1年生
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「……どうしよ」
夏休みの中頃のある朝、雫は洋服タンスの前で頭を悩ませていた。というのも、今日は黒尾に勉強を教えてもらう交換条件として取り付けられた日。部活が忙しい黒尾にとっての貴重な休みの日、しかもよくよく詳しい事情を聞くとなんと梟谷学園グループの合同合宿の翌日だったのだ。その事を知った雫は非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだが、本人に豪快に笑われて気にすることなんかないと一蹴されてしまったのだ。
黒尾と過ごせる貴重な1日。
雫はいつにもまして難しい表情を浮かべてタンスから取り出した洋服をベッドに並べてにらめっこしていた。
「あら??雫なにしてるの??」
どの服ならいいかと考え込む雫の後方で、自室のドアが思い切り開く。そこから珍しそうに覗き込むのは雫の母親であった。
「……なんでもない」
「もしかして、どこかに出かけるの??」
面倒な人に見つかったと内心思いながら早く出ていってくれないかなと振り向かないまま雫は口を開く。だが、そうかんたんに引くわけがなく、ニヤニヤと笑みを浮かべながら彼女は部屋に入ってきてしまった。
「そうだよ、だから早く出てってよ」
「まぁまぁ、そんな事言わずに」
普段服に関して無頓着な雫の様子に、おせっかい焼きの母親は鬱陶しいとしかめっ面な雫を気にすること無く問答無用と着せかえ人形の様に雫に服を着せていった。
「どう??」
自慢げに雫を鏡の前に立たせた母親は腕を腰に当てた。鏡越しで自分の姿を見た雫は不本意ながらもしっくりきてしまい、得意げな彼女を褒めるしかなかった。
「我が母親ながらチョイスが良すぎで怖い」
「なんてったって、私は雫の全てを知ってるからね」
「……はいはい」
適当に相槌を打ちながら雫は手荷物を用意し始めた。放って置いてくれとオーラを放つ雫。流石に自分は用済みかと引き下がろうとするのだが、いつもの雫が外さず持ち歩くものがなく、不思議に感じ思わず問うのだった。
「今日は、ヘッドホン持っていかないの??」
「あぁ、今日はちょっとね…」
意味深な雫の言葉に大体を察した彼女は腕を組みジッと雫を見た。
「ふーーーん」
「何??」
「音楽にしか興味ない雫にも春が来たかと思ってね」
「別にそんなんじゃないよ」
「いい子出来たらしっかり紹介するのよ」
素直じゃない雫に、これ以上言っても無駄だとわかっている彼女はサラッと言いたいことを言い残すと颯爽と部屋を出ていくのだった。
嵐のように出ていった母親を呆然としながら見送った雫は、母親の爆弾発言を頭の中で反芻した後にマジかと項垂れるのであった。
その後、開き直った雫は用意を済ませてニコニコと笑う母親を無視して玄関の扉を開けて外に出た。太陽の直射日光の眩しさに思わず眼を細める雫。そんな彼女の瞳に駅で待ち合わせの彼がいて思わず眼を疑った。そんな雫の動揺を知らない彼は、ヨッと屈託ない笑みを浮かべて手を上げていた。
「…待ち合わせ駅だったよね??」
「いやぁ…早く準備できたからコッチ来てみた」
訝しげな顔を浮かべる雫に対して、彼女の家の前で待ち伏せして待っていた黒尾は悪戯が成功したような笑みを浮かべた。
「まぁ、丸一日寄越せって言ったの俺だし…」
そう言うと黒尾は視線を僅かに逸らして頬を掻いた。そんな彼の頬は僅かに赤くなっていて雫は首を傾げた。
「……顔赤くしてどうしたの??」
「あ…いや…その…」
雫の言葉に黒尾は言いよどみながらも彼女の首を指した。
「お前の体の一部のヘッドホンは今日はねーんだな」
普段ヘッドホンを掛けている場所は珍しく何もなく、雫の白い首元が見えてしまい黒尾は眼のやり場に困ってしまったのだ。そんな彼の心情など知らない雫はあぁこれねと自分の首に視線をやった。
「持っていって壊したり盗まれたらヤダし
それに、今日は黒尾と出かけるからいらないよ」
エヘヘと雫は笑うとほら行こと黒尾を促した。それに黒尾はそうだなと頷くと二人は並んで駅へ向かうのだった。
*****
目的地へ向けて電車に揺られること30分
都心の見慣れた景色から少しずつ窓に映る風景が変わっていく。本来ならそれを窓越しから見て楽しみたいのは山々だが残念ながらそれは叶わなかった。と同時に、久々に雫は己の身長の低さを恨んだ。
「ウ…ウッ!!恨めしい」
目的地に近づくに連れて人が入ってきて徐々に混雑していく電車内。あっちこっちおしくらまんじゅうのように押される雫は電車内の中央に陣取っており身長が低いため頭上にある手すりを掴めず、揺られる電車内でなんとかバランスを取っていたのだ。そんな彼女の隣では、顔色何一つ変えず黒尾が余裕で手すりに掴まっていたのだ。そんな彼はブツブツと呟きながら睨むように見上げてくる雫の視線を感じて、彼女を見下ろした。
「ん??どうした??」
「ズルい
黒尾〜、少し身長分けて」
「それは無理な相談だな〜」
雫の本音と今の状況を把握した黒尾は、悔しげに頬を膨らます雫にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
もうちょい気遣ってくれてもいいのにとすし詰め状態の電車内で声を荒げる訳にはいかず雫は内心で黒尾に悪態をついた。そんな彼女はバランスをとるのに注意が散漫になってしまっていた。突然、大きく揺れる車内で、雫の体は大きく傾いてしまった。
マズイ!!!
足が宙に浮いて焦る雫。だが、雫は見ず知らずの誰かの方へ倒れ込むこと無く黒尾の方へ引き寄せられたのだ。
「しゃあないな
しっかり俺に掴まってろ」
バランスを崩した雫の腰に手を回して自分の方へ引き寄せた黒尾は小さくそう呟いたのだった。完全に黒尾と密着状態になってしまった雫はこの状況に体を縮こませた。黒尾の大きな手のひらから腰に伝わる彼の温もりに、徐々に雫の体温は上昇していき、背筋が粟だった。高鳴る心臓音が、彼に聞こえてしまわないか雫は心配する。早くこの状況が終わって欲しいと思う反面、本音はこの温もりを手放したくないと思ってしまうのだった。
*****
「着いた〜〜!!」
「流石に遠かったな」
電車からようやく降りた二人は大きく伸びをし体をほぐし、新鮮な空気を吸い込んだ。そんな彼らの視界に広がるのは果てしなく広がる海だった。夏休み真っ盛りということもあり、海の家は繁盛していて、砂浜には沢山の人達が散らばっていた。
「よし、行こ!!早く早く!!」
「まるで子どもだな」
手を盛大に引っ張る雫に、黒尾は半ば呆れ顔を浮かべる。そんな彼に不服そうな声を雫は漏らした。
「子どもみたいにはしゃいで何が悪いの」
「いやぁ?別に悪いとは言ってないぞ」
「あっそ」
「まぁまぁ、機嫌直せって」
「誰のせいだと…」
「ほら、サッサと行こうぜ」
未だに機嫌が直らない雫に、困ったように黒尾は笑うと、時間がもったいないと雫の手を取り歩きだす。
「あっ、ちょっと!!」
「なんだよ」
「……なんでもない」
「迷子防止」
「はぁぁぁ!?!?」
「雫ちゃんはちっさいからな
こんな人が混み合った場所で見失ったら大変だろ?」
「小さくて悪かったわね」
いつもどおり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべておちょくりだす黒尾に雫は悪態をつく。その様子に、満足げに黒尾は口角を上げるのだった。
その後、盛大にはしゃぎ遊びまくった事は彼らだけの思い出の1ページとして刻まれるのだった。