バスケに青春を懸ける
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「あれ?もう上がるんすか?」
いつもより少し早い時間帯に笠松が帰り支度を始めたことに黄瀬は疑問を抱き無意識の内にその問いを投げかけていた。
「ん?あぁ...ちょっとなって...
ってか、お前もそろそろ上がれ!!」
言いよどみながら答える笠松。だが、笠松の視界の先に映るのは未だにボールを持つ黄瀬。思わず笠松は、ピクリと眉を動かすと勢いよく黄瀬に飛び蹴りを喰らわした。
「痛いっすよ〜!!
もう少しだけやらせてくださいよ」
「駄目だ!!」
床に倒れ込んだ黄瀬の訴えを笠松は一蹴すると、呆れ気味に大きくため息を吐いた。
「たく、お前といい絢雅といい...
オーバーワークするやつが多いんだ...」
「え?絢雅っちも??」
「そうなんだよ、あの馬鹿
バスケとなると途端に周りが見えなくなる」
笠松は目頭を抑え、大きく息を吐いた。そして、そそくさとしゃあないなと悪態つきながらも体育館を後にしようとする笠松の後ろ姿に思わず黄瀬は声をかけていた。
「俺も行っていいすか」
「別にいいけど、早くしろよ」
その言葉に黄瀬は速攻練習を取りやめると急いで着替えて支度を済ませ待っててくれてる笠松の元へ急ぐのだった。
ダムダムダム……
スパッ!!
静かな体育館に響くのはスキール音とボールを突く音、そしてボールがネットをくぐる音だった。
顔色一つ変えること無く、黙々とボールを突き、様々な場所に移動して、ボールを打つ
単純な練習を絢雅はひたすら飽きもせずに続けていた。
「……絢雅っちいつもあんな感じなんすか?」
「まぁーな…」
邪魔しないように入り口から覗き込むように顔を出していた黄瀬は隣で同じ様に見ている笠松に尋ねた。
「大体、毎日やってるぞ」
「…っ!!毎日!!」
「ば‥馬鹿!!声でけ〜よ!!」
急に大きな声を出す黄瀬を笠松は慌てて黄瀬の口に手を当てて抑え込む。
気づかれたかと恐る恐る体育館の中を見るが、どうやら没頭する絢雅の耳には届いてなかったらしく黙々とボールを打っていた。
それを確認すると笠松は大きく息を吐き、黄瀬の口から手をそっと離した。
「絢雅にブチ切れられるぞ」
「うっ…マジすか」
「あぁ……練習を邪魔されたときのアイツはメチャクチャ手に負えねぇ…」
どうやらホントの話らしく、真剣味を帯びた笠松の表情に、黄瀬はブルっと身体を震わした。そして逆鱗に触れるわけにはいかないと笠松を見習って、黄瀬は静かに絢雅の練習を見守る事にするのだった。
だが、そんなに大人しくできる性分でなく少しして黄瀬は笠松に疑問をぶつける。
「...先輩」
「なんだ??」
「どうして絢雅っちはこんなに練習してるんすか」
「知らねぇ」
その問いに笠松はぶっきらぼうに答えた。だが、興味が無いわけではなくただ単に本人に聞いたことが無かったから笠松はそう答えるしかなかったのだ。それでもなんとなくだが絢雅が考えてることは想像ついた。
「本人から聞いたことねぇーから俺の憶測になっちまうが...
恐らく、バスケが好きだからだろうな」
目を細めて柔らかく頬を緩ました笠松が紡いだ言葉に黄瀬は首を傾げた。
確かに何か好きなものに対しては没頭するくらい打ち込むのはわかる。だが、絢雅の姿勢には何か別のものがあるような気がしてならなかったからだ。
「......好きだから??」
「あぁ、好きだからこそどんな奴にも負けたくねぇーんだ
才能を持ってないから仕方がないって言い訳をしたくないんだと思うぜ」
飲み込みが決して悪いわけではない
だが、中々周囲に最初はついていけなかった絢雅は少しでも早く追いつくために努力は惜しまなかったし、色々なアプローチを考え勉強をしていた
早々に気づいてしまったのだ
バスケに関して突出した才能は持ち合わせてないのだと
だがそれでやめると投げ出すことは絢雅は決してしなかった
毎日毎日、足りないものを必死に埋め合わせようとボールに触れ、シュートを積み重ねていったのだ
「俺が知る中で一番の努力家でバスケ馬鹿
めげずに努力を惜しまないアイツは間違いなくバスケにおいては秀才だ」
ニヤリと目を細め口角を上げた笠松の視界の先で、何本目かわからないシュートが決まる。
黄瀬の脳裏で笠松の言葉が反芻し、それと同時に絢雅が放ったボールが美しい軌道を描いてネットを揺らすまでの時間がゆっくりと色鮮やかに見えた。
窓から射し込む夕日に照らされた絢雅は一段と輝いて見えたのだ。
「……笠松先輩」
「どうした??」
黄瀬は目線をそのまま絢雅へ向けながら笠松にあるお願いをするのだった。
一本…一本…
絢雅はボールを手に取ると、一球入魂…大切にボールを突いて様々な場所からシュートを打った。
少しでも上手くなるために…
額から滴り落ちる汗を拭うと絢雅はもう一本とボールが入っている籠に手を伸ばすのだが…
「あ…、空っぽか」
知らないウチに全てのボールを使い切ってしまったらしく、周辺には大量のボールが散らばっていた。仕方ない、拾うかと絢雅は小さく息をついたタイミングで後方から意外な人物の声が聞こえてきて、勢いよく絢雅は後ろを振り向いた。
「絢雅っち」
「…黄瀬?なんでここに??」
ニコニコと笑いながら近づいてくる黄瀬に絢雅は不思議そうに首を傾げた。そして、黄瀬の姿が夕日に照らされて茜色に見えることから既に時間が経過しているということに気づいた。
「没頭している絢雅っちを迎えにきたんすよ」
「…兄さんは一緒じゃないんだ」
どうやらまたよくない癖が出てしまったらしい。試合前になると無意識で自己練習に没頭してしまう。それをわかっていながらも歯止めを利かすことが出来なかった。そのことを知っている笠松は帰るついでに呼びに来てくれるのだが、辺りを見渡しても彼の姿が見当たらなかった。
「俺に頼んで帰っちゃったっすよ」
黄瀬は表情を一つも変えることせずにそう答えた。だが、実際は黄瀬が二人きりになりたいと思って笠松に自分に任せてと啖呵を切ってお願いして一足先に帰ってもらったのだ。
少し前まで笠松と黄瀬が覗き見していたことなど知らない絢雅は黄瀬の言葉を疑うこと無く信じた。
「じゃ…片付けるの手伝ってくれるってこと??」
「そ…そうっすね」
おびただしい量のボールが広がる床を見渡して黄瀬は苦笑しながら返事をすると足元に転がっているボールに手を伸ばすのだった。
「絢雅っちも人のこと言えないじゃないすか」
拾いながら黄瀬は思っていたことを口にした。この前は、自分のオーバーワークを気にして叱咤したのに当の本人は時間を忘れて練習していたことに矛盾していると黄瀬は口を尖らせたのだ。そんな黄瀬に絢雅は苦笑いを浮かべた。
「……試合前になるとどうしても没頭しちゃうんだよ」
「俺と一緒じゃないすか……」
「少なくとも自覚症状はあるから一緒じゃない」
ため息交じりに紡がれる黄瀬の言葉を絢雅は一蹴した。
「なぁっ!!」
「黄瀬は毎日のようにオーバーワークしてるけど
私は試合前だけだから…」
絢雅の的を射た言葉に黄瀬は図星過ぎて言い返す言葉がなくグウッと唸った。そんな黄瀬の様子に絢雅はクスリと小さく笑った。
「絢雅っち…1on1しないすか??」
最後の一個のボールを床から拾った黄瀬は、帰り支度を始めるかと心を入れ替えようとしていた絢雅にこう問いかけるのだった。その言葉に絢雅は怪訝な表情を浮かべた。
没頭する自分にこれ以上練習させないために来たんじゃないのかと…
「ほら!!早く早く!!」
思考が固まる絢雅に対して、黄瀬は早く構えてくれと急かした。
「……ハァ、わかった!!わかったから!!」
今にも飛びついてきそうな勢いの黄瀬を宥めると絢雅は困惑しながらも構えをとった。
「行くっすよ!!」
意気込んだ黄瀬はスゥッと眼を細めた。その途端に絢雅が感じたのは今までに感じたことのない威圧感だった。背筋がゾッとした絢雅の額に冷や汗が伝り、雫が床に落ちる。
そんな絢雅のアメジストの瞳から一瞬で黄瀬が消えた。思わず絢雅は眼を見張った。
これは青峰のチェンジオブペース!?!?
あっさりと脇を抜かれた絢雅は、驚きながらも慌てて止めるため後を追うように走り出す。この黄瀬のプレーに関しても驚きなのに、絢雅の眼にさらに驚きの光景が映る。
この構えは…緑間の高弾道3Pシュート!!
ボールを頭上に上げ構えた黄瀬はそれを宙へ押し出した。高く上がったそのボールは美しい軌道を描き、長い滞空時間を経てゴールネットを揺らした。
唖然とする絢雅の耳にボールがバウンドする音だけが無情に入る。
信じられない…
暫く呆然としていた絢雅は、なんとかこの状況を飲み込もうと口をパクパクと動かした。そして、ようやく整理が終わった絢雅はゴクリと唾を飲み込むとボールを持ち自分の反応を今か今かと待つ黄瀬に向き直った。
「黄瀬…他の4人のはマネできないって言ってなかったっけ??」
未だに相まみえた時に感じた圧倒的な存在を放つ黄瀬のせいで吹き出す冷や汗を拭いながら絢雅はやっと腹の底から声を振り絞って疑問を尋ねた。
「そうっす…
今の俺は、完全にあの4人の技をコピーできないっす」
「え…じゃあ今のは」
「足りない部分をオリジナルで補ったんすよ
完璧には再現できないんすけど、限りなく完成度の高いのは出来るようになったすよ!!」
IH予選で青峰の模倣をした後から、黄瀬は他の3選手の技もなんとか出来ないかと模索しながら練習をしていたのだ。
「……なるほど」
黄瀬の説明を一通り聞き終えた絢雅は納得した表情を浮かべた。そんな彼女の瞳は滅多にお目にかかれないくらいキラキラと輝いていた。
「凄いよ…凄いよ!!黄瀬!!」
絢雅は思わず興奮し上ずった声を出した。そんな彼女に黄瀬は小さく優しく微笑んだ。
「絢雅っちのおかげっすよ」
「え???」
「絢雅っちから散々熱意ある罵声を浴びたっすからね」
「…黄瀬、蹴り飛ばされたいの」
興奮しきっていた絢雅だが、今の黄瀬の言葉に一気に酔いが冷めたように雰囲気をガラリを変えた。今己を見ているのは冷めたアメジストの瞳、黄瀬は慌てて違うと大きく首と手を横に振った。
「違うっすよ!!
そうじゃなくて!!」
「そうじゃなくて…??」
「アイツラに勝ちたいって思っていたけど、才能が違うから無理だって心の奥底で線引していた。絢雅っちはそれを取り払ってくれたんすよ
バスケも楽しいって思えるようになったしね」
「ふーん、でもそれはキッカケでしょ
ここまで技を完成出来たのは黄瀬の才能と努力のタワものだよ」
「まぁ…5分しか使えないんすけどね」
”キセキの世代”のコピーは非常に体力を消耗するためずっとこの技を使うことが出来ないのだ。その制約を苦笑いしながら説明し終えた黄瀬に、絢雅は不敵に笑みを浮かべながらこう言い放った。
「十分だよ、その5分間は黄瀬が最強なんだから」
二カリと笑みを浮かべた絢雅の言葉に、黄瀬は考えもしなかった盲点を射抜かれて大きく眼を見開いた。
「さて、帰るか」
そんな彼を放置して絢雅は帰り支度を始める。その絢雅の言葉でフリーズしていた思考が動き出した黄瀬は慌てて声をかけるのだった。
「絢雅っち!!どこか寄り道!!しないすか!!」
「…いいけど、黄瀬のおごりね」
黄瀬からボールを掻っ攫うように取り、籠に放った絢雅はその籠を押しながらほくそ笑んだ。
「もちろんっす!!」
大きくその言葉に頷いた黄瀬なのだが、その後絢雅の手により財布の中身が空っぽに近い形になり泣く羽目になるのだった。