番外編
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残暑が残る8月の下旬
長い夏休みが終わり、秀徳高校に通う彼らに普段の日常が戻っていた。
フワァァァ...
久々の朝早くの起床に慣れず、眠たそうに椛は自分の机で頬杖をついていた。脇を通っていくクラスメイトに軽く挨拶を交わしながら、アクビを噛み締めていた椛の耳に朝っぱらから騒がしい声が入ってきた。
あぁ…朝練終わったのか…
約1月半ぶりに聞く友と、その彼女を取り巻く男2人(主に1人がもう1名を巻き込んでいるだけなのだが…)の声に日常が戻ってきたのだと改めて実感させられた。
「おっはよーーー!!椛!!」
「おはよ、美桜
相変わらず朝からテンション高いね」
ブンブンと大きく手を振り長いマリーゴルドの髪を揺らして駆け寄ってきた美桜に椛は内心呆れながら挨拶を交わす。
椛は朝が極端に弱くテンションが低いことを知っているだが、今日の彼女はそれ以上に機嫌が悪そうに見えて、美桜は不思議に思い思考を巡らした。ジッと見つめてくる美桜の視線に耐えきれず椛は再び出てくるアクビを噛み締めながら視線を逸らした。その動作に美桜はピンと閃いたのかポンと手を叩いた。
「あぁ!!もしかして!!
椛、夏休みは遅寝遅起きしてたんでしょ!!」
「そりゃあそうでしょ
朝早く起きる理由ないからね」
「ふーん…」
「なに??」
「いやそこらへんしっかりしてそうだと思って……」
「ずっと気を張ってるなんて耐えられない」
バサッと言い捨てるように言葉を口にした才色兼備な彼女の新たな一面に美桜は思わず眼を見張った。美桜はいつも元気いっぱいだよねとぼやく椛に美桜は苦笑いを浮かべながらチャイムの音に促されるように自分の席に座るのだった。
2限の授業が終わるチャイムが鳴り響く頃合いでようやく椛の頭は鮮明に動き始めるようになった。
チャイムと教壇にいる先生の授業終了の合図が終わった途端、ガヤガヤと机を並べる音や椅子から立ち上がる音、勢いよく教室を飛び出す足音、話に花を咲かせる声で教室中が賑やかな音に包まれた。
「椛〜〜!!食べよ!!」
その音を聞きながら持ってきたお弁当箱を取り出す椛の元にいつも通り美桜が近づいてきてそのまま椛の前の席を拝借してドカッと座りウキウキと弁当の蓋を開ける。
「椛は夏休み何してたの??」
「うーーんそうだな、特に何も普段どおりかな…」
強豪校の男子バスケ部のマネージャーである美桜とは違い、特に濃い夏休みを送っていない椛は苦笑いを浮かべた。その椛にそっかと相槌を打ちながらパクパクと食べ始める美桜を横目に弁当の蓋を開ける椛。だが、その動作をする中ふと椛の脳裏である人物が浮かび上がった。
「美桜〜〜!!ヘルプヘルプ!!」
ガバっと教室の後ろ扉が開き、椛が脳裏に浮かべた人物が血相を変えて椛の目の前にいる美桜に駆け寄ってきた。
「どうしたの??和??」
飛び込んできた高尾をキョトンとしながらも自然に美桜は受け止める。
「実はさ!!真ちゃんの機嫌がご機嫌斜めでさ!!」
「えっ??朝はいつも通りだったよね??」
「そーなんだけどさ、昼休みに入った途端に機嫌が急降下」
「何かやらかしたの??」
「いやいや全く身に覚えがねぇーんだけど!!」
「……ホントに??怪しい…」
絶対なにかしたでしょと美桜は疑う目で高尾を凝視した。ウッと、エメラルドの瞳に見据えられて言葉を詰まらした高尾はえっと…と眼を泳がし始めた。
席が前後の高尾と緑間。普段授業中に高尾はちょいちょい後ろで黙々とノートを取る緑間にちょっかいを出すのだが、今回はそれに加えて別のことをしたのだ。もしかしてそれか…と急に高尾はこの場から即効逃げたいという心地に陥った。
だが、高尾の一瞬強張った表情を美桜が逃すはずがなかった。
「………和」
「なに??」
「ホントに何したの??」
「えっとだな……実は……」
いつになく強い口調を発する美桜のオーラに押されて高尾は言いよどみ始める。そんな彼の様子に心配するように美桜は眉尻を下げた。大層なことをしたのだろうか、もしそんなにヤバいことをしたのなら一緒に頭を下げて水に流してもらうかと心の中で今後の行動を考えていた美桜なのだが、次の高尾の言葉で一気にそんなことは吹き飛んでしまった。
「美桜とのあれだったりこれだったり??
もしかしてのろけ話を聞きすぎて、真ちゃん俺に八つ当たりしてんのかな!!」
湿気った雰囲気から一変、テンションマックスでいつにも増して饒舌になり始める高尾に、美桜は言葉を失った。
ひっで!!と涙目になり腹を抱え始める高尾に美桜はこめかみを押さえて怒りをなんとか抑えようと努めた。だが、怒り以上に沸き起こるのは羞恥心だった。わなわなと体を震わす美桜の顔は色んな意味で耳まで真っ赤。ようやく笑いを止めると未だに反応がない美桜を覗き込んだ高尾はあれっと不思議そうに尋ねた。
「あれ??美桜、顔めちゃ真っ赤じゃん
どうした??」
その言葉に対して美桜は顔を上げギロッと瞳を光らせて高尾を睨みつけた。そして衝動のまま美桜は目の前の彼をボコボコと叩き始めた。
「和の馬鹿〜〜!!!」
「いってぇーって!!」
普通言わないでしょ!!少しくらい羞恥心もってないの!!と美桜は目の前にいる友のことなどすっかり忘れて、ゴメンと平謝りする高尾も言葉を無視して怒りをぶつけていた。
なんだこの痴話喧嘩は……
テンポよく進む会話にすっかり置き去りにされた椛は呆然と二人のやり取りを傍観していた。だが、椛はあることに気づく。
コイツラの距離感可笑しすぎない!?
名前で呼んでたっけ??
超高速に頭をフル回転させて椛は夏休み前の関係を椛は思い起こした。椛が覚えている限り、こんな風に呼び合っていなかった。美桜は高尾くんと名字に君付け、高尾はみおちゃんと名前にちゃん付けだった。
それに二人の距離感はこんなに近くなかった。くっつきすぎず離れすぎず。互いのことを深く考えすぎて関係を壊したくないと臆病になった彼らは明らかに一線を引いていた。踏み込めばすぐに掴めるものに手を伸ばすことを二人は決してしようとしなかったのだ。
さて…それが一体どういう心境の変化があったんだ??
というか私一切聞いてないんだけど…
この状況を喜ぶべきなのはわかっているが椛の心の奥底に沸き起こるのは別の感情だった。
「ねぇ…お二人さん」
椛の一声にもはやじゃれ合いと化していた二人の行動はピタリと止まった。感情がこもっていない椛の声ほど怖いものはない。美桜は一気に顔を強張らせた。高尾も椛の冷たい声に何かやらかしたかと青ざめた。
ガクガクと顔を椛に向けた二人の恐怖の色が見え見えの表情に満足気に椛は薄い笑みを浮かべた。
「何か重要な報告忘れてない????」
笑っていない椛の瞳に射抜かれた美桜は恐怖で震え上がった。と同時にようやく美桜はすっかり迷惑をかけた友人に言い忘れていたことに気づいた。
ヤバい!!どうしよ!!完全に怒ってるよ!!
アタフタする美桜に対し、高尾はあれっときょとんとした表情を浮かべた。
「なんだ聞いてねぇーの、早川」
「一切聞いてないから素直に喜べないのよ」
「ありゃま!!そりゃあ悪かったな!!」
不貞腐れたようにそっぽ向く椛に、高尾は笑い混じりに謝った。
「ゴメンね…実は…」
続けて美桜は椛に経緯を説明した。7月の下旬に合宿をしたこと。そこで中学時代のメンバーに後押しされたこと。そして互いに想いを告げあって恋人同士の関係に落ち着いたこと。
包み隠さず美桜は椛にしゃべった。それに黙って聞いていた椛はハァ〜!?!?と驚きの事実に声を上げた。
「ということは、付き合って1ヶ月てこと」
「……ハイ」
「その間、私は何も報告なしですか」
「…すっかり椛のこと忘れてました」
ズバズバと詰め寄る椛の勢いにすっかり美桜は言い返す言葉も見当たらずひたすら謝るしかなかった。
そんな美桜を見て、椛は毒気を抜かれてしまった。もういいかとあれほれ言いたいことを引っ込めると椛は大きく息をついて体の力を抜くと座り込んだ。
「はぁ、まぁいいや
一先ず良かったねお二人さん」
明らかにじれったい関係を無意識で見せつけてきた彼らが、ようやくくっついたかと椛は重たい肩の荷を下ろした気分だった。できればこの数ヶ月の出来事をもう一人の苦労人であるはずの気難しそうな彼と労い合いたいものだ。挨拶すら交わしたことがないがこの二人に挟まれた関係にある緑間のことを脳裏に浮かべて椛は小さな笑みを零した。
おめでと…
自分のことのように嬉しそうに微笑した椛の口から紡がれた言葉に、美桜と高尾は互いに顔を見合わせた後に満更でもない様子で照れくさそうに頬を染めた。
あーぁ…幸せそうな顔しちゃって…
確実にバカップルになるなと内心呆れはじめた椛は、二人に釘を刺すことを忘れない。
「とりあえず私の目の前でいちゃつくのやめてくんない??」
一気に鋭い目つきに戻った椛の威圧に押されて美桜と高尾は咄嗟に距離を取った。
「目のやり場に困るから
二人きりのときに思い切り愉しんでください」
「ちょ!!椛!!!」
「へいへい
そうさせていただきますよ」
椛の言葉に顔を赤らめる美桜に、高尾は空返事をすると見せつけるように美桜を引き寄せてニヤリを笑った。
「ハイハイ、仲いいのは十分わかったから
ごちそうさま」
ヒラヒラと手を振ってもうお腹いっぱいだからこれ以上見せつけるなと椛は意志を示した。そして彼だけに忠告と云わんばかりに高尾を椛はジッと見据えて挑発気味の言葉をかけた。
「変な虫を一匹たりとも美桜に寄せ付けんじゃないわよ
ナイト様」
ニヤリと椛はほくそ笑む。コイツだから安心して美桜を預けられるのだ。とりあえず大事な友人を傷つけたら許さないという椛の言葉の裏の意味をしっかりと受け取った高尾は、臆す事なくどういうことと可愛らしげに首を傾げる愛しい彼女を抱く力を強めた。
散々葛藤して悩んでようやく手に入れたんだ。悲しませるつもりもないし手放す気なんてサラサラない
「早川に言われるまでもねぇーな」
俺のものだと主張するように美桜を抱き口角を上げた高尾は真っ直ぐ視線をそらさずに椛を見据えた。そんな彼の強い眼差しに椛は怯むことなく小さく微笑むと、そう...っと呟きを漏らすのだった。
キョロキョロと美桜は二人のやり取りの真意を掴めず彼らの顔を交互に見て、再び意味がわからないと首をひねる。
そんな彼女を見て、高尾と椛は思わず苦笑をしたことで張り詰めていた場は元に戻った。
まぁいっか!!
考えるのをやめた美桜は知る由もない
この短いやり取りで過保護な二人による密約が交わされていたなんて
長い夏休みが終わり、秀徳高校に通う彼らに普段の日常が戻っていた。
フワァァァ...
久々の朝早くの起床に慣れず、眠たそうに椛は自分の机で頬杖をついていた。脇を通っていくクラスメイトに軽く挨拶を交わしながら、アクビを噛み締めていた椛の耳に朝っぱらから騒がしい声が入ってきた。
あぁ…朝練終わったのか…
約1月半ぶりに聞く友と、その彼女を取り巻く男2人(主に1人がもう1名を巻き込んでいるだけなのだが…)の声に日常が戻ってきたのだと改めて実感させられた。
「おっはよーーー!!椛!!」
「おはよ、美桜
相変わらず朝からテンション高いね」
ブンブンと大きく手を振り長いマリーゴルドの髪を揺らして駆け寄ってきた美桜に椛は内心呆れながら挨拶を交わす。
椛は朝が極端に弱くテンションが低いことを知っているだが、今日の彼女はそれ以上に機嫌が悪そうに見えて、美桜は不思議に思い思考を巡らした。ジッと見つめてくる美桜の視線に耐えきれず椛は再び出てくるアクビを噛み締めながら視線を逸らした。その動作に美桜はピンと閃いたのかポンと手を叩いた。
「あぁ!!もしかして!!
椛、夏休みは遅寝遅起きしてたんでしょ!!」
「そりゃあそうでしょ
朝早く起きる理由ないからね」
「ふーん…」
「なに??」
「いやそこらへんしっかりしてそうだと思って……」
「ずっと気を張ってるなんて耐えられない」
バサッと言い捨てるように言葉を口にした才色兼備な彼女の新たな一面に美桜は思わず眼を見張った。美桜はいつも元気いっぱいだよねとぼやく椛に美桜は苦笑いを浮かべながらチャイムの音に促されるように自分の席に座るのだった。
2限の授業が終わるチャイムが鳴り響く頃合いでようやく椛の頭は鮮明に動き始めるようになった。
チャイムと教壇にいる先生の授業終了の合図が終わった途端、ガヤガヤと机を並べる音や椅子から立ち上がる音、勢いよく教室を飛び出す足音、話に花を咲かせる声で教室中が賑やかな音に包まれた。
「椛〜〜!!食べよ!!」
その音を聞きながら持ってきたお弁当箱を取り出す椛の元にいつも通り美桜が近づいてきてそのまま椛の前の席を拝借してドカッと座りウキウキと弁当の蓋を開ける。
「椛は夏休み何してたの??」
「うーーんそうだな、特に何も普段どおりかな…」
強豪校の男子バスケ部のマネージャーである美桜とは違い、特に濃い夏休みを送っていない椛は苦笑いを浮かべた。その椛にそっかと相槌を打ちながらパクパクと食べ始める美桜を横目に弁当の蓋を開ける椛。だが、その動作をする中ふと椛の脳裏である人物が浮かび上がった。
「美桜〜〜!!ヘルプヘルプ!!」
ガバっと教室の後ろ扉が開き、椛が脳裏に浮かべた人物が血相を変えて椛の目の前にいる美桜に駆け寄ってきた。
「どうしたの??和??」
飛び込んできた高尾をキョトンとしながらも自然に美桜は受け止める。
「実はさ!!真ちゃんの機嫌がご機嫌斜めでさ!!」
「えっ??朝はいつも通りだったよね??」
「そーなんだけどさ、昼休みに入った途端に機嫌が急降下」
「何かやらかしたの??」
「いやいや全く身に覚えがねぇーんだけど!!」
「……ホントに??怪しい…」
絶対なにかしたでしょと美桜は疑う目で高尾を凝視した。ウッと、エメラルドの瞳に見据えられて言葉を詰まらした高尾はえっと…と眼を泳がし始めた。
席が前後の高尾と緑間。普段授業中に高尾はちょいちょい後ろで黙々とノートを取る緑間にちょっかいを出すのだが、今回はそれに加えて別のことをしたのだ。もしかしてそれか…と急に高尾はこの場から即効逃げたいという心地に陥った。
だが、高尾の一瞬強張った表情を美桜が逃すはずがなかった。
「………和」
「なに??」
「ホントに何したの??」
「えっとだな……実は……」
いつになく強い口調を発する美桜のオーラに押されて高尾は言いよどみ始める。そんな彼の様子に心配するように美桜は眉尻を下げた。大層なことをしたのだろうか、もしそんなにヤバいことをしたのなら一緒に頭を下げて水に流してもらうかと心の中で今後の行動を考えていた美桜なのだが、次の高尾の言葉で一気にそんなことは吹き飛んでしまった。
「美桜とのあれだったりこれだったり??
もしかしてのろけ話を聞きすぎて、真ちゃん俺に八つ当たりしてんのかな!!」
湿気った雰囲気から一変、テンションマックスでいつにも増して饒舌になり始める高尾に、美桜は言葉を失った。
ひっで!!と涙目になり腹を抱え始める高尾に美桜はこめかみを押さえて怒りをなんとか抑えようと努めた。だが、怒り以上に沸き起こるのは羞恥心だった。わなわなと体を震わす美桜の顔は色んな意味で耳まで真っ赤。ようやく笑いを止めると未だに反応がない美桜を覗き込んだ高尾はあれっと不思議そうに尋ねた。
「あれ??美桜、顔めちゃ真っ赤じゃん
どうした??」
その言葉に対して美桜は顔を上げギロッと瞳を光らせて高尾を睨みつけた。そして衝動のまま美桜は目の前の彼をボコボコと叩き始めた。
「和の馬鹿〜〜!!!」
「いってぇーって!!」
普通言わないでしょ!!少しくらい羞恥心もってないの!!と美桜は目の前にいる友のことなどすっかり忘れて、ゴメンと平謝りする高尾も言葉を無視して怒りをぶつけていた。
なんだこの痴話喧嘩は……
テンポよく進む会話にすっかり置き去りにされた椛は呆然と二人のやり取りを傍観していた。だが、椛はあることに気づく。
コイツラの距離感可笑しすぎない!?
名前で呼んでたっけ??
超高速に頭をフル回転させて椛は夏休み前の関係を椛は思い起こした。椛が覚えている限り、こんな風に呼び合っていなかった。美桜は高尾くんと名字に君付け、高尾はみおちゃんと名前にちゃん付けだった。
それに二人の距離感はこんなに近くなかった。くっつきすぎず離れすぎず。互いのことを深く考えすぎて関係を壊したくないと臆病になった彼らは明らかに一線を引いていた。踏み込めばすぐに掴めるものに手を伸ばすことを二人は決してしようとしなかったのだ。
さて…それが一体どういう心境の変化があったんだ??
というか私一切聞いてないんだけど…
この状況を喜ぶべきなのはわかっているが椛の心の奥底に沸き起こるのは別の感情だった。
「ねぇ…お二人さん」
椛の一声にもはやじゃれ合いと化していた二人の行動はピタリと止まった。感情がこもっていない椛の声ほど怖いものはない。美桜は一気に顔を強張らせた。高尾も椛の冷たい声に何かやらかしたかと青ざめた。
ガクガクと顔を椛に向けた二人の恐怖の色が見え見えの表情に満足気に椛は薄い笑みを浮かべた。
「何か重要な報告忘れてない????」
笑っていない椛の瞳に射抜かれた美桜は恐怖で震え上がった。と同時にようやく美桜はすっかり迷惑をかけた友人に言い忘れていたことに気づいた。
ヤバい!!どうしよ!!完全に怒ってるよ!!
アタフタする美桜に対し、高尾はあれっときょとんとした表情を浮かべた。
「なんだ聞いてねぇーの、早川」
「一切聞いてないから素直に喜べないのよ」
「ありゃま!!そりゃあ悪かったな!!」
不貞腐れたようにそっぽ向く椛に、高尾は笑い混じりに謝った。
「ゴメンね…実は…」
続けて美桜は椛に経緯を説明した。7月の下旬に合宿をしたこと。そこで中学時代のメンバーに後押しされたこと。そして互いに想いを告げあって恋人同士の関係に落ち着いたこと。
包み隠さず美桜は椛にしゃべった。それに黙って聞いていた椛はハァ〜!?!?と驚きの事実に声を上げた。
「ということは、付き合って1ヶ月てこと」
「……ハイ」
「その間、私は何も報告なしですか」
「…すっかり椛のこと忘れてました」
ズバズバと詰め寄る椛の勢いにすっかり美桜は言い返す言葉も見当たらずひたすら謝るしかなかった。
そんな美桜を見て、椛は毒気を抜かれてしまった。もういいかとあれほれ言いたいことを引っ込めると椛は大きく息をついて体の力を抜くと座り込んだ。
「はぁ、まぁいいや
一先ず良かったねお二人さん」
明らかにじれったい関係を無意識で見せつけてきた彼らが、ようやくくっついたかと椛は重たい肩の荷を下ろした気分だった。できればこの数ヶ月の出来事をもう一人の苦労人であるはずの気難しそうな彼と労い合いたいものだ。挨拶すら交わしたことがないがこの二人に挟まれた関係にある緑間のことを脳裏に浮かべて椛は小さな笑みを零した。
おめでと…
自分のことのように嬉しそうに微笑した椛の口から紡がれた言葉に、美桜と高尾は互いに顔を見合わせた後に満更でもない様子で照れくさそうに頬を染めた。
あーぁ…幸せそうな顔しちゃって…
確実にバカップルになるなと内心呆れはじめた椛は、二人に釘を刺すことを忘れない。
「とりあえず私の目の前でいちゃつくのやめてくんない??」
一気に鋭い目つきに戻った椛の威圧に押されて美桜と高尾は咄嗟に距離を取った。
「目のやり場に困るから
二人きりのときに思い切り愉しんでください」
「ちょ!!椛!!!」
「へいへい
そうさせていただきますよ」
椛の言葉に顔を赤らめる美桜に、高尾は空返事をすると見せつけるように美桜を引き寄せてニヤリを笑った。
「ハイハイ、仲いいのは十分わかったから
ごちそうさま」
ヒラヒラと手を振ってもうお腹いっぱいだからこれ以上見せつけるなと椛は意志を示した。そして彼だけに忠告と云わんばかりに高尾を椛はジッと見据えて挑発気味の言葉をかけた。
「変な虫を一匹たりとも美桜に寄せ付けんじゃないわよ
ナイト様」
ニヤリと椛はほくそ笑む。コイツだから安心して美桜を預けられるのだ。とりあえず大事な友人を傷つけたら許さないという椛の言葉の裏の意味をしっかりと受け取った高尾は、臆す事なくどういうことと可愛らしげに首を傾げる愛しい彼女を抱く力を強めた。
散々葛藤して悩んでようやく手に入れたんだ。悲しませるつもりもないし手放す気なんてサラサラない
「早川に言われるまでもねぇーな」
俺のものだと主張するように美桜を抱き口角を上げた高尾は真っ直ぐ視線をそらさずに椛を見据えた。そんな彼の強い眼差しに椛は怯むことなく小さく微笑むと、そう...っと呟きを漏らすのだった。
キョロキョロと美桜は二人のやり取りの真意を掴めず彼らの顔を交互に見て、再び意味がわからないと首をひねる。
そんな彼女を見て、高尾と椛は思わず苦笑をしたことで張り詰めていた場は元に戻った。
まぁいっか!!
考えるのをやめた美桜は知る由もない
この短いやり取りで過保護な二人による密約が交わされていたなんて