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「……ッ!?」
混沌からゆっくりと浮上した意識。ハッと飛び起きるように目を醒ました志帆は見慣れない景色に困惑した。
一体ここは……
ところどころ抜けている記憶を辿りながら志帆はゆっくりと上半身を起こした。殺風景な一室なのに、それにそぐわない上質なシーツにベッド。だがその部屋には窓はなく、唯一出入りできそうな箇所は一つの頑丈そうな扉だった。
その扉にフラッと志帆は近寄った。そしてゆっくりとドアノブに手を伸ばす。のだが、志帆の手がドアノブに触れることはなかった。
「えっ…」
志帆はこの状況に息を呑んだ。何故なら自分が今触れているのは透き通った青色の壁。ユラリと揺れるその壁は彼女が通り抜けるのを拒んでいた。驚きのあまり半歩下がった志帆は周囲をグルリと見渡す。よくよく目を凝らすとこの一室は大きな檻で囲まれていたのだ。まるで中にいる人物を逃さないと云わんばかりに。
「…ッ!!」
この現状を呑み込んだ志帆は青褪めた表情で後ずさった。その彼女の脳裏では走馬灯のように記憶が駆け巡っていた。
どーして生きてるの?
どーして生かされているの?
悠兄さんは?
彼はどこ??
彼の目的は達成されたの??
記憶が全く無い為、志帆はキョロキョロと辺りを見渡し困惑した。だが、このままここにいるのはよろしくない。檻に触れてしまった今、ここに閉じ込めたであろう彼がこの場に来るのも時間の問題であろう。
「ここから出ないと…」
呑気にこの場にいるわけには行かない。彼に出会わないためにも急いでここから逃げようと志帆は強行突破しようと手に力を込める。が、一向に右手に淡い橙色の光が宿ることがなかった。
「…ッ!!」
「いくらやっても無駄だぞ
能力は封じさせてもらったからな」
動揺する志帆は背後からした声にビクッと身体を強張らせた。そのまま志帆は恐る恐る背後を振り返る。すると案の定そこには扉に背を預け腕を組みコチラの様子を窺う博臣がいた。
そんな彼の早すぎる登場に志帆は後ずさりしながら指に収まっているはずの物を探す。だが指輪はそこにはなかった。そんな彼女の様子を見て博臣は腕組みを解き口角を上げる。
「ついでに志帆のお目当ての品はここだ」
そう言った博臣が指で弾いたのは志帆が探していた銀色の指輪。弾かれた指輪は志帆の目の前でクルクルと回っていく。それを掴もうと志帆は手を伸ばす。だが、彼女が掴み取る前に博臣は弾いた指輪を攫む。そして彼女との距離を詰めるように足を一歩ずつ前に出した。
「な…なによ…」
近寄ってくる彼に対して強張った表情で志帆は後ずさりする。だが狭い一室のためすぐに奥の壁に背がついてしまう。ハッと気づいた時には志帆は壁に追い詰められていた。
「殺すならサッサと殺しなさいよ!!」
ギュッと唇を噛みしめ、鋭い視線で自分を見下ろす博臣を睨み上げた。だが、博臣は動じることなく表情を変えず志帆にさらに近づくと彼女に手を伸ばした。その手は志帆の右手首を掴んだ。
「イッ…」
捻りあげられたその右手が頭上で縫い付けられる。その鈍い痛みに呻き声が志帆の口から零れるのと同時に、彼女の異能力を封じている細い鎖がジャラッと小さく鳴った。
「誰が殺すか…」
縫い付けた右手を掴む力を強めながら博臣は怒りを押し殺した低い声を発した。
ガンッ!!
そして、苛立ちをぶつけるように彼は片膝を志帆の股の直下に入れた。その膝が壁にぶつかり鈍音をたてる。その音とこの状況に志帆はビクッと肩を震わせた。だが今彼女が抱くのは恐怖心を上回る羞恥心。それを物語るように彼女の顔は赤く染まっていた。
志帆は身動きを取れなってしまった上に、彼と密着する状態になっていた。それでも今は状況が違うと志帆は正気に戻った。
「なんで…なんでよッ!!」
そして啖呵を切るかのように志帆は声を荒げ、語尾を強めた。
「私は任務を遂行できなかったのよ…
それに名瀬家に刃を向けたのは私の兄よ…」
「貴方は当主でしょ?
ならば裏切り者を断罪しなさいよ……ッ!!」
「少し黙れ...」
震える唇で必死に志帆は目の前の彼に訴えかけていく。だが、その訴えは博臣の行動で中断させられてしまうのだった。
開こうとした口は柔らかいもので塞がれる。この状況に大きく見開いた青い瞳に映るのは己に口づけする博臣。そしてスウッと開いた瞼の奥からは柳緑色の瞳が覗かせ、志帆を真っ直ぐに射抜いていた。
「…言いたいことはそれだけか?」
強引に彼女に口づけし黙らせた博臣は少し顔を離す。黙って聞いていれば無駄な言葉しか吐かないその口を塞いだ博臣は表情を変えないままでもその裏には怒りを垣間見せていた。そんな彼に対して志帆は状況を呑み込めず目を白黒させていた。その予想通りの反応に博臣は口角を上げた。
「どーした?
やけに初々しい反応するじゃないか?」
「…ッ!!
いきなりあんなことをするからッ!!」
「お前が無駄口を叩くからだ」
赤面して形相な顔をする志帆に博臣は鼻を鳴らした。そして、博臣は骨の髄まで刻み込むように何度も何度も志帆の唇に噛み付いた。
「…んッ...ふぅぁ」
「散々身体に刻み込んだつもりだったんだが、まだまだ足りないようだな」
彼の冷たい唇が押し付けられる度に、彼の舌が強引に口内を弄ぶ度に、志帆の胸は締め付けられた。普段の優しくて甘いものとはかけ離れた乱暴な口づけ。それでも、愛がなくても彼の苛立ちを裏に隠された悲しみはしっかりと伝わってきて志帆の目頭は熱くなる。だが、自分が涙を流す資格などない。彼にこのようなことをさせてしまったのは紛れもない自分自身なのだから。この時間がすぐに収まって欲しいと彼女が願うものの、彼女の犯した罪を突きつけるようにこの行為は続いた。
「ようやく手に入れたんだ…
安々と手放してたまるかッ!
そうなるくらいなら何処かに縛り付けてやる」
どこにも行かないように
勝手に一人で消えないように
このまま檻の中で
ギラついた柳緑色の双眸で博臣はなすがままの彼女を見下ろしていた。ギュッと噤んだ形の整った唇から出るのは吐息と喘ぎ声。そして先ほどまで睨んでいた青い瞳は潤み、とろんとしていた。
それでもこのまま流されるものかと志帆は口を開いた。
「ひ…ひろお…ッ」
「『別れようか??』…ふざけるな
俺はお前を殺す気も別れる気もない」
「ど…どうしてッ!」
どうして!?
唯一口が自由になる瞬間を狙って志帆は疑問をぶつけた。それに対して博臣はなにを当たり前のことを尋ねるのだと云わんばかりに鼻を鳴らした。
「俺にその気がないからだ」
バサッと斬り捨てると再び博臣は彼女の唇を貪った。そしてその行為の中途中途に博臣は言葉を付け足していった。
「まず第一に互いに相思相愛なのに別れる意味が分からん」
「第二に何もしてないお前を殺す理由がない。
まぁそんな命令なんて端から願い下げだかな。」
「そして秘密裏に命じられた任務など無効だ。
泉姉さんがそれを許したとしても俺は許すつもりない」
「だから刃を名瀬に向けていない志帆は裏切り者じゃない」
表情を何一つ変えることせずに淡々と出される言葉の数々に志帆は己の耳を疑った。こんなの寝耳に水だ。
信じられないと目を見開く志帆に、博臣は顔を離すと彼女の表情を見て眉間に皺を寄せた。
「…納得してない顔だな」
「当たり前でしょ!
それに…」
私は博臣の隣にいる資格なんてない…
博臣の指摘に語気を強めた志帆は後ろめたげに俯いた。
迷惑かけてばかり…
助けるどころか逆に彼の弱みになってしまった…
そして尻ぬぐいをしようとしたらこの様だ…
与えられてもらってばかりで何も返せていない自分には彼の隣にいる資格なんてない…
「資格なんていらないだろ?」
その言葉に俯いていた志帆は顔を上げた。
「一緒に居たいからいるんだろ?
誰かの隣に立つために必要な資格なんて端から存在しない」
「…博臣」
「それでも納得しないなら…
俺の隣に立つ口実をやるよ」
真剣な面持ちを崩さぬまま博臣は啖呵を切ると、呆ける志帆の耳元に顔を近づけた。
命ある限り
俺の隣にいろ
俺に尽くせ
それがお前への処罰だ
どうだ?
死よりも重たい罰だと思わないか?
そう紡いだ博臣は志帆の手を離すとニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
一見すると、耳元で囁かれたその言葉は殺されるよりも残酷な処罰にも捉えられる。
だが、その言葉の真意を呑み込んだ志帆の青い瞳からは一筋の涙が流れるた。
志帆にとっては処罰ではない
この上なく嬉しい褒美だったのだ
「その処罰…
瀬那志帆、甘んじて受け入れます」
涙を流しながら志帆は答えた。
そんな彼女に博臣は目尻を下げると、そっと彼女を抱き寄せ愛おし気に優しく甘いキスを落とすのだった。