終止符を
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チッ…マジか
悠は大きく舌打ちをした。
まさか予防線が張りめぐらされていたとは思いもしなかったのだ。
光を失った虚ろな目で見下ろす目の前の彼女はただ忠実に任務を果たそうとする機械のようだった。恐らく、思考が低下している頃合いを見計らって暗示をかけたのだろう。
万が一彼女が情に流されて任務を放棄したとしても、確実に反逆者とその血の繋がった今後驚異になりかねない者の命を葬るために…
「志帆!目を醒ませ!!」
必死に悠は声を上げた。彼女が望むなら甘んじて受け入れよう。だが、これは彼女の意思ではない。悠はこの場から逃げようと身じろぎ続けた。今自分が殺されたら、目の前の彼女は暗示のままに自害するだろう。それをなんとしても防ぎたかったのだ。
「クソッ!頑丈すぎだろ!!」
だが、彼の動きを止めるその鎖はビクともしなかった。そんな彼を待つことなく志帆が手に持つ剣が躊躇なく振り上げられた。それが無情に振り下ろされ、自分の心臓を貫くだろう。全てを察した悠は諦めたように目を閉じた。だが、一向に貫く音も聞こえず痛みを感じなかった。不思議に思った悠は恐る恐るゆっくりと瞼を開けた。すると彼は目の前に映る驚くげき光景に己の目を疑わざるおえなかった。
「………!?」
「無事か?悠兄?」
目の前の光景に驚き言葉を失う悠の目の前では、振り下ろそうとしている志帆の手に巻き付くマフラーをギュッと握る博臣がいた。平然を装いながらも博臣の額には脂汗が伝って流れ落ちた。
「博臣…どーしてここに?」
「理不尽に一方的に振られた挙げ句閉じ込められたから、
ぶち壊して来た」
「あぁ…なるほどな」
淡々と呟かれた彼の言葉に悠は哀れみの眼差しを向けた。そののんびりとした間の抜けた声を出す悠に、必死に志帆の行動を止めていた博臣は鋭い視線を投げた。
「おい!この状況わかってんのか!」
「あぁ…」
「頼むから俺の気を削がないでくれないか」
「俺はただ冷静に状況を見極めているだけだ」
「はぁ…そーいうことにしといてやる」
気抜けしそうな悠の一声一声に、一々突っかかるのは無意味だと博臣は大きく息を吐き出した。そして諦めた博臣は、悠に疑問を投げかける。
「で?
どーゆう状況だ…これは…」
志帆を密かにつけていたが博臣はたった今着いたばかりなのだ。現場に着いた彼が見たのは剣を振り下ろそうとする志帆の姿。ただごとではないと博臣はなりふり構わず飛び出したのだ。
この状況に困惑している博臣。そんな彼に事情を説明していいものかと悠は渋る。だが、彼の疑問に対して答えるように第3者が現れるのだった。
「…暗示よ」
場を引き締めるような凛とした一声が響き渡る。それにハッと振り向いた博臣の目に写ったのは泉の姿だった。
「…泉」
「泉姉さん」
驚く2人を他所に泉は靴音を立てながらゆっくりと近寄ってくる。そして、博臣達の目の前でその足を止めるのだった。
「暗示って…まさかっ!!」
「えぇ…
暗示を掛けたのは名瀬家よ」
彼女が零した言葉に、博臣は血相を変えた。そして彼の脳裏に浮かんだ仮説を肯定するように目を伏せた泉が小さく頷いた。
「…なぜ、そんなことをした?」
「身近にある脅威を処理したかったのよ」
「悠が反旗を翻したことがきっかけ。
些細なことかもしれないけど彼らは危機を感じた。
だから一族諸共葬ることを考えた」
「博臣の処分は志帆を揺さぶるには丁度良かった。
だけど忠誠心が強い彼女が果たして確実に命を遂行できるかは彼らも半々だった」
「…だから暗示をしたと?」
「そうよ」
淡々とした口調で説明する泉。それに対して怒りを押し殺していた博臣は憤りで肩をワナワナと震わせた。それでも頭は不思議と冷静に働いていた。
「悪いが今回ばかりは従えないな」
ぴきん、ぴきん
そう静かに呟いた博臣の身体からは冷気が滲み出る。それと共に硝子を叩いたような金属音が木霊し、周囲の温度が一気に急降下する。その光景に悠と泉は目を息を呑んだ。
空気に含まれていた水蒸気が冷やされて白い煙が漂い始める中、博臣を中心としてこの一帯に氷が張り巡らされていきはじめていたのだ。
”凍結界”
名瀬家では泉しか使えなかった能力が、博臣により解放されようとしていた。
「「…博臣」」
「俺も美月も志帆もいつまでもあんたらの背を追いかける子供じゃない」
驚く彼らを尻目に博臣はその力を志帆に向ける。
家柄・威厳なんてどうでもいい
もうこのまま黙って見過ごせない
誤っていると感じるならば正さないといけない
昔は歯がゆい思いをしながら指示に従うしかなったが今は違うのだ
博臣は掴んでいたマフラーを手繰り寄せ、志帆の手首を包み込んだ。触れた彼女の手はいつもよりヒンヤリとしていた。それを感じた博臣は怖気づきそうになりかけた己を奮い立たせた。
まだまだ当主としては未熟かもしれないがこれだけは譲れない
コイツを助けるのは俺の役目だ
「志帆、待ってろ
すぐそんな暗示解いてやるからな」
フッと息をついた博臣は鋭い眼差しを和らげると優しい眼差しで志帆を見つめるのだった。その彼の目の前では、凍結界の中に閉じ込められた彼女の身体がぐったりとする。その力が抜けきった志帆の身体を博臣は支えるのだった。
*****
殺せ…
兄をこの手で殺して自害しろ…
突如ともなく襲い掛かる負の感情の渦。一気に視界が真っ暗になり身体がまともに動かなくなった。まるで自分の身体じゃないみたいに。
殺せ…殺せ殺せ!!
真っ黒い闇の中。
その何も見えない暗闇で無情な声が脳裏に木霊する。
この環境が、この声が、彼女の精神を蝕んでいった。
抗おうとしても抗えない
いっそのことこの言葉に従った方が楽になるのではないだろうか
殺せ…
兄をこの手で殺して自害しろ…
頭をかち割るように木霊し続ける声。その声に抗うのを諦めた志帆だが突如冷たい冷気に包まれた。それを感じた途端、世界が一転する。何も見えない暗闇から真っ青な水の色に。そして澄んで透明な水の中は一筋の光が差し込んでキラキラと綺麗に輝いて見えた。
「あ…」
水の中にいるのに…
どんどん奈落の底に沈んでいくのに…
不思議と恐怖を感じなかった。
そして冷たい水のはずなのに、温かい温もりを感じた。
「……志帆」
その時、ふと頭上に聞きなれた声が聞こえた。それはもう聞こえなくなった抑揚のない機械じみた無機質な声ではなく、感情の籠った優しい声だった。その声に縋るように手を伸ばした。
斬り捨てた筈の想いが溢れだし、彼女の頬に一粒の涙が流れ落ちた。
叶うのならば貴方にもう一度会いたい
そう願った彼女の身体が光に包まれた。その光は温かく優しかった。その光にホッと安堵するように目を閉じた。
そして、彼女を包み込んだ光は掬い上げるようにゆっくりと水の中から引き上げるのだった。