徐々に動き出す歯車
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普段、一緒に登校したくない美月に置いてかれる博臣は朝の日課がある。
それは、夜寝るのが遅いのにもかかわらず朝が極端に弱い志帆を起こすこと。少し前までは前日に明日学校に来るか来ないかの連絡を貰い、来る日のみの役割だった。だが、今は毎日登校しているため連絡は来ることはない。それでも博臣は継続して志帆を起こしに家まで赴いていた。
少し歩いた道の先にのこじんまりとしたアパート。錆びれた階段を登り2階へ来た博臣はあるドアの前で足を止め、インターホンを押した。
ピンポーン
「................」
ピンポーン
「.......ダメか」
全くドアの向こうから反応が見られないのに博臣は小さくため息を漏らすと、ポケットから鍵を取り出し鍵穴に差し込んだ。
ガチャリ
スペアキーで開けた博臣は、薄暗い玄関に靴を脱ぎ捨て真っ直ぐに家主が寝てるであろう場所に向かう。
案の定、カーテンは締め切られておりベッドには大きな膨らみが見えた。
ひとまず博臣は問答無用にカーテンを勢いよく開ける。すると一気に室内は朝日が射し込み明るくなる。
「う....うーん」
あまりの眩しさにベッドに寝ている志帆は呻き声をあげながら体勢を変えて窓に背を向ける。
「志帆...いい加減起きろ
遅刻するぞ」
バサ!!
博臣は、志帆に覆いかぶさっている布団を剥ぎ取った。
するとそこには完全無防備な志帆が現れる。
「も...もうちょい」
グルっとダンゴムシのように志帆は膝を抱え込み身体を丸める。
「ダメだ!!」
愛くるしい志帆の行動に、博臣は頷きそうになるのをグッと堪える。
だが、全く聞く耳を持たない志帆はもう一度夢の中へ入ろうとするが、当然博臣が許すはずが無い。
「ハァ〜〜〜」
盛大に博臣はため息をすると、最終手段を繰り出す。
そろそろ夢の世界へ旅立とうとする志帆のかすかな意識で感じたのは、全身がヒンヤリとするものに包まれたこと。そして、首筋に生温い吐息が吹き付けられていることだった。
その事実に志帆の頭は一気に覚醒する。
こんな事する奴なんてただ一人しかいないんだから。
「えっと...博臣??」
「なんだ??」
「これ、どういう状況??」
「なかなか起きないから添い寝しようかと思ってな
あわよくば、このまま色々するのもありだな」
背後から抱きしめられている状況で、志帆は判断できないが、きっと彼は悪戯顔を浮かべているに違いないと冷や汗を垂らす。そんな彼女の様子を喉を鳴らしながら愉しむ彼に志帆は危機を感じ即座に行動を起こすのだった。
「わ...わかった!!起きる!!」
ガバっと飛び跳ねるように起きる志帆に、残念と言い博臣はサッと名残惜しそうに離れた。
「ほら?サッサと支度しろ」
博臣のその一言に、志帆は慌ただしく洗面所に駆け込んだ。
バタン!!
勢いよくドアが閉められ、ようやく静かになった部屋でククッと博臣が小さく笑った。
朝起こしに来る者だけが見れる特権。
我が者のようにそれを独占している博臣は、今後ももちろんこんな彼女を他のものに見せるつもりなんてさらさらなかった。
*****
下駄箱を開け上履きを取り出そうと中を覗くとそこには紙切れが入っていた。何だこれ?と不思議に思いながら志帆は上履きを取り出し履き替えローファを閉まった後にその紙切れを手に取り広げた。
下駄箱の前で立ち止まったままの志帆を博臣は遠巻きに不思議そうに見ていた。対して、紙切れに書かれている文字を目で追っていく志帆の表情は、どんどんと引きつっていっていた。完全に苛立っている…と志帆の表情を見ていた博臣の視界には遂にはグシャッと感情のままに紙を握りしめて潰す志帆が映った。
「どうかしたか??」
「別に何でもないよ」
完全に笑っていない目でニコリと笑いながら志帆はビリビリとその紙を粉々に千切っていく。塵みたいに小さく細かく千切られた紙はパラパラと地面に落ちていっていた。
そして、満足そうに紙を千切り終わると手をパンパンと叩いた。
「博臣って、私や美月に対する厭らしい視線には敏感に反応するのに、自分に対しては鈍感だよね」
悪戯顔で不思議そうに自分を見る博臣に耳打ちした志帆はそそくさと博臣の脇を通る。博臣はというと、志帆の言っている言葉が理解できず首をかしげた。そして、博臣は視線を下に向けるのだが…
「風紀委員が見たら泣くぞ」
地面に乱雑に散らばったゴミと化した紙クズを見て博臣は顔を顰めて嘆いた。
「仕事が増えていいんじゃない??」
足を止めて顔だけ向けるとぶっきらぼうに志帆は吐き捨てた。そして、今もなお一歩も動かない博臣をそのまま置いていってしまうのだった。
放課後...
「ねぇ!!なにアンタ!
急にでしゃばってきて!!」
「皆の王子様の博臣君とどういう関係よ!!」
今は使われていない人っ気がない教室。志帆は数人の女子生徒に囲まれていた。今朝下駄箱に入っていた紙切れに書かれていた通り、ここに来てみたら案の定の展開。さっきからずっと吐かれる言葉は、志帆からしたらめんどくさく、サッサと解放してくれないかなと耳障りな金切り声を右から左に流していた。だが、そんな彼女の様子が癇に障ったのか、囲んでいる彼女たちの機嫌はどんどんと悪くなっていく。
「ねぇ!聞いてるの!!」
「…聞いてるけど」
「アンタのその態度が気に入らないのよ!!」
志帆の飄々とした態度が気に入らないと中央に陣取っていたリーダー格の女子生徒が片手を頭上に上げる。ただただ目の前の彼女が気に入らなかっただけ。だが、手を上げてしまった彼女はこの時すでに過ちを犯してしまっていたのだった。
バシ!!!
「…!?!?」
振り下ろされる手首を志帆は表情を全く変えずに意図も簡単に掴み静止させたのだ。それに彼女は眉をピクピクと動かし明らかに動揺を示した。何か化け物を見たような強張った表情を浮かべ、後ろ足で下がろうとする。が、そんな彼女の行動などわかっている志帆が逃がすはずがなくギュッと手首を掴む力を込めた。
「…イッ!!」
「よってたかって楽しかった??」
グッと顔を近づけた志帆は真っ黒い笑みを浮かべながら喉を鳴らす。
「…!?」
「罵倒中傷なら受け流して、そのまま返してあげようと思ったのに…私の気に触れる事するなんてホント馬鹿な人…」
ガラリと表情を変えた志帆に怖気付くものの、嘆くように呟いた志帆の言葉に彼女たちは憤りを露わに吠えるのだった。
「何よ!!アンタ何様のつもり!!」
「そういう貴女は何様のつもり??」
感情を高ぶらせる彼女たちと違って、志帆の表情は感情が読み取れない無表情。抑揚がない志帆の氷のように冷たい言葉は場の空気を一気に氷点下まで下げた。見事にしっぺ返しを喰らった彼女たちは言葉を詰まらせる。そんな彼女たちに志帆はトドメと言わんばかりに言葉を吐き捨てるのだった。
「何もアイツのこと知らない癖にわかっているような口ぶりしないでくれない?」
「じゃ…じゃあ逆に貴女はわかってるって言いたいの!?」
「当たり前でしょ?
物心ついた頃から一緒にいる幼馴染を舐めないでくれる?」
狼狽えながら必死に言い返す彼女たちに、志帆は妖艶な笑みを浮かべた。表面的な彼しか見ていない彼女たちに知ったかぶりをしてほしくないのだ。別に彼を見て騒ぐくらいなら別になんとも思わない。が、今回は彼女たちにとって行き過ぎた行動だ。
「これで懲りたらこんな質悪いことをしないことね…
次やったらただじゃ置かないから」
悔しげに唇を噛みしめる彼女たちに志帆は冷酷な一声を言い捨てると颯爽と彼女たちを放置してその場を立ち去るのだった。