「でも…遅刻とか厳しく言われんじゃないの…」
「あぁ…言われるかも知んないな
まぁでも事情説明すれば平気だろ!!
それに…」
「それに??」
「忙しいときは頼むって言ったのはお前だろ??」
「確かにそう言ったけど…」
「気にすんなって
こん時くらい頼れよ
俺と香坂のよしみだろ??」
ボンッと己の胸を叩きニカリと歯を出して笑う黒尾。その表情にうだうだと考えていた雫は毒気を抜かれてしまい小さく頷いたのだった。
「じゃあ交渉成立だな
当日、見に行くからな」
自席に戻ろうと雫の脇を通り抜けながら彼女の肩に手を置いた黒尾はそう一言言い残した。と同時に、開始のチャイムが鳴り響く。
頑張らなくちゃ!!
雫は新たな気持ちを抱きながら慌てて自分の席に着席するのだった。
*****
その1件以降、雫は昼休みはバンドメンバーと食べると言い残し一人1組へ行き、放課後はすぐさま部室へ駆け込み時間の許す限り練習に励む日々に変わった。と同時に、黒尾達バレー部メンバーと関わる機会は極端に減った。
本番でヘマをやらかさず最高のパフォーマンスをするためにリーダーの和真を筆頭に喝を入れて自分たちで決めた楽曲を何度も合わせていった。
「クロ…」
「なんだ??」
「香坂は??」
「チャイムと同時に1組へ走っていったぜ」
もはや雫自身は彼らに声をかけることなくサッサと1組の方へ駆け出すのだ。もうこの件に関しては定番化してしまっているため、さらりと何当たり前のことを神妙な面持ちで聞いているんだと呆れながら黒尾は返答する。
「文化部は忙しそうだな」
「そりゃあそうだろ
1年で最大の見せ場だしな」
「って!!良いのかよ!!黒尾は」
海が小さく笑いながら指摘する。少しずつ近づいてくる文化祭。クラスでも出し物のための準備が進められる中、文化部は特に忙しなく動いていた。文化部にとって、最大の見せ場と言って良いのは文化祭なのだから。二人して大変だよなと笑い合う中、そんな悠長なことを言っている場合ではないだろ!と夜久が一喝。そして勢いそのままに掴みかかるように黒尾に向かって前のめりになるのだった。
「なにがだよ」
「香坂だよ!!
最近あの男と二人きりでいる場面を見かけることが増えたぞ
完全に立場奪われてるじゃねーかよ」
「しかたねーんじゃねーの」
夜久の言葉に熱がこもる中、黒尾が発したのは拍子抜けするほどさっぱりとしたものだった。
「「え??」」
「…??なんだ二人して?俺変なこと言ったか?」
思わず声を漏らした海と夜久の声は重なる。両者の見たことない顔に逆に黒尾がキョトンとした顔を浮かべるのだった。黒尾からしたら当たり前のことを言っているだけなのだが、海と夜久には衝撃的な発言だったのだ。夜久があえて話題に他の男の存在を出したのに、全く気にしていない様子の黒尾に疑問を抱いた。どう見ても黒尾が少なからず雫に対して好意を示しているのは明らかなのに、この反応はおかしいと。
「え?お前逆になんとも思わねーの?」
「思わねーの以前に、同じバンド仲間なんだし二人でいるのに違和感ねぇーだろ?」
「いや、でもな…」
「…なんだよ?」
「あ、いや…お前がなんとも思ってねぇーなら、俺から言うことはなんもねーよ」
歯切れが悪い言葉でなんでもねーと夜久はこの話題を閉めた。不服そうに視線を反らした夜久に、黒尾は不思議に思い首を傾げる。黒尾は、夜久がどんな思いでこの話題を持ち出したのかなんて気づくわけがなかった。ただ、夜久は心配だったのだ。あの時雫を呼びに来た拓斗の瞳や彼女への接し方ですぐに夜久はわかったのだ、彼の抱いている気持ちに。だからこそ、このタイミングで拓斗自身がなにか行動を起こすのではないかとヒヤヒヤだったのだ。でも当の本人は全然わかっておらず、助けを求めるように海に視線を送るも、二人は名案を思い付くことはできなかった。
*****
「こんにちは、黒尾くん?だっけ?」
そんな話題が上がってから暫くして、黒尾の前には突如として拓斗が姿を見せていた。
「ん?あぁそうだけど
確かお前って……」
「京極拓斗。
香坂さんのバンド仲間です」
「ご親切にどーも
で?香坂のバンド仲間が俺に何のようですか??」
「いやぁ〜、ちょっとね
君に確認したいことがあってね」
「へぇ〜、確認したいことって?」
ゆっくりと拓斗は黒尾に近づく。そして、目の前に立つと爽やかな笑みを崩さぬまま問いかけるのだった。
「香坂さんのこと、どう想ってる?」
「香坂のこと??
ただの仲が良い友だちだが?」
何を確認したいのかと思いきや、身構えていた黒尾はその問いに拍子抜けした。そして自分と雫はただの友達だと黒尾は正直に話したのだが、それに拓斗は勘くぐる眼差しを向けるのだった。
「へぇー、本当に??」
「何が言いたいんだよ」
「別に……」
拓斗は呆れた眼差しを黒尾に向けた。正直がっかりした。彼の気持ちを聞いて諦めがついたら潔く手を引こうと思ったのに。どうやらそうもいかないらしく、逆に拓斗の闘争心に火が付くのだった。
「はぁ!?!?」
「僕から見てそんな風には見えないんだけど…
君自身はどうやら気づいていないらしいね」
「気づいてないって何をだ?」
「そんなの自分で考えなよ」
教える義理はないと面倒くさそうに拓斗はあしらう。そんな彼に負けずに黒尾も声を上げる。
「誰かさんと違って優等生じゃないんでね」
「別に優等生関係なく、誰にでも考えられることなんだけどなぁ〜」
揶揄された拓斗はそんなことを気にするはしなかった。なんだって今回の話しは頭の善し悪しは関係ないのだから。もちろん揶揄った本人もそれには気づいているため、言い返す言葉が見当たらなかった。そして、一体彼が何を言いたいのか真意がわからずにいた。黙り込んでしまった黒尾を見て拓斗は小さく口角を上げた。
「………」
「ふぅーん、あれは無自覚なんだ
じゃあいいよね、僕が彼女に告っても
君はなんとも思わないんでしょ?」
「へぇ〜、お前香坂のこと好きってことか」
「そうだけど?なに?」
黒尾の指摘に眉間にシワを寄せ機嫌を悪くする拓斗はぶっきらぼうに答え、次にどう彼が反応を示すか様子を見る。だが、黒尾から発せられた言葉はあっけないものだった。
「いいんじゃねーの?」
「意外だね、応援してくれるの?」
驚きの表情を見せる拓斗を視線で捉えながら黒尾が思い浮かべるのは、この前見た二人が並んでいる姿だった。
「お前らお似合いに見えたからな」
「嬉しいお言葉だね」
じゃぁ遠慮なくやらせてもらうよ。
後になって気づいて手遅れになってても僕のせいじゃないからね
爽やかな笑みを浮かべる拓斗が去り際に眼鏡のレンズの奥から黒尾に覗かせる瞳はとても冷たかった。