ある日のオフ
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「…もしもし?」
鳴り響く携帯の電話口に美桜は出た。教室で画面を開いた美桜は相手の名前を確認すると珍しく慌ただしく出たのだ。
『あ、美桜!!』
美桜に電話したのは桃井。彼女は切羽詰まった声で美桜の名前を呼んだ。
「どうしたの、さつき?」
『美桜、青峰くん知らない?』
その投げかけに美桜は固まった。自由気ままにふらつく青峰の行方を読むのは中々に難しい。同じ高校である桃井がわからないのに、他校で現在交流がない美桜が知るわけがない。彼女もそれをわかっているはずなのに。美桜は桃井の意図がさっぱりわからなかった。
「知るわけないじゃん」
『ねー美桜、青峰くん探すの得意だったよね〜。
一緒に探してくれない??』
「…」
『おねがーい』
桃井が彼女の退路を断つように懇願して頼み込む。幼いころからの付き合いのせいか、美桜は桃井のその声にはとても弱いのだ。美桜は大きくため息を吐きだすと渋々と了承する。
「はぁ、しょうがないな」
『ありがとう、美桜!』
嬉しそうに桃井は通話を切る。美桜は通話が切れた後に聞こえる音を暫く聞いていた。
頼まれたから引き受けたのはいいが、現在の青峰の思考回路を読めるかどうか美桜はわからなかった。
アイツ、どこにいったのよ
美桜は鞄を持ち立ち上がる。今日は珍しく彼女はオフ。それを知っている椛は不思議そうにいそいそと立ち上がった美桜を見上げた。
「あれ?どこ行くの?」
「...ちょっと野暮用。
じゃあね、また明日」
美桜はぎこちない笑みを浮かべると、慌ただしく学校を出る。その彼女の頭には一か所ある場所が浮かび上がっていた。
*****
「ふぁ〜」
寝転ぶ青峰は大きく欠伸を溢す。目の前に広がるのは雲一つない快晴の空。降り注ぐ太陽の光は温かく心地よい。放課後の過ごしやすい本日の気候は絶好の昼寝日和だった。
ここは青峰が秘かに見つけた昼寝場所。そしてこの場は、ガミガミ言う桃井にも知られていないお気に入りの場所。ここを知るのは二人だけ。
「じゃここは、さつきには内緒ね」
クスクスと小さく笑いながら秘密を共有しあった頃を懐かし気に想いながら、青峰は目を閉じた。
ダン…ダン
聞こえるのはボールを突く音。音のする方へ近づくと、マリーゴールド髪の小さい女の子がバスケットゴールに向き合っていた。だが、唐突に振り返る。まるで彼がここにいるのをしっていたかのように。
「大輝!!やろバスケ!!」
少女はボールを手に持ち、太陽のような輝く笑顔を向ける。短いマリーゴールドの髪が小さく揺れる。その髪先が太陽に照らされ、一層輝きを放つ。
「1on1!行っくよ!!」
楽しそうにドリブルをしだす少女。そのボールをいつの間にか少年い戻っている青峰が追いかけ始める。
あぁ、あの頃は楽しかったな
幼い頃の記憶に青峰は溺れたい心地に陥った。だが、そんな彼を引き上げるかのように声が降り注いだ。
「大輝、大輝!!」
あぁ、もう少し寝かせてくれよ
まだここに居たい。ここで何も縛られることなくボールを追いかけたい。彼女と共に。
だが、彼女はそれを許してくれない。起きて欲しいのか必死に彼の名を呼び続けた。 その声はキャンキャン騒ぐ桃井の声ではなく、いつも俺を起こしてくれる懐かしい声。
たく、仕方ねーな
青峰は、夢見心地の気分でうっすらと目を開ける。すると、彼の視界に入ったのは寝転んでいる己を昔と同じようにと覗き込んでいる美桜の姿。既視感を抱くが、髪が長くなり、違う高校の制服を着ている彼女の姿は彼に現実を叩きつけた。
「なんでお前がいるんだよ、美桜」
「さつきに頼まれちゃって」
起こされて青峰は不機嫌そうな声を出す。そんな彼に美桜はえへへと引き攣った表情を浮かべた。
何故か彼の行動パターンがわかった。ふらっと何処かに行った彼を誰よりも早く美桜は見つけていた。気持ちよさそうに寝ている彼を起こすのは美桜の一つの役目だった。
「なんだよ、また来たのか。
お前も一緒に寝よーぜ!ここ居心地いいんだ」
ゆっくりと目を開けると満面の笑みを浮かべ、美桜を昼寝に誘う。それに誘われるように美桜は彼の隣に寝転んだ。
「じゃここは、さつきには内緒ね」
この場所で美桜はとある約束をした。昼寝場所の確保を目的とした青峰からのお願い。美桜はそれを嬉しそうに引き受けた。彼と自分だけの秘密の場所。まだ幼い少女はそれを大切にしまい込んだのだった。
「さつきの野郎、余計なこと言いやがって」
チッと軽く舌打ちをすると青峰は身体を起こし、頭をガシガシかいた。
「お前ってホントに俺を見つけるの得意だよな」
青峰は美桜を見上げると遠い目をした。もう、彼はあの笑顔を見せることはない。群青色の瞳は虚空で、美桜は胸が引き締められる思いだった。。
「うっせーよ。試合にはちゃんと出るからいいだろ?」
才能が開花し部活をサボりがちになった青峰を呼びに美桜は何度も彼の元へ足を運んだ。だが、突きつけられたのは完全なる拒絶。鬱陶しいと突き放された美桜はいつしか彼の元に行くのをやめたのだった。
「昔からの付き合いだからね。
大輝が何処にいるかはだいたいわかるよ?」
美桜は苦し混じりに笑みを浮かべる。その表情に青峰は一瞬鈍器で頭を殴られた気分に陥る。
なんでそんな苦しそうなんだよお前が
やっぱり…俺のせいか?
美桜にそんな顔させたくない。だが、青峰はそのふと浮かんだ思いを否定する。突き放したのは他でもない自分なのだから、そう思う資格はないと。いつも振り向けばすぐ傍に彼女はいた。それが当たり前で日常だった。
もう来んなよ
言い続けた言葉が現実になったのは中学3年生になる前。一瞬、とんでもないことをしてしまったと罪悪感を抱いた時期もあった。だが、気づけば思い出すこともなくなっていた。
「美桜にはマネージャーをやってもらっているのだよ」
彼女の存在を思い出したのは、誠凛と秀徳の試合後に掛けた緑間との電話だった。彼女の名前を聞いたらだろうか、コート上から顔を上げた青峰が直ぐに目についたのはマリーゴールド色だった。
大輝!やろバスケ!!
笑う美桜が青峰の頭をよぎる。そのことに青峰は自嘲した。まだ昔を懐かしむ感情があったのかと。突き放した美桜に未練があるのかと。
「どうしたの?」
暫く動かない青峰に美桜は首をかしげる。そんな彼女に対し、青峰は起き上がるとある言葉を口にするのだった。
「おい、やろうぜ...バスケ」
「...今の大輝とはやりたくない」
「つべこべ言ってねぇーでやれよ」
傲慢な彼の上からの態度に美桜は気分が乗らなかった。だが、もしかしたら考えを変えてくれるかもしれない。美桜は微かな希望を願わずにはいられなかった。
「わかった。やろうか、大輝」
美桜は顔を上げる。彼女のエメラルドグリーンの瞳は真っ直ぐ青峰に向けられる。その瞳が空色の瞳を重なって見え、青峰は口端をつりあげた。
『桃井さんと美桜さんと約束しましたから』
「そういやお前もテツやさつきと同じ考えだったな。
でも、俺に勝てるのは俺だけだ。」
いくら、お前が上手かろうが俺には勝てねぇーよ。
俺の考えが変わること決してはない。
青峰はそう言うと美桜に背を向けるのだった。