境界の彼方
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チュン、チュン…チュンチュン
快晴の空。透き通るような青い空には、数羽の小鳥が飛び交っていた。その下には緑生い茂る木々が広がっていた。
その景色を丘の上にある木のベンチに座りぼんやりと見ている女性がいた。綺麗な黒髪を風に揺らし、藍色の瞳で空を眺める女性にゆったりとした足取りで一人の男性が近づいていた。
「ほらよ!泉」
背後から回ってきた片手が持っていたのはみたらし団子。鼻腔を燻るみたらし団子のいい匂い。それとともに視界を遮るように現れた一本のみたらし団子。呼ばれた泉は視線を団子を持つ手の先に視線をやる。するとそこにはもう片方に持つみたらし団子を頬張る男がいた。短髪の白銀の髪を揺らし、右に流した前髪の隙間から自分と同じ藍色の瞳を覗かせる。そんな彼を一瞥すると素直に泉は買ってきてくれたみたらし団子を受け取り、視線を戻した。
「行儀悪いわよ、悠」
「別にいいじゃねーかよ」
相変わらず手厳しい泉に、悠は苦笑いしながら彼女の隣に腰掛けた。
「コッチに来るまで堪えきれなかったんだよ」
「来るまでって、歩いて数歩でしょ」
清々しく笑いながら団子を頬張る悠に呆れながらも、泉も団子を頬張り始めた。
責任…
重荷…
すべてを取り払った今の心はとても軽く、このような状態になるなんて誰が想像できただろうかと内心クスッと泉は笑みを零した。そんな彼女の名を悠が呼ぶ。その声に誘われるように視線を向けると、すでに団子を食べ終えた悠は藍色の瞳を空に向け遠い目をしていた。
「…良かったのか?俺と来て」
「野暮な質問ね」
「いや、お前が気の乗らないことをしないことは知ってるけどよ
今でも泉が一緒にいるのが信じられなくて」
今回の1件。全ての責任を追って悠は長月市を再び離れた。復讐に囚われていた過去の視野の狭い自分では見えなかった新たな外の世界をゆっくりと見て回ろうと悠は旅に出る決意を固めたのだ。そんな彼の予想外の出来事は、傍らで黙って聞いていた泉が同道すると言い始めたことだ。
ガサツに頭を掻いた悠は泉に視線をやった。その彼の不安げに揺れる藍色の瞳に悠の心情を察した泉は小さく息を吐いた。
「別に悠が気に病む必要はないわ」
ため息混じりに呟かれた泉の言葉。その己を見透かされた言葉に悠は大きく息を呑んだ。そんな動揺している悠に泉は呆れた眼差しを向けた。
「私が誰かに同情して付いていく女に見える?」
「いや、全く
え...じゃあ...」
泉の言葉に対して悩むことなく即答する悠。だが、言いながら悠は目の前にいる彼女の行動の真意がわからず言葉を詰まらせた。
「いい機会だと思っただけよ。
元々遅かれ早かれ街を離れようかと思ってたから」
泉は表情を変えずに淡々と述べた。
当主という役目からも重責からも解放された泉は広がった視野で実感した。弟妹の成長を。この時にふと思ったのだ。外の世界を回って見たいと。それは、少し前の自分では湧いてこなかったであろう考えだった。
「ふーん…
つまり俺と目的が合致してたというわけか」
泉の話を聞き終えると悠は小さく息を零した。
「まぁいいんじゃね?
ようやく家系のしがらみから解放されたんだ
少しは自分のやりたい事をやったってバチは当たんねぇーよ」
いつものようにぶっきらぼうに吐き出される悠の言葉。だが、嫌な気は起きず不思議と泉の頬は緩んでいた。その表情の柔らかさに悠は嬉しそうに目を細めた。
「そうね」
「そうそう!
後のことはアイツラがなんとかなるさ」
軽快に悠は笑いながら青空を見上げた。釣られるように泉も視線を上げる。そこにはどこまでも雲ひとつない青空が広がっているのだった。
*****
2人が思いを馳せる青空。その先では1軒の家の屋根の上で同様に空を見上げているスーツ姿の男女がいた。
長月市一帯を見渡し、それぞれ男は短髪の黒髪を、女は長い銀色の髪を靡かせる。
慣れ親しんだ街。それでも、毎日見ている風景のはずが隣に愛おしい人がいるだけで、キラキラと輝いて見えた。
クスッ
志帆は柔らかい笑みを零した。
未だにこの状態を受け止められない自分がいる。あの時、彼に一方的に別れを告げた時にもう再び彼の隣に立つことも、この景色を見ることもないだろうと思っていた。命を投げ出す覚悟で彼の元を離れたのに、その彼により連れ戻されてしまった。それだけならまだしも、彼はガラリと体制を変えてくれた。
名瀬家の古いしきたりは撤廃され、幹部のメンツは一新された。
名瀬家により闇に葬られた一族もようやく日の光を浴びれるようになった。それはもちろん瀬那家も例外ではない。正式に本来の名前である風魔を名乗れるようになり、威厳も取り戻したのだ。
それでも生まれてから19年、ずっと名乗ってきた名字が急に変わるものだから未だに呼ばれる名に志帆は慣れずにいた。
「どうした??」
笑みを零した志帆に博臣は視線を不思議そうに向ける。そんな彼の視線を感じ志帆は彼へ振り向いた。
「ちょっとこの状況に頭が追いついてないだけ」
「…そうか」
ポツリと漏らした志帆の表情はとても柔らかく、この状況を時間をかけて築いた博臣は心が満たされた。思わず隣りにいる彼女の腰に手を回して己に引き寄せて博臣は唇を落とした。
柔らかい感触に予想通りに赤面させる志帆の様子に博臣は満足げに口端を吊り上げた。
「これが俺にしかできない志帆の迎え方だ。
気に入ったか?」
「え…」
「この件があろうとなかろうといずれはきな臭い古いしきたりは撤廃するつもりだったからな」
言葉の真意を図るのに時間がかかり呆ける志帆に博臣はニヤリと口角を上げた。
そして未だにポカンとする志帆を博臣を真っ直ぐ見つめた。
「最初からお前と一緒にいる未来しか俺は考えてない」
彼の口から紡がられた言葉に志帆は青い瞳を瞬かせた。
真剣な表情で、真っ直ぐに自分を見つめる柳緑色の瞳をジッと見つめていた志帆の視界は段々と歪んでいった。彼のまっすぐな言葉から感じる彼の愛情に志帆は嬉し涙を流していたのだ。
「う…嬉しい」
「まぁ、どっかのバカ兄貴のせいで計画が随分と滅茶苦茶になったがな」
しゃくり声を上げながら泣きじゃくる志帆の涙を親指でそっと拭いながら博臣は呆れた口調で本音を漏らす。だが、嘆きながらも志帆に向けられていたのは慈しみのある眼差しだった。そしてジッと静かに彼女が泣き止むのを待つ体勢を保っていた博臣。しかし、いつまでも涙を止められる様子がない志帆に困ったように目尻を下げた。彼女を再びそっと引き寄せて己の腕の中に閉じ込めた博臣はあやすように彼女の背を撫でた。
「志帆、泣きすぎだ」
「だっ…だって…」
泣き止みたいのは山々な志帆は博臣に申し訳ないと思いながらも彼の胸板に顔を埋めて、詰まらせた声を漏らした。
そんな彼女に、ヤレヤレと肩を竦ませると博臣は志帆の頭を優しく撫でまわすのだった。その行為を素直に受け入れていた志帆は、不思議そうに顔を上げた。するとそこにいたのは柔らかく微笑む博臣だった。
「泣くのはまだ早いんだが」
「えっ??」
「自分の左手見てみろ」
博臣の言葉に志帆は首を傾げながらも自分の左手に目をやる。するとそこにはついさっきまでなかったものが嵌められていた。
「ねぇ、これってもしかして…」
「口約束のみだと、なにしでかすかわからんからな」
顔を上げた志帆の反応に、予想通りだと博臣は満足げな笑みを浮かべた。
「契りを交わした印だ
肌身離さず身に着けてろ」
愛してる、志帆
彼女の左手を取り、薬指に嵌められている指輪に口づけした博臣は口元を緩めて愛の言葉を紡ぐ。そして、彼女を引き寄せた博臣は彼女の頬にそっと手を添えて、愛おしい気に口づけをするのだった。
「私も愛してる、博臣」
目を潤ませながら志帆も言葉を紡ぐと、背を伸ばして彼の唇へ接吻をするのだった。