徐々に動き出す歯車
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「ねぇ!美月」
とある部活の日、突如手元の本から目線を上げた志帆は隣で黙々と本に目を通す美月に声をかけた。
「なに??志帆」
志帆の声に不思議そうに美月は顔を向ける。
「久しぶりにお茶しない??」
志帆からの滅多にないお誘い。美月が首を振る理由なんて全く無く、直ぐにコクリと頷く。
そして、二人はあるこじんまりとしたカフェに来ていた。内装一つ一つがお洒落で、この場にあった音楽が静かに流れていた。
「いい場所ね」
「ココ見つけた時に、美月と来ようと思っていたんだよね」
席に腰を下ろした美月がカフェの雰囲気に居心地の良さを感じる。
ほんの少しだけだが表情が綻んだ美月に志帆は好感触を抱き嬉しそうに笑みを浮かべた。
美月は少し恥ずかしそうにすると、紛らわすように目の前のパンケーキを切りわけパクリと口に運んだ。
瞬間、美月の表情が緩んだ。美味しそうにパンケーキに手を伸ばし食べていく美月を頬杖しながら志帆は見ていた。
「最近美月の表情が豊かになって、おねぇちゃんすごく嬉しいよ」
志帆のポツリと漏らした言葉に、美月はビクリと手を止めた。顔を上げた美月の瞳に映ったのは、慈しみのある表情を浮かべる志帆の姿だった。
「まさか志帆の口からそのような言葉が出るなんて」
拍子抜けしながら、美月は出てきたヤキイモに対して一口サイズに切ったパンケーキをおすそ分けする。
「ずっと見てきたわけだし良いでしょ」
ニコリと笑った志帆に、恥ずかしさで美月は眼をそらした。心がポカポカとするこの温かい気持ち。年が近かかったため、どちらかと言うと実の姉の泉よりも一緒にいる時間も長かったし、心も許していた。美月は志帆のことをホントのおねぇちゃんみたいに思っていたのだ。そんな彼女からの思いがけない言葉に、表情が無自覚のうちに変わっていたのだと気づいたと同時に心配掛けていたのだと申し訳なく感じた。
「いやぁ栗山さんと秋人に感謝だよね」
嬉しそうに美月の変化を語る志帆だが、内心は複雑だった。ずっと一緒にいたのに、実際に変えてくれたのは未来や秋人だったんだから。嬉しさの裏側に、己の無力さを感じた。
それと同時に、思い出されたのは幼少期の美月の境遇だった。
「確かに名家の自覚は大切かもしれないけどさ、無理に人との間に壁なんて作る必要なんかないと思うな」
「志帆だって作ってるじゃないの?」
自分だけではないだろうと頬を膨らませ口を尖らせる美月を横目に志帆は目の前にあるグラスを手に取る。
「私は単に距離を縮める時間が無いだけ」
他人ごとのように淡々と言い放つと志帆は、ストローでグラスの氷をかき回し紅茶を飲んだ。
そんな飄々としたの志帆の態度に釈然としない美月は言い返してやろうとイタズラっぽい笑みを静かに浮かべた。そんな彼女の様子の変化に志帆は全く気づく素振りが無かった。
「そういえば、なんで志帆って兄貴のことが好きなの??」
静かに爆弾を投下した美月の一言に、紅茶を飲んでいた志帆は驚くように目を見開くとゴホゴホとむせた。
「な…なんのことかな??
お姉ちゃんには全く見に覚えがないんだけど」
「しらばっくれたって無駄よ
私の眼を誤魔化そうだなんて、100年早いんだから」
「ホント、名瀬の人間ってこうも喰えない性格してるわけ?」
何もかもお見通しだという美月の言葉に志帆は肩を落としてげんなりする。そんな彼女のことなんかお構いなしに美月は質問の答えを促す。
「で??私の質問の答えは??」
ジッと目を逸らすことなく美月は志帆を凝視する。答えを聞くまでこれは解放されないなと美月の態度で直感した志帆は大きく息をついた。
「なんで...だろうね?」
志帆は頬杖をつき、グラスの中のストローを無意味に動かし中の氷をカランカランと鳴らした。そんな行動をとる志帆の表情に、美月はハッと息を呑んだ。柔らかく目を細め、ほんのり頬を染めた志帆は誰かを想い焦がれるような乙女の表情に見えたからだ。
「知らない内にさ惹かれてたんだ」
志帆は手を止めると美月の方に顔を向け、ふんわりと微笑んだ。窓から射し込む茜色の光は彼女の顔を更に色っぽく魅力的にさせるのを助長した。
なんで?どうして?って思ったことはいくらでもある
あんな度がつくほどに妹の美月が一番のシスコンを好きになるなんて
面倒臭い事しか起こらないって
でも、アイツの心の支えになりたいって思っちゃったんだ
表向きでは名家の長男として有望視され、幹部となって、それに見合った大人になろうとカッコつけて背伸びして
異界士の顔はキリッとしてて、テキパキと状況を分析してどんな物事も冷静に対応して
普段もさ悩みなんてなさそうに軽薄で飄々としてるけど...
ホントはさ凄く苦労しててさ
才能のある姉との差に葛藤したり
己の無力さに嘆いたり
誰かのために虚勢を張り強がって自分だけ傷ついて
妹の為に影で頑張る
泥臭いけど藻掻いて苦しむ人間味のあるアイツに
知らない内に惹かれてたんだ
見たことのない志帆の表情に圧倒され美月が言葉を失う中、脳裏の記憶を探っていた志帆はあるきっかけを思い出す。
「そうだな...
一番のきっかけはあの時かもしれないな」
そうぼやいた志帆は先ほどと打って変わって、表情に影を落としていた。
「...あの時って??」
「3年前に初めて秋人に会ったときだよ」
今でも、思い出すだけで胸がキリキリと痛んだ。あんな思いは後にも先にも味わうのは二度とゴメンだ。でも、あの一件があったからこそもしかしたら己の気持ちに気づけたのかもしれないと志帆は改めて感じたのであった。
志帆の言葉で美月はあの時が何のことか理解したする。そして脳裏に即座に鮮明に出て来るシーンに悲しげに眉を顰めて俯くのだった。