1年生
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「ねぇ…ここってさ…」
「うーん…」
「とりあえずもう一回通してみるか?」
雲ひとつない快晴の青空。そんな天気に比例するようにジリジリと太陽が照りつける汗ばむ季節。それは屋内でも同じで、1曲通しただけで汗が額から粒のように滴り落ちた。1曲終えると互いにあーでもないこーでもないと指摘しあいながらも、外から聞こえる蝉の声が煩わしく雫はげんなりしながら汗を拭った。
「……っ!!雫平気??」
「えっ…あ…うん」
雫の異変に気づいた紗英が雫の顔を覗き込み心配そうに見つめた。それに雫は誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。
「ちょっと休むか??」
「あ…いや、平気だから」
紗英の声で話し合っていた和真と拓斗が顔を上げる。そして、知らないうちに纏める立場になってしまっていた和真が声をかける。だが、その言葉に雫はまだイケると首を横に振った。うーんと雫の様子に紗英と和真は顔を見合わせて困惑した表情を浮かべた。どこからどう見ても雫の表情は疲れている様子に見えたのだ。
「少し疲れたから一回休憩にしない??」
ガンと無く首を縦に振らない雫を見かねてか、さり気なく拓斗が休憩という言葉を口にした。
「えっ……」
「「さんせー!!」」
呆気に取られる雫を取り残して和真と紗英が口を揃えて同意の意志を示す。一気に緊張感を持って練習していた空気が解れた。
「ほら、香坂さん
ギター置いて」
キャッキャと騒ぎ出す和真と紗英。そんな彼らを横目に拓斗は未だに一歩も動かない雫の肩からストラップを外してギターを所定の位置に置く。
「あ…、京極」
「今日、暑いよね…」
状況を未だに呑み込めない雫に対して、拓斗は爽やかな笑みを浮かべながら雫が持ってきていたペットボトルを差し出した。雫は頷きながらペットボトルを受け取った。
「…ありがと」
「いいえ
メンバーの体調を気にするのは当然だから」
顔を上げて拓斗に向けて雫はふんわりと笑みを零した。雫自身、この暑さに体が参っていたのは事実。だが、練習時間が限られる中で自分だけのために休憩して時間を無駄にしてしまうのはと引け目を感じていたのだ。そんな雫の遠慮に気づいた拓斗の助け舟やさり気ない気遣いに雫は礼を述べる。そんな彼女を間近で見た拓斗はカッと顔を赤らめながらもニコリと笑みを返した。
「よーし!!休憩っと!!」
気分を切り替えると雫は騒がしい輪に歩いていった。
「…不意打ちは反則でしょ」
そんな雫の後ろ姿を追いながら、拓斗は緩む口元を手で覆いながら必死に表情を戻すことに努めるのだった。
「雫!!京極になんかしたわけ??」
紗英の隣に腰を下ろし息をついた雫に対して、紗英はニタニタと笑みを浮かべながら詰め寄った。
「え??別に何もしてないけど…」
「いや絶対なんかしたろ!!拓斗が石のように固まってるぞ」
首を傾げる雫に、和真は愉快げに笑いながら雫に見せるように拓斗を指差した。その指に誘導される形で視線をやった雫が見たのはさきほどの場所から一歩も動かず顔を覆う拓斗の姿だった。
「ほら、このままだと休憩の意味ねーから引っ張ってこい」
「…??わかった」
力強い和真の言葉に雫は和真が行けばいいのにと思いながらも頷くと拓斗の方へ歩き出した。
「和真、愉しみ過ぎ
表情にだだ漏れ」
「いや、だって…
薄々感じてたけど、アイツがなって思って」
「んん…まぁ言いたいことはわかるけど」
「だろ〜!!そういう紗英だって愉しんでるくせに」
「いやどちらかっていうと雫の鈍さかな
此処まで来たら京極が可哀想に見えてくるよ」
「それは違いねぇ!!」
紗英のご尤もなご指摘に和真が小さく笑いながら頷いた。そして、二人揃った雫たちの方を盗み見すると、未だに紅潮したままの拓斗に満面の笑みを浮かべる雫がいた。
「拓斗をからかう要素がこんなことに落ちてたとは」
「なになに??弱み握られてやんの??」
「…っ!!誰のせいだと!!」
拓斗の初な反応に和真は大きく息をつく。そんな彼から漏れ出した本音に紗英は即座にニヤニヤしながら喰い付いた。紗英の言葉に和真は思わず赤面しながら声を荒げた。その反応に今度は紗英がキョトンとした表情になる。
「え…もしかして、私??」
「他に誰がいんだよ」
「あれま、京極にバレちゃったの??」
「あぁ…速攻バレてその後完全にネタにされてますよ」
「それはドンマイ!!」
「さーえ〜!!他人事だと思って!!」
「だって!!私はからかわれてないからね!!」
ガクリと肩を落とす和真を紗英は軽快に笑い飛ばした。
「何話してたの??」
そんな彼らの前に拓斗を引っ張ってきた雫が不思議そうに現れる。完全に疲れ切っている和真は弱々しくほっとけと云わんばかりに手を横に振る。一方の紗英は全く真逆で未だに笑いを噛み締めていた。
イマイチ状況を理解できないと拓斗の方を向くと彼は怪訝な顔をしていた。
「これどうすればいいの??」
「…放っておけばいいんじゃない??」
大体の事情を呑み込めた拓斗は、関わるのも時間の無駄だと早々に視線を外し空いているスペースに座り込んだ。うーんと納得しない雫だが、彼を見習うように彼の隣に座るのだった。
*****
暫くして紗英と和真の喧騒音が遠のいてくのを雫は感じた。
予想以上に疲れていたらしく、瞼が重たくなってきて雫はウトウトとしだしたのだ。そして、遂に雫は完全に夢の世界に旅立ってしまった。
「……!?!?」
微笑ましげに紗英と和真を見ていた拓斗。だが、ふと右肩に違和感を覚えて目線をやる。その正体に気づいた拓斗はハッと息を呑んだ。拓斗の瞳に映ったのはスヤスヤとあどけない表情で寝る雫だった。一気に顔が熱くなる拓斗はなんとか平常心を保とうと努めた。
「おっ!!拓斗が照れてるぞ」
「ホントだ〜〜」
拓斗自身が一番見つかりたくなかった二人は早々に気づいたらしく、拓斗を見てニタニタとし始めた。居心地が悪い拓斗は思わず顔を顰めた。
「せっかくのイケメン顔が台無しですぞ」
「…放って置いてくれないか?」
「それは無理な相談ですな〜〜」
「そうそう!!」
からかい始める和真、それに便乗するように紗英が乗る。和真一人だけでも鬱陶しいのにそれがさらに増えたこの現状に拓斗は増々眉間にシワを寄せた。
「お前ら勝手にイチャついてればいいのに」
「イヤ、そんなのいつでも出来るし」
「そうそう!!
まぁそれにしても雫はグッスリだね
そんなに疲労溜まってたのか…」
ヘラヘラと笑い出す和真に相槌を打つと紗英は一向に起きる兆しがない雫の顔をまじまじと覗き込んだ。
「良かったじゃん、拓斗さん超役得」
「いや…それはそうかも知んないけど…」
和真の冷やかしに拓斗は複雑な心境で歯切れが悪い言葉で言い返した。それに最初キョトンとする和真だが、この状況を自分に照らし合わせた途端、拓斗の心情をお察しするのだった。
「あぁなんとなく察したわ
これは生き地獄だな」
「京極、ガンバ」
和真の言葉に重ねるように紗英がエールを送る。
緊張感の欠片もない2人の対応とこの状況に拓斗は盛大に息を吐いた。
「はぁ…早く起きて、香坂さん」
懇願するように拓斗は雫を見て心の声を漏らした。
無防備な姿で自分に寄りかかって眠る雫は、超至近距離で見ている拓斗にとって目に毒。なんとか理性を保ちつつ、少しは気があると考えて良いのだろうか?1ミリも望みがないことをわかっていながらも、かすかな希望を抱きつつ、これくらいは許されるだろうと、拓斗はゆっくりと自身の手を近づける。そして壊れ物を扱うかのようにそっと拓斗は、雫の髪を優しく撫でるのだった。