勝つために…
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キュッ!キュキュ!!
ダム..ダム...ダムダム...ダダダン!
パシュ!!
人気のないとあるストバスコートに聞こえてくるのはスキール音・ボール音そしてボールがネットをくぐり抜ける音。その場所には夕日に照らされバスケをする二人の影が浮かび上がっていた。
「ハァハァ…」
膝に手を置き、全身から垂れ流れてくる汗を高尾は拭う。ゆっくりと息を吐き、呼吸を整え顔を上げた。
次こそは止めてやる
脳裏に残像する橙の閃光。綺麗に弧を描くボール。それを止めるためにどう動けばいいか、イメージを膨らませる高尾。だが、振り返った先にいた本人は拾ったボールを手にしたまま一向に動くことなく、空を仰いでいた。いつもは真っ先に早くと急かすのに。結われているマリーゴールド色の髪が小さく揺れ動くまま。彼女が動く素振りがなかった。それを不思議に思った高尾は思わず口を開いていた。
「どうした?」
「ね…かず。お願いがあるんだけど…」
暫く静寂な空気が流れる中…ふと聞こえるかすかな声。空を映していた緋色の瞳はいつの間にか真っ直ぐに高尾を見ていた。しかし普段芯のある澄んだ緋色の瞳が小さく揺れ動いていた。その瞳にただ事ではないと悟った高尾は姿勢を正した。
「お願いって?」
「私の練習に付き合って欲しいんだ」
「練習?急にどうしたんだよ」
先ほどとは違うただならぬ雰囲気を纏う彼女からの急な頼みに高尾は目を見開いた。現役だったころとは違い、今彼女はマネージャーだ。それに加えてバスケを長らくやっていなかったのかと思うくらい彼女のバスケは洗練されてもいる。それなのに何故、彼女は今になって練習をしたいと言ってきたのか。
疑問を抱く高尾から視線を逸らし目を伏せた美桜は淡々と話し始めた。
「ねぇ?キセキの世代の主将知ってる?」
「赤司征十郎だっけ?」
「そうそう。彼は洛山に行ったんだけど...この前のIHには出てないんだ」
「は?洛山ってIH優勝したよな?出てねぇーの!?」
「出てないんだ。それだけならまだしも準決勝・決勝はキセキの世代は誰も出ていないんだよ」
美桜自身も桃井からその情報を聞くまで知らなかったことだ。桃井は海常戦で手首を故障した青峰のことを案じて、その後の試合に出させないように頼んだ。恐らく、このことは赤司にとっておみ通しだったのだろう。そして紫原は赤司の言うとこは素直に聞く。だから、今回のIH青峰・赤司・紫原…参加校に所属するキセキの世代が誰も出ないという構図ができあがったのだろう。つまり、赤司無しでも洛山は十分強いのだ。
桃井の話を聞いてから美桜はずっと考えていた。果たして、今まで通りの練習を続けていってWCで優勝できるのか…と。答えは否だ。遅かれ早かれキセキの世代が所属するチームとは当たることにはなるだろう。他のチームとは互角の試合を展開できるかもしれないが、洛山の場合は赤司の厄介な能力を攻略しない限り無理だ。
「彼は天帝の眼っていうものも持ってるの。その目は、かず並の広い視野を持ち、相手の行動を先読みできる。そんな特異的な眼を持つ彼は、意図的にアンクルブレイクを起こす。」
「....まじで」
「だから1on1を彼とやるとアンクルブレイクで体勢を崩されてしまう。そして行動を読まれてしまうから彼の前ではどんな攻撃も防御も通じないんだ」
美桜の口から告げられる衝撃的な事実に動揺を隠しきれない高尾は、落ち着こうと深く息を吐き出す。キセキの世代の実力も、現段階の秀徳高校の実力も、双方を知っている彼女がそう言うのだ。このまま対策をせずに行ったら勝機がないのだろう。だからこそ彼女はなにか策を取ろうとしている。その事実を知った高尾はやれやれと肩を軽く竦めてみせた。
「...で美桜、何を練習するんだ?」
「アンクルブレイクをできるようにしたい。少しでも勝てる確率を上げたいんだ。秀徳の力になりたいの。」
少しでも秀徳の皆の力になりたい
そのために自分ができることをやりたい
美桜の心の中でそのような感情が芽生えていたのだ。
そんな彼女が考えた結果思い浮かんだのは、赤司のできることを身につけて、少しでも皆に慣れてもらい対策を練ってもらうことだった。少なからず、赤司には及ばないものの先を見る能力が備わっている。ということは、赤司にできることは自分にもできるはずだと美桜は考えたのだ。
「ねぇ?かずがIH予選トーナメントで負けた後に私に言ってくれた言葉、覚えてる?」
美桜はふと思い出したかのように投げかける。その投げかけに、ん?と首を傾げて考えこむ高尾に、美桜は身を乗り出す。
「『...次は勝つから...勝ってウインターカップいって先輩達と真ちゃんと頂点に立つから...だから楽しみに待ってくれよな!』って言ったんだよ?
覚えてない?」
「あー、あれか!もちろん覚えてるぜ!本心で言ったしな」
「私も皆が頂点に立ってる姿見たいんだ。でも、待ってるだけじゃやだ。私も一緒に戦いたい。...だから」
首を傾げていた高尾は、あの言葉かとポンっと手を叩く。そんな彼に美桜は、ボールをギュッと握りしめながら、想いを訴えた。美桜がそんなに危機感を覚えたということはそうとうヤバいのだろう。そしてそれに気づいた美桜はただ見守り支えようとしてくれる少女でないことは高尾自身わかっていた。身を縮こませ、口を噤んでしまった彼女の頭に高尾は手を置く。ポンポンと優しい手つきにゆっくりと美桜は顔を上げた。
「いいぜ、やろ!」
「ホント?」
「もちろん!美桜がやろうとしてること手伝わせてよ」
「ありがと」
ニカッと笑みを浮かべる高尾に美桜は嬉しそうに笑みを溢すのだった。
*****
『ダム....ダム........ダダダダダダダ......ダン』
「うーーーーん...やっぱり難しい」
「そんな簡単に出来たら苦労ーしねぇーって」
高尾の重心移動を把握しながら、美桜はボールを前後左右に緩急をつけて突いていく。だが、なかなか上手くいかない。おかげでいつもこんなに集中しない美桜の気力が薄れていくのが余計に早かった....
「ダーメだ!!」
匙を投げた美桜は思いっきりボールを頭上に投げあげる。そのボールは宙で弧を描きながらゴールへ吸い込まれた。その弾道を眼で追っていた高尾はげんなりとした表情で彼女に視線を戻す。つくづく彼女との力量の差を痛感されてしまう。やるせない気持ちを抱きながら高尾は肩を竦めた。
「あれ狙ってやってんの?わかってても毎回驚いちゃうわ」
「んーー、フィーリングかな」
彼の気持ちなど知らない美桜は考える素振りもなく即座に答えてみせた。
美桜は元々考えるのはそこまで得意ではない。ポジションの立場上、ゲームリメイクをするのも好きだが、どちらかと言うと本能のままボールを動かす方が好きなのだ。
「じゃあさ...一回リフレッシュしてから、今度はやりたいようにやってみたらどう?」
転がったボールを取って戻ってきた高尾が唐突に言い出した。その言葉に美桜は首を傾げた。
「やりたいように?」
「そうそう。案外、そっちの方ができたりするんじゃない?」
そう提案してみた高尾は無邪気な笑みを浮かべていた。美桜から見ると、もう高尾は普段のおちゃらけモード。だがなんだかんだ行き詰まっているのも事実。美桜は神妙な面持ちを浮かべながら顎に手を当てた。
「もしかして...考えすぎかな?」
「考えすぎだと思うぜ。だって、美桜じゃないみたいだもん今...すげー固くなりすぎ」
「...普段ってどんな感じ?」
ふと美桜は思った事を聞いてみた。
すると、普段かー...と高尾は暫く考え込んだ。その脳裏には彼女が弾ける笑顔でバスケをする光景が浮かんでいた。ボールを自由自在に操りコート内を縦横無尽に駆け回る彼女はまるで舞子のよう。その姿を高尾は思うままに呟いていた。
「踊り子みたいにコートを舞っててメチャクチャ綺麗...ホントなら誰にも見せたくねぇ」
「こっちは真剣なのに!茶化さないでよ!」
「茶化してないって!本心!本心!」
ほら!俺の顔今真っ赤!!
真剣な面持ちでサラッと恥ずかしがることなく言葉を連連と言い放った高尾。だが茶化されたと思ってしまった美桜は頬を膨らます。そんな彼女を可愛いと一瞬思ってしまった高尾はニヤケ顔を抑えながらも証拠を突き出すように自分の真っ赤な頬を見せつけた。
確かに必死に弁解する高尾の顔はホントに真っ赤だった。思わずそれをみて美桜は笑ってしまった。
「あはは!!凄い!!茹でダコみたい!!」
「こっちは真面目に答えたのに!!ひどくねぇーか!」
「ごめんごめん」
ふーっと美桜は一息をつく。
ここ最近を思い起こすと確かに最近、切羽詰まってたかもしれない... 。もう少し肩の力抜いたほうが良いのかな。
「かずの案にのった!次は考えずにやって見るよ」
少し休憩し、頭を一回リセットしたところで美桜はもう一度とボールを突き始めた。
私の思い通りに....
高尾の重心にあわせて美桜はボールを無心で操作していった。
『ダダダ...ダム.......ダム....ダダダダ...ダン』
「うわぁ!!」
気づいたら高尾は足を滑らし体勢を崩していた。何故?と考える間もなく尻もちをつくことになった高尾は先ほどまで目の前にいた彼女を見上げる形になった。その一部始終がスローモーションに見えた美桜はこの状況が信じられず、呆けていた。何度も瞬きを繰り返した美桜は恐る恐る口を開いた。
「え...もしかして...できた?」
「そうらしいな...良かったじゃん!ってか流石にいてぇーな」
転んだせいか、しかめっ面をする高尾に美桜は手を伸ばした。彼の言葉を聞いてようやく成功できたことを実感できた美桜は弾ける笑顔を浮かべていた。その笑みはこの練習を始めてから全く見ることができなかったものだった。
「かずのおかげだね!ありがとね」
「俺は何もしてねぇーよ...でも...まぁ...」
気づいたら美桜は伸ばした手を引っ張られて、高尾の胸にダイブしてしまっていた。この状況に美桜は頭の回路は追いつかず、体が一気に熱くなるのを感じた。そして顔を上げると高尾のドアップの顔があり、リップ音が鳴った。呆然としているすきにキスされてしまっていたのだ。当の本人はしてやったりの悪戯顔。
「こんくらいもらっていいよな」
「不意打ちはズルい...あとその顔も」
「えー、いいじゃん!さっきの仕返し...それに美桜の今の顔、めちゃそそるわ」
「....バカ...」
小言を言う美桜の顔は瞬く間に朱色に染まっており、上目遣いで睨む潤んだ緋色の瞳も、説得力が微塵にも感じられない。小さく抵抗をするように己の胸元を叩く彼女はとても愛くるしく、その顔が見たい高尾は彼女の顎に手を添える。強引に自分に向けるともう一度唇を落とし、高尾は満足げに彼女を見下ろした。慣れた手つきで流れるようにもう一度キスをされてしまった美桜は、もう何を言っても駄目だとわかり、恥じらいで真っ赤な自分の顔を隠そうと彼の胸に顔をうずめるのだった。
夏休み最終日、美桜は初めて意図的にアンクルブレイクを成功させたのだった。
ダム..ダム...ダムダム...ダダダン!
パシュ!!
人気のないとあるストバスコートに聞こえてくるのはスキール音・ボール音そしてボールがネットをくぐり抜ける音。その場所には夕日に照らされバスケをする二人の影が浮かび上がっていた。
「ハァハァ…」
膝に手を置き、全身から垂れ流れてくる汗を高尾は拭う。ゆっくりと息を吐き、呼吸を整え顔を上げた。
次こそは止めてやる
脳裏に残像する橙の閃光。綺麗に弧を描くボール。それを止めるためにどう動けばいいか、イメージを膨らませる高尾。だが、振り返った先にいた本人は拾ったボールを手にしたまま一向に動くことなく、空を仰いでいた。いつもは真っ先に早くと急かすのに。結われているマリーゴールド色の髪が小さく揺れ動くまま。彼女が動く素振りがなかった。それを不思議に思った高尾は思わず口を開いていた。
「どうした?」
「ね…かず。お願いがあるんだけど…」
暫く静寂な空気が流れる中…ふと聞こえるかすかな声。空を映していた緋色の瞳はいつの間にか真っ直ぐに高尾を見ていた。しかし普段芯のある澄んだ緋色の瞳が小さく揺れ動いていた。その瞳にただ事ではないと悟った高尾は姿勢を正した。
「お願いって?」
「私の練習に付き合って欲しいんだ」
「練習?急にどうしたんだよ」
先ほどとは違うただならぬ雰囲気を纏う彼女からの急な頼みに高尾は目を見開いた。現役だったころとは違い、今彼女はマネージャーだ。それに加えてバスケを長らくやっていなかったのかと思うくらい彼女のバスケは洗練されてもいる。それなのに何故、彼女は今になって練習をしたいと言ってきたのか。
疑問を抱く高尾から視線を逸らし目を伏せた美桜は淡々と話し始めた。
「ねぇ?キセキの世代の主将知ってる?」
「赤司征十郎だっけ?」
「そうそう。彼は洛山に行ったんだけど...この前のIHには出てないんだ」
「は?洛山ってIH優勝したよな?出てねぇーの!?」
「出てないんだ。それだけならまだしも準決勝・決勝はキセキの世代は誰も出ていないんだよ」
美桜自身も桃井からその情報を聞くまで知らなかったことだ。桃井は海常戦で手首を故障した青峰のことを案じて、その後の試合に出させないように頼んだ。恐らく、このことは赤司にとっておみ通しだったのだろう。そして紫原は赤司の言うとこは素直に聞く。だから、今回のIH青峰・赤司・紫原…参加校に所属するキセキの世代が誰も出ないという構図ができあがったのだろう。つまり、赤司無しでも洛山は十分強いのだ。
桃井の話を聞いてから美桜はずっと考えていた。果たして、今まで通りの練習を続けていってWCで優勝できるのか…と。答えは否だ。遅かれ早かれキセキの世代が所属するチームとは当たることにはなるだろう。他のチームとは互角の試合を展開できるかもしれないが、洛山の場合は赤司の厄介な能力を攻略しない限り無理だ。
「彼は天帝の眼っていうものも持ってるの。その目は、かず並の広い視野を持ち、相手の行動を先読みできる。そんな特異的な眼を持つ彼は、意図的にアンクルブレイクを起こす。」
「....まじで」
「だから1on1を彼とやるとアンクルブレイクで体勢を崩されてしまう。そして行動を読まれてしまうから彼の前ではどんな攻撃も防御も通じないんだ」
美桜の口から告げられる衝撃的な事実に動揺を隠しきれない高尾は、落ち着こうと深く息を吐き出す。キセキの世代の実力も、現段階の秀徳高校の実力も、双方を知っている彼女がそう言うのだ。このまま対策をせずに行ったら勝機がないのだろう。だからこそ彼女はなにか策を取ろうとしている。その事実を知った高尾はやれやれと肩を軽く竦めてみせた。
「...で美桜、何を練習するんだ?」
「アンクルブレイクをできるようにしたい。少しでも勝てる確率を上げたいんだ。秀徳の力になりたいの。」
少しでも秀徳の皆の力になりたい
そのために自分ができることをやりたい
美桜の心の中でそのような感情が芽生えていたのだ。
そんな彼女が考えた結果思い浮かんだのは、赤司のできることを身につけて、少しでも皆に慣れてもらい対策を練ってもらうことだった。少なからず、赤司には及ばないものの先を見る能力が備わっている。ということは、赤司にできることは自分にもできるはずだと美桜は考えたのだ。
「ねぇ?かずがIH予選トーナメントで負けた後に私に言ってくれた言葉、覚えてる?」
美桜はふと思い出したかのように投げかける。その投げかけに、ん?と首を傾げて考えこむ高尾に、美桜は身を乗り出す。
「『...次は勝つから...勝ってウインターカップいって先輩達と真ちゃんと頂点に立つから...だから楽しみに待ってくれよな!』って言ったんだよ?
覚えてない?」
「あー、あれか!もちろん覚えてるぜ!本心で言ったしな」
「私も皆が頂点に立ってる姿見たいんだ。でも、待ってるだけじゃやだ。私も一緒に戦いたい。...だから」
首を傾げていた高尾は、あの言葉かとポンっと手を叩く。そんな彼に美桜は、ボールをギュッと握りしめながら、想いを訴えた。美桜がそんなに危機感を覚えたということはそうとうヤバいのだろう。そしてそれに気づいた美桜はただ見守り支えようとしてくれる少女でないことは高尾自身わかっていた。身を縮こませ、口を噤んでしまった彼女の頭に高尾は手を置く。ポンポンと優しい手つきにゆっくりと美桜は顔を上げた。
「いいぜ、やろ!」
「ホント?」
「もちろん!美桜がやろうとしてること手伝わせてよ」
「ありがと」
ニカッと笑みを浮かべる高尾に美桜は嬉しそうに笑みを溢すのだった。
*****
『ダム....ダム........ダダダダダダダ......ダン』
「うーーーーん...やっぱり難しい」
「そんな簡単に出来たら苦労ーしねぇーって」
高尾の重心移動を把握しながら、美桜はボールを前後左右に緩急をつけて突いていく。だが、なかなか上手くいかない。おかげでいつもこんなに集中しない美桜の気力が薄れていくのが余計に早かった....
「ダーメだ!!」
匙を投げた美桜は思いっきりボールを頭上に投げあげる。そのボールは宙で弧を描きながらゴールへ吸い込まれた。その弾道を眼で追っていた高尾はげんなりとした表情で彼女に視線を戻す。つくづく彼女との力量の差を痛感されてしまう。やるせない気持ちを抱きながら高尾は肩を竦めた。
「あれ狙ってやってんの?わかってても毎回驚いちゃうわ」
「んーー、フィーリングかな」
彼の気持ちなど知らない美桜は考える素振りもなく即座に答えてみせた。
美桜は元々考えるのはそこまで得意ではない。ポジションの立場上、ゲームリメイクをするのも好きだが、どちらかと言うと本能のままボールを動かす方が好きなのだ。
「じゃあさ...一回リフレッシュしてから、今度はやりたいようにやってみたらどう?」
転がったボールを取って戻ってきた高尾が唐突に言い出した。その言葉に美桜は首を傾げた。
「やりたいように?」
「そうそう。案外、そっちの方ができたりするんじゃない?」
そう提案してみた高尾は無邪気な笑みを浮かべていた。美桜から見ると、もう高尾は普段のおちゃらけモード。だがなんだかんだ行き詰まっているのも事実。美桜は神妙な面持ちを浮かべながら顎に手を当てた。
「もしかして...考えすぎかな?」
「考えすぎだと思うぜ。だって、美桜じゃないみたいだもん今...すげー固くなりすぎ」
「...普段ってどんな感じ?」
ふと美桜は思った事を聞いてみた。
すると、普段かー...と高尾は暫く考え込んだ。その脳裏には彼女が弾ける笑顔でバスケをする光景が浮かんでいた。ボールを自由自在に操りコート内を縦横無尽に駆け回る彼女はまるで舞子のよう。その姿を高尾は思うままに呟いていた。
「踊り子みたいにコートを舞っててメチャクチャ綺麗...ホントなら誰にも見せたくねぇ」
「こっちは真剣なのに!茶化さないでよ!」
「茶化してないって!本心!本心!」
ほら!俺の顔今真っ赤!!
真剣な面持ちでサラッと恥ずかしがることなく言葉を連連と言い放った高尾。だが茶化されたと思ってしまった美桜は頬を膨らます。そんな彼女を可愛いと一瞬思ってしまった高尾はニヤケ顔を抑えながらも証拠を突き出すように自分の真っ赤な頬を見せつけた。
確かに必死に弁解する高尾の顔はホントに真っ赤だった。思わずそれをみて美桜は笑ってしまった。
「あはは!!凄い!!茹でダコみたい!!」
「こっちは真面目に答えたのに!!ひどくねぇーか!」
「ごめんごめん」
ふーっと美桜は一息をつく。
ここ最近を思い起こすと確かに最近、切羽詰まってたかもしれない... 。もう少し肩の力抜いたほうが良いのかな。
「かずの案にのった!次は考えずにやって見るよ」
少し休憩し、頭を一回リセットしたところで美桜はもう一度とボールを突き始めた。
私の思い通りに....
高尾の重心にあわせて美桜はボールを無心で操作していった。
『ダダダ...ダム.......ダム....ダダダダ...ダン』
「うわぁ!!」
気づいたら高尾は足を滑らし体勢を崩していた。何故?と考える間もなく尻もちをつくことになった高尾は先ほどまで目の前にいた彼女を見上げる形になった。その一部始終がスローモーションに見えた美桜はこの状況が信じられず、呆けていた。何度も瞬きを繰り返した美桜は恐る恐る口を開いた。
「え...もしかして...できた?」
「そうらしいな...良かったじゃん!ってか流石にいてぇーな」
転んだせいか、しかめっ面をする高尾に美桜は手を伸ばした。彼の言葉を聞いてようやく成功できたことを実感できた美桜は弾ける笑顔を浮かべていた。その笑みはこの練習を始めてから全く見ることができなかったものだった。
「かずのおかげだね!ありがとね」
「俺は何もしてねぇーよ...でも...まぁ...」
気づいたら美桜は伸ばした手を引っ張られて、高尾の胸にダイブしてしまっていた。この状況に美桜は頭の回路は追いつかず、体が一気に熱くなるのを感じた。そして顔を上げると高尾のドアップの顔があり、リップ音が鳴った。呆然としているすきにキスされてしまっていたのだ。当の本人はしてやったりの悪戯顔。
「こんくらいもらっていいよな」
「不意打ちはズルい...あとその顔も」
「えー、いいじゃん!さっきの仕返し...それに美桜の今の顔、めちゃそそるわ」
「....バカ...」
小言を言う美桜の顔は瞬く間に朱色に染まっており、上目遣いで睨む潤んだ緋色の瞳も、説得力が微塵にも感じられない。小さく抵抗をするように己の胸元を叩く彼女はとても愛くるしく、その顔が見たい高尾は彼女の顎に手を添える。強引に自分に向けるともう一度唇を落とし、高尾は満足げに彼女を見下ろした。慣れた手つきで流れるようにもう一度キスをされてしまった美桜は、もう何を言っても駄目だとわかり、恥じらいで真っ赤な自分の顔を隠そうと彼の胸に顔をうずめるのだった。
夏休み最終日、美桜は初めて意図的にアンクルブレイクを成功させたのだった。