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「機密文書を明け渡した?!」
泉から聞かされた事実に志帆は唖然としてしまった。そんな話を寸とも聞いていなかったからだ。彼があっさりと一族を揺るがすような大事な文書を渡すわけがないのだ。
その時志帆はまさか…と小さく息を呑んだ。泉が言った日付は丁度、未来が秋人の中にいた境界の彼方を消滅させようとした日。
その日は何をしていた?
自分は不甲斐ない自分に嫌気が差して能力を暴走させた
それを誰が助けた??
「…泉様」
繋がった出来事を動揺せずに呑み込んだ志帆は真っ直ぐに泉を見据えた。それに泉は先を促すかのように静かな眼差しを向けた。
「それは…私のせいです」
「例え貴女のせいだとしても
私情を挟んだのは博臣よ」
「それでも…私がお咎めがないのはおかしいです!
私がヘマをしなければ、彼はそのような物を安々とは渡さなかった」
「まぁ…志帆の考えも一理あるわね」
「だからッ!!
彼の処分を取り消してください!!
代わりに私が受けます!!」
考える素振りを見せる泉にもうひと押しだと、志帆は深々と頭を下げた。必死だった。自分のせいでこんな処分を受けてしまった彼に申し訳なかった。だから、自分が代われるのなら代わりたかった。その思いが通じたのかわからないが、ジッと見下ろしていた泉が重たい口を開いた。
「貴女の気持ちはわかったわ
でもこれは私の一存では決められないの」
「……そ、そうですよね」
そのご尤もな返しにしょんぼりとする志帆。だが、現実を突きつけた泉は何事もなかったように扉を開けた。
「だから…とりあってみましょ」
扉を半開きにして振り返った泉。その彼女からの思いもしない言葉に志帆は驚きながらも素直に彼女の後を追った。
はじめてだった…
いつもあの場所には泉の背後に付き添うように入っていたから…
ゆったりと中央の椅子に座っていながらも全ての決定権を持つ名瀬家の一番の権力者の前に立つことが…
その彼は泉の話を聞き終えると、固く閉ざした口をゆっくりと開いた。
「そんなに博臣の謹慎処分を取り消したいか?」
「はい!もちろんです
そのためならばどんな重たい処分でも甘んじて受け入れる覚悟です」
「そうか…」
目の前の彼女を見下ろした彼はその返事に満足気に笑みを零した。
「ならば…お主にこの1件の尻拭いをしてもらおう。
全てを無かったことにするのだ…」
「つまり…
機密文書を取り返して、持ち去った者を葬れと?」
「そうだ」
頭上に降り注ぐ、低く重たい言葉が志帆の胸に押し掛かる。その言葉に志帆は小さく息を呑んだ。
目の前の彼が命じているのは、音沙汰になる前にその者を亡き者にして闇に葬れという内容だ。
生を受けて、異界師として妖夢を葬ってきた。しかし、人を…人間を殺めたことは流石に志帆は一度もなかった。
そんな表情を青褪めて動揺を垣間見せる彼女を試すかのように目の前の彼はゾッとするほど冷たい眼差しを向けていた。
「お主はなんでもやると言ったな?」
「は…はい、確かに…」
「それを無かったことにする気か?」
「いえ…そんなつもりは…」
「なら迷う必要はなかろう。
お主は端からこの命を放棄する選択肢を持っていないのだからな」
歯切れが悪い志帆に対して、目の前の男は言葉を畳み掛けた。その正論の言葉に志帆は言い返すすべは持っていなかった。
「その責務…全うさせていただきます」
意を固めた志帆はグッと顔を上げるとまっすぐ彼を見据えて、恭しく一礼した。だがここであることに気づく。普通それは彼らがやることだ。万が一の情報漏えいを防ぐために。なら何故、彼らはその機密情報を明かしてまで自分に後始末を命じたのだろう。
「あの……」
「なんだ??」
「誰が持ち去ったのかもしかしてもうご存知なのですか?」
彼が発する圧に耐えながらも志帆は恐る恐る尋ねる。それに、その問いを待ってましたとばかりに口角を男は上げた。
「瀬那悠だ」
「……!?」
「お主の兄が楯突こうとしている。
妹のお主が対応するのは当然だろう?」
ガツンと鈍器で殴られた気分だ。一瞬のうちに真っ白になってしまった頭は上手く働かない。ただ、これだけは呑み込めた。
薄々感じていたが、死んだと思ってた兄が生きている
そして名瀬家に反旗を翻した兄をこの手で自分が殺めねばならないことを
何故…
何故…
思考が上手く回らない志帆の耳に無情な声が降り注いだ。
だが割り切ってしまえばその後は驚くほど呆気なく事が進んだ。実の兄を殺そうとしているのに、感情が綺麗サッパリ消えたかのように頭は冷静に働いていた。
兄の懐に入り込み、味方についたと錯覚させ
隙を狙って機密文書を取り戻し、彼を殺す
カキンッ!!
金属音が鳴り響く。それと同時に悠が体勢を崩した。その隙を狙って志帆は彼を床に叩き落とした。
グハッ…
呻き声を上げた悠を見下ろしながら志帆は両手を勢いよく薙ぎった。その手に連動するように床から鎖が出現し、悠の四肢に巻き付き彼の動きを封じ込めた。そんな彼の上に志帆は馬乗りになった。
ようやく彼の自由を奪った
目的完遂まであと少し…
志帆は懐に隠していた短剣を取り出し、目の前の彼の胸元に剣先を突きつけた。
後は手に持つ剣で彼の心臓を一突きするだけ…
一突きすればすべてが終わる…
一突きするだけで任務は達成なのに…
頭ではわかっているのに、理解しているはずなのに、志帆が持つ剣はカタカタと小刻みに震えていた。