ストバス大会
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「リコさん」
オフ日にも関わらず集まったメンバーに指導の熱が入ってしまった相田は、名前を呼ばれて思わず動きを止めた。ここは試合会場ではない自校の体育館。でも、自分の名前を呼ぶその声は他校のマネージャーの者。パッと相田は背後の入り口を振り向く。
「え?美桜ちゃんに桃井さん!?」
視界に入った姿に相田は目を瞬かせる。苦笑いを浮かべる美桜、そしてその隣には俯いたままの桃井がいたのだ。そして二人は唐突に振り始めた雨で全身がびしょ濡れになっていた。
「私…青峰君に嫌われちゃったかもしれない」
先ほどの美桜の電話口の相手は桃井だった。電話越しから聞こえてくる啜り泣きにただ事ではないと察した美桜はすぐに彼女の元へと駆けつけた。そんな彼女に桃井は開口一番に、いつにもまして弱弱しい声色でこの一声を吐露したのだった。
「…テツ君に会いたい」
彼が彼女のことを嫌いになるはずがない。美桜はそう桃井に言い聞かせ続けたが、今の彼女に美桜の言葉は届かなかった。そんな桃井が心のよりどころとして求めたのは黒子だった。
「すみません...テツヤを呼んでいただけますか?」
「わかった...けどその前にシャツとタオル貸してあげるからこっち来て。話はそれからね」
このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。相田は彼女らに着替えるよう促すのだった。
「テツ君〜!」
「え...桃井さん?それに美桜さんも」
入り口に黒子の姿を捉えた桃井は迷うことなく飛びついた。飛びつかれた黒子は桃井を受け止めきれず一緒に倒れてしまう。状況が呑み込めず目を丸くする黒子。そんな彼の視界の端に映るのは先ほど別れたはずの美桜の姿だった。
「美桜さん、これは?」
「ちょっと私じゃどうしようもできなくて…」
「...桃井さん、あっちに座りましょ」
困ったように表情を曇らす美桜から自分に抱きついたままの桃井に視線を落とした黒子は、彼女に優しく語り掛ける。それに小さく頷いた桃井の手を引いて黒子は立ち上がった。
彼に促される形で座った桃井は黒子から飲み物を受け取るとゆっくりと事の顛末を語り始めた。
「青峰君、今年の準決勝、決勝は欠場したの。肘の故障で。」
「原因は涼太との一戦だよね?」
「うん。黄瀬くんとやった時かなり無理をしてて、それで監督に試合に出さないで欲しいって訴えました。それがさっきバレて...言い争いになって...もう顔みせんなって言われて...」
言葉を詰まらせながら桃井は打ち明けた。そんな彼女にどう声を掛けてあげようかと皆が口を閉じてしまう。
「っーかさ、お前黒子が好きなんじゃないの?だったら青峰に嫌われようが知ったこっちゃないじゃん」
重たい空気が流れる中、それを打破しようとした火神。だがその発言は彼女への思いやりが欠けているものだった。
「そうだけど。そういうことじゃないでしょ?テツ君の好きとは違うというか...危なっかしいっていうかどうしてもほっとけないんだもん!あいつの事...」
取り乱した桃井の瞳からは溜まっていた涙が止めどなくあふれ出す。感情がどっと洪水のように押し寄せてきてしまった桃井はしゃくりあげるように泣き始めてしまう。
「火神君って、ホントに馬鹿だよね」
「うっせぇ!」
「「「「あーあ...泣かせた」」」」
「はぁ...デリカシーなさすぎです」
美桜は冷たい目で火神を見る。もちろん、周りにいた誠凛勢からも非難の嵐が浴びせられる。
ついには黒子が火神にどストライクの発言をした。黒子に言われたのがショックだったのだろうか?火神は酷く落ち込んでしまうのだった。
「大丈夫ですよ、桃井さん。青峰君はそれくらいで嫌いになったりしません。桃井さんが心配してたって事もちゃんと伝わりますよ。帰りましょ。青峰君もきっと今頃探してますよ」
桃井の頭に手をのせ、語りかけるように言うのだった。ゆっくりと泣き止んだ桃井は顔を上げ「テツ君!!」と抱きつくのだった。
*****
「じゃあ、桃井さんと美桜さん送ります」
黒子と桃井と美桜は共に誠凛の体育館を出た。彼らが出る頃には土砂降りの雨はいつの間にか上がっていて空には星が瞬いていた。
「テツ君がボールをいじりながら歩くの珍しいね」
桃井がふと隣りにいる黒子を見ると、彼はバスケットボールを指に乗せて回していたのだ。
「特訓です。新しい技の。あ...そうだ。ちょっと寄り道していいですか?」
黒子はハッとしたように二人を見る。そんな珍しい黒子の様子に一体どうしたのだろう?と桃井と美桜は顔を見合わせる。
「いいよ。行こうか」
そして彼らが訪れた場所はストバスコート。辺りに電灯がないためか薄暗く、空に浮かぶ月がその場所を明るく照らしているだけだった。
「新しい技を見せます。まだ未完成ですけど...桃井さんは青峰君との仲直りのきっかけにでもしてください」
「いいの?テツヤ??」
「出し惜しみする気は無いんで。次当たるときまで隠し通せるものでもないんで...
美桜さん、構えてもらっていいですか?」
「え?美桜とやるの?テツ君」
「ヘェ~、私を抜かせるとでも?やれるもんならやってみなよ」
「じゃあ行きます」
黒子はボールをつき、駆け出した。美桜は舐めてるつもりなんかさらさら無かった。なのに、彼を視界に捕えられなかったのだ。
構えている美桜の眼の前で消えたのだ...
うそ…
美桜が振り向くと黒子はすでに彼女の後ろにいたのだ。
思わず傍で見ていた桃井は驚きをあまり目を見ひらく。
一方で身をもって体感した美桜は信じられない…と今起こった出来事を必死に頭の中で解析する。が、この消えるドライブのからくりがわからなかった。それでもわかっていることは一つだけあった。
もしこのドライブが完成したら誰にもテツヤは止められない…
*****
「あ!いたいた!!」
美桜の思考を戻したのはこの場にいるはずのない人物の声。振り向く美桜の視界に入ったのは、別れた時とは違う服になっている高尾の姿。
「え?なんで居るの?かず?」
「僕が連絡しました」
美桜の素朴な疑問に答えるかのように黒子は口をはさむ。
彼女の姿を確認した黒子は、高尾に連絡していたのだ。
「そうそう...黒子から迎えに来てくれって連絡があってさ...さぁ、帰ろ?」
「うん」
小さく頷いた美桜は二人に別れを告げた。
「あっ、そっ…そういえばさ…」
雨上がりの為か人気がない道を歩いていた美桜はふと思い出す。桃井の一件ですっかり頭の中からすっぽ抜けていた彼女は、唐突にストバスのことを思い出していた。
そういえばあの後結果はどうなったのだろうか?
結果が気になる。だが、それ以上に気になるのは彼の顔色。試合中ということもあって一言も掛けることなく置いてきてしまった。気づけば自分の姿がなくなっていたことに彼はどう思ったのだろうか。
「あの後って…」
「あぁ、あの後?
決勝の相手がさ、紫原でさ」
「えっ?あっくん、でてたの?」
「いや、実際出てたのはチームメイトの奴で…」
高尾は普段以上に饒舌に話し出す。
草試合が禁止なことを伝えに来た紫原を火神が挑発したこと。それにムキになった紫原がその挑発に乗ったこと。そして折角試合が始まったのに、土砂降りの雨のせいで中断になってしまったこと。
「そっかぁー、試合は中断されちゃったんだね」
晴れていたことが嘘のように曇天模様になり雨が降り出した。誰もこのような幕引きは想定していなかっただろう。
「ってか美桜がいないから変な勘違いされちゃったじゃねーか!」
「えっ…」
突如思い出したか高尾は不満げに声を荒げる。上手く話題に触れられずに済んだと思っていた美桜は身体をビクッと震わせた。が、高尾が怒りの矛先を向けるのは別の人物だった。
「紫原が、美桜と喧嘩したなら早く仲直りしたほうがいいって言うんだぜ!
いや、そもそも俺ら喧嘩してないっーの!」
地団駄踏みながら高尾は口を尖らす。そんな彼の話す内容から、一向に聞き入れてくれない紫原と必死に誤解を解こうとする彼のやり取りが目に浮かんだ美桜は、クスッと笑みを溢した。
「あっくんだからね」
「その一言で片付けちゃダメだろ」
げんなりとする高尾に反して美桜は軽快に笑った。笑ったお陰で、先程まで喉につっかえていた言葉がスラッと口から出た。
「ごめんね…勝手に抜けることになっちゃって」
「たくっ、ホントだよ。
黒子の隣りにいると思っていた美桜の姿が何処にも見当たらないから何かあったのかと思って肝が冷えた。」
やっと謝れたとホッとした途端、フワッと包み込まれた。ポカンとする美桜を高尾は力強く抱き締める。
「もう勝手に消えんなよ」
「消えても見つけてくれるでしょ?」
「とーぜん」
胸元から顔を覗かせた美桜は彼を見上げる。上目遣いのエメラルドグリーンの瞳が挑発してくる。その瞳に高尾は自然と口角が上がるのだった。
一方、美桜達を送りだした黒子は桃井を送ろうとするのだが...
「ほんとにここでいいんですか?」
「うん!大丈夫!今日はありがとね」
桃井は黒子のご厚意を断ると歩道を渡る。先ほどとは顔が明るくなった桃井を見て黒子はよかったと胸をなでおろす。そして来た道を戻ろうとする黒子に桃井は反対側の道から手を振るのだった。
「テツくーん!またいつかバスケやろうね!みんなで!」
また皆で昔のようにバスケができるようになればいいなぁと黒子は月が綺麗に輝く空のを見上げるのだった。