凪
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「あぁぁァァァーーーー!!!!」
志帆は頭を抱え込み、崩れ落ちた。
走馬灯のように思い起こされるのは、未来の事。
最初出逢ったのは3月。名瀬泉に呼ばれて電車から降り立った未来を志帆は面倒を見るように言い渡された。それを仰せつかって、志帆は”境界の彼方”を宿す神原秋人のことを教えた。
その時は情なんて抱くわけがないと思っていた。なのに知らない内に栗山未来という人柄に惹かれてしまったのだ。全くその点に関しては、秋人と同じだ。
ここまでならまだ割り切れただろう。
だが、志帆はある書類を見つけてしまったのだ。”境界の彼方”を題材とした薄い本。それは奥深くにありホコリを被っていた。それを開くと出てきたのは一枚の絵に志帆は目を見開いた。その絵に書かれていた人は橙色の鎖を操っていたからだ。
驚いた志帆はその勢いそのまま珍しく泉に詰め寄った。その勢いに押され、言う気がなかった泉が珍しく折れた。その泉の口から聞いたのは衝撃的な事実。
”境界の彼方”の脅威を退ける方法は主に2つ。
・呪われた血を操る異界士の力
・瀬那一族の持つ”禁術の封印術”
突きつけられた志帆は暫く呆然と立ち尽くした。だが、その禁術に関することは流石の泉も知らなかった。
「…悠なら知っていたかも知れないわね」
去り際に焚きつけられた言葉は未だに志帆の脳裏から離れることはなかった。取り残された志帆は慌てて数少ない本を漁った。だが、その禁術に関する文が見つかることはなかった。
もし、その禁術が使えれば…
考えただけでキリがない。もう時既に遅しだ。
だって、”境界の彼方”は栗山未来の犠牲のもとで消滅したのだから。
すぐに意識を失った秋人を連れていかないといけない。なのに、足が動かない。意識がなにかに乗っ取られるかのように志帆は感じた。
今までこんなことないのに…
制御できない風の渦の中に志帆は囚われた。
*****
「……志帆!!」
通話が切れた端末を握りしめ博臣はひたすら走った。居場所の手がかりなどまったくない。だが、直感を頼りに走り続けた。
そして辿り着いたのは森の奥深く。足を踏み入れた博臣の視界に飛び込んできたのは巨大な竜巻だった。荒々しく侵入を拒むように風は吹き荒れた。
「どうすればいいんだ!!」
志帆の感情に呼応し暴走する風に博臣は悪態をつきながら檻を張った。檻を張ってもなお威力に押され今にも壊れそうなのを必死に意識を手繰り寄せ保つのに力を注いだ。そして一歩一歩ずつ前に足を踏み出した。
心底気に入らない
事実を知った上で尚、抱え込んだ彼女に
確かに彼女の立場上、言えなかったことがあるかもしれない
いや、ほとんど言えないだろう
世界の平和のために”境界の彼方”を倒そうと科博する名瀬家の方針
”境界の彼方”を持つ半妖の秋人と”呪われた血”を持つ異界士の未来に生きてほしいと願う気持ち
なんだかんだ異界士としては冷徹に見られることがあるが、一度情を抱いてしまったら切り捨てられない。
優しい心を持つ志帆のことだ。1人でずっと板挟みの状態の中、葛藤していたに違いない。
誰にも相談できない状況の中で…
どれだけ心細かっただろう…
力がないと、どれだけやるせない気持ちを抱いただろうか?
「志帆!!
いつまで抱え込んでるつもりだ!!」
一歩ずつ足を踏みしめながら、博臣は声の出る限り叫んだ。
ふつふつと沸き起こる苛立ち。だが、その大部分を占めていたのは彼女の傍にいながら気づくこともできず、見過ごしていた自分自身だ。気づくチャンスは何度も会ったはずなのに、彼女自身が発している些細なサインに気づけなかった。
「いい加減にしろ!!
お前だけのせいじゃないだろ!!」
「もっと頼れよ!!巻き込めよ!!」
「お前は1人じゃないだろ!!」
「俺にも背負わせろよ!!
痛みもやるせない気持ちも抱え込んでるもの全部を!!」
「……志帆ッ!!
俺の声が届いているなら答えろ!!」
渦巻く竜巻の中央に蹲っているであろう彼女に届けと博臣は叫んだ。吹き付ける風の音が叫ぶ彼の声をかき消す。それをわかった上で博臣は声をかけ続けた。すると声がとどいいたのか、一瞬渦巻く風の威力が弱まり揺れ動く。その隙を逃すことなく博臣は渦の中に突っ込んだ。
「…志帆!!」
渦の中心に辿り着いた博臣は、檻を解き蹲る彼女のいつも以上に小さく見える華奢な身体を包み込んだ。強く強く。少しでも目を離したらどこか霧のように消え去ってしまいそうな彼女を手放さないようにと。
「志帆、全部自分のせいにするな
苦しかったら吐き出せばいいんだ」
あやすように宥めるように博臣は彼女の肩元に埋めて耳元のそっと優しく囁いた。どこか甘く心地が良い優しい声音。それは黒く絶望の色で染まった志帆の心に浸透していった。志帆が混沌の闇の中で見たのは一筋の光。
何故だろう…
その光に手を伸ばせと誰かに言われている気がして、志帆は無意識に手を伸ばした。
すると伸ばしたその手は温かく包まれた。そして混沌の中に留まる志帆の身体を引きずり出した。それと同時に志帆の意識が浮上する。そして蹲った志帆が一番最初に感じたのは、他の人とは違うひんやりとした温もり。それを感じた後に感じるのは鼻孔燻る甘い匂い。その2つを感じ取った志帆は完全に頭を覚醒させた。その瞬間、渦を巻いていた荒々しい風がピタリと止むのだった。
「…博臣ッ
わ…わたし…」
傍に居たのに何も出来なかった…
悔しげに嗚咽を漏らしながら、背後から回された博臣の手を縋るように握った。その手を博臣はそっと包み込んだ。そして博臣は彼女の身体を反転させて志帆を腕の中に閉じ込めた。
「これ以上、何も言わなくていい」
何も出来なかったわけじゃない
栗山未来は少なくともそんなことは思ってないはずだ
泣きじゃくる志帆の頭を撫でて、博臣はそっと言葉を紡いだ。その言葉に志帆は博臣の制服を握りしめながら彼の白いブラウスにシミを作っていくのだった。