境界の彼方
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「なんで呼ばれたかわかってるな」
「...わかってます」
名瀬家の地下深く。呼び出された博臣は非難の眼差しを一身に受けていた。重苦しい空気の中央に立たされた博臣は、まっすぐに目の前で椅子に鎮座する祖父を見据えた。
「不法侵入を許し虚ろの影の妖夢石を奪われただけでなく、機密文書を明け渡してしまうとはな...」
「....申し訳ありません」
「誰に渡したのだ?」
祖父の追求する声に初めて博臣は視線を背けた。本来ならこのような関連で言いたくなかった名前だ。知らない人と言えればどれだけ良かっただろうか。でも、はぐらかすわけにもいかず博臣は躊躇いながら名前を口にした。
「......悠兄さんです」
「やはりそうか...
アヤツはあの事を」
だが、博臣の返答がわかっていたかのように目の前の祖父は驚く素振りを見せずに深く息を吐いていた。その落ち着いている様子の祖父に博臣は声を荒げて噛み付いた。
「あの事ってなんですか?
あれは不慮の事故じゃないんですか」
「余計な詮索は自分の首を絞めることになるぞ」
それに対して祖父は視線を鋭くさせた。その彼の静かな重たい一声に博臣は拳を握りしめ、グッと唇を噛み締めて押し黙ざる終えなかった。そんな博臣に祖父はこの名瀬の手綱を持つ者らしく威厳を纏わらせたまま、博臣に言い渡すのだった。
「博臣...
お前には暫く謹慎処分を下す
その間は能力の使用も禁じる」
いつになく重たい処分。でも、それ相応の事をやらかしたという自覚はあったため博臣は素直に受け入れた。
*****
「秋人...」
病室のベッドで静かに眠る秋人を志帆はジッと見ていた。そんな彼女の手には赤い眼鏡が握られていた。普段ならもうケロッとしているのだが、やはり境界の彼方が抜けて不死身で無くなった今、意識を取り戻すまでにはだいぶ時間がかかるらしい。
「まだ目覚めない??」
「やっぱり代償は大きいみたいだね」
遅れて病室に入ってきたのは美月。心配そうに美月はベッドに近づくと、志帆の隣にパイプ椅子を持ってきて腰掛けた。
「....栗山さんは??」
そう投げかけた美月の視線は志帆の手元に向けられていた。志帆が持っているその眼鏡は栗山未来のもの。凪の後に姿を見せない未来は、一体どこにいるのか?無事なのか?どうして志帆がその眼鏡を持っているのか?いつになく不安げに瞳を揺らす美月にゆっくりと志帆は視線を向けた。
「全部話すよ...包み隠さずに
美月には、全てを知る権利があるから」
悲しげに美月に微笑んだ志帆はポツリポツリと話しだした。
秋人の中にいたのは””境界の彼方”だということ
その”境界の彼方”を倒すために栗山未来が呼ばれたということ
そんな二人の様子を監視し報告する。そして未来の手伝いをするのが志帆の役目であったこと
志帆は知ってることを全て話した。
「なんで...なんで言ってくれなかったの!!」
ずっと黙って美月は、志帆の話を聞き終えるとしゃくりあげるように声を張り上げた。そんな感情を露わにする美月を志帆はただ無表情で見ていた。そして志帆は美月に対して淡々と抑揚のない声で聞き返した。
「なんでって...
言って相談したとして何か変わった??」
志帆は冷たい言葉を美月に浴びせながらも、悲痛な表情を浮かべていて、美月はそんな彼女を見て押し黙ってしまった。
「結局、泉様の判断は正しかった。
どのみち境界の彼方を消滅させないといけなかった」
唇を噛み締め悔しそうに寝ている秋人を見て志帆は呟いた。
「美月はどっちを選んだ??
秋人??それとも栗山さん??」
「……………」
「ほら…決められないでしょ?」
黙ったままの美月に、志帆はそう言い残すと病室を静かに立ち去るのだった。
「何よ…志帆だって決められなかった癖に」
独り残された美月は先程の志帆の表情を思い浮かべ顔を歪めた。どんなに取り繕ったって美月から強がってるのがバレバレだった。
ところ変わって、名瀬の屋敷...
幹部以上しか入ることが許されない地下の長く続く廊下を泉と博臣は歩いていた。二人分の足音しか聞こえない中、博臣は意を決して泉の背に疑問をぶつけた。
「...泉姉さん
悠兄に何があったんだ??」
「さぁね...知らないわ」
だが、泉は視線を前に向けたまま白を切った。その彼女の言葉に信じられないと博臣は足を止め声を荒げた。
「嘘だ…
誰よりも泉姉さんは悠兄と一緒に居たじゃないか!!」
「確かにそうかもしれないわね」
背後に足音がしなくなったことで必然的に泉も足を止めた。だが、これ以上博臣の問に答える気はないと泉は一方的に話を切り上げると、彼の行動に関して嗜める言葉を言い捨てた。
「反省して悔い改めなさい
貴方の行動一つで名瀬家は失墜してしまうかもしれないのよ」
「確かに今回は、軽率な行動をとってしまったかもしれない
でも、俺はこの選択に後悔はしてない」
「そんな考えで務まるほど甘くないわよ」
拳を握りしめ博臣はどんな事があっても揺るぐことがない本心をぶつけた。その考えに対して泉は甘すぎると吐き捨てると彼を置いて歩き始めるのだった。
「わかってる
でも...俺はッ!!
組織のために大切な存在を捨てたくない」
泉の言っていることは正論だ。それでも博臣はこの考えだけはどうしても捨てたくないと悔しげに吐露するのだった。
*****
長い廊下を渡った一番奥の先に佇む厳かな扉。その扉に泉は手を翳すと、淡い青い光の紋様が浮かび上がりカチャリと鍵が外れる音がする。その音に、足元に視線を落とし、大人しくついてきていた博臣はゆっくりと顔を上げた。
「入りなさい」
鍵が開いたのを確認した泉は、その重たい扉を押し開けると、後ろにいる彼に声をかけた。
「泉姉さん…
一つ頼みがある」
「何かしら?」
泉は扉を半開きにしたまま一向に入ることなく立ち止まり俯く博臣に視線を投げた。
「このことは志帆の耳に入れないで欲しい」
志帆のことだ。事情を知ったら何かしらアクションを起こしかねない。それを博臣は阻止したかったのだ。だが、泉の発した声はとても冷たかった。
「ごめんなさい
…それは約束できかねないわ」
その声とともに、博臣は背中を思い切り押されてしまう。押された博臣は意図せずに部屋の中に足を踏み入れてしまった。それと同時に扉の鍵が能力により閉められる無情の音が響く。
「…泉姉さん!!」
振り向いた博臣はどういうことだと彼女の名を叫んで扉を叩いた。だが、博臣の耳に入ったのは遠ざかる泉の足音だった。やがて、その音が聞こえなくなると、隔絶された空間らしく音一つない静寂な場になりその場で博臣はクソっと舌打ちをして崩れ落ちるのだった。その彼の右手首には能力を封じるために付けられた自力では外すことができない細い鎖が銀色に光っていた。
己のした行動に対して後悔は一切してない。この選択をしてなかったら確実に志帆の心は壊れていたから。
組織にとって、誰か一人の個人的な感情は邪魔だし、崩壊させる1要因にも成り得る。そんな理屈は博臣だって重々理解している。でも、組織のために大切な存在を見捨てるなんて出来なかった。
だが、泉の意味深な言葉が博臣の脳裏で警鈴を鳴らす。この現状がもしかして志帆にとって不利益に働くかも知れないと。
「頼む志帆…
勝手な行動を起こすなよ」
ココに来る前に美月には釘を刺しておいたから問題はないはず。もし志帆の耳に入るとしたら、泉姉さんか上層部の人間。そしてこれは恐らく避けられない出来事だろう。だったら自分はココでただ願うしかない。彼女が何かしらのアクションを起こさないことを。博臣は懇願するように声を絞り出した。
だが、博臣の願い虚しく処分を受けてまだ日が経たない内に博臣は謹慎を解除されるのだった。通常ならありえないこと。だが、博臣の中ではある確信があった。そして博臣は、部屋を出た足で真っ先にあるアパートの一室に押しかけるのだった。