夏合宿
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「はぁ...はぁ...」
美桜は街灯が僅かに照らす道を懸命に走った。走りながら美桜は、まるで昔の自分の心の中に迷い込んだみたいに思えた。果てしなく続く薄暗いトンネル。絶望すると人の心はこんなに何も感じなくなるのか、あの頃の自分は他人事のように思っていた。広がるのは味気ないモノクロの世界。この世界を変えようと思いもせず、自分はその殻の中に閉じこもっていた。
だけど、夕日に照らされるストバスコートにいた人物がその世界から引っ張り上げてくれた。モノクロな世界から光り輝く色鮮やかな世界へと。
美桜はゆっくりと歩調を緩めていく。
そして彼らの背に向かって思い切り声を大にし、彼らの名を叫んだ。
「高尾君!!真太郎!!」
その声に反応した二人は足を止めると慌てたように背後を振り返った。薄暗い道から姿を現すマリーゴールドの髪。彼女は珍しく荒い息をしていた。
「美桜、もう終わったのか?」
近寄ってくる美桜に緑間は尋ねた。その問いに美桜は得意げに頷いた。
「うん、終わったよ。大丈夫!あの二人は間違いなく強くなるよ」
新たな課題を見つけ、それを克服し新しい武器を見出そうとする火神と黒子。この夏を通して彼らはきっとレベルを上げてくるに違いない。嬉しそうに話す美桜とそれを表情一つ変えることなく聞く緑間。その彼らに、待ったと慌てたように高尾は割り込んだ。
「イヤイヤ...二人揃って今度当たる相手に塩振るなって!!」
「それでも俺は勝つのだよ」
「大丈夫、私は秀徳の皆を信じてるから」
だがそんな高尾の心配をよそに、緑間は自信満々に言い切り、美桜は優しい表情で微笑んだ。
そんな彼らに高尾はヤレヤレと肩を竦めた。
「はぁ...そーだった。
お前ら揃いも揃って、強い相手の方が闘争心を掻き立てられるもんな」
溜め息混じりに吐き出す高尾。だが、顔を上げた高尾自身も好戦的にダークブルーの瞳を鋭く尖らせ、口角を上げた。
「まぁ俺もその一人だけど」
黒子と火神が成長したら手強くなるのは間違いない。だが、自分たちがそれ以上に成長すればいいだけの話。次の試合に向け、気を引き締めなければと思う高尾。そんな彼の目の前で美桜が表情を引き締める。
「高尾君...夕飯の後、時間ある?
浜辺で話したいことがあるの。」
緊張気味の声色に高尾は目を瞬かせた。一体何の話だろう?真っ直ぐに向けられたエメラルドグリーンの瞳は強い意志を持っているように高尾は思えた。
「もちろん。
夕食終えたら浜辺で待ってるよ」
「ありがと。
...じゃあ、また後で」
高尾の返事にホッと安堵した美桜は、駆け足で仕事へと戻っていった。
「美桜は決意を固めたようだな...
お前はどうするのだよ、高尾」
一部始終を隣で見ていた緑間は開口一番に高尾に切り出した。その向けられる瞳は心を射抜くような鋭いもの。思わず緑間の気迫に圧倒され高尾は後ずさりする。が、逃がさないとばかりに緑間はその距離を縮めた。
「いい加減腹をくくるのだよ。」
高尾を見下ろしながら緑間は核心を突く言葉を突きつけた。
「好きなんだろ?美桜の事が」
「言ったか?俺」
目を瞬かせる高尾。そんな彼に向け緑間は盛大にため息を吐きだした。
「馬鹿め...バレバレなのだよ。
気づいてないのは美桜くらいなのだよ」
「でもさ、美桜ちゃんって青峰の事が気になってんじゃ...」
高尾は恐れ気味に名を口にする。彼女が寂しそうな表情を浮かべるのも、泣くのも、青峰のことばかり。隣にいればいるほど、彼女が想っているのが他の者であるという現実が突きつけられた。だからこそこの想いに蓋をした。彼女が幸せになる姿を遠巻きに見れれば十分だと思い。
「昔はそうかもしれんが...」
呆れながら緑間は投げかけるように問いかけた。見定めるかのように見下ろされる緑の眼差しがまっすぐに高尾へ向けられた。
確かに彼女は青峰と共に幼少期を過ごし、ずっと彼の隣にいた。バスケから遠ざかったのも彼がきっかけ。近くで彼らを見てきたからこそわかる。彼らは互いに信じあい、高め合い、想い合う信友だった。だが青峰の才能の開花がトリガーとなり彼らはすれ違ってしまった。
「今、美桜の近くにいるのはお前だろ?」
長らく遠ざかったバスケに触れるようになったのも、彼女の笑顔を取り戻したのは紛れもなく高尾だ。誰よりも広い視野で彼女を気にかけ、大切に想っているのは目の前にいる相棒だ。
「ハハ...そうだな。
なにくよくよしてたんだろうな。俺らしくねぇーな。」
相棒の言葉に目を何度も瞬きした高尾は自嘲気味に笑い、項垂れるように頭を抱え込んだ。
緑間の言う通りだ。他校にいる他人に気を遣うほど自分はお人好しではない。近くに手の届くとこにいるのは誰でもない自分だ。だったら手を伸ばせばいい。その手を握るか握らないかは彼女に委ねればいい。
「やっと気づいたか。馬鹿め」
世話がかかるやつだと緑間は眼鏡を押し上げる。だが、そんな彼の表情は少し緩んでいたのだった。