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「強くなったな、志帆」
身動きしてもビクトもしない志帆が作り出した鎖で拘束された悠はふわりと微笑んだ。そんな彼の瞳に映るのは、俯いて唇をギュと噛み締めて悲痛な表情を浮かべ、今にも泣き出しそうに瞳に涙を溜めている志帆だった。
「殺れよ...」
ガタガタと小ギザミに震える志帆の両手に握られているのは短剣。その刃は真っ直ぐに悠の左胸へ構えられていた。
この状況に対して、裏切ったのに表情を何一つ変えることなく優しく微笑んで自分を包み込んでくれる悠の態度に、志帆は堪えている嗚咽が漏れ出しそうだった。
なんで??
どうして??
「志帆に殺されるなら本望だ」
刺すのを躊躇する志帆に悠は柔らかく目を細めた。そんな彼の優しく温かい音色に志帆は抑えていたものが少しずつ漏れ出した。
「...ッ!!
で...出来ないよ」
ポタポタと志帆の青い瞳から大粒の涙が溢れ出す。その滴は悠の頬に落ちるのだった。思わず悠は志帆に手を伸ばそうとする。しかし、拘束されているため妹の涙を拭うことは叶わず悠は顔を歪めた。
「志帆」
「命令だからって割り切れない!
だって…私にとってかけがえのない家族だから」
ガクガクと肩を震わす志帆は言葉を吐きだした。感情を高ぶらせた志帆は無理だと目をギュッと瞑って大きく首を横に振る。そんな彼女を見ていたからかだろうか、悠の心情はとても穏やかだった。
「志帆、良く聞け」
泣きじゃくる幼子を落ち着かせるように、悠は優声色で諭し始める。
「名瀬家に盾突いたものは例え家族でも敵だ。
どんな敵であろうとも名瀬に害を及ぼすものを排除するのが、瀬那家に架せられた役目だ。」
「わかってる!!わかってる!!…ッけど!!」
「じゃあ殺れよ!
命令を完遂すればお前は今まで通りの生活に戻れるんだぞ!!」
「…それは違うよ、悠兄さん」
声を荒げて志帆は頑固に渋る。その様子に痺れを切らした悠は思わず声を大にして叫んだ。だが、その言葉に志帆は力なく首を横に振った。
「命令に背こうと完遂しようと…
私は殺される…
もうあの日常には戻れないんだよ」
「…?!?!」
志帆の口から吐き出された言葉に悠は己の耳を疑った。対して、絶句する悠の滅多に見れない表情に志帆は寂し気に笑みを浮かべた。
薄々と感づいていた
あの時、博臣の謹慎を解く代わりに命じられた命を聞いてから
全ての真実を知った者を傍に置いて活かしておくほど、甘い連中ではない
…彼らが謀ったのは同士討ちだ
兄が反旗を翻したのだから、妹も同じ思考に陥る可能性が否めない
だからこそこれを機に一掃してしまおうと上層部は考えたのだろう
「…もう私にはっ、帰る場所がないの!!」
もう戻れないのだ、大好きな彼の隣に
「ねぇ、悠兄さん?
私はどうすれば良かったの?何を間違えたの?」
涙を流して悠に志帆は問いただした。それに悠は答えられず押し黙った。そんな彼に志帆は畳みかけた。
「悠兄さんがやろうとしていることは間違ってないと思う…
でもっ!!
悠兄さんがこんなことを起こさなかったらっ!!
平穏な日常は少なくとも保たれてた!!」
「…悪い」
「何が悪いの!!」
「俺の読みが甘かった。
側近という立場を失いたくないはずだと、高を括ってた。」
悠は悔し気な表情で呟いた。ギュッと唇を噛みしめて、拳を力いっぱいに握りしめる姿に、憤りをぶつけていた志帆は押し黙った。
「俺は…ただ…
幸せそうに笑う志帆を見たかっただけなんだ」
「どっ…どういう…こと?」
悲痛な表情を浮かべる悠に対して、上手く呑み込めない志帆は蒼褪めた表情を浮かべていた。そんな彼女に悠はポツリポツリと本当の目的を吐き出すのだった。
「最初はな、復讐心で一杯だった」
虐げられ闇に葬られた一族のままでも別に良かった
楽しく平穏に日常を送れれば
だが日常は呆気なく崩された
目の前で両親は死に、自分は殺されかけた…
自分にはこのまま何事もなかったように振舞うなんて無理だったのだ
己の境遇を恨んだ
そして、一族を側近に置きながらも疎まし気に思う名瀬を憎んだ
逆に己の立場に歯がゆさを覚えた
泉を支える立場であるにも関わらず、何もできなかった己の無力さに
だからこそ変えたいと思った
どんな手を使ってまでも
「でも、その時ふと浮かんできたのは何も事情を知らない志帆や博臣や美月だった」
好きだったあの場にいるのが
だからこそあの場を壊したくなかった
でも、この境遇のままではダメだ
何か一手を打たなければいけないと
「そう思った俺は、古い慣習やしきたりにこだわって頭が固い連中を一掃すればいいという考えに行きついた」
名瀬が全員悪いわけではない
だったら、この現状を強引に変えてしまえばいい
そうすれば…
「お前も博臣も家柄なんか気にする必要はなくなるだろ?」
呆ける志帆に悠は悪戯顔を浮かべて見せた。その顔を見て志帆はカァッと顔を赤くした。全て兄である悠にはお見通しだったのだ。想いあっているにも関わらず、家柄に囚われて足を踏み出さない自分たちを。
「…知ってたの?」
「筒抜けだ、バカ」
驚く志帆に悠は鼻で笑ってみせた。その悠の表情に志帆は目尻を下げた。悠のホントの想いに志帆の胸は一杯だった。
志帆は握っていた手の力を緩めようとする。
もうこの短剣は必要ない。
こんなにも自分を想ってくれる兄を殺めるなどできない
「逃げよう、ココから
誰も私達を追ってくれない場所に」
兄妹で仲睦まげに生きていけばいいのだ
そう思った志帆。だが、頭を叩き割るような頭痛に頭を抱えた。
殺せ…
兄をこの手で殺して自害しろ…
脳裏に流れてくる声に志帆は声にならない悲鳴を上げた。その尋常でない彼女の様子に悠は切羽詰まった声で志帆の名を呼んだ。
「志帆!!志帆!!」
だが、志帆は悠の声に反応することはなかった。焦る悠は身を捩る。が、一向に拘束は外れない。この状況におもわず舌打ちをする悠の目の前で、何事をなかったように志帆が顔を上げた。
「志帆!平気…」
体調を案じて言葉を掛けようと思った悠はその先の言葉を失った。何故なら、キラキラと輝く青色の瞳が光を失い虚ろになっていたからだ。