交叉する運命
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「はぁ…結局会えなかったか」
会場の外に出た一同はガクッと肩を落とした。結局あの後、会場内を手分けして捜索したのだが、郁也の姿を捉えることができなかったのだ。そして、蒼の危惧した通り、雪菜からは返信が来ることはなかった。
この人数で隈なく探したのに会うことが叶わなかったことに、まさかと貴澄がある仮説に辿り着く。
「ひょっとして避けられてる?とか?」
「まさか?」
貴澄の言葉に対し、真琴は苦笑いを浮かべる。だが、その隣にいる蒼はどこか浮かない表情を浮かべていた。そんな彼女の横顔を盗み見た真琴は困ったように眉を顰めた。
「まぁ、競泳続けているのがわかっただけでも収穫だからそれで良しとする…
あぁァァァ!!」
その重たい空気を払拭するかのように、旭が景気づけようとする。その彼の手には自販機で買った炭酸水。だが、キャップを外した途端、一気に中の液体が溢れ出てしまう。
「ちょっと!大丈夫!?」
「ゴメン、ティッシュしか持っていないや」
「これ使って…」
「うわ…ベトベト」
一同が旭を心配する中、同じく拭くものを探していた遙はあることに気づく。
「会場にタオル忘れたみたいだ
悪い、ちょっと取ってくる」
「駅で待ってるから!!」
バッグに入っているはずのタオルがなかったのだ。遙は慌てて会場に駆け出す。その後に探しあぐねていた人物に遭遇するとは思いもせずに。
*****
「あれ?遙くん」
「…雪菜」
会場に戻り無事にタオルを回収した遙は、名前を呼ばれ顔を上げる。するとそこには霜狼学院大学の集団。その中で談笑していた雪菜がたまたま彼の姿を視界に捉えたのだ。
「え?雪菜、知り合い??」
「燈鷹大学の七瀬遙でしょ?」
「さっきフリー泳いでた人だよね!よく覚えてる!!」
声を掛けた雪菜の反応に対して、周りにいた皆が囃し立て始める。
「…もしかしてデキてる?」
「デキてないから」
そのうちの一人が雪菜にそっと耳打ちする。その言葉に対し雪菜は即座に否定しながら、その輪の中心から抜ける。
「私の親友の幼馴染で、仲良くさせてもらってるだけだよ」
中心から抜け、遙の傍に近づいた雪菜はそう小さく笑って言うと手を軽く上げる。
「ってことで私、遙くんと用事あるから先に帰ってて」
「「えぇぇー」」
「七瀬遙と逢引き??」
「違うって…」
「遠野に言いつけちゃうよ?」
「なんでそこでアイツの名前が出てくるのよ」
「冗談よ冗談」
「じゃあね雪菜、また明日」
遠野の名前を出した途端に露骨に不機嫌な表情を浮かべる雪菜に彼女らは愉しげに笑うと、ぞろぞろと出口の方へと向かうのだった。そんな彼らを見送った遙は、雪菜を不思議気に見る。
「良かったのか?」
「あぁいいのいいの」
たった一言で遙が申し訳なさそうにしていることが伝わった雪菜は軽く手を振って歩き出す。
「別に皆にはいつでも会えるしね。
ところで他の皆は?」
「先に駅に向かってもらっている。」
雪菜の問いかけに、遙は会場に戻った経緯を話す。その彼の右手にはもうすでに回収したのであろうタオルが握られていた。
「…そっか」
相槌をする雪菜。だが、彼女は遙の表情がいつもとどこか違うことに薄々気づいていた。
「…なんかあった?」
「え?」
「…郁也には会えた?」
ふと思い浮かんだのは蒼からの1通のメール。残念なことに彼女がそのメールに気づいたのはついさっき。郁也の居場所を教えて欲しいという簡潔な連絡。これに返信できていれば、彼らは会場中を隈なく探し回ることもなかったであろう。
浮かない表情を浮かべる彼を雪菜はそっと覗き込む。その彼女の複雑な表情を見た遙は足を止めた。
「…あぁ、さっき歩道橋で…」
遙は会場に戻る最中に偶然にも郁也と久々の再会を果たしていたのだ。だがその再会は良い物とは言えなかった。
「でも全然、郁也と話せなかった」
「あぁ…それはなんか…その…ゴメン」
「…なんで雪菜が謝るんだ?」
遙の数少ない言葉で事情を察してしまった雪菜は思わず深く息を吐きだす。そして、向き直った彼女は表情を曇らせたのだった。そんな彼女に遙は目を丸くした。
「だってどーせ日和が邪魔したんでしょ?」
「…日和?」
「郁也と一緒に居たの胡散臭い笑みを浮かべる黒メガネでしょ?」
「あぁ」
「彼が遠野日和。
蒼と郁也と同じでアメリカで知り合ったもう一人。
郁也と蒼を溺愛しすぎてセコム化しちゃってるの」
彼のことを思い浮かべ心底呆れた表情を浮かべる雪菜の様子に、遙は違う意味で目を丸くする。天真爛漫な幼馴染と違い、落ち着きがあり大人な印象を抱いていた彼女が、彼の話題になった途端に少女に見えたのだ。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
「んー、ならいいけど…」
目を丸くした彼を不思議そうに見る雪菜。だが、彼女にその表情を隠すように遙は首を小さく横に振った。蒼と違い感情のコントロールが上手い彼女のことだ。探りを入れてものらりくらりと躱されてしまうだろう。そう思った遙は詮索する気にはなれなかった。どちらかというとそういうのは自分よりも付き合いが長い蒼がしたほうが手っ取り早い。
対して、そんな遙の様子に困惑気に雪菜は眉を顰めた。
「なんかあったらまた言ってよ、遠慮しなくていいから。
郁也と会いたいなら機会作れるように計らうよ。」
「…いいのか?」
「なんで?」
「遠野は俺と郁也が会うのを嫌がってるのに」
「私は、遙くんと郁也は会うべきだと思う。だからこそその機会を作ってあげたい。」
自分はアメリカ時代の郁也しかしらない。誰に対しても一線距離を置いていて、決してリレーを泳ぐことはない。全種目を誰よりも早く泳ぐために練習にストイックで、ぶっ倒れるまでその手を止めることがなく危なっかしい。
果たしてアメリカに来る前の郁也はどんな少年だったのだろう。何か1人で抱え込んでそうに見える郁也が、遙との再会で吹っ切れてくれたらとても喜ばしいことだ。
「いつでも力になるから」
「ありがとう、雪菜」
真剣な眼差しが向けられる。芯の強い琥珀色の瞳はとても頼もしく、気持ちが俯きかけていた遙は救われたように思えた。