凪
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「境界の彼方って知ってます?」
博臣は隣でハンドルを握る藤真の方を一切見ることなく、助手席から覗ける窓を眺めていた。そこから見えるのは、海と空。だが、夕日で黄金色に染まるはずの海は青かった。その原因は、地平線の彼方に伸びる境界の彼方のせいだった。青い海面はまるで鏡のように空に浮かぶ雲が映し出されていた。
「...知ってても教える義理がない」
そんな景色から視線を逸らすことなく博臣は刺々しい言葉を吐き出す。運転する藤真は横目でチラッと隣の席を一瞥すると視線を前に戻した。一瞬投げた視界に映り込むのは白い肌でなお一層輝く銀色の光。
「あ~あ、そうカッカしないでくださいよ」
「誰のせいだと!!」
苛立ちを露わに博臣が振り向く。と、同時にガシャンと金属音が鳴り響いた。その音の正体は彼の細い手首に付けられた頑丈な手錠。それは、今にも猛獣のように飛び出してきそうな彼の身動きだけでなく彼の檻の異能力も封じ込めていた。
「手錠が装飾具のようでお似合いですよ?」
「巫山戯るな
サッサとこれを外せ」
一々神経を逆撫でしてくる藤真の軽口に博臣は怒りを押し殺した声を出す。
「その要望は受け入れられませんね」
藤真は飄々と受け流すと、世間話をするように話し始めた。
「名瀬家が何か企ててるみたいなんですが...
泉さんのガード、ホントに固くて」
「......だから俺から聞き出そうと?」
苦笑い混じりの藤真に博臣は緊張の糸を解すわけがなく目を細めた。その勘繰る博臣の視線に対して、藤真はお門違いであったと肩を竦めるのだった。
「えぇ、でもどうやら貴方も知らないみたいだ
困ったな〜
知っていそうな志帆さんには巧みにはぐらかされてしまいましたからね〜」
うーんと唸り考え込む藤真の言葉に志帆にも探りを入れていたのかと博臣は小さく内心で舌打ちした。その殺気立つ博臣に、藤真は思い出したかのように明るい声を発した。
「そうだ!
向こうに着いたら会わせたい人がいるんですよ。
僕は別に妹の美月さんでも良かったんですが、彼が貴方をご指名でしてねぇ?」
「軽々しく俺の妹の名を口にするな」
忌々しいと吐き捨てる博臣に、藤真は口角を上げて鼻で笑ってみせた。
「聞いてた以上にシスコンみたいですね?」
「...心外だな、みたいは余計だ」
フンと鼻で笑って言葉を訂正し直すと博臣は深く腰をかけ直した。拘束されているにも関わらずふてぶてしいくらい肝の据わった博臣の態度に藤真は肩書は伊達ではないと内心思うのだった。
「あ!着きましたよ?」
とある場所に車を滑り込ませ、藤真は停車させる。エンジンを切り、車内から出た藤真は助手席の扉を開ける。そして何を思ったのか、一向に外に出ない博臣をからかうように手を差し出した。
「あ?手伝ったほうがいいですか?」
「...余計なお世話だ」
手を伸ばす藤真に一睨みすると博臣は、力の入らない鉛のように重たくて怠い身体を奮い立たせて立ち上がる。そして車から出た博臣はふらつくことなく立っていた。その凛とした立ち姿に藤真は思わず口笛を吹く。
「流石、この年で名瀬家の幹部を務めるだけはある。
ただのボンボンの坊っちゃんではないようだ」
そう冷やかしを混じえながら藤真はバタンと扉を閉め、鍵をかける。
"ボンボンの坊っちゃん"
そのフレーズに反応した博臣は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、藤真はそんな彼を気にする素振りは無かった。
「コッチですよ?
あ、逃げないでくださいね?」
「...こんな状況で逃げるという浅はかな行動をとる気はない」
「賢明な判断ですね」
口元に笑みを浮かべると藤真は博臣に背を向け歩き出す。ゆったりとした足取りの彼は、全く振り向く素振りはない。その藤真の余裕綽々の背に博臣は睨みを利かした。だが、逃げ出す算段・この状態を看破できる策が思いつかない今、大人しく従うしかない博臣は、歯を食いしばり覚束ない足取りで後に続くしかないのだった。
カツカツ
二人は薄暗い廃墟と化した建物を進む。
ようやく、明かりが点った開けた場所が見えてくる。その中央には、椅子に座って机に肘を付いてよたれかかり目を瞑っている男性がいた。その人物は音に気づき気だるそうに顔を上げる。
「遅かったじゃないか?藤真?
待ちくたびれたぞ」
「いやぁコッチもだいぶ手間を取らされてしまいましてね」
不機嫌そうな声音を漏らす男に藤真は苦笑いしながらおどけてみせた。そんな藤真に男は苛立ちを露わに舌打ちをする。
「たく...
もう少しで帰ろうかと思ったぜ」
「そんな事言わないで下さいよ〜」
冗談キツイとヒラヒラと藤真は手を横に振ってみせた。そして、己の背後で微動だにしない博臣の腕をガバっと掴み藤真は男に突き出すように前に乱暴に博臣の身体を放った。
「ほら?
ご所望の博臣君、連れてきましたよ?」
ご機嫌取りのように提示された博臣は勢いに押され前のめりに。かろうじてバランスを保ち倒れるのを数歩前に出て防いだ博臣は目の前にいる人物を凝視して信じられないと目を瞬かせた。対して立ち上がった男は、白銀色の髪をかき上げると藍色の瞳を懐かしそうに細め、優しい声音で言葉を紡ぐのだった。
「久しぶりだな?博臣??」
「...悠兄!?生きてたのか!」
博臣は渇いた口を開き震えた声を漏らした。動揺する博臣に悠兄と呼ばれた男は口元に弧を描いた。彼の名は瀬那悠。彼は志帆の実の兄であり、泉が統括となったのと同時に側近に就き行動を共にしていた。だが、3年前に起こった事故で消息不明になっていたのだ。
「あぁ…
かろうじて運良く俺だけ難を免れたんだよ」
表情を変えることなく淡々と答えた悠は一歩前に足を踏み出し始める。
「じゃ...なんで...」
「ん??」
そんな悠に対して博臣は苛立ちで肩をワナワナと震わせていた。ギュッと拳を握りしめ博臣は俯いたまま掠れた声を漏らす。その博臣の声に足を止めた悠は不思議そうに彼の顔色を伺おうとする。
が、余生なお世話だと悠の行動を阻むように博臣は勢いよく顔を上げ、柳緑色の瞳をカッと見開き目の前の悠に噛み付くように声を荒げた。
「なんで直ぐ姿を現さなかったんだ!!
どれだけ...どれだけ志帆が心配したと思ってるんだ!!
ッ...俺だって!!」
悲痛な表情を浮かべている博臣に、悠は申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「わりぃな
3年もご無沙汰にしちまって…
お前にも美月にも、志帆にも心配かけたな」
バツが悪そうに悠は博臣に呟いた。だが、彼らに顔を見せる以上に悠には譲れないものがあったのだ。
「お前らには悪いと思ってる
だが俺はやらなきゃいけないことがあるんだ」
悠は強い口調で博臣に言い切った。その悠の藍色の眼差しを博臣は真っ直ぐ見つめ返しながら、勘繰る眼差しを向けた。
「悠兄、やらなきゃいけないことってなんだ??」
この状況下で疑わないほうがおかしい。悠がつるんでいるのは、博臣にとって要注意人物と言っても過言でない異界士協会に所属する藤真だ。名瀬泉の動向を探る藤真と悠はどのような繋がりなのだろうか?
信じたい気持ちと疑わざる終えない気持ちが入り混わる中、博臣は目の前の彼に投げかけた。
「一体何を企んでる?
何故、コイツと一緒にいるんだ?悠兄」
「企みねぇ〜...
まぁ実際そうなるか」
悠は、独り言のように呟くと不敵な笑みを浮かべてみせた。一瞬で纏う空気を一変させた悠は、氷のように冷たく鋭い殺気を垣間見せていた。その見たことがない悠の姿に珍しく狼狽する博臣の瞳に映ったのは、無表情で淡い橙色の光を右手に纏わせる悠だった。
「許せ、博臣」
ポツリと呟くと悠は右手を横に薙ぎった。その動作とともに壁から出現したのは淡い橙色の光を放つ鎖だった。それは空間を裂く勢いでジャラジャラという音を鳴らしながら博臣を後ろ手で拘束する手錠の鎖に絡みつくのだった。それを確認すると悠は勢いよく右手を己の方へグッと引き寄せた。するとその動作に連動するように鎖は博臣を壁の方へ引っ張るのだった。
「…グァ!!」
勢いよく引っ張られた博臣は壁に叩きつけられた。呻き声を上げ、力が入らない身体は落ちようとするが壁とほぼ一体化するほど短くなった淡色の鎖がその行為を阻んだ。頭をガクリと垂れ下げた博臣は打ち付けられた背中の痛みを逃がそうと肩で息をする。
「藤真といるのはただ単に利害関係が一致したからだ」
そんな虫の息の博臣が繋がれている壁に悠は近づいた。博臣は近づく足音が目の前で止まった頃に視線を上に上げた。するとそこにいたのは爽やかに笑う悠だった。
博臣はそんな彼を睨んだ。完全なる敵として。