1年生
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♪…♪♪♪♪…♪♪……
耳元から流れる音楽に合わせて小さくハミングしながら歩く少女がいた。胸元まである亜麻色の髪を揺らし、その頭にはお気に入りの黒いヘッドホンを付けていた。周囲に己と同じ制服を着ている人たちが歩いていたが、完全に彼女は自分の世界に入っていたため、彼女のカナリア色の瞳には映ることがなかった。そんな彼女だが、視界にとある人物が入った瞬間に大きく眼を見開いた。
他の人とは明らかに頭一つ分飛び抜けた高身長の青年、そして彼を判別するのに一番特徴的なのは黒髪のトサカヘッドの頭だった。
若干猫背で、その背に学生鞄を背負い少し前方を歩く彼に向かって彼女は足を速めた。そして、手が届く範囲に近づくと彼女はガツンと思い切りジャンプして彼の肩をどついた。
「おはよ!黒尾」
オッと…とどつかれた本人はバランスを崩し前のめりに。なんとか、両足で踏ん張ってコケるのを回避すると彼はニヤリと笑みを浮かべながら彼女を見た。
「よぉー、香坂
随分な挨拶じゃねーか」
「私と黒尾のよしみでしょ」
「違いねーな」
含んだ笑みを浮かべる雫に黒尾は小さく笑みを浮かべる。そして、二人はごく自然に歩を合わせて歩き出した。
この二人…
香坂雫
と
黒尾鉄朗
同じ中学で3年間クラスが同じといういわば腐れ縁という仲である。そして、彼らは出席番号が大体前後になってしまうため、必然的に関わる機会が多く自然に軽口を言い合える仲に発展していたのだ。
「相変わらずの寝癖ね……」
「そういうお前は相変わらずヘッドホンか」
「へっへん!!
ヘッドホンは私の身体の一部なので」
「ふーん……」
小さく相槌を打ちながら含んだ笑みを浮かべた黒尾はサッと彼女の頭に手を伸ばす。
「あっ!!ちょっと!!」
唐突に耳元から鳴る音楽が消えたと思ったら、耳が外の風にさらされる。ハッと雫が顔を上げると悪人面で不敵な笑みを浮かべる黒尾が、自分のヘッドホンを右手に持ってチラつかせていた。
「じゃーあ、身体の一部であるヘッドホンを取られたらどうなるのかなぁ〜」
おどけた声でほらほらと頭上でヘッドホンを揺らす黒尾。そんな彼に対しカチンと頭にきながら奪還するべく雫は飛び上がる。
「こ…コラ!!か・え・せ!!
一瞬でも手放したら私は生きていけない!!」
「ウソおっしゃい!ピンピンしてるじゃねーか」
必死に手を伸ばしてジャンプする雫。だが、身長155cmの雫に対して黒尾は180cmを超える高身長。どう頑張ってもヘッドホンに手が届くことがなかった。
ピョンピョン!!
小動物のように己の周りを飛び回る雫の様子に、愉快そうにケタケタと黒尾は暫し笑った。暫しこの状況を黒尾は満喫すると、ソッと自然に彼女の行動を手で静止する。早く返せと云わんばかりに顔を上げて睨めつけてくる雫の様子に、フッと小さく息をついた黒尾は持っていたヘッドホンを元の位置に戻した。
フッと耳元に馴染みある音が流れ始め、雫は心地よさを取り戻す。途端に、頬をほころばせた雫に対して黒尾が呆れかえった。
「ホントにダメなんだな」
「常に音がないと落ち着かないの」
「っつーかよ、いつも何聞いてるんだ??
聞かせろよ」
「……そのトサカヘッドの状態でつけられないでしょ」
「…うっせ!!」
「というか、どんだけ酷い寝方してるのよ」
「なに??知りたい??」
「興味ございません」
真顔の雫に対し、黒尾は思いきりどついた。
「...ちょっとは興味持て!!」
「うわ!女子に手を出すか!!
暴力はんたーい!!」
「暴力じゃねぇ!!」
軽口叩きあいながら二人はある高校の門をくぐり抜けた。
音駒高校
東京都にある都立高校でこれから3年間お世話になる場所であった。
「さて、クラス分けっと」
「黒尾と同じクラスじゃありませんように
何卒お願いします」
「おい、本人を目の前にして言うか?普通」
「うわぁ!!
黒尾は遂に私の心の声を読み取れるようになったの!!」
「ちげぇーよ!
普通に声に出てたわ!!」
「....左様ですか」
新1年生が群がる場所に着く。人混みを掻き分けてようやく二人はクラスを確認するのだが、両者揃ってげんなりとした表情を浮かべるのだった。
1−3
黒尾鉄朗
香坂雫
「うっわ、なんで毎度こうなるの」
「....4年連続か
こんなまぐれあるんだな」
「...最悪」
「まぁそう言うなって
仲良くやろうぜ!!」
ガクリと肩を落とす雫を宥めるようにポンポンと黒尾は肩を叩くのだった。
*****
「ねぇ!!ちょっと!!」
「あぁ??どうした??」
「見えないから少し屈んでよ!」
とある授業中、どうしても身長が高い黒尾が目の前にいるため黒板の下に書かれた文字がどうしても見えない事態が雫に起こっていた。左右に頭を動かしても見えない場合は、毎度雫は仕方なく前に座っている奴の座席を蹴るようにしているのだ。
「なんだぁ〜、見えねぇーのかよ」
首だけ後ろに向けた黒尾は悪戯顔を浮かべた。完全にからかい口調の彼に雫はムッとする。
「アンタが馬鹿でかいからです」
「いやいや、俺のせいじゃねーだろ
そういう雫ちゃんが小さいから見えねーんじゃねーの」
「好き好んでこの身長になったわけではないし
いいから屈んでよ」
「人に頼むセリフか~~、それ」
強気口調を崩さない雫に対して、黒尾は決定打を突きつけニヤリとほくそ笑んだ。そんな彼の正論に雫は何も言い返す喉をつまらせる。結局、最後は雫自身が折れて丁重にお願いする羽目になるのだ。黒尾の掌の中で転がされる事に不服を感じるし、釈然としない雫。それでも、黒尾はなんだかんだ面倒身が良く放っとけない優しさを持ってるからこそ嫌いにはなれなかった。
「あ?わりぃ、わりぃ
授業知らないうちに進んでたな」
今回だって、見ようとしていた場所が押し問答してるうちにキレイに消されて、愕然とする雫にさり気なく黒尾は己のノートを見せてくれるのだから。
なんだかんだ悪態を突きあう仲の二人は当然クラス内では微笑ましい光景として見られていた。それはもちろん担任の先生にもその認知は届いており、各委員を決める時も同様にヒソヒソ軽口言い合っていた二人に白羽の矢が立ってしまった。
「おい!黒尾と香坂!!」
「「は...はい!!」」
突然呼ばれた二人は、ビクリと身体を震わせピンと背を伸ばし恐る恐る先生に視線を向けた。
「相変わらず、お前らは仲がいいなぁ
だが、俺が先導して委員を決めようとしてるのに喋るのは良くないよな」
うわぁ...完全に逆鱗に触れてしまった
淡々と紡がれる言葉に怒りの色が見られ、加えて完全に目が笑っていない事に気づいた二人は冷や汗が背筋を伝る。一体何を言われるのかとゴクリと唾を飲んだ二人に、先生はある事を突きつけるのだった。
「丁度良いし、クラス委員頼むな
男女それぞれ1人ずつだし、お前ら二人が抜擢だろ!!どうだ?皆」
中々決まらないクラス委員に、先生は黒尾と雫を指名。それに対して満場一致のように拍手が沸き起こった。
「と言うことで後は頼むな」
役目を終えたと言わんばかりに先生は壇上を降りた。そしてサッサと他のも決めろと視線を向ける先生の圧力に負け、黒尾と雫はガクリと肩を落としながら席を立つのだった。
*****
「はぁ...まさかこうなるとは」
「ホントだよなぁ」
放課後、言い渡された仕事に手先を動かしながら黒尾と雫はこの事態を嘆いた。
コチラに非があったことは認めるが、まさかクラス委員に指名するか?
それに満場一致なんて...
「...ありえない」
思わず心の声をポツリと漏らす雫に、黒尾がポカンと呆けた表情を浮かべた。
「何がだ??」
「黒尾はなんだかんだ纏めるの上手いし、リーダーシップ力あるから良いけど、私にはないから」
「そうか??」
「まさかの無自覚」
逆に今度は、雫がアングリと口を開けた。中学3年間、同じクラスであったが人付き合いがいい黒尾はクラスの中心人物であった。ふざける時...引き締める時...オンオフがはっきりしてる彼は周囲から好かれる人気者であったし、クラス全体を引き締めるリーダー的存在でもあった。
「そういえばお前…部活どうすんだ??」
ふと思い出したように黒尾は雫に尋ねた。1年生に設けられた仮入部期間がそろそろ終わりに近づき、本入部の紙を出す時期に差し掛かっていたのだ。
「むろん、軽音部に入るよ
黒尾はもちろんバレーでしょ」
「おう!!あったりまえだろ!!」
雫の返しにニカリと自然な笑みを零した黒尾に、思わず雫も頬を緩ました。彼のバレーしている姿は見たことはないがそれでもこの表情から黒尾がほんとにバレーが好きだという気持ちが伝わってきた。
「じゃあ…放課後の仕事は全部私が引き受けてあげるよ」
「え??」
突然の雫の申し出に黒尾は驚きで固まってしまった。でも、この申し出はクラス委員に指名されてから雫が秘かに考えていたことだった。これから先運動部として本格的に練習を始めたら、こういう風にしている時間すら惜しいに違いないし、色々と時間に関しては厳しいのでないかと雫なりに考えた結果だった。
「まぁその代わり…
私が忙しい時は頼んじゃうこともあるかもしれないけど…
悪くない話でしょ」
「いや…でもな…」
含んだ笑みを浮かべる雫に、黒尾はもちろん言いよどんだ。
「なに??不満??」
「不満じゃねーよ!むしろありがたい
でもな…香坂一人にやらせるのは…」
「なぁーに…私一人では頼りないって??」
珍しく歯切れ悪い黒尾に掴みかかるように雫は詰め寄る。仁王立ちの雫に誤解を招いたと黒尾が慌てて口を開く。
「別にそういうわけじゃなくて!!」
「…………なくて???」
「お前だって部活あるのに、負担をかけたくねーってことだよ!!」
訝しげに黒尾を見ていた雫はその言葉に大きく眼を見開いた。そして、パチパチと瞬きをするとクスリと小さく笑みを浮かべた。
「…なーんだ、そんなこと??」
クルリと体を反転させ両手を後ろに組んだ雫は窓越しに見える茜色の空を見上げた。しばしゆっくりと風に流され動く雲を眺めていた雫は、意を決すると首だけを黒尾に向けた。
「応援したいから手を貸すんだよ
私と黒尾のよしみなんだから、ありがたく受け取りなさいよね!!」
ふんわりと雫は笑った。その気持ちも十分あるが、一番の想いは別にある。だが、その想いはバレーに情熱をかける黒尾にいい迷惑をかけてしまう。だからこそ、雫はこの淡い想いは伝える気はないしできれば静かに鎮火して欲しいと願うばかりだ。
「………ありがとな」
そんな雫の想いなど知るよしもない黒尾はありがたくその申し出を受け入れることにするのだった。