1年生
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「香坂さん
ひと目会ったときから好きでした
付き合ってくれませんか??」
これは夢でないだろうか??
何度も確認するように頭を思い切り振った。だが残念ながらこれは現実であり、今雫は良き音楽仲間でありバンドの大切なメンバーで、自分の曲に歌詞と言う息吹を吹き込んでくれた恩人に熱を帯びた真剣な眼差しで見つめられていた。
「えっ…えっと、冗談だよね??」
「僕がこんな一世一代のセリフを冗談半分で言うと思う??
本気だよ」
「……だ・よ・ね」
雫が苦し紛れで言った言葉は目の前の拓斗により一蹴されてしまった。だが、本人に言われ無くても十分雫はわかっていた。拓斗は誰かさんと違って冷やかしたりからかい口調で人を弄ぶことをしない。加えて物腰低くて誰に対しても紳士な対応をとってくれる。優しく頭もいいしルックスも十分で何不足なし。世の女性達がそんな彼に告白でもされたら一目散に頷き彼の胸元に飛び込むだろう。だが、雫の脳内は残念なことにぐしゃぐしゃだ。そんな風に拓斗に見られてるなんて思いもしなかったのだから。
「え…えっと…」
「無理しなくていいよ
別に今返事が欲しいわけじゃないから」
どう返事をすればいいだろうかと言い淀む雫の心情をわかっていたかのように拓斗は言葉を重ねた。雫の心の中に占めている男の存在なんてとっくのとうに知っているし彼女の気持ちもこの前嫌と言うほど聞いた。雫が自分をバンド仲間として見ているだけでそれ以上として見ていないのは重々承知している。それでも拓斗は本人に想いを口にした。このまま想いに蓋をして後悔するよりもきっぱりと想いを告げて玉砕したほうがマシだと思ったから。それもあるが、少しでも彼女に自分を男として意識してくれればという魂胆が拓斗自身を動かした。
「返事はいつでもいいから
ゆっくり考えて」
拓斗は、困惑する雫に小さく笑いかけるとそのまま踵を返すのだった。
一方、誰もいなくなり静かになった場で雫は座り込んで蹲り頭を抱えた。
あぁ…どうしよ
なんであの時きっぱりと気持ちに答えられないと言えなかったのだろうか。もう自分の気持ちなんて決まりきってるのに。ズルズルと返事を後回ししたっていいことはないのに。
もしかしたら引け目を感じてしまったのかもしれない。でもそれ以上に怖かった。断った後に普段通りに拓斗が接してくれるのか、バンド仲間として良好な関係に戻れるのかと。
たったひとつの言葉で人の関係に亀裂が生じてしまう。雫はせっかく知り合えた拓斗と仲違いになりたくなかった。
でもじゃあどうすればいいのだろう…
雫は大きくため息を吐いて、夜空を見上げた。どこまでも続く空に瞬く星の数々。壮大な空を見れば少しは気持ちは晴れるのではないかと思ったのだが、そんなことは全くなかった。
仕方ない…とりあえず保留しよう
雫は一先ず考えるのをやめた。この場でうじうじと悩んでも仕方ないと踏んだからだ。
ヨッと立ち上がると雫はクラスの皆がいる場所へ戻ろうと歩き始めた。だが、雫はその道中で思いもしない場を目撃してしまうのだった。
「好きです!!
付き合ってください!!」
健気な可愛らしい声が雫の耳に入ってきた。
文化祭の後ってこういう出来事多いのかなって他人事の様に雫は右から左に聞き流した。だが、同時に自分の想いを伝えられる彼女は凄いなっと頭の片隅では己を卑下して自嘲していた。さて、サッサとこの場を立ち去ろうと足を踏み出したその時、聞き覚えがある人物の声が雫の鼓膜を揺らすのだった。
「俺、今バレーに一筋だからさ
恋沙汰にうつつを抜かしているほど余裕ねぇんだ
ゴメンな」
嘘………
雫は、足を再び止めると半信半疑の思いでソッとその現場を覗き込んだ。雫の視界に映ったのは、肩元まである黒髪が揺れている女の子と後ろ姿の黒尾だった。
申し訳無さそうに後頭部を掻く黒尾に、そっか、バレー頑張ってねと女の子は頬を赤く染めながら彼に笑いかけていた。
雫は、これ以上見たくないと逃げるようにこの場を静かに後にした。わかっていた。黒尾が秘かにモテていることも、告白されいることも、そしてそれに彼は答えていないことも。
バレー第一優先である黒尾は、全国を目指して練習に取り組んでる。他にうつつを抜かしている余裕があるわけがない。だからこそ、雫は自分の想いを心の奥底に閉じ込めた。全国大会に行くために練習に励む黒尾に余計な負担をかけたくない、悩ませたくないと思ったから。
でも…それでも………
「本人の口から本音を聞くと辛いよ……」
怒涛の勢いで押し寄せる感情の渦に雫のカナリアの瞳から涙の滴が溢れ出る。走りながら雫は頬に伝わって流れていく涙を拭った。
早く早く止まって!!
こんな顔で戻れないと雫は止めどなく流れる涙を何度も拭うのだった。
*****
「なぁ、俺もしかして香坂に避けられてねぇ〜??」
文化祭が終わりいつもの日常が戻ってきたと思われた。だが、黒尾はとある違和感を抱いていた。文化祭が終わったため委員会の放課後の仕事は雫がすることに戻った。だが、挨拶はするがそれ以外はあからさまに避けられていたのだ。
「何だクロ、今更か」
「……完全に避けられてるよね」
ポツリと漏らした黒尾の声に、夜久と海は食べる手を止めて苦笑をした。
「俺、なんかした??」
完全に身に覚えがない黒尾はキョトンとした表情で二人の顔を見た。そんな彼の後頭部へ夜久はガツンと拳を叩き落とした。
「それはコッチのセリフだ!!何したんだ!!クロ」
「…全く身に覚えがゴザイマセン」
夜久の鉄拳の痛みに黒尾は悶絶しながら片言で返した。
「う〜ん…
でも確実に香坂の様子は可笑しいぞ
クロが原因じゃないのか??」
「海もそんな事言うのかよ」
傍観の立場を取っていた海ですら、黒尾がなにかしたのでないかと思っていたので黒尾の返答に首を傾げた。
「だってそれ以外検討がつかないしな」
「はぁ〜〜〜〜わかったよ
事情聞いてくればいいんだろ!!」
大きくため息を吐いて項垂れるとガバっと音を立てて立ち上がった。めんどくせーと後頭部を掻く黒尾に発破をかけるように夜久と海が声をかける。
「そーいうこった
サッサとなんとかしろ」
「二人が一緒にいないと俺らは何故か落ち着かないんだよ」
「……なんじゃそりゃ」
夜久と海の余計なおせっかいに黒尾は呆れ気味に二人に振り返る。そして背を向けひらりと手を上げ振るとそそくさと雫を探しに教室を出るのだった。
あーぁ、俺ホントになんかしちまったかな
様々な場所を探し歩きながらなかなか見つからない雫を考え黒尾はバツが悪そうに後頭部を掻いた。
しょうじき黒尾自身もそろそろ避けられることに関しては我慢の限界だった。この4年ずっとだる絡みしていた人物と、たかが数日話す頻度が減っただけで寂しさを覚えてしまった。この時黒尾は初めて気づいた。いつの間にか雫の存在が大きくなっていたことに。だからこそ自分に非があるならしっかり詫びて元の関係に戻りたいと思っていたのだ。
「「あ…」」
走り回っていた黒尾はようやくお目当ての相手を見つけた。バタリと曲がり角で遭遇してしまった両者は眼を見開いて固まった。数秒見つめ合った二人だが、先に動かしたのは雫だった。すぐさまこの場から逃げるように踵を返し雫は走り出す。
「おい!!待て!!」
咄嗟に手を伸ばした黒尾の手は空を切る。クソっと舌打ちをすると黒尾は雫の後を追いかけるように走り出した。
*****
あぁヤバい!!どうしよ!!
黒尾が悪いわけではない。どちらかと言うと悪いのは自分だ。勝手に見てはいけないものを見て独りで勝手に傷ついて落ち込んで、本人といつも通りに接せられる自信がなくてわざと避けたのだ。
自分勝手なのはわかっているが、これ以上傷つきたくなかったのだ。時間が解決してくれる、すこし経てば蓋をしていつもの自分に戻れるはずと思ってたのに、どうして追いかけてきてしまうの……
大きな掌でガシッと掴まれる手首からじわりじわりと熱が帯びていくのを雫は感じた。
「香坂!!」
どうしてそんなに切羽詰まった声を出すの…
どうして追いかけてきてくれたの……
会いたくて会いたくなかった、相反する気持ちを渦巻かせる人物がすぐ近くにいる。振り向けば間近に黒尾を確認できるだろう。だが、せめての抵抗で雫は声を掛けられても後ろを振り向くまいと努めた。
「…離してよ」
「嫌だ」
「どうして??」
「離したら逃げるだろ」
「……」
「ほら、図星」
黙り込んでしまった雫の様子に肯定と黒尾はみなした。からかい口調の彼の言葉にハッと雫は顔を上げて振り向いてしまった。
「おっ、やっとこっち見たな」
ニカリと歯を見せて笑う黒尾を見て雫はハメられてしまったと気づいた。慌てて雫は視線を逸らしそっぽ向いた。
「ちょっとコッチこい」
不機嫌なオーラを漂わせる雫を無視して、黒尾は掴んだその手を引っ張って誰もいなそうな場へ足を進めた。たったの一声で雫は強張ってしまい、怒らせてしまったかと彼の態度で感じ取った雫はもう逃げられないと悟り抵抗する力を弱めなすがままに黒尾に引っ張られるのだった。
バタン
空き教室に連れ込まれた雫の後ろ扉が乱雑に閉められた。
「俺、なんかした??」
「……え??」
「雫ちゃんに避けられるのスゲェーイヤなんですけど
俺今めちゃ傷ついてるの知ってる??」
いつもの喰えない顔でなくホントに寂しそうに眉尻を下げている黒尾の表情に雫は申し訳無さそうに俯いた。
「…ゴメン」
「謝ってほしいわけじゃないんだけど」
「知ってる」
「じゃあ理由くらい聞かせてよ」
投げかけられた黒尾の言葉に雫は後ろめたく思いながら首を横に振った。本人目の前にして言える案件でない。でも、黒尾のせいでないのだからなんとか誤解を解かねばと意を決して雫は口を開いた。
「…黒尾のせいじゃないから
全部、私のせいだから…」
段々と雫の声は尻すぼみになっていく。それほど、黒尾に対して申し訳無く思った。でも、そんな言葉で黒尾が納得して引き下がるわけがなく、背を預けていた扉から離れると雫との距離を詰めた。
「じゃあ俺はどうすればいい??」
「もう少しだけ待って欲しい…」
「俺、そんなに頼りねぇーか」
「そんなこと…ッ!!」
「そういうことだろ
少しでもなんとかしてやりてぇーのに、相談すらしてくれないんだろ」
「だって黒尾には関係ないことだから!!」
「関係ねぇーのに俺避けられるの?
とんだとばっちりだな」
「わかんないよ!!私の気持ちなんか…ッ!!
黒尾にわかるわけがない!!」
「あぁー!!わかるわけねぇーだろ!!
何に悩んで葛藤しているのか、俺はなんも聞かされていねーんだからな
それでわかってもらおうとする方が無理な話だろ」
段々とエスカレートしていく二人の口論。何も言いたくない雫は必死にはぐらかそうとするが、自分に非がないにも関わらず避けられるこっちの身にもなれと黒尾も負けじと声を張る。意地と意地のぶつかりあい。先に折れたのは雫だった。
「……バンドメンバーに告白された」
「んん??」
「だ〜か〜ら〜!!
一目惚れですってバンドの仲間として仲良くしてもらってた人に告られたの!!!」
「………へぇ〜〜〜」
もうこうなったらやけくそだと雫は打ち明けた。それに面白くなさそうに黒尾は反応を示した。黒尾の脳裏に1人の人物が思い浮かぶ。あの時に散々己の前で啖呵を切った彼がきっと雫に想いを告げたのだろうと黒尾の中で点と点が繋がった。
「じゃあ突然思ってもみなかった人物に告られて、雫ちゃんはテンパってるという解釈でいいのか」
「………………ウン」
小さくこくりと頷いた雫は内心ドキドキしていた。誰かに告白されました。そう言ったら目の前の彼はどんな反応を示してくれるのだろうと。だが、黒尾から返ってきたのは素っ気ない言葉だった。
「いいんじゃねーの」
「へぇ!?!?」
「香坂の大好きな音楽を語り合えるし
出来ない科目教えてもらえるし
非の打ち所がない奴だろ
っつか、お前にはメリットしかねぇーじゃねーか」
「……ッ!!」
「グダグダ悩むことねーだろ
お似合いだと思うぜ」
つらつらと述べられるのは自分を後押しする言葉の数々。だが、雫が聞きたかったのはこんな言葉ではなかった。少しだけ少しだけ淡い気持ちに期待していた自分が馬鹿だったと痛感した瞬間だった。感情が高ぶって、目頭が熱くなるのを感じながら雫は感情のまま声を張り上げた。
「人の気も知らないで、勝手にそんな解釈しないでよ!!馬鹿!!」
「はぁ〜!?せっかく後押ししてやってんのに馬鹿はねぇーだろ!」
「馬鹿は黒尾だよ!!やっぱり理解してない!!
悩むよ!!そりゃあ!!
だってッ!!!私がずっと好きなのはッ!!!黒尾だもん!!」
あぁ…と冷静になったときには既に時遅し。慌てて口を閉じたが、既に雫は隠そうと思っていた恋心を口走ってしまった。
「はぁ〜〜〜〜!?!?!?」
雫の口から出た突然の衝撃的な言葉に黒尾は驚愕の声を出した。全く気づかなかったとボソボソと黒尾は戸惑いながら呟いた。
「わりぃ、俺………」
「わかってるからこれ以上言わないで…
バレーに懸けている気持ち知ってるから…
私の気持ちが凄い迷惑なのも知ってるから……」
「……香坂
その…」
「ゴメン…こんな気持ち抱いちゃって…」
「ッ!!おい!待てって!!」
バタンと黒尾のわかりきっている言葉を聞きたくない雫は乱雑に開けて思い切り閉める。黒尾が伸ばした手は見事に空を切ったのだ。未だに戸惑う黒尾の脳裏に残るのは、カナリア色の瞳から涙を流しながら扉を閉める雫だった。
「クソっ!!」
黒尾は自身に悪態をつくと乱雑に椅子を引いて腰掛け項垂れた。アイツの抱いている想いなど知らずに接していたからこそ、自分が持っている気持ちはなんだろうと黒尾自身混乱していた。だから、少し整理させて欲しいと思ったのにサッサと雫は出ていってしまった。あの腕を追いかけて強引に掴めばよかったのだろうか?でも、自分が盛大に彼女を傷つけてしまったことは事実だ。追いかける資格など今の自分にはない。
今の黒尾の心を支配するのは、喪失感と罪悪感だった。