境界の彼方
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「何をした?」
強引に合鍵を使ってドアを開け中に入った博臣は地を這う声を発し、志帆の背を睨みつけた。その声に視線に動じることなく志帆は背を向けたまま聞き返す。
「何の話??」
「しらばっくれるな
何も代償無しに、俺の謹慎処分が無くなるわけがない」
志帆のそっけない態度に苛立ちを滲ませながら博臣はズンズンと志帆に歩み寄ると強引に彼女の腕を掴み振り向かせた。
「一体何を交換条件に提示されたんだ!!志帆」
強引に振り向かされた志帆は、痛っと腕を握られた場所に一瞬目をやるが、すぐに博臣に向き直った。志帆の視界に映るのは、普段は滅多に見られない飄々とした態度を崩し感情をこれでもかと露わにする博臣だった。だがギラつく柳緑色の双眸に対し、志帆は怯むことなく見つめ返す。
「なに熱くなってるの??
別に今回は何も関与してないよ」
熱くなってる博臣に対して、志帆は冷静さを取り繕った。それでも博臣は一歩も引くことはなかった。だが、志帆だって安々と引き下がるわけにはいかなかった。確かに博臣のお察しのとおりだ。志帆は謹慎処分を言い渡された博臣の処分を無くす代わりにあることを提示された。でも、これは誰にも言ってはいけない案件だ。
なんとしても隠し通さないといけない。それ故、なかなか引かない博臣に対して志帆の苛立ちは頂点を達してしまうのだった。
「あーもぅ!!鬱陶しいな!!
もし仮に提示されてたとしても博臣には関係ないでしょ!
最近ホントに度がつくほどしつこ過ぎるよ」
「しつこ過ぎて何が悪い
惚れてる女に、過保護になったり心配したり不安になったりするのは当然だろ?」
いい加減離せと志帆は振りほどこうとする。が、博臣はそれを阻止した。そして真っ直ぐガンを飛ばす志帆を見つめた。グッと力を込めたまま博臣は感情を押し殺して落ち着いた抑揚で言い返した。その予想外の返しに志帆は取り繕っていた仮面が剥がされてしまう。
「えっ.....」
「好きなんだ!志帆の事が!!
ずっと...っ...ずっと前から!!」
本来ならここで言うはずがなかった言葉。だが、言ってしまった以上は引き下がれないと仕方がなく博臣は一世一代の告白に打って出るのだった。
だが、志帆は真剣な面持ちの博臣に後ろめたいのか視線をそらした。
「駄目だよ...
私は博臣の気持ちに答えられない」
目を伏せて志帆は博臣を諭すように語りかける。
「名瀬家の為にも私じゃなくてもっと名がある家系の人と付き合わないと。
家の地位を盤石にさせて、私より数十倍いい人と結婚する...それが博臣にとって幸せな事だと思うから。」
「巫山戯るのもいい加減にしろ
勝手に俺の幸せを決めるな!!
お前が隣にいない未来なんて考えられない」
志帆の言葉に博臣はカチンと頭にきていた。だが、なんとかその怒りを押し殺し声を振り絞った。それに対して志帆は表情を変えることなく淡々と言葉を言い放った。
「勘違いしてるだけ
偶々幼い時からずっといた異性が私だったから情が湧いただけだよ」
「俺の気持ちが偽りだって言うのか?」
「...そうだよ」
あくまで志帆は断腸の思いで自分の気持ちを偽って、博臣の気持ちを勘違いだと一蹴した。胸が裂けるような思いだ。本来ならすぐにでも彼の胸の中に飛び込みたい。だが、それは願ってはいけない高望みのもの。いくら二人の想いが一致したとしても互いの立場上許されない恋なのだ。
自意識過剰だったのだろうか?
ここまでバッサリと切られるとは思っていなかった博臣はショックでだらんと力を失った腕を垂らした。その呆然と立ち尽くす博臣から志帆は合鍵を奪い取って彼に背を向けた。もう志帆が口を開くことはなかった。早く出ていってくれと言わんばかりの無言の圧力に博臣は、邪魔したなと言い残しトボトボと部屋を後にするのだった。
扉が閉まる音を聞いた志帆はゆっくりと玄関へ足を向かせると鍵を閉めた。そしておぼつかない足取りで部屋に戻るとボスンっとベッドに倒れ込んだ。その倒れ込んだベッドの白いシーツは彼女の涙でシミができていた。
これは想いを断ち切らなかった自分への罰だ。この気持ちがただの主従関係、幼馴染の関係だったらどれだけ楽だったろう。それか相手側に好意がなければ。だが、実際は互いに互いを想いあっていたのだ。
いつかは切らないといけなかったもの
だが、覚悟していたはずなのに志帆の瞳からはポロポロと涙が流れ止まることがなかった。
「苦しい…苦しいよ博臣」
振られた博臣のほうが何倍も辛いはず。だからこそ振った自分はこんなことで泣く資格なんて本来ないのだ。それでも、止まれ…止まれ…と思っても溢れ出す涙を志帆には止めるすべがなかった。
ごめん…ごめんね
気持ちを踏みにじって…
でも今だけは罪な私を許して…
振ってもやっぱり私は貴方のことが好きなのをやめられない
志帆はシーツに皺ができるまで力を込めて握りしめると声が枯れるまで声を押さえて泣きじゃくった。
そして志帆はその日を境に突如として行方をくらませるのだった。