徐々に動き出す歯車
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目の前の惨状が嘘と願いたかった
背を丸めてゴホゴホと吐血する彼の背に容赦なく飛び込んできた半妖は鋭利な爪を突き刺すのだった。
彼の苦痛な呻き声とともに大量の鮮血が飛び散った。
その瞬間的な出来事が非現実的で、事情を瞬時に呑み込めなかった少女の青い瞳にはその一部始終がモノクロでスローモーションに見えた。
彼の顔からは血の気が失せ、半妖に抉られた傷口からは徐々に血が溢れだし彼の周囲に血の海を作っていく
その光景を目の当たりにした少女は青ざめた表情で力を奮い立たせて立ち上がると銀色の髪を靡かせて彼の元に駆け寄った。
徐々に冷たくなっていく彼の体温が、これは夢ではなく現実だと少女に突き付けた。少女は泣きじゃくりながら縋るようにピクリとも動かない彼の手を握りしめた。
博臣…博臣…
か細く震える声で少女は嗚咽を漏らすながら彼の名を紡ぐ。
置いていかないで…
私を1人にしないで…
お願い、その目を開けて
少女は震える唇で言葉を漏らした。。そんな少女の心にドッと押し寄せるのは彼を失う恐怖だった。その渦のように押し寄せる突き落とされるような感情と同時に胸がギュッと締め付けられる感覚を覚えた少女は自覚する。
彼がいない生活なんか考えられないと…
彼が隣にいるからこそ些細な事ですら色鮮やかに映るのだと
知らない内に彼の存在は少女の心の中を大きく占めていたのだ。
好き…好き…
大好きだよ…博臣
少女は絞り出した声でそっと心に浮かび上がった言葉を呟くのだった。
今から3年前の1件をきっかけに少女の心の中で目の前の彼の立ち位置が豹変する。
気を許せる幼馴染であると同時に将来仕えるべき主から
絶対に失いたくない愛おしい存在へと
*****
名瀬の当主である泉からとある任を受け持った少年と少女は電車を乗り継いでとある無人駅に降りていた。
不死身と呼ばれている半妖…神原秋人
一部に異界士の間で噂として広まりつつある半妖。騒ぎになる前に保護もしくは始末してくるのが今回二人に与えられらた任だった。
「わぁ〜なにもないわね」
降り立った駅の周囲を赤い瞳で見渡した一人の少女がボヤく。名瀬家の末っ子である美月は、二人に与えられた任をちゃっかりと聞き、兄の博臣の過保護とも解釈できる制止もきかずに勝手について来てしまったのだ。二人が彼女の存在に気づいたのは電車の扉が既に閉まった後。帰れとは言っても彼女が大人しく従うわけがなく、結局美月も含めての任務となったのだ。
「まぁ身を隠すにはいい場所なのかもしれないな」
人気があまり感じられない長閑な田舎の風景が広がる周囲を一瞥してポツリと博臣が呟いた。
駅の目の前に広がる海の小波の心地よい音が鼓膜を刺激する中、ガサガサと異質な音が響く。それは近くに生えている茂みからの音。瞬間的に3人は音の方に目をやる。一体何が出てくるかと緊張感を持った3人が固唾を呑んで見つめる中、出てきたのは小さい妖夢だった。
「…妖夢??」
「俺たち異能の力に気づいて出てきたんだろ?
先を急ぐぞ」
フッと緊張を解いて息をつく美月の脇を博臣が通り過ぎていく。それに続こうと美月も足を踏み出す。が、唯一博臣と同じようにこの任を受けていた少女は立ち止まったままだった。吹き付ける潮風を感じながら彼女は訝し気にある一点へ青い瞳を向けていた。
「…志帆??どうしたんだ?」
呼ばれた少女…志帆はその一点から漂う気配に不審に思いながらもその場に背を向けた。張りつめていた空気を和らげた志帆は不思議そうに足を止めて見ている博臣と美月の脇を通り過ぎる。
「ごめん、なんでもない
先を急ごう」
軽く詫びを入れ志帆はそのまま歩き出す。その志帆に遅れないように博臣と美月が慌てて追いかけた。
本当は駅の柱に身を隠している人物が不審で仕方がない。が、今は半妖を探すのが先決だ。後ろ髪引かれる思いだが、害がないことを祈りつつ志帆はその場を後にするのだった。
「随分静かね」
「あぁ、異界士の気配もない」
緑が生い茂る木々の間の道を3人は通り抜ける。いつでも何かあっても対処できるように警戒を怠らずに歩いていた3人はポツリポツリと喋りだした。
「でもどうするつもり?不死身なんでしょ?その半妖」
「まだ不死身と決まったわけじゃないわ
泉さまはそう呼ばれてるって言ってたしね」
「まぁ、強い故に尾ひれがついてるんだろ」
「そうね…」
率直に疑問に思ったことを美月が不安げに口にする。その美月の言葉に前を見据えたまま淡々と志帆と博臣が述べる。その言葉に相槌を打った美月は手元に持つ写真に写る少年をジッと眺めた。
「確かにこの写真を見る限りでは…」
歩きながら難しい顔をする美月の続きの言葉は志帆が彼女の前に腕をサッと上げたことで呑み込まれた。ハッと顔を上げた美月の視界に映ったのはさっきと違い険しい表情をして道の下を見る志帆と博臣の姿だった。
「情報によると恐らくあそこね」
「…あぁそうだな
お前らはそこで待ってろ」
「え?あ…ちょっと!!」
二人が見下ろすのは一軒の家。が、次の2人の行動は一致しなかった。見つけた途端1人勝手に博臣が突っ走っていってしまったのだ。その勢いに志帆は反応するのが遅れみすみすと博臣の独断の行動を許してしまった。
はぁ~~と深く息を吐きガクリと肩を落とす志帆に美月は既に見えなくなった兄の後ろ姿の残像を見ながら不思議そうに尋ねる。
「兄貴、なんかあった??」
「私も詳しくは知らないんだけど…
最近余裕がなくて凄く危なっかしい…」
志帆は最近の博臣の葛藤に対する行動に危機感を覚えていた。名瀬の長男である彼はどうしても現当主の泉との力の差を嘆いていた。才能がある泉との力の差を少しでも詰めようと躍起になっている彼は酷く危なっかしくて見てられない。
「ふーん
で?どうするの??」
「どうするの?ってこのまま待っていられないからもちろん追うよ」
「志帆ならそう言うと思った!!」
ウキウキとする美月を横目に志帆は何度目かわからない深い息をつく。本来ならばこの場に残していきたい。が、好奇心旺盛で普段お留守番している彼女がそのまま納得して留まるわけがない。それに先日泉に二人のことを頼まれているからこそ志帆は美月から目を離すことができなかった。
「美月、一つだけ約束して」
「なに??」
「危険なことには首を突っ込まないで私の指示に従うこと」
「……」
「わかった??」
不服そうな美月だが、有無を言わせない志帆の強い口調に根負けし渋々頷くのだった。その美月の様子を見ながら、追いかけようかと志帆は美月を促す。そんな二人の頭上からカサカサと葉が擦れる音が聞こえてくるのだった。その音に頭上を不思議そうに見上げる美月と志帆。すると、美月の額に何か小さいものが降ってくるのだった。
「いてッ…」
「人??」
額に落ちてきたものがなにか確かめる美月の横で、志帆は木々の枝を飛び移って立ち去る一人の女性の後姿を確認した。一体彼女は何者なのだろうかと思いながら、美月の手元を志帆は覗き込んだ。
「なにこれ??」
「血??呪われた??」
美月が持つカプセルを志帆は見る中、美月の脳裏にポツリと単語が浮かび上がる。その単語を独り言のように美月が口に漏らすと、すかさず志帆が反応した。
「美月??」
「え…なんか唐突に思い浮かんで…」
美月も事情が呑み込めず困惑した表情を浮かべていた。が、すぐさま美月はそれをポケットに仕舞い切り替える。
「志帆!それより追いかけましょ!」
「そうだね、一先ずその件は後回しにしよう」
そして二人はこの1件を保留にして、半妖の元に行った博臣を追いかけるのだった。