番外編
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Trick or Treat
「え…」
「あれ、神田知らねぇのか?
今日は、ハロウィンだぜ」
美桜はこの状況に目を白黒させた。朝練が終わり片付けをしていた美桜は一人、外の水道でボトルを洗っていたのだが、急に同級生のサッカー部の男子に声を掛けられていたのだ。挨拶もなしに、Trick or Treat。WCの予選に向けて一生懸命練習している最中、そのようなイベントなんてすっかり頭の中から抜けていたのだ。
「あ…そういえばそうだったね…」
美桜は半笑いをした。一体目の前の彼は何を考えているのだろうか。全く真意を図れないため美桜は恐怖を抱き、無意識の内にボトルが入っている籠を握りしめていた。
「で??」
「…??」
「お菓子くれるの?くれねーの?」
愉しげに唄うように美桜に尋ねる男は不敵な笑みを浮かべる。まるで美桜が取るべき行動がわかっているかのように。もちろん部活中の今お菓子など持っているわけがない。渡すものがなにもない美桜は、彼の投げかけに対して返す言葉が見当たらずアハハっと愛想笑いを貫いた。
「お菓子くれねーんなら、悪戯しちゃおうかな?」
美桜の様子に予想通りだと口角を上げた男は一歩美桜に近づく。その一歩に対して美桜は半歩下がろうと試みる。が、背後は水道のため下がる事ができなかった。
あ…不味い
逃げ場を失った美桜の顔から血の気が失せた。そんな美桜の真正面に立ち塞がった男は企みが成功したかのようにドス黒い笑みを浮かべていた。そして男は手を伸ばそうとするのだが、それはある者により制止されてしまうのだった。
トントン
肩を軽く叩かれた男は、なんだよと訝しげに背後に首だけやる。するとそこにいたのはニッコリと笑みを浮かべている青年だった。
「ちょっと大事な俺たちのマネージャーになんのようですか?」
オレンジ色のジャージを身に纏った青年は、取り繕った笑みを浮かべたまま優声で話しかけた。だが、彼の接する態度と裏腹に糸のように細めていた瞳が開かれるとそこに現れたのは獰猛にギラギラと光るダークブルー色の鷹の目だった。その瞳に射抜かれた男はサァっと青褪め、顔を引き攣らせながらも口を開いた。
「いやぁ〜、ただ”Trick or Treat”って言ってお菓子をおねだりしただけだぜ?」
「ふぅーん」
その言葉に対して面白くなさそうに相槌を打った高尾は、無造作にジャージのポケットからある物を取り出すと目の前の男に無理やり握らせた。その行為に呆気にとられている男を放置し、高尾は男を横に押しのけて美桜の傍に行った。そして美桜が持つ籠を強引に奪い取るともう片方の手で美桜の手をとり高尾はこの場を去ろうと背を向けた。
「お…おい!!」
「わりぃーんだけど俺達すげぇー忙しいんだよね
だから変なちょっかいかけんなよ」
慌てて声を上げた男に対して足を止めた高尾は背を向けたままドスを利かせた声を上げた。威圧感のある声に怯む男。そんな彼に畳み掛けるように獰猛な眼差しで睨みつけた。
「後、コイツ俺のだから
触れて良いのも悪戯していいのも俺だけなんで、そこんとこ宜しく」
淡々と冷え切った言葉を投げつけた高尾は、立ち尽くす男の姿に満足したのか今度こそその場から立ち去るのだった。対して取り残された男の掌には一つの飴が握らされていたのだった。
*****
「…ったく、何絡まれてんだよ」
美桜の手を引きながら歩く高尾は目線を前に向けたまま悪態をつく。体育館のモップがけを終わらせると同時に戻ってくるはずの美桜の姿がない。そのことに嫌な予感を抱いた高尾は美桜を探しに来ていたのだ。そしてその判断は正しかった。現に美桜はハロウィンという名のイベントを口実に言い寄られていたのだから。
深く溜息を吐く高尾に美桜は言い返す言葉もありませんと申し訳無さそうに目を伏せていた。
「ごめん…」
「俺が聞きたいのはその言葉じゃね〜んだけどな」
その言葉に足を止めた高尾は美桜に振り返ると彼女の顔を見つめ目尻を下げて小さくボヤいてみせた。それにハッとした美桜はパッと顔を上げて、そうだったねと柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、和」
「どーいたしまして」
その美桜の言葉に満足気に高尾はおどけた声を上げた。そんな彼に対して美桜は不思議に思っていたことを口にする。
「そういえばどうして飴を持ってたの?
用意周到だね」
「あぁ…これか?」
美桜の言葉に対して、高尾はポケットから幾つかの飴を取り出して見せた。
「今日はハロウィンだしな
持ってて損はねぇだろ?」
ニッコリと笑った高尾の用意周到さに美桜は感嘆の声を漏らした。だが、その瞳はジッと一点を見つめたまま。そんな美桜はその掌に乗った飴玉を見つめたままある言葉を紡いだ。
「Trick or Treat!」
「そんな言葉言わなくても、美桜にはあげるっーの!」
その紡がれた言葉に対して拍子抜けする高尾だが、直ぐにいつもの調子を取り戻し小さく笑い声を上げながら飴を渡そうとする。が、高尾はある企みを閃く。渡そうとした飴玉を握り直すと、高尾は美桜の耳元でそっと彼女と同じ言葉を紡いでみせた。
Trick or Treat
その言葉に美桜はもちろん固まる。そんな彼女を見ていたずらっぽい笑みを浮かべた高尾は周囲に人目がないことを瞬時に確認し、彼女の腰に手を回して引き寄せた。
「え…えっと…和??」
「お菓子を持ってない悪い子には悪戯だな?」
高尾の手が添えられた腰に熱が帯びる感覚を覚えた美桜は恥心で顔を赤く染めながら、彼を直視できず顔を背けた。そんな彼女を逃さないとばかりに高尾は籠を置いたことで開いた手の指を彼女の顎に掛け強引に自分の方へ向かせた。間近に迫る妖艶な笑みを浮かべる高尾に美桜は更に顔を赤らめた。そんな彼女の反応に高尾は高揚感を覚えながら強引に深い口吻をするのだった。
「美桜の唇、もーらぃっと!」
顔を離した高尾は自身の唇をペロリと舐めてダークブルー色の瞳を細めた。そんな彼の仕草一つ一つに心臓が持たないと美桜は思いながらも、こんな人目のつく場で何をしてくれたのだと上ずった声を上げた。
「ちょっと!!!こんなところで!!」
「ハハ!!
これに懲りたら次はちゃんとお菓子持つようにすんだぞ!!」
軽快に笑いながら高尾は形相な顔を浮かべながらも説得力がまるでないリンゴのように真っ赤に顔を染める美桜から逃げるように籠を持ち走り出す。そんな彼を美桜は慌てて追いかけ始めるのだった。