境界の彼方
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「志帆、ごめん」
重症の志帆は念の為にと病室に押し込められていた。傷も癒えたしそろそろ動きたいと億劫な日々をベッドで過ごしていた志帆の目の前では秋人が思い切り頭を下げて謝っていた。そんな彼に志帆は目を白黒させていた。
「え…えっと…どうしたの?
秋人?」
彼に謝られることがあっただろうかと困惑気味に志帆は尋ねる。その声に今度は逆に秋人が拍子抜けしたように顔を上げた。
「え…」
「秋人なんかしたの?」
「だって…
あの時志帆に酷いことを言っちゃったから…」
小さく首を傾げる志帆に、秋人はバツが悪そうに眉を顰めて答える。あの時の志帆の悲しげな表情が秋人の脳裏にこびりついて離れていなかったのだ。だからこそどうしても謝らないと気がすまなかった。だが、秋人の目の前では志帆はもう事後だと言わんばかりにあっけからんと微笑んでいたのだった。
「あっ、あのときのことか〜
秋人が気にすることなんてないよ、だって悪いの私だし…」
「それでも僕は言いすぎた
僕は何も知らない癖に志帆を一方的に責めたから
あんな表情させる気はなかったんだ」
ギュッと拳を握りしめ、秋人は声を絞り出した。そんな彼を見て志帆は眉を下げると、ゆっくりと彼に手を伸ばした。その手は俯いた秋人の頬に添えられた。秋人は温もりのある手を感じ顔を上げた。そんな彼に志帆は青色の目を細めた。
「秋人はやっぱり優しいね…
ずっと隠していたのに咎めない上に逆に謝るなんてさ」
「別に…僕は…」
「私は好きだよ、そんな秋人が」
恥ずかしそうに顔を背ける秋人に志帆は率直な気持ちを述べた。そして、志帆はありがとうと続けると互いにこの話は終わりにしようという結論に達し、秋人は抱えていた蟠りを払拭させるのだった。
「…話は終わったか?アッキー」
ようやく話が一段落したところで、ずっと病室の端に置かれたパイプ椅子にもたれかかっていた博臣が口火を切る。そんな彼に秋人はジト目を向けた。
「邪魔か??」
「あぁそうだな
できれば早急に出て行って貰いたいものだな」
有無を言わせない博臣の言動に仕方ないなと秋人は眉を顰めた。さっきから2人きりにしろと言わんばかりに鋭い視線を向けられているのだ。
秋人は小さく溜息を吐き出すと背を向けた。
「ハイハイ、わかったよ」
ヒラヒラと手を振り、お邪魔虫認識された秋人はサッサと退散するのだった。
その二人のやり取りを口を挟む隙間を与えられなかった志帆は呆然と眺めていた。そんな志帆の目の前で博臣は右手に淡い青色の光を灯らせるとこの病室に檻を張るのだった。その彼の突発的な行動に志帆は目を瞬かせた。
「えっと、檻張らなくても脱走しないよ??」
「そのために張ったわけじゃない」
「じゃあなんで??」
「志帆の本心を探るためさ」
不思議そうに首を傾げる志帆に博臣は立ち上がるとゆっくりとベッドサイドに近づいていく。そのいつも以上に真剣味を帯びた声と表情の博臣に、志帆は今まで忘れていたことが唐突に脳裏を駆け巡り身体を強張らせた。”境界の彼方”の騒動ですっかり忘れていたが、3ヶ月前に自分は彼のことを振っているのだ。一方的にあの時は話を切り上げたのだから恐らく彼は納得していないのだろう。それを蒸し返そうとする博臣に、志帆はどうはぐらかそうかと思考を巡らす。が、それを許さないとばかりに博臣は彼女に詰め寄った。
「志帆が本心を言わない限り、俺は帰らないからな」
「だからあの時言ったでしょ?
私は博臣の気持ちに答えられないって」
「いい加減誤魔化すのはやめろ」
嗜めるように語りかけてくる博臣に、志帆は聞き分けがなさすぎる彼に対する苛立ちのあまり眉間に皺が寄っていく。
「何?私の言ってることが信じられないって??」
「あぁ…」
「私が好意を抱いてるって思うなんて
博臣、自意識過剰過ぎない??」
あくまで白を切り通すつもりの志帆に、博臣は大きく溜息を吐くとベッドサイドに腰を下ろした。そしてお構いなしに志帆を抱き寄せた。その不意打ちを想定していなかった志帆は感じる温もりに身体を硬直させた。そんな彼女の首に博臣は吐息を吹き付け、敏感に反応する志帆の様子に喉を鳴らした。
「ちょっと!!博臣!!」
「なんだ??」
「離れてよ」
「断る」
顔を紅潮させて志帆は逃れようと身じろぐが、博臣の逞しい腕から当然のように抜け出せなかった。加えて博臣は、絶対に離さないを言わんばかりに込める力の強さを強めた。その彼の腕が微かに震えている気がして志帆は心配そうに彼の名を紡いだ。
「…博臣??」
「正直に言え」
「いや、だから…」
「家柄とかなんて考えなくていい
名瀬の古いしきたりは今は捨てろ
俺はお前の本心をもう一度ちゃんと聞きたいんだ」
反論しようとする志帆の言葉を博臣は遮り一蹴する。そして彼女の肩元に顔を埋め縋るように振り絞った声をあげた。そして意を決すると博臣は抱く力を緩め、彼女を真っ直ぐ見据えた。
「それを全部ひっくるめた上でもう一度言わせてもらうぞ」
俺は志帆のことが好きだ
直ぐ近くに見える柳緑色の双眸が志帆を射すくめる。その眼差しに、彼のストレートな言葉に、志帆の胸は燻ぶられた。そんな彼女の青い瞳からは一滴の涙が流れた。
「…博臣」
「…なんだ??」
「私はこれ以上の幸せを望んでいいの??」
博臣の隣にいれるだけで幸せだった。
一緒に仕事ができる、助け合うことができる
それ以上のことを望む気はなかった
でも、博臣は手を伸ばしてくれている
家柄も家の古いしきたりも無視して
「あぁ…当たり前だろ」
志帆の頬を伝る涙を博臣はそっと親指で拭うと柔らかく微笑んだ。その彼の優しい声音に志帆は涙腺を崩壊させた。
「好き…博臣のことが好き…
……離れたくない、ずっと一緒にいたい」
「やっと言ったな…」
子どものように泣きじゃくり嗚咽を漏らしながら遂に志帆は固く閉じていた蓋を開けた。そして、ギュッと博臣の胸元の服を掴み、頭を彼の大きい胸板に預けた。その彼女の頭を博臣は優しい手付きであやすように撫でた。
「…志帆」
志帆が落ち着いてきたところで博臣は彼女の名を呼んだ。その声に応じるようにゆっくりと顔を上げた志帆にすかさず博臣は顔を近づけた。
「…んっ」
優しい口吻に志帆は自然に目を閉じて応じた。目の前の愛おしい存在を感じるかのように二人は角度を変えつつ何度も深い口吻をかわした。
「…私、今すっごく幸せ」
「あぁ…俺もだ」
顔を離した志帆はトロンとした青い瞳で博臣を見つめると目尻を下げて微笑んだ。その唆られる志帆の姿に博臣は理性を保ちながら同じように柔らかく微笑んだ。
禁じられし一歩を踏み出してしまった。
それでもこの一瞬かもしれない幸福を志帆は噛みしめるように博臣の背に回す力を込めるのだった。