バスケに青春を懸ける
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ブルブル…ブルブル…
携帯のバイブレーションの音にモゾモゾと布団に包まる人物が動く。覚醒しきっていない頭で、サッサとこの音を止めるために片手を出し、ベッドのサイドテーブルに置いてある携帯を探す。
さむ!!
室内であるが12月ともあって、温もりある布団から手を出した途端にブルっと寒さで身体が震えた。
その中、ようやく音の根源である携帯を手繰り寄せるとそのまま相手を確認することなく通話を切る。そして、再び夢の中に入ろうとするのだが、凝りもせずすぐさま音が鳴り始めた。
睡眠を邪魔されイラっとしながら仕方なく出ると、朝とは思えないハイテンションの声が耳元に響いた。
「絢雅っち!!おはようっす!!!」
たまらず絢雅はガンガン頭に響く声から遠ざかるために耳から携帯を離した。
「…おはよう、黄瀬
私の眠りを邪魔するなんていい度胸じゃない」
完全に通話先の彼に睡眠を邪魔された絢雅は、腸が煮えくり返る思いでなんとかその感情を押し殺しながら口を開いた。
「えぇ!!寝てたんすか!!
それは悪いことしちゃたっすね」
「…全然悪く思ってないでしょ」
「そりゃあね…
寝ている絢雅っちをモーニングコールして起こしてあげたんすから、むしろ感謝してほしいすね」
エッヘンと言わんばかりに通話の向こう側の黄瀬の態度に、絢雅はハァっ!?と思わず心の声が漏れてしまった。
そんな絢雅の声など聞こえなかったのか、それともスルーしたのか黄瀬は急かすように絢雅に話しかける。
「それより早く行くっすよ!!」
「……どこに」
「何言ってるんすか!会場に決まってるじゃないすか」
「何故、試合に出ない私がこんな朝っぱらから会場に行かないといけないの???」
セミファイナルの今日は、午前中に洛山対秀徳、午後に海常対誠凛の予定になっている。当然、絢雅はそのスケジュールを見て久々に沢山寝れると思っていた。なのに、通話相手によって見事にその予定が崩されつつあるのだ。
「えぇ??試合観に来てくれるっすよね」
「午後から行くけど…」
「じゃあ、今から行ってもいいすよね」
「…私は寝たいんだけど」
「まぁまぁ…そうカリカリしないで」
「誰のせいだと!!」
「とりあえず、支度して降りてきて!!
早く行かないと笠松先輩にドつかれるっす!!」
「…兄さんに盛大にシバかれるといいよ」
「ちょっと!!少しは俺の身体を労わって欲しいんすけど!!」
黄瀬との押し問答に内心絢雅は大きくため息をついた。このままだと、続けてもキリがない。というか、逆に遅刻の原因が自分を待っていたということになるのだがら、とばっちりという名前の説教を受けるのは己自身。流石にそれを受けるのは御免だと絢雅は先に折れることにした。
「はぁーーーー…すぐ行く」
その返事に通話先の黄瀬は嬉しそうにパァッと頬を緩ましたのは言うまでもない。犬のようにキャンキャン喚き始める黄瀬の声を聴くことなく絢雅は問答無用に通話を切って、布団から出るのだった。
「凄くウキウキしてるね」
軽く身支度を終えた絢雅は黄瀬と合流し、会場に向かい始めた。その道中に、絢雅は普段以上に落ち着きがないように見える黄瀬の様子に気づいた。
「とーぜんっすよ!!
だって今日はリベンジマッチ戦ッスからね」
あの日初めて負けるという苦い経験をした
リベンジという言葉を脳裏の辞書に焼き付けた
誠凛との練習試合での悔しい思いを黄瀬は片時も忘れたことはない
ずっとこの日を待ち望んでいたんだから、いつも以上に黄瀬の気分は舞い上がっていた。
「まぁ…それもそうか」
聞くまでもなくわかっていたが、予想通りの返事に絢雅は顔を上げて黄瀬を見上げた。そう言う絢雅自身もなんだかんだ言って自分と一緒でないかと黄瀬も尋ねる。
「そういう絢雅っちもいつもと違うんじゃないすか」
「どっかの誰かさんのせいで睡眠時間が削られてすこぶる機嫌は悪い」
「……えっ」
感情がこもっていない絢雅の声に黄瀬は思わずフリーズする。ここまで彼女が根に持つと思っていなかったため、今更ながら半端強引に連れてきたのはまずかったかと後悔し始める。だが、当の本人は実際そういうわけでなくただおちょくるために選んだ言葉であった。
「……………………………嘘」
「もう…心臓止まるかと思ったじゃないすか」
暫く時が止まっていた黄瀬は絢雅の言葉にようやくホッと胸を撫でおろした。だが、即座に絢雅は黄瀬を落とす発言をかました。
「半分はホントだけど」
「なんか…その…すんません」
朝からの絢雅の毒に黄瀬はしょんぼりと肩を下ろす。そんな彼に絢雅は小さく笑みを浮かべた。
「まぁもういいよ別に
良い試合見せてくれればね」
そう言うと絢雅は足を止めて黄瀬に向き直った。習うように黄瀬も足を止めて身体を向けると、胸に拳を突き出された。
「昨日誠凛御一行に宣戦布告してきたんだから、
リベンジして来いよ、黄瀬」
ドスンと託されたように絢雅の想いが詰まった重たい拳を胸にもらった黄瀬は小さく笑みを浮かべた。
「もちろんすよ!!
ちゃーんと見ててよ、今度こそいいとこ見せるから」
そこにはいつもの黄瀬はいなく、試合中やバスケの時に見せる真剣な眼差しを宿していた。
「でも、その前に……」
と、黄瀬は言葉を途中で止めるとサッと目の前の絢雅を抱きしめた。
「………充電っす!!」
さっきのやる気満々な彼はどこに行ったやら…
ギュッと絢雅を抱きしめた黄瀬は幸せそうに破顔して、絢雅の首に顔を埋めていた。そんな彼のペースに翻弄されてされるがままだった絢雅だったが、ビクッと眉を動かすと、彼の頭天に拳を叩き落した。
「いてぇ!!」
「さっさと、は・な・れ・ろ!!!バカ黄瀬!!」
呆れかえった様子で絢雅は痛みで悶絶する黄瀬を見下ろした。薄っすらと涙目になっている黄瀬だが、絢雅は早々にめんどくさいと放置すると、携帯の画面に目を落とした。
「さて…
私は先輩たちの分の席を取りに向かうか」
一切、絢雅は詫びることなくそのままその場を後にし観客席に向かってしまうのだった。
「絢雅、席ありがと」
「絢雅!!寂しかった~??」
「コラ!!嫌がってるでしょ!!」
「スキンシップ大事よ~」
「お前らちょっと黙れ」
洛山と秀徳の試合が丁度終わった辺りで、己の個性豊かな先輩御一行が到着する。もちろんすぐに絢雅に駆け寄り抱きつくのは田邊。そんな彼女に呆れ顔を向けるのは如月と坂井。そんな彼女達を傍観するのは吉野。
この騒がしいやり取りに懐かしさを覚え、彼女たちの私服姿に新鮮味を感じたのは絢雅だけの秘密だ。
「さて、いよいよだね」
ようやく挨拶がてらのやり取りを済ませ、落ち着きを取り戻すと各々席に座った。彼女たちの視界に広がるコートでは、伝統のブルーを背負う海常と、白いユニホームを身に纏う誠凛がそれぞれ最後のアップを行っていた。
「あの時の練習試合の衝撃は凄かったよね」
「まさか負けるとは思わなかったけどね」
「だから今回こそ勝って欲しいよね」
祈るように呟く彼女達の声とともに試合開始を告げる笛が鳴り響いた。
開始早々、速攻を切り出す誠凛。だが、先手必勝を企てる誠凛の目的を打ち砕くように黄瀬は完全無欠の模倣を繰り出した。海常の目的は主導権という名の流れを貰うことだった。見事に目的を達成し、3分で13点差をつけた黄瀬は体力を消耗する完全無欠の模倣を解いた。その後、流れをもってかれた誠凛は点を早く取りたいがために焦りでなかなかペースを掴めずシュートミスが続いた。だが、相田による機転によりその状況を戻した。
第2クォーターで、それぞれのチームは強みのポジション対決に踏み出した。誠凛はセッター、海常はポイントガード。だが、伊月の新技が炸裂し、圧倒的なプレッシャーをかけられた笠松が勝負を避け、黄瀬にボールを回したことで一気にエース対決に持ち込まれた。だが、足を痛めている黄瀬は本来のキレを出せず、見かねた監督がベンチに下げた。最初は反発したものの笠松から突き付けられた言葉に言い返すことが出来ず黄瀬はベンチに下がった。
「…なんかあったの??」
事情を知らない如月達は不思議そうに絢雅を見た。その言葉に絢雅は表情を曇らせながら口を開いた。
「実は昨日オーバーワークで痛めていた足を相手選手に踏まれて」
「…悪化したというわけか」
「まぁ、笠松のことだがらこうなることは想定していたとは思うけど…」
「誠凛のエースの火神の成長速度が想定外って感じかな」
「大丈夫です
兄さん達なら、きっと黄瀬が戻ってくるまで持ちこたえるはずです」
絢雅が目を細めて見る先では、黒子のファントムシュートを笠松がカットしていた。
だが、黒子がベンチに下がった後火神のキレがさらに上がる。第2クォーター終了の時点で誠凛との点差は無くなっていた。そして10分間のインターバルを開けるが、火神の勢いは止まらない。それでも、点を取るために海常は意地を見せ喰らいついていた。ラスト2分まで決して出さないと監督に言われてしまった黄瀬は、祈る思いで笠松達を見ていた。その時、黄瀬はふと笠松から言われた言葉を思い出した。
「チームを勝たせることがエースの仕事だ。負けたときの責任を負うのはキャプテンである俺の仕事だ。エースはただ前を見てればいい」
その言葉が黄瀬の背中を押した。まだ残り4分ある。だけど黄瀬はもうこれ以上待てないと出る準備を始める。慌てて、監督は静止しようとする。が、黄瀬は監督をまっすぐ見て自分の想いを伝えるのだった。
「監督!!エースはチームを勝たせることが仕事っすよね。
今行かなきゃ...エースじゃない!!
もし行かなかったら一生後悔する
だって俺...このチーム...好きなんすもん」
4分も足が持たないと最後まで黄瀬を止めようとした監督だったが、黄瀬の熱意を聞き遂に折れた。
エースは俺だ
黄瀬の脳裏に蘇るのは、IHでの悔しい想い・笠松達の想い、そして絢雅の悔し涙だった。
チームを勝たせるのがエース。
もう二度と負けたくない。負けさせたくない…
俺が海常を勝たせる!!
「誠凛に勝つんだ!!」
黄瀬は残り4分自分の全てをかけて完全無欠の模倣を繰り出した。
「黄瀬…」
残り4分もあるのに、使用制限残り2分の技を出した。足を痛めているのに、チームのためにエースとして戦う黄瀬を絢雅は複雑な心境で見ていた。
無茶をしてほしくない
今無理したら、今後に影響が及んでしまうかもしれないから
それでも、黄瀬がこの試合にかけている想いを知っているからこそ勝ってほしい…負けてほしくない
海常のエースとしても、黄瀬涼太自身としても
「頑張れ…頑張れ…黄瀬」
無意識のうちに絢雅は祈るように両手を力強く握っていた。だが、絢雅の祈りは届くことはなかった。
「この光景にデジャブを感じるのは私だけ?」
「あ...いや、そんなことはない」
試合終了後、一目散に駆け出した絢雅の後ろ姿を目で追いながら一同は呆気に取られていた。
「今回は誰を諌めにいったのかな?」
「どっちに行ったか賭けようか!!」
「うーーん、迷うな」
「賭け事するな!後、悩むな!!
どう考えても一択でしょうが!!」
騒ぎ始める彼女らを一蹴して如月は止めるとサッサと帰るぞ!!と号令をかけ撤収を命じるのだった。
ハァ…ハァ…
全力で駆け出した絢雅は真っ先に海常の控室に到着した。だが、ここで絢雅はドアノブに伸ばした手を止めた。
あ…どうしよ
流石の絢雅も悲壮感漂う控室に問答無用に押し掛けるほど肝が据わっていなかった。ここは一旦出直すべきかと頭の中でどうすればいいか考え始めたその時、近づいてくる足音が耳に入った。
ハッと顔を向けた絢雅の視界に映るのは、海常のメンバーだった。そしてその中心には笠松に支えられて歩く黄瀬がいた。
「…絢雅っち、どうしたんすか」
「あ…えっ…えーと…」
控室のドアの前で立ち尽くす絢雅がいた事に黄瀬は驚き目を見開いた。その黄瀬の言葉に絢雅は珍しく狼狽した。そんな絢雅と隣にいる黄瀬を笠松は見比べると小さく息をついた。
「絢雅、暫く黄瀬のこと頼めるか」
絢雅に助け船を出すように笠松が優しく声をかけた。その言葉に絢雅は小さく頷いた。それを確認すると笠松は絢雅を手招く。それに従うようにゆっくり近づいた絢雅に託すように笠松は己の肩から黄瀬の腕を離し、彼女の肩にかけなおした。
「あんまり長話すんじゃねーぞ」
そう言い残し、絢雅の背をパンと軽く叩くと、笠松達は控室に消えていった。
完全に気を遣わしてしまったと絢雅は小さく息をつくと、未だに事情を読み込めていない黄瀬を見上げた。
「とりあえず、どっか座ろう」
そう言うと絢雅は近くのベンチを目指して黄瀬を支えながら歩き出すのだった。
そして近くにあるベンチに黄瀬を座らせる絢雅だったのだが、考えるよりも先に走ってしまったためどう言葉をかければいいかこのタイミングで頭が真っ白になった。
一方の黄瀬は、未だに座らない絢雅を不思議そうに見上げていた。
「......絢雅っち??」
「あ...ゴメン、なんて声を...」
不安げに目を泳がせ、絢雅は何とかこの状況を説明しようと言いよどみつつも口を開く。が、彼女の言葉を遮るように黄瀬が反射的に動いた。
「いいよ、何も言わないで
絢雅っちがただ一目散に来てくれただけで俺は嬉しいッス」
座ったまま黄瀬は彼女に手を伸ばし抱き寄せると絢雅の肩に顔を埋めた。
「...黄瀬」
「全力出し切れたし悔いはない
むしろスッキリしてる
個人的にも黒子っちを出し抜けたしね
でも全然嬉しくないんすよ
少し前の俺ならドヤ顔して喜んだのに
どうしても勝ちたかったんすこのチームで」
嘆くようにポツリポツリと黄瀬は心境を紡いだ。そして、黄瀬は絢雅に恐る恐る尋ねた。
「ねぇ一つだけ聞かせて
今日の俺はかっこよく見えた?
海常のエースになれてた?」
弱々しい小さな黄瀬の声に、絢雅はゆっくりと手を彼の背に回した。消えてしまいそうな黄瀬に想いが届くように絢雅は言葉を紡いだ。
「凄くかっこよかったよ
チームを勝たせるためにコートを走り回っていた黄瀬は誰よりも輝いているエースだった」
「お世辞でも十分嬉しいっす」
「…お世辞なんか言わないんだけど」
「そうでしたね
いつでも絢雅っちの言葉はどストレートすもんね」
絢雅の言葉に安心したのか、黄瀬の頬は緩んだ。と同時に強張っていた身体の力が自然と抜けていっていた。
「黄瀬、お疲れ様…」
「来年こそはしっかりリベンジするっす」
顔を上げた黄瀬に絢雅はようやく労いの言葉をかけることがで来た。その言葉に小さく頷くと力強い眼差しを宿し、今度こそと絢雅に決意を示すのだった。