「悪役も疲れるよぉ、ほんとに」

「そうですか。」

「て、いうか俺は悪くないんだけどねぇ、なんだよ、狼少年扱いしやがってよぉ」

「まあ、必要な嘘もありますからね。」

「お、よくわかってるじゃん？」

彼は何処かの世界で悪者として生きているそうだ。
酒は無いが甘ったるくしたフルーツティーを出すと、酔ったように愚痴をこぼし始めた。
私はそれに相槌を打つ、それこそがこの世界の仕事である。

「でも、あなたにも仲間はいるんですよね。」
「居るさ、あいつらとずっと一緒に苦労してきたんだ、正義の味方だのが邪魔しなければ、夢は叶ったはずなのによぉ」

泣き出した。
泣きながら、もううんざりだ、別の世界で普通にこうやって生きていたい。と叫んでいた。

「では、もうあの世界には戻りたくないと？」
「ああ、もううんざりだからよぉ、どうしたって正義の味方とやらには勝てねぇんだ、あの世界に思い残すことなんてねぇよ」

私はそう言った彼の為に一冊の本と、マッチを取り出し、カウンターに置いた。
キョトンとした顔で悪役の彼は見つめている。

「な、何を」
「もう思い残すことなんて無いんでしょう？」
「ま、待ってくれ、何を、」

シュッとマッチを擦り、灯された小さな火を本に移す。
私の手によって燃やされる本を前に、彼は発狂した。
そして、燃えている”ひとつの世界”に彼は触れた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ！！！！」

彼も炎に包まれ、人の形、ではない。
灰になって床に崩れ落ちてしまった。

「…ああ、間違えた。」

床に落ちてしまった灰を箱に詰め、お詫びの言葉と共に紅茶の詰合せを彼の世界に送った。

さて、この本は”誰の”世界だったろうね。