夏合宿
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「ねぇ、火神君ってさ...実際左手だとどのくらいできるの?」
未だ地面をじっと見つめる火神に美桜は近づくと問答無用で尋ねた。
「叩き込むくらいしかできねぇ」
「フーン...それでよく空中戦で勝負しようとか思ったね」
「うっせぇーよ」
火神はそっぽ向く。
自分の考えが浅はかだったのを実際に思い知ったのに更に傷をえぐられてる気分を覚えたのだ。
そんな彼の予想通りの反応に美桜は小さく笑うと彼の前で屈んだ。
「ちょっと、気分転換で私と1on1しない??」
「お前とやんの??」
「私じゃ不服?」
エメラルドグリーンの瞳が細まる。彼女の含んだ笑みは艶やかで、魅惑的で、火神はすぐに返答することができなかった。そんな火神を美桜は唆す。
「で?やんの?やらないの?」
「...やる」
挑発的な言葉を美桜は投げかける。その言葉にいいように乗せられた火神は立ち上がった。
「じゃあ私、オフェンスやるから」
そう言うと美桜は落ちていたボールを拾い突き始める。女子相手に抜かれるかよと思いながら火神は構える。しかし、彼女が足を踏み込んだのを確認した途端、火神の目の前から美桜の姿が消えた。慌てたように火神は背後を見た。するとそこにはドリブルする美桜の姿があった。
嘘だろ!?
慌てて火神は追い始める。だが美桜は、ニヤリと笑うと左手でボールを放り投げたのだ。
その姿はまさしく青峰そのもの。
思わず火神は目を見張った。そんな彼の背後にスゥッとこの1on1の行方を見守っていた黒子が忍び寄る。
「美桜さんは、青峰君と一緒にストバスでプレーしてたんですよ」
「そうなのか…って、え!!!いつの間にいたのかよ黒子!?」
「さっきからテツヤはいたよ。」
驚愕する火神を見て、美桜は小さく笑いながらボールを突き始める。
「大輝みたいにダイナミックなプレーはできないけどね...
どう?驚いた?」
「あぁ、驚いたぜ」
先ほどと一変し、火神はギラギラと目を光らせる。ふつふつと闘争心が湧いてきていたのだ。
クッソ!!次はぜってー止めてやる!!
火神のその姿は少し前の青峰と瓜二つ。重なる群青の影に、美桜はふと手を止める。
「私...かけたんだ。」
小さな声でボソッと呟かれる言葉。その言葉は哀愁を漂わせていた。美桜は手に収まるボールを抱えながら言葉を続けた。
「テツヤと火神君のコンビが大輝を昔の彼に戻してくれることに...
だから強くなってもらわないと困るんだよね?
ホントは敵に塩振っちゃいけないと思うけど...
まぁ真太郎も同じような事やったからいっか」
「あいつに気付かされたのがすげぇ、ムカつく」
「まぁまぁ、あいつも本気の火神君と真剣勝負がしたいんだよ...きっと」
気にすることなく美桜は無邪気に笑う。だが、緑間の名を耳にした途端火神は顔を嫌そうに顰めた。そんな彼を横目に、黒子と美桜は顔を見合わせると小さく笑いあうのだった。
「あー、クソ!!おまえ上手いな!!」
何度も挑戦したが結果は同じ。火神は悔しそうに嘆く。だが、どこかスッキリした表情を浮かべていた。
「俺決めたよ。試合中最後まで飛べるだけの体力作りと左手のハンドリング練習する。だからできるようになったらまた1on1してくれ」
美桜や緑間と1on1をして火神は痛感した。空中戦をするためにまだまだ足りないものがあると。グッと拳を握りしめると、火神は真っ直ぐ美桜を見つめた。その目は決意が籠っていた。美桜はその目に嬉しそうに目を細めた。
「楽しみにしてるよ。
で、テツヤはどうするの?」
美桜は唐突に黒子へ投げかける。その問いに面食らった黒子は考え込み始めた。
パスだけでなくドライブを…
「ボクは...
ボクにしかできないドライブを習得します。出来たら、美桜さんに見せますね」
「こりゃあ、秀徳も頑張らないといけないね」
空色の目が真っ直ぐ美桜へ向けられる。その力強い眼差しに、美桜は嬉しそうにはにかんだ。
「でも、良かったです。
また美桜さんが、ボールを持つようになって」
ボールを脇に抱えてはにかむ美桜。そんな彼女を見て、黒子は嬉しそうに目尻を下げた。対して美桜は、申し訳なさそうに目尻を下げる。だが、黒子はその後にこう言葉を続けた。
「これも彼のおかげですか?」
美桜に投げかけられた意味深な問い。だが、黒子は確信めいたものをもっていた。真っ直ぐに向けられる空色の眼差し。美桜は見透かされているような気がしてギクッと顔を強張らせた。
「え?なんの事?」
「高尾君のことですよ」
しらばっくれようとする美桜。だが、黒子はそのはぐらかしを真に受けることなく、今度は直球勝負にでる。
「う...そうだけど」
「で?
付き合いましたか?」
「おい、黒子。直球すぎんだろ」
「いいじゃないですか」
火神に小突かれて不機嫌そうな様子を見せる黒子。対して図星をつかれた美桜はギクッと身体をこわばらせるものの、暗い表情を浮かべていた。
「...私はただ近くに居るだけで満足だからさ」
ボソッと小さく呟かれる言葉。
寂しげに微笑する美桜が漏らした少しの本音に黒子は間髪入れずに聞き返す。
「青峰君が気になりますか?」
黒子の言葉に美桜は完全に固まってしまった。図星だった。どうしても一歩踏み出せない。バスケをするたびに脳裏にチラつくのは昔の青峰。このまま彼を残して置いていいのか?手を離したのは彼なのに、どうしても割り切ることができなかった。こんな中途半端な気持ちのまま想いを伝えられるはずがない。
「...美桜さんはどうしたいんですか?」
蒼褪めた表情で固まる美桜に黒子は投げかける。自分の心を見透かすような澄んだ空色の瞳。美桜はその瞳から逸らすことができなかった。
「僕は貴女の本心を聞きたいんです」
「…わ…わたしは..」
力強い真っ直ぐな黒子の言葉は、彼女が頑丈に鍵を閉めたものをこじ開ける。美桜はその言葉に推されるようにゆっくりと言葉を選びながら話していく。それを黒子は合いの手を入れ、話を促していった。
「いいんですよ。
今の言葉をそのまま伝えて上げてください。
きっと彼なら受け入れてくれます。
…ウジウジするなんてらしくないですよ。
想いをぶつけてきて下さい。」
「テツヤは何でもお見通しだね...」
「そんなこと無いですよ」
聞き終わった黒子は力強く言い切った。そんな表情を全く変えることがない黒子に美桜は困ったように目尻を下げた。
あーあ、テツヤにいつも後押しされてんな...
そうだね、ウジウジしてるなんて私らしくないよね...
「テツヤ、私...やるよ。想いぶつけてくる」
ようやく決意を固めた美桜は慌ててある方向へと走り出す。何か吹っ切れたような顔をし、覚悟を決めた力強いエメラルドグリーンの瞳。それを見た黒子は表情を緩め目を細めた。
...大丈夫、美桜さんの想いはきっと彼に届きますよ。
「なぁ?黒子...なんでそこまで...」
一部始終を傍で見ていた火神が疑問を口にする。その問いに黒子は心情を口にする。
「頼まれたんです、監督に。なんとかできないかと...。それに...」
「それに?」
「それに、美桜さんには幸せになって欲しいんです。
今まで苦しんでた分まで。」
いつも楽し気に太陽のように笑っていた少女。
その隣にはいつも群青の光がいた。
だがいつしか、群青の光はくすみ、それに引きずられるように橙の光は完全に消えてしまった。
ゴメン、私はもうバスケをしたくない…
唯一あの頃に本心を口にしてくれた彼女の表情は今でも忘れられない。曇った顔で俯く彼女が。そして彼女が姿を消して、歯車がどんどんと嚙み合わなくなっていった。
美桜さん、貴女には笑顔が一番似合います
彼女を輝かせてくれる人が現れた。彼ならばきっと大丈夫なはず。黒子は嬉しそうに顔を綻ばせた。